次から次へとビューティーブランドが誕生する。インキュベーターが電光石火の速さでブランドを市場に送り出し、投資家が次のバイラル現象を追い求める中、ビューティーは新しさがはびこっている。企業は、この飽和状態を打ち破るための手段を選ばない。

SephoraやTikTokに時間を割けば、「ジェンダーレスビューティー」、いわゆるオールジェンダーのために作られたと言われるブランドや製品が人気を集めていることに気づくだろう。表面的には、このようなジェンダーの壁の打破は素晴らしいことである。古代エジプトから古代ローマ、ルイ16世(Louis XVI)、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)まで、私達が人類の歴史を記録している限り、あらゆるジェンダーの人々がメイクをしてきたのだから。

ジェンダー関係なく、ビューティーを通して自分自身を表現することは、変化、影響をもたらす。それは、讃えられるべきものだが、同時に商業化され得るものである。

ビューティーにジェンダーはなくても、SEO用語はある。ブランドは、「ジェンダーレス」という言葉を、先進的で、多様性に配慮し、道徳的、倫理的に優れていると思わせ、群衆から注目を集める道具として収益化を始める。しかし、「ジェンダーレス」は、これまでずっとあまり意味のなかった流行語の最新版に過ぎない。

80年代から90年代にかけてのウェルネストレンドを発端に、「無害」「無化学物質」「安全」を掲げたナチュラルなビューティー製品が出てくるようになり、魅力的でありながら曖昧な広告用語が飛び交う「クリーンビューティー」が誕生した。クリーンビューティー市場は、2026年までに100億ドルに達すると予想されている。しかし、クリーンという言葉の本当の意味を見極めるのは難しい。FDA(アメリカ食品医薬品局)は、この言葉や類する言葉を規制していないため、定義は人に(あるいはブランドに)よって異なる。SephoraやCredoのような小売業者は独自の基準を設けているが、利益を追求する企業には、消費者が使用するものに対して何が安全であるかを定義する権限はないはずだ。

地球規模の気候変動が叫ばれる中、サステナブルビューティーと呼ばれる分野も同様だ。毎年1200億個ものビューティー製品が生産され、消費者の中には、日常に新たな製品を増やすことを躊躇する人もいる。やはり自分の購買行動が環境を破壊しているとは思いたくないものだ。そこで、「持続可能な資源」「カーボンニュートラル」「リサイクル可能」といった専門用語が登場した。しかし、これらの言葉もまた、ほとんど規制されていない。

皮膚科医からソーシャルメディアスターに転身した人達の豊富な知識によって、消費者はこのような曖昧な用語を使用するブランドに疑問を持ち始めている。Sephoraは現在、Clean at Sephoraプログラムが消費者の誤解を招くとして、集団訴訟に直面するなど、「クリーン」や「サステナブル」という言葉は、影響力を失いつつある。そのような中、もうひとつの流行語が急速に浸透している。「ジェンダーレス」だ。

市場価値があるとして、ジェンダーレスビューティーが2010年代半ばに登場し、男性やノンバイナリーのビューティー系インフルエンサーの台頭、左傾化する政治情勢、Fenty Beauty(フェンティビューティー)と40色のファンデーションの発売(当時は前代未聞だった)など、ビューティー業界はあらゆる角度から多様性を見直す必要に迫られ、消費者も、ジェンダーに関係なくメイクを試すようになった。Googleの担当者は『Highsnobiety』に、ジェンダーにとらわれないメイクや化粧品への検索インタレストが過去10年間で400%増加し、「男性のためのアイメイクルック」や、「男性のためのナチュラルメイクルック」などが最も検索されたトピックに含まれていると語る。

ビューティーブランドは、広告宣伝に、細くて、シスジェンダーで、白人のモデル以外にも、異なるジェンダー、年齢、肌色、肌タイプ、体型の人々を起用し、より多様な要素を受け入れ始めており、消費者もそれに応えている。ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載されたデロイトの調査によると、若い消費者(18歳から25歳)は、上の世代(46歳以上)よりも、購入を決定する際、代表的な広告に注目するという。また、調査対象の消費者の半分以上(57%)は、社会の不平等への取り組みを示すブランドに対し、より誠実に感じると答えたという。

