GUCCIと野菜王ジェラルドと探訪する庭いじりの世界
家庭菜園愛好家、ジェラルド・ストラッドフォード(Gerald Stratford)。漁師を引退してからというもの起きているほとんどの時間、自宅の庭で植え付け、剪定、雑草取り、水や肥料撒きをして過ごしている。それ以外の時間も、収穫したものを干したりピクルス漬けにしたり、ジャムやチャツネを作ったりする暮らしだ。
イングランド南西部に位置するなだらかな丘陵地コッツウォルズに移り住んで以来、ストラッドフォードはパートナーのエリザベスと、のどかな田舎暮らしを楽しんできた。少なくとも昨年まではそうだった。しかし昨年、自作のジャンボ野菜の写真に気持ちが前向きになるエピソードを添えたものを投稿したストラットフォードは、ソーシャルメディアで一大旋風を巻き起こした。
インスタグラムのプロフィール欄に「ジャンボ野菜に夢中のガーデナー」と自己紹介をしているストラッドフォード。「Highsnobiety(ハイスノバイエティ)」ではそんな同氏をスターに迎え、「GUCCI(グッチ)」の「Off The Grid」コレクションに向けたコラボレーション動画を撮影した。昨年ローンチされたOff The Grid はイタリアブランドGUCCIによる、より環境保護にフォーカスしたコレクションで、材質には主に、廃棄漁網や古くなった絨毯、端材などから再生したナイロン系素材、ECONYLが使われている。
「野菜王」ストラットフォードに、広く知られる存在となった今の思いとガーデニングの楽しさについて尋ね、ジャンボ野菜作りの魅力に迫る。
2019年初め、ストラットフォードが他のジャンボ野菜栽培家とつながれるようにとツイッターのアカウントを立ち上げたのは甥のスティーヴンだった。ストラットフォードは以後、そのアカウントで時折写真を投稿し、数人のフォロワーを獲得し、フォローバックをするようになった。そんなある日、その年初収穫のロケットポテトのビフォアフター写真を投稿した。「1時間くらいのうちに通知音が止まらなくなってね。一体どうしたんだ?って」と笑いながら語るストラットフォード。「本当に電話が壊れたものと思ってスティーヴンに電話をした。『ちょっと待ってて、折り返すから』と言われて待っていると、折り返してきたスティーヴンが『おじさんはグローバルになったんだよ』って言うんだ。『グローバルになったってどういうことだい?』と分からずにいる私にスティーヴンが説明してくれてね。それから72時間で7万いいね、9000人のフォロワーが付いた。それが始まりだったね」
「1時間のうちに通知音が止まらなくなってどうしたのかと思ったね。本当に電話が壊れたんだと思ったよ」 – ストラットフォード
ツイッターのフォロワー数が現在25万人に上っているストラットフォード。さらにインスタグラムでも7000人のフォロワーを獲得している。イギリス人らしく謙虚な同氏は、こうなったのもCOVID-19によるロックダウンの影響が大きいと考えている。「世界が不安な今、後ろ向きなものはもう誰も見たくない。テレビのニュースを見れば気の滅入ることだらけ。もちろんある程度はその現実も受け入れないといけないけれど、毎時間毎日毎週そういうニュースばかりでは耐えられなくなってくる。何か幸せなこと、楽しく笑えることが必要になる。人間に笑いは必要だよ。笑えば皆が一緒に笑ってくれるが泣いている限りはずっと一人だということわざがあるくらいだからね」
ストラットフォードのツイッター投稿には思わず笑みが溢れる。堆肥を作ったり巨大ニンジンを抱えたりする彼の動画は純真無垢で愛らしく、笑顔にならずにはいられない。「悲しいこと、後ろ向きなことは投稿しないよ。私にも悩みはあるけれどそれは自分の問題であって、カメラの前ではそういうものは見せないね」とストラットフォード。「投稿を楽しんでもらえているならこれから喜んでもらえるように頑張るさ」。野菜栽培のエキスパートである同氏は、これまで栽培したジャンボ野菜で何度か賞も受賞している。イギリス国内の全国大会に3本の巨大ニンジンで出場し2位を受賞したときは「とてもうれしかった」と言う。
そんなストラットフォードにとってガーデニングには子供の頃から生活の一部だった。第二次世界大戦後、野菜は買うよりも自分で育てたほうが安かった。ストラットフォードの父は庭師だった。「父は世界一の庭師だったと思っているよ」とストラットフォード。「野菜を中心にいろいろなものの育て方をたくさん教えてくれた。人生全般についてもね」。必要から始まった野菜栽培。テムズ川で漁師をするようになってからそれは趣味になった。そして漁師引退を機に、今度はそれが生きがいへと変化した。そして「ジャンボ野菜」を育てることへの関心が高まっていった。「前回釣ったものより大きな魚を釣りたいと思うのが漁師。今私はもう漁師は引退したけれど、ある日ニンジンを見ていて思ったんだ。ニンジンでもサトウニンジンでもいい、もっと大きく育てられないかとね」。
「自分で育てたものを食べる満足感にはとても深いものがある。それだけで毎日がんばれる」 – ストラットフォード
