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Where the runway meets the street

過去18カ月間、ファッション業界は低迷状態にある。2024年の売上はラグジュアリー市場全体で2%、スニーカー市場で5.8%減少した。ファッション消費の疲弊が感じられる。そこにさらなる拍車をかけたのがドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領の関税政策だ。

4月2日、トランプ大統領は何十もの国々に対し重い「相互」関税を課したが、その後、大部分の国に対し、同措置を90日間停止するとした。打撃が特に大きいのは中国(145%)、ベトナム(46%)、バングラデシュ(37%)、インドネシア(32%)など、対米国衣料品輸出の大部分を占める国々だ。米国メンズウェアファンに多くの人気商品を供給する日本も24%、ラグジュアリーファッションの多くを産出する欧州連合(EU)も20%の関税引き上げを突きつけられている。関税は卸売価格に課されるため、小売価格がすぐに145%上昇するわけではないが、価格上昇は不可避だ。

※中国に対する関税は、2025年5月12日時点で30%に引き下げられることが発表された(NHK「【詳しく】米中貿易協議 双方が追加関税115%引き下げで合意」より)。

ブランドや小売店は厳しい選択を迫られ、ややパニック状態にあると、筆者の周囲の噂から判断する限り、思われる。コスト増を一部吸収し利益を下げるか、関税分を顧客に負担してもらうか。どちらの選択肢も魅力的ではない。ファッション業界全体の関係者と話したところ、その影響はファストファッションからラグジュアリーまで、全域に及ぶことになりそうだ。

デニム、価格高騰の予兆。
日本(24%):多くの人気ブランドのデニムやワークウェアを支える供給国。
©HIGHSNOBIETY

利益率が高く、顧客である富裕層も価格に敏感でない、ということで知られてきたラグジュアリーブランド業界にも、最近ではそこに憧れを持つ中間層の消費者が増えている。『エコノミスト』誌によると、現在、ラグジュアリー業界の売上高の2/3が、年間支出$2,000未満の消費者で構成されているという。北米でLEMAIRE(ルメール)、 C.P. COMPANY(シーピーカンパニー)、 GOLDEN GOOSE(ゴールデングース)などを扱うショールーム、CD Networkのクリストフ・デメゾン(Christophe Desmaison)氏は、「関税が実施されれば、小売価格は12%から13%上昇すると予想している」と述べている。富裕層には大きな影響はないかもしれないが、ラグジュアリー消費者の多くはパンデミック後の大幅な価格高騰で既に不満を抱えており、支出を控える可能性が高い。コンサルティング会社マッキンゼーの調査によると、パンデミック後のラグジュアリー市場の急成長の80%は価格上昇によるもので、販売数量の増加は20%に過ぎないという。さらなる価格引き上げはより強い抵抗に直面する可能性がある。ラグジュアリー品1〜2点の購入が既に自由裁量支出の大部分を占めるレベルの消費者は、価格上昇により市場から完全に排除される可能性もある。

富裕層が消費を停止するわけではない。『ウォールストリート・ジャーナル』の報告によると、全米消費の50%を構成しているのはアメリカ最富裕層の10%だという。しかしその多くはパリやミラノでのショッピングによるものだ。欧州であれば既に安価な欧州製商品が税還付でさらに安価に手に入る。デメゾンは、欧州旅行をする余裕のあるアメリカ人のショッピングが今後さらに増えるというシナリオを想定している。しかしこうしたショッピングへの影響も皆無ではない。2024年の前例のないドル高も(昨年はそれにより、ソーシャルメディアに突如、ヨーロッパや日本への旅の投稿が増えた)、トランプ政策によりドル安に転じた。ドル安の状況下では、アメリカ企業が現地通貨で輸入品を購入する際、コストが上昇する。

最初に打撃を受けるのは例によって中小企業であろう。「既に価格は限界に達している」と、米国に数店舗を展開する日本デニム専門ブティックSelf-Edgeのオーナー、キヤ・バブザニ(Kiya Babzani)氏は語った。「日本の製造費の急増は幸いドル高で相殺できたが、追加関税が課せられれば値上げは避けられない」。同市場においては、ブランド、店舗、消費者の3者全てが関税による価格上昇を負担せざるを得ないとバブザニ氏は見ている。シーズン単位で商品の入れ替えをする店舗の場合、春物の店舗納品は既に済んでいるため、当面関税の影響は出てこない。

しかし常に商品の入れ替えが発生する大量販売市場では状況が異なる。販売される商品、特にストリートウェアの多くはアジアで製造されたものであり、関税の影響が深刻だ。全米小売業協会(NFR) では、対米の輸入につき、2025年末までに20%減少すると推計している。一部価格につき最大40%の上昇の可能性を指摘する調査もある。コンピュータや家電の一部は関税免除の対象となったが、アパレル業界はそう幸運ではなかった。

ラグジュアリーファッション、価格高騰の予兆。
欧州連合(20%):ラグジュアリーファッションの主要な生産拠点。
©HIGHSNOBIETY

トランプ大統領の関税引き上げの目的は、アメリカの製造業を自国に回帰させることだ。しかし数十年にわたる海外移転で製造業の基盤をなくし労働力も非専門化されてきたアメリカのファッション業界にとって、それは困難な課題だ。現在アメリカは衣料品の97%以上を海外からの輸入に頼っている。Xでアジアやラテンアメリカで製造されたMAGA(Make America Great Again)グッズを販売する右派インフルエンサーを批判しているメンズウェアコメンテーターのデレク・ガイ(Derek Guy)は、製造業の国内回帰は空想に過ぎないと指摘する。「衣料品製造業の基盤を築くのに莫大な資金が必要だということが理解されていない。衣料品工場を建設できるようにするには、政府による費用の一部負担や、縫製技術の基本トレーニング方法について検討がなされなければならない」と彼は言う。ガイはまた、関税の影響が最初に及ぶのは中小企業だと予測している。大手ブランドは生産やサプライチェーンの再配置力がより高いためだ。

トランプが関税を撤回したり、価格上昇が現在の予測より緩やかなものに落ち着いたりしたとしても、消費者心理が過去最低水準まで低下している問題は残る。景気後退を懸念するアメリカ人は節約や必需品の購入を優先しており、クローゼットが既にもので溢れる中、新たな衣料品やスニーカーを買うということはまず考えない。日々変わり続けるトランプ政策が今後どのようになるにせよ、アメリカの国内消費が低下することだけは明白だ。このことにより、トランプは図らずも持続可能性の戦士になっている。トランプ政権の主要措置のひとつに、デミニミスの抜け穴の閉鎖がある。中国からの$800未満の直接輸入品については関税が免除されるというこの抜け穴があることにより、これまでSHEIN(シーイン)や Temu(テム)のようなファストファッション大手は数百万ドルのコスト削減を実現し、超低価格を維持することができた。衣料品への関税が上がれば価格に敏感な消費者層を抱えるファストファッションもさらに高価になるだろう。

「顧客は購入量を減らす一方で、1点あたりにかける金額を増すと小売業者は予想している」とCD Networkのデメゾン氏。この傾向はファッション業界全体に及ぶだろう。そうなれば究極的には、必ずしも悪いことではないと言えるかも知れない。

※本記事は、2025年4月にHIGHSNOBIETYに掲載された内容です。

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