style
Where the runway meets the street

片手で物が簡単に買える社会は目まぐるしく発展を遂げ、いつしか個人による制作、発表、集客が容易になった。興味本位を実現させたクリエイションに手段を選ばない集客が横行し、数がさらに勢いを増幅させる。容易に市場に出回り破棄された衣類が送られる南半球では、ゴミ山がそびえ立ち、地区一帯が異臭と有害物質で包まれている。現状が伝えられていても人は制作の手を止めることはできない。一体なんのためにつくっているのか? 目的のある制作は守られるべきなのだろうか? 現代におけるクリエイションに是非があるとするならばその境界線はなんだろうか。ファッション界からアートやテクノロジー界を越境する、ANREALAGE(アンリアレイジ)のデザイナー・森永邦彦氏と考えた。

——ファッションショーは現在、セレブやポップアーティストを絡めた発信の場ともなっていて、本来の目的とは別の盛り上がりを見せています。森永さんはこの状況をどのように見ていますか?

答えづらい質問ではありますが、エンターテインメント界のトップアーティストの方々が、ファッション界を牽引するビッグメゾンの上部に配属されるような状態は歪んでいるんじゃないかと思いますね。文化を牽引してきたところがエンターテインメント性に飲み込まれていって、インフルエンスとクリエイションがほぼ同一の尺度で測られてしまっている。いつかもとの時代に戻らないかなぁと思っています。

——アンチテーゼの動きも報道されています。ANREALAGEは2024年春夏コレクションもパリで発表されていますが、会場の反応や反響などはどのようなものでしたか?

去年はパリコレクションで、服の色を変えるコレクションを小さな会場で、シンプルな装置で発表しました。小規模の発表にもかかわらず、大きな反響をいただきました。オフィシャルの投稿が1000万回再生されたり、コメントが40万件も届いたり。その時、会場の豪華さや演出の壮大さによる話題性が膨れ上がるムーブメントが起きている中で、服そのもので話題になることが素晴らしかったとジャーナリストの方に書いていただいた。一着でも全く新しい概念や見たこともない服を人に着せて打ち出すだけで、こんなにも影響力があるのかとパリコレクションの発信力を強く感じました。壮大な演出を仕掛けるより、つくる時間と服にコストを注ぎ込んでいく方が勝ち筋があると思っています。

——ブランドの価値や方向性を本来の創造でいかに表明できるかどうか、より試されている時代なのかもしれないですね。ANREALAGEは発足当初から変わらずリアルとアンリアル、エイジ、の3つを行き来するという存在として表現を追求してこられました。とあるインタビューで『表現と消費を行き来する存在でありたい』とおっしゃっていましたが、それについてより深くリアルなところをお聞かせいただけますか?

表現だけや消費だけという二元論ではなく、その2つの世界を行き来できる面白さが最もファッションの好きなところで。どんなにコレクションで頑張っても、洋服が売れなければ結局、続かないじゃないですか。一人がその服を買うか買わないかという “勝負の場” がある。その一方で、ファッションショーのような大舞台ではブランドがどういう方向に進みたいかを示せる。表現の世界でありながら消費の世界。その生々しさが漂っているから、やりがいがある。僕も洋服が好きで、この世界に入ったきっかけは一着の洋服を見て、ファッションってすごいかもしれないと思ったことです。自分の人生を注いで、20年もファッションをやり続けるくらい魅了されていて、改めて洋服は凄いと思っていて。その凄さは一人のデザイナーが生涯かけてもなかなか伝えきれないので、簡単にやめることはないんだろうなと思って。とてつもない消費、消耗スピード感の中で生き続けてこそファッションだと思っているので、長い時間を続けることに意味があると思っています。

——服の色を変えるコレクションは、ビジネスとの結び付け方が非常に難しいと思うのですが、現状どのように克服されていますか?