ジャンボ野菜栽培の世界には、一旦夢中になると驚くほどの魅力がある。カボチャやキュウリを誰よりも大きく長く育てるという発想には一種とても滑稽な(かつマッチョ的な)要素もあるが、そこにはまた、心洗われる健全さもある。ストラットフォードはニンジンやサトウニンジンを大きく育てることを何より楽しんではいるが、最終的な成果よりも、実は収穫に至るまでのプロセスをより大事にしている。「撒いた種、植えた苗は思うように育ってくれるとは限らない。でもうまく育たずコンテストに出られなかったとしても、それはそれでいい」。
ストラットフォードはとにかくガーデニングと自分の育てたものを食べることが大好きだ。パートナーのエリザベスさんの分まで、ほぼ自給自足ができている。食べきれないときは友人や親戚に分けたり、近所の老人ホームに寄付したりする。「自分で育てたものを食べる満足感にはとても深いものがある。それだけで毎日がんばれる」。自然に触れることもガーデニングの魅力のひとつだと感じているストラットフォードは、自然の予測不能さも含めて楽しんでいる。「土の中で何かを育てるというのはちょっと謎めいた感じがするからね。種イモを土に埋めるとだんだん芽が出てくる。でも土の中がどうなっているかは見えない。小さなジャガイモが1つしかできていないかも知れないし、たくさんできているかも知れない。収穫してみるまで分からないのがとても面白い。ガーデニングの面白さはそこだね。私はそう感じるし、同じように感じる人が他にもきっといるはずだよ」。
ストラットフォードはガーデニングのことを瞑想的なマインドフルネス行為と呼ぶことはしていないが、つらいときにガーデニングをすると心が穏やかになることは確かだと話す。「気持ちが沈んだときには土を掘って、庭を見回って、草取りをする。そうすると家に戻ってくる頃には気持ちが入れ替わる」。そう語るストラットフォードのルーティーンはと言うと、起床は毎朝7時頃。夏場はもう少し早いこともある。朝食にはコーンフレークかお粥を食べ、「72歳にもなるとね」とのことで薬を飲み、その後庭へ出る。「いつも計画を立てているよ。夜寝るときに、次の日にすることを考えるんだ」とストラットフォード。堆肥作りや種播きなどの予定を立てるのだと言う。最近はリサイクル素材を使った小屋を建てているところだ。ジャンボ野菜作りにあたって特に重要な堆肥は必ず自作している。「私の作るものには全部、私自身が少しずつ入っているからね。どうしてもたくさんの堆肥が必要で市販のものを大きな袋で買ってきたとしても、必ず自分で作った堆肥を混ぜるよ」。
「気持ちが沈んだときには土を掘って、庭を見回って、草取りをする。そうすると家に戻ってくる頃には気持ちが入れ替わる」 – ストラットフォード
できれば「世界中の人にジャガイモくらいは育ててみてほしいね」というストラットフォード。栽培アドバイスを投稿したり、寄せられてくる質問に最大限答えたりしながら、初心者の背中を押し続けている。具体的に初心者に向けたアドバイスはと言うと?「私の言う通りにすること」とストラットフォードは笑って見せた。「私は常に無料でアドバイスをしているからね。でたらめなことも決して言わない。コツを秘密にしたりもしないし、やり方を聞かれれば自分のわかる限り全部を教えている。あとはいろいろやってみること。うまくいかなくても焦らない。いらいらしたときは1〜2時間休憩してから再開する。やきもきしないこと。母なる自然に手を貸すようにすれば自然もまた手を貸してくれる。自然を支配しようとしてはいけないよ」
「焦らないこと。母なる自然に手を貸すようにすれば自然もまた手を貸してくれる」- ストラットフォード
【ジェラルドおじいさんの野菜栽培アドバイストップ5】
長年ガーデニングを続け野菜栽培に関する知識を豊富に持つストラットフォードによる、ガーデニング上級者にも初心者にも役立つアドバイストップ5を紹介しよう。
①創意工夫と計画を大切に
大金をはたいてガーデニング道具を揃える必要はない。家にあるものでいろいろなことができる。場所があまりない、植木鉢を買いたくないというなら、牛乳パックやペットボトルを2つに切った容器でも、サヤインゲン、レタス、バジル、ハーブ類が育てられる。初めての人は、誰か知り合いから種や苗を分けてもらって挑戦してみてはどうだろう?
②音楽をかけて
ガーデニングをするとメディテーション(瞑想)効果を得ることができる。リラックスして母なる自然に触れ、日頃画面を見つめてばかりいる目を休める時間。何か音楽でも聴きながらガーデニングをしてみよう。楽しく作業ができれば植物にもいい効果があるはず。
③とにかく試行錯誤
何事もやってみなければ始まらない。焦らないで。うまくいかずにいらいらしたときは1〜2時間休憩してから再開しよう。
④前向きな気持ちで楽しんで
ガーデニング中は常に笑顔で。笑顔になれない?大丈夫、その内笑顔の溢れる瞬間がやってくる。
⑤食べよう
収穫した野菜は早速料理して食べよう。自分で育てた野菜を食べる満足感にはものすごく深いものがある。他では決して味わえないおいしさだ。
- Words: Lucy Thorpe
- Translation: Ayaka Kadotani