ゴープコア、次なるブレイクの予感
当初としては比較的新しかった機能的なギアとファッションの間を行くコンセプトでARYS(エリス)が製品作りを始めたのは10年前だ。
「展示会出展を始めた2016年頃には、賛辞はたくさんもらったものの、誰も(何も)買ってはくれなかった」と、ARYS創設者で、マルチブランドストアの経営者でもあるフリッツ・シュトゥルム(Fritz Sturm)は語った。誰もが「『これからはこういう時代だ』と口を揃えはしたが、卸売業者や小売業者にとってARYSの商品はどのカテゴリーに分類しどう取り扱えば良いのかまったく見当もつかない代物だった」
立ち上げから十年、ARYSは今やISPOアワードを5度も受賞している。かつてはニッチであったものが、今では主流に近い位置付けとなり「ゴープコア」というニックネームまで生まれている。
SALOMON(サロモン)のXT-6スニーカー、ARC’TERYX(アークテリクス)のジャケット、コンバーティブルカーゴパンツなど、トレイルの必須アイテムの数々が突如ランウェイに登場し、ストリートウェア支持層に着用されるようになった。「何々コア」という流行語がかつてないほど速いトレンドサイクルで次々と取り上げられては捨てられていく時代にありながらも、ゴープコアは不動の地位を保っている。
五年前ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)がフリルドレスに仕立てランウェイに登場させたARC’TERYXのジャケットは大いに話題となった。以来ゴープコアというジャンルは話題に上り続けている。
ゴープコアはインターネットに推進力を得た一過性の流行ではなく、COVID-19によるロックダウンという状況を経て外に出ることに関心が高まったという現実の共有体験によって起きた真のムーブメントだ。とはいえ変化に影響されないわけではない。
「今は環境が2年前とはまったく違う」と語るルカ・クアットローネは、二年前、アウトドアギアの機能性のみならず見た目にも関心を払う流行に反応する形で、Instagramプラットフォーム「(di)rilievo™」を立ち上げた人物だ。
「(di)rilievo™で当初取り上げていたのは70%スニーカーだったが、2024年には変化を感じ、アパレルや装備品、ウィンタースポーツ、ウォータースポーツ、ランニングに意識を向けるようになった。一年前はARC’TERYXとSALOMONの2ブランドが圧倒的だったが今ではほかの小ブランドへの関心が高まってきている」
実際にはARC’TERYXもSALOMONも 今年(2024年)、記録的収益を上げており、人気低迷の兆候は見られないため、(di)rilievo™のオーディエンスの好みを消費者全般の動向を示す指標として捉えることはできない。ただ、まだGORE-TEXがどのブティックでも入手できなかった時代から全身GORE-TEXで固めていた初期ゴープコア愛好家らの考えはそこから読み取ることができる。
アウトドアウェアの良さは純粋な機能性だけではないという通念が広まり、その市場が拡大するにつれ、新たな進展がもたらされた。「(ゴープコアによって)扉が開かれた。何年も経って製品がようやく進化を始めた」と、メンズウェアのバイヤーであり、プラットフォーム「ADVANCED RESEARCH 」の創設者であるLars Holzbrecher 。アウトドア用品の進化の過程については記録に目を通せばすぐに分かる。今回の流行は初めて起きたものではない。
ティックトッカーが雨の中GORE-TEXを着て景色を楽しむようになったり、YTがゴープコアの公式アンセム「Arc’teryx(2021)」をリリースしたりするより遙かに前から、ハイカー衣料は異なる形でサブカルチャーと関連性を持っていた。
90年代、ARC’TERYXのジャケットはグラフィティアーティスト達のステータスシンボルとなり、ヒップホップ界も、2パック(2PAC)、フージーズ(Fugees)、ビッグ L(Big L)などの初期の歌詞に見られるように、防水アウターウェアへの愛着を持つようになった。(GORE-TEXと名乗る日本人ラッパーも1998年にアルバム『Water Proof』をリリースしている。にわかに信じがたい話とは思うが本当だ)。そして海の反対側では、80年代後半からBerghaus(バーグハウス)のようなブランドがサブカルチャー的な意味合いを持っていた。
「ロンドンでは若者がadidas(アディダス)のクライマクールやReebok(リーボック)のDMX、エアマックス 95を履いていた。それから特に気候の厳しいニューヨークなどでは藤原ヒロシが手がけたライン、BURTON(バートン)のiDiomを身に付けるのがトレンドだった。今出てきているものはどれも、90年代や2000年代初頭、既に存在していた」とHolzbrecher。
