ジェイデン・スミスのHarper Collectiveは遊びでは語れない
©Harper Collective
破竹の勢いのジェイデン・スミス(Jaden Smith)。新EP『2024: A Case Study of the Long Term Effects of Young Love』のリリース、New Balance(ニューバランス)との新作コラボレーションスニーカーの発売、LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)メンズショーVIPゲスト出演など、自身のブランドの運営の傍ら、精力的な活動ぶりだ。自身のブランドのひとつに魅力溢れるHarper Collective(ハーパー コレクティブ)がある。スミスのようなセレブの手がけるブランドの多くが、商品第一主義となりがちである中、Harper Collectiveはそれとは一線を画している。現代人の暮らす世界や、ネガティブなものをいかにポジティブなものに変えるかについて熟考する、持続可能性に根ざしたトラベルブランドだ。
スミスと、Harper Collectiveの共同創設者であるセバスチャン・マネス(Sebastian Manes)にインタビューをした。マネスは、イギリスの百貨店セルフリッジの元バイイング兼マーチャンダイジングディレクターだ。マネスと筆者が秋の夜のヨーロッパにいたのに対し、スミスは青空の広がるあたたかなロサンゼルスからの参加となり、まずは天気のことなどから話し始めた。しかしスミスもマネスも、単なる世間話をするために取材に応じているのではない。2人はHarper Collectiveで環境を中心テーマに据えている。「生きることに対して熱いのだと思う。自分が生きて呼吸ができているという感覚、周りの人も生きている、という感覚が大好きで、それがサステナビリティに共感する基本的な理由になっている」とスミス。一方、マネスはセルフリッジでサステナビリティと購買をほぼ「20年間」にわたって指揮してきた。Harper Collectiveでは魚網そのほかの廃棄プラスチックを再利用し、様々なスーツケースを製造している。2019年当時、スミスとマネスは廃棄プラスチック11トン分を買い取った。「子供の頃から、いつかゴミを11トンくらい買い取るの夢だって言っていたからね」とスミスはジョークを聞かせた。
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しかし、Harper Collectiveがゴミを宝物に変えるプロセスは真剣勝負だ。「世間知らずだった。廃棄物を製品にするのが大変なのは、ほかにそういうことをしているところがどこにもないから」とマネス。「2019年に着手してようやく発売に漕ぎ着けたのが2023年。時間がかかったのは新型コロナウイルスがあったからではない。工程自体が複雑だからなんだ」。出来上がった製品は廃棄物からできているようには見えない。そこがポイントだ。思いもよらないものからも魅了的なトラベルプロダクトを作ることは可能だと、スミスとマネスは示したいと考えている。しかしなぜ、スミスのほかのセレブ仲間が手がけているようなファッションやホームウェアではなくスーツケースなのか。「自分自身スーツケースは良いものを買うようにしている。一番革新的なものを求めているけれど、それが一番高級なものとは限らない。日本に行っていろいろなラゲージを見て、意外だと思ったものを買い集めてきた」とスミス。もちろんファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)やタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)のラゲージに対する考え方からも影響は受けている。ファレルはLOUIS VUITTONという最も有名なラゲージブランドを率いており、タイラー・ザ・クリエイターは、自身のブランドであるIGOR(イゴール)や『Call Me If You Get Lost』の時代、様々なラゲージを手がけてきた。両者ともヴィンテージの鞄に遊び心溢れるアプローチをしている。Harper Collectiveはヴィンテージのアイデアを未来志向にアレンジしている。「製品は完全に新しいものではあるけれど、材料は古いものを使って作っている。古典的なヴィンテージとは言わないけれど、古い素材を再利用しているから、ヴィンテージ的精神は息づいていると言える」とスミス。
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ヴィンテージのような既知の概念を未来志向のアイデアに変えるという精神は、Harper Collectiveのショッピング体験にも反映されている。PUCCI(プッチ)やMCM(エムシーエム)などのブランドと仕事をしてきたテクノロジーの天才集団「The New Face」が手がけたHarper Collectiveのショッピングサイトは、画面をスクロールして眺めるというより、没入型ゲームに近い。「子供の頃から『World of Warcraft』(ワールド オブ ウォークラフト)をプレイしていたり、ゲームが大好きだから、The New Faceの作品を見た時は感動した」とスミス。ゲームの世界は、ショッピングにおいても重要な存在となってきている。以前発表した小誌調査では、『HIGHSNOBIETY』の読者の60%がアバター用のデジタル製品を購入したことがあると回答していた。『Roblox(ロブロックス)』のようなゲームでは、コンテンツと商業が融合した世界が作られており、プレイヤーはランウェイを闊歩したり、レースコースを疾走しながらデジタル製品を購入したりすることができる。Harper Collectiveは、こうしたゲーム内ショッピング体験を自社ドメイン上で展開することを考案した。「ウェブサイト上であっても、ゲームの中にいるような感覚を味わってもらいたい。工場からショッピングまで、全てが普通のトラベルブランドの先を行っていることが伝わるはず」とスミスは付け加えた。そして製品の展示も、一般のブランドが行う店舗ディスプレイとは対照的に、アーティストが展覧会で作品を展示するような形で行っている。「ウェブサイトのおかげで、Harper Collectiveはアートの世界に接近している。単なる製品ではなく、アートとしてものを届けている」とスミス。
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若いラグジュアリーブランドの場合、多くがGUCCI(グッチ)やHERMÈS(エルメス)が主要都市に展開しているような複数のフロアを持つ旗艦店での店舗体験に太刀打ちできずに苦しむ。Harper Collectiveは、ゲーム的アプローチで店舗体験を作り上げることで、物理的なスペースに途方もないコストをかけることなく、理想の旗艦店体験を作り上げた。Harper Collective自体の革新的な精神が体現されているだけでなく、同じくブランドの世界観構築に取り組む他の若いアーティストやデザイナーにとっても、青写真となるような発想だ。スミスとマネスの次世代向けブランドと聞いて真っ先に思い浮かぶのはゴミを宝物にアップサイクルしたラゲージかも知れない。しかし次世代のクリエイターがHarper Collectiveのショップ内でしばらく時間を過ごせば、ゲームの発想をブランドユートピアへと変える発想から、また何か新たなものをひらめくこともあるだろう。
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※本記事の執筆者は、Drawn Distantの創設者、ジェイムズ・デイヴィス(James Davis)です。
- WORDS: JAMES DAVIS
- TRANSLATION: AYAKA KADOTANI