このような若い購入者の間で存在感を示すために、Z世代ブランドとレガシーブランドの両方が、「ジェンダーレス」という言葉に注目し、曖昧な定義のまま、多様性に配慮しているというスタンスを示している。

 

 

しかし、ブランドが「ジェンダーレス」を掲げることは、本来ならばビューティー業界が乗り越えようとしているジェンダーの壁を助長させることにならないだろうか? 消費者がこれほどまでに精通するようになったとき、製品は誰のためのものなのかを定義する必要があるのだろうか。

デュア・リパ(Dua Lipa)、ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)、デミ・ロヴァート(Demi Lovato)などのメイクアップアーティストとして活躍するコルビー・スミス(Colby Smith)は、「言いたくはないけれど、必要だ。消費者はありのままを受け入れる。製品がどういう方向性なのか、誰のためのものなのか、混乱しないように説明しなければならない」と言う

それは不完全であるかもしれないが、あらゆる多様性を受け入れるビューティーは、正しい方向への一歩となるだろう。スミスは、自身のキャリアを通じて見てきた業界の進化について、次のように説明する。「かつてMACは、“ガイライナー”(英語で男性という意味をもつ “ガイ” とメイクアップアイテムのアイライナーが組み合わさってできた造語)をつけた男の子を取り上げる唯一のブランドだった。今では、様々なブランドが宣伝であらゆるタイプの顔、ジェンダー、体型を起用するのを見るのは新鮮だ」

しかし、業界が多様性を考慮するということは、一部の消費者にとっては別の意味に感じることがある。2010 年代半ば、自身のビューティー系YouTubeチャンネルで一躍有名になったインフルエンサー、ライアン・ポッター(Ryan Potter)は、ブランドの多様性を育む試みは、表面的なものに感じられることが多いと言う。

「業界の変遷を目の当たりにするのは、とても興味深いこと」とポッターは言う。「私がビューティーに関するコンテンツをオンラインに投稿し始めたのは、16歳か17歳くらいの時だった。当時、男性がフルフェイスでメイクする姿は、かなり話題になっていた」

ポッターをはじめ、男性やノンバイナリーのYouTuber達は、いつもカラフルなラメで撮影しているリル・ナズ・X(Lil Nas X)、サム・スミス(Sam Smith)、オリー・アレクサンダー(Olly Alexander)、エマ・ダーシー(Emma Darcy)など、今やあらゆるジェンダーのセレブ達がレッドカーペットで披露しているような表現方法を、何年も前から化粧品を試して行っている。

ジェンダーに多様なビューティーは、ますます目立つ存在となってきている。そのためポッターは、ジェンダーの存在を押しのけたかのようなブランドは、不誠実に感じると言う。「ジェンダー・インクルージビティ(ジェンダー包括性)は、ブランドが市場戦略のために利用しているように感じられることがある。私達は、それがタブーであるという点を克服してきた。広告や宣伝に男性が登場することはよくあるが、取り上げられる男性はシスジェンダーであることが多く、ブランドが多様性を示すための口当たりのいい方法でしかなく、真の多様性を示しているとは言い難い」

多様性を正しく理解しているブランドは、わざわざそこにスポットライトを当てるのではなく、単にありのままでいるだけだ。米国の歌手・ホールジー(Halsey)のコスメブランド、about-face(アバウトフェイス)が2020年に発売されて以来、このメイクアップラインは、誰かに頼ることなく、自らその価値を示している。

about-faceの共同創業者兼チーフ・イノベーション・オフィサーであるジャンヌ・チャベス(Jeanne Chavez)は、「設立当初から、全てのジェンダーがabout-faceのコミュニティの一員だった」と話す。「私達のユーザー生成コンテンツとブランドコンテンツは、発売以来これを反映してきた。トレンドだからではなく、それがブランドのDNAだからだ」。実際、about-faceは、個人の属性を決定的な特徴として取り上げず、ジェンダー、肌の色、体型、能力の異なる人々を継続的に広告に登場させている。

 

 

「 今日、消費者が化粧品を購入する際、非常に多くの選択肢から選ぶことができる。自らの哲学を持ち、よりグローバルな視野を持つビューティーブランドは、市場の成長とともに伸び、市場を獲得し続けるだろう。そうでないブランドは、停滞し、保守的な消費者を相手にするほかにない。それは持続せず、今後の繁栄を意味しない」