本当にほかにないものや、自分しか気づいてないものを欲しがる人、それに対して対価を払ってくれる人ってすごくわずかなんですね。でも、そのわずかな人がいるのがファッションの世界でもある。人と違う存在でありたいっていう人に服で応えたい一方で、ビジネスと向き合うためには既存のマーケットに既にある流れの中で多くの支持を得る洋服をつくらないといけないので、乖離が生じてしまう。色が変わる服を一番最初に発表したのは2013年でしたが、その時は売れなかったです。東京コレクションのショー会場では、服の色が変わった瞬間にどよめきはありましたが、それ以上のことにはなりませんでした。これは腰を据えて長い年月やることで、何かにつながっていくと信念を持って進もうと考えました。それから12年間、色が変わる服の開発を続けて行く中でFENDI(フェンディ)のシルヴィア・フェンディ(Silvia Fendi)さんが見つけてくれて、FENDIとのコラボレーションにつながったり、HERNO®(ヘルノ)やPUMA(プーマ)といったブランドとのプロジェクトをしたり、その技術をもとにしたプロダクトをつくったりすることになりました。コラボレーションで知見を得てから、改めて自分達の表現としてパリコレクションで発表した時には、多くの店頭に出ていきました。最初に発表した半年間のビジネスでは負けたかもしれませんが、現在のANREALAGEを動かすビジネスのエンジンに発展しました。結果分かったことは、ほかがやらないことを丹念にやり続けることで、それは必ずビジネスになるということです。最初は厳しいですが10年、20年やると必ず享受してくれる人や関係性ができ、結果的にビジネスに変わり、成立します。

©ANREALAGE ANREALAGE A/W 2023-24 “=”

——逆にいうと目先のビジネス、今でいうとインフルエンス力に頼ると信念を曲げてしまい、結果的にブランドの確固たるものがなくなっていくこともあるかもしれないですね。それを貫いたANREALAGEのテクノロジーがマスブランドによって見出されたことが存続につながった。

自分達の規模感でグローバルな在庫を持つのはかなりリスキーです。1年に1社、2社というペースでパートナーが増えているおかげで継続できているのもそうですし、自分達の規模感は大きくならないですが、幅が広がっている感覚がある。

——コラボレーションのおかげでグローバルな知名度を在庫リスクなく上げていられるのは素晴らしいビジネスモデルですね。

たまに無理はしますが、基本的には無理はしないスタンスです。

——どんな時に無理をしようと思いますか?

最初にパリに行くと決めた時とか、今回ANREALAGEのオムを始める時とか。分からない場所に発表していくのは多少リスクはあってもやります。しかし基本的にはアップサイドを見て、そのために会社の母体を大きくして備えるということはしておらず、母体の大きさは変えずに、その都度、装備が変わっていくようなイメージです。

——森永さんはデザインをする上で “弁証法” という哲学用語を基本概念としていらっしゃいます。この、反対を導き出すという思考によって自らのデザインを肯定したり否定したりした結果、違った視座からものづくりをすることができている。この弁証法の概念を用いたデザインの大切さはどのようなところで実感されていますか?

一方向に向かうことへの危機感があります。売り上げを伸ばして拡大していくとか、会社を大きくしていくことを目標にして、それを達成して成功していく体験を繰り返すと、どうしても一般アパレル企業になってしまう。一般化するとファッションじゃなくなってしまう懸念があります。元々僕自身が、人が気づいてないところに価値を見出すというファッションのあり方が好きで。その “ファッションの神様” に対してブレないでいたいとは思いますが、それはとても難しくて。小ささやマイノリティ性を目指していくことは、なかなかできないと思いますが、その方が持続的だしファッションであり続けられると思っていて。仕組みをつくって短期的に規模を広げているブランドもありますが、僕はそういったやり方を見て、改めてその対極を目指したいなって思いますね。

——ファッションに憧れを持って目指した時点からトレンドを意識したり、ファッション業界っぽくなって、同じ轍を踏んでしまいがちですが、全くブレなかったのは何故だと思いますか?