アウトドアギアの今後の進化、適応を予測すべく、アウトドアギアが脚光を浴びたひとつ前の時代に目を向けてみたい。
当時のラグジュアリー分野には、ハイテク素材や人間工学的デザインが浸透しつつあった。1998年PRADA(プラダ)のナイロンを多用したスポーツウェアライン発表がその象徴だ。しかしハイエンドなテクニカルウェアのニッチ市場には、三宅一生やマリテ+フランソワ・ジルボー(Marithé+François Girbaud)など、ファッションウィークに参加するほかの著名デザイナーらも存在していた。
現在は「クワイエットアウトドア」という旗印のもと、富裕層に人気のLoro Piana(ロロ・ピアーナ)などのラグジュアリーブランドのテック寄り現象が再び起きている。最近では、MM6 Maison Margiela(エムエム6 メゾン マルジェラ) × SALOMON、CECILIE BAHNSEN(セシリー・バンセン) × THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)、DIOR(ディオール) × STONE ISLAND(ストーンアイランド)など、ファッションハウスによる機能デザイン融合市場への参入現象が続いている状況だ。
しかしもっと楽しみな事態も同時に進行している。
90年代後半から2000年代初頭にVEXED GENERATION(ヴェクストジェネレーション)、ACRONYM(アクロニウム)、FINAL HOME(ファイナルホーム)、SABOTAGE(サボタージュ)などが登場したのと同じく、現在、新たなタイプのテクニカルブランドが台頭しつつある。そして今日機能ウェアに独自の個性を吹き込む新ブランドのデザイナーは、以前の画期的インディペンデントブランドの精神を多くの点で受け継いでいる。
Goldwinとのパートナーシップでクラシックフォーマルウェアの形を広げ環境に優しい技術的ファブリックを試しているJ.L-A.L_(ジェイラル)、アップサイクルとハンドダイを採用し、ランウェイで披露できるほど抽象的なデザインと、厳しい気候にも耐える実用性を備えた洋服を制作するCHARLIE CONSTANTINOU(チャーリー コンスタンティノウ)などがその例だ。
このほかにも、ROA(ロア)、frompointblank、RANRA(ランラ)、JOHANNA PARV(ジョアンナ・パーヴ)、 FFFPOSTALSERVICE(トリプルエフポスタルサービス)、 HIKING PATROL(ハイキング パトロール)、 SATISFY(サティスファイ)などのデザイナーが次々と登場している。
「何千ものブランドがひしめくファッション業界への参入は難しいとよく言われる。しかし若いブランドでも強力な存在となることのできる可能性が大いにあるのが(テクニカルウェアという)ニッチな分野だ」と、ARYSのオーナー、シュトゥルムは語る。「もちろん簡単に参入できるとは言わないが、(テクニカルウェア市場には)長期的に真の空白があり続けている」
アウトドアスポーツウェア企業も、世紀の変わり目に見せたものと同様の反応を見せている。AIRWALK(エアウォーク)、BURTON、Nike ACGなどの企業は近年、非常に実験的なアイテムを発表している。膨らませるタイプのジャケットや、MP3プレーヤーが内蔵されたジャケットなど、革新的で奇抜なアイテムだ。
総じて、アウトドアギアは再び奇妙なものになりつつあると言えるだろう。SALOMONはまるで科学実験の成功例のような新しいシューズを出しているし、OAKLEY(オークリー)も最先端技術の最高峰に復帰している(人気スニーカー作りも再開している)
多くの先進的機能性ブランドが(現在では再評価され再販されているとはいえ)時代の試練に耐えられなかった2000年代と比較し、現在のアウトドアウェア市場は、ますます予測不可能となる気候や健康、ウェルネスへの関心の高まりに後押しされ、さらに拡大しているとシュトゥルムは感じているという。
少数がシェルジャケットやトレイルスニーカーを違った視点で捉えるようになったことが業界全体のシフトを後押しし、若いファッションデザイナーらによる実用的なデザインソリューションを促した。また確立されたブランドも再び奇抜で優れた機能性衣料の限界に挑むようになった。
今後ゴープコアの最新変異によってどのような超実用主義がもたらされるのか、見守りたいところだ。
- WORDS: TOM BARKER
- TRANSLATION: AYAKA KADOTANI