一方、業界で最も急成長しているフレグランスブランドのひとつは、ジェンダーレスビューティーの概念を覆し、代わりに「ジェンダーフル」という造語を作り出した。フレグランスとアロマキャンドルのブランドBoySmellsの共同設立者であるマシュー・ハーマン(Matthew Herman)は、「“ジェンダーレス” はあらゆる認識を排除し、中立的な立場にある。ジェンダーフルは、私達が見せる多様な姿を讃えるものだ」と語る。

「フレグランスには多くの性差別がある」と彼は続ける。「伝統的に、女性は花や果物のような香りがするとされているが、それは材料が繊細で柔らかいからだ。男性は、ムスクやウッドのような香りを好むとされているが、それは男性的でタフだからだ。Boy Smellsは、人生の二面性を見出し、人々の中にある全ての領域を受け入れている。女性らしさと男性らしさを掛け合わせることで、最高の自分になれる。ジェンダーフルは、今日のアイデンティティの豊かさと美しさを表すものであり、ここ最近のジェンダー議論から自分を解放するものだ」

マーケティング文脈であることは確かだが、Boy Smellsはクィアが経営するブランドであり、トレバー・プロジェクト(1998年に設立され、LGBTQI の若者の自殺対策に重点的に取り組んでいるアメリカの非営利団体)と連携し、多額の収益を寄付しているほか、そのプラットフォームを使って、女性の権利とトランスジェンダーの権利のために発信するなど、ジェンダーフルによる戦略を裏づける実績がある。

ハーマンにとって、自分の価値観を守ることは、ブランドの動向全てに反映されることだという。「第一に、誰もが自分らしさに価値を見いだせるためにも、多様性を受け入れることが重要だ。クリエイティブ、メッセージ、そして価値観でそれを実現できれば、影響力のあるものになれるはずだ」

ジェンダーにとらわれない美しさを早くから提唱してきたポッターは、真の意味で多様なブランドを構築するために、企業が表に出さない取り組みは、消費者に対する取り組みと同じくらい、場合によってはそれ以上に重要だと考えている。「チームを多様化することで、あらゆる角度から広告に取り組むことができる」「推測や想像に頼らず、実際にクィア、ジェンダーフルイド、トランスジェンダーである人達に参加してもらうことで、正しい方向へと取り組むことができるだろう。ブランドによっては、うまくいかない可能性を恐れるかもしれないが、学ぶためには何かしら、始めなければならないのだ」

TikTokとInstagramの時代、ビューティー業界の権力構造は根本的に変化している。ブランドの成功は、もはや宣伝にお金をかけることでも、有名人の顔、インフルエンサーに依存するものでもない。誰もがプラットフォームを持っているため、ブランドはもはや、何がホットで、何がトレンドで、何が売れるかを決定することはできない。我々消費者が決めるのだ。そのため、ブランドが消費者の多様性を反映するようになったのは、驚くことではない。

しかし、ビューティーのビジネスでは、常に価値よりも利益が優先される。クリーンなスキンケアであれ、ジェンダーレスなメイクであれ、ブランドがあらゆる空間に参入するためには、収益を上げるのに十分「安全」であるとみなされなければならない。何かがトレンドになるとき、なぜトレンドになっているのか、そして、誰のためになっているのか、問いかけることが大切だ。

もし私達がブランドに対して、より多様性のある産業にするために協力した場合、ブランドにとって利益にならなくなったときに、容赦なく私達を排除する可能性がある。結局のところ、多様性を謳う多くのブランドを所有しているのは、保守的な戦略に対して積極的に資金援助してきた複合企業やCEOでしかない。

多様性は、話題の種としてではなく、最低限考慮するものとして存在すべきである。ビューティーはみんなのために存在するもので、私達はブランドからそれを言われる必要すらない。今日のビューティーの宣伝活動に自分達が反映されているのは、一見前向きなことかもしれない。しかし、それを鵜呑みにするべきではないのだ。

 

※本記事は2023年9月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE11+に掲載された内容です。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE11+ KENSHI YONEZU
発売日: 2023年9月1日(金)
価格:1,650円(税込)
仕様:A4 変形版

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