当時は、すぐに売れてキラキラ輝いているブランドが周りに多かったことが、逆説的に自分はそうはなりたくないという意識をつくったと思います。実際は、その仲間に入りたかったけれども、入れなかったっていうのが真意です。そっち側に最初から行っていたら、KEISUKE KANDA(ケイスケカンダ)に衝撃を受けてはいなかったと思うんですよね。当時神田(恵介)さんがつくっていた服は、全くみんなにとっての輝きはなかった。だからこそ僕にとっては輝いて見えたんです。

——神田さんの服を見る前から一般的なファッション少年だったということですが、元々ファッション業界に行くつもりはあったんですか?

ファッションは好きでしたが、ファッションを仕事としてやりたいと思ったことはなくて、将来なりたいものもなかったんですよね。父親が公務員だったので、そういう暮らしができたらいいなと思って、勉強して大学に行こうと代々木ゼミナールに入ったんですけど。

——森永さんのファッションデザイナーとしての信念の根底に影響したものが、神田恵介さん以外に何かあったり、誰かがいたりしたのでしょうか?

それまでノーマルに人生を歩んでいて、それなりに勉強もスポーツもして。代ゼミで先生が示した神田さんの洋服は、もう完全に外れているものっていうか、アブノーマルなもので、僕がこれまで見てきた洋服とは全く違いました。デタラメな洋服というか、80年代に穴があいたCOMME des GARÇONS(コム デ ギャルソン)の服を見て世界が衝撃を受けたように、僕は神田さんの洋服を見て衝撃を受けたんです。そしてその洋服を予備校の先生が肯定していた。決められたつくり方ではないし見たこともないような形だけど、その学生は本気でその服をつくっていて、しかもその服を自分の好きな子にプレゼントするためにつくっている。そんな世界、僕がそれまで生きてきた世界にはなかったので。好きな子に手紙を書くとか、歌を歌ってあげるという感覚で服をつくるってどういうことなんだろう、っていうところから神田さんに興味を持って、その人を追いかけていく、という感じでファッション人生が始まりました。

——それまで全くなかった世界が突然自分の中に入ってきた。

当時の予備校はすごく熱気があったんです。神田さんを授業で取り上げたり、英語講師の西谷昇二先生も超人気のカリスマ予備校講師で、朝から並ばないと授業が受けられないほど。毎回、授業の間に10分ぐらい話してくれる余談が面白くて、その話の続きを聞くために生徒が講師室まで大行列で押し寄せるのが恒例で。神田さんを取り上げたその日の授業も、僕はいつもと同じ気持ちですごく感動して先生のところに行ったんですけど、その日だけ本当に誰も来なかった。このみんなに響いていない感じと、初めてたった一人でその超人気の先生と一対一で自分が対峙できたことに感動して、今日の話が今までで一番良かったですと言った時に、人と違うものをいいと思えることはすごく大事なんだと言ってくれて。その言葉にすごくドキドキしてしまって。その経験がファッションの原体験として残り続けています。だから、多くの人が気づかないけれど、その時誰か一人が深く気づいてくれるということを、ファッションでやれるといいなと思っています。

——人と違う感覚の持ち主を肯定したいと。

セカンドインパクトは(スタイリストの)TEPPEI君なんです。僕がレディースに向けて洋服をつくってる中で、全然服が売れなくて。ほぼパッチワークだったんですけど、本当に売れないなと思ってる時に、すごくいいって言って、彼一人が街で着てくれて。そこから流れがすごい変わったんですよね。ANREALAGEってなんだ、みたいな空気が出てきて、全国で「ギャルソン・ネメス・アンリアレイジ」みたいな合わせで着てくれる子が増え出して、そのうち何人かが後にうちの社員になったりもするんですが。多くの人には届きませんでしたが、TEPPEI君一人に届いて、そのことがまた20年続く関係になっていくのは、一着の洋服でもすごく力を持ってるんじゃないかと信じ続けられる理由です。

——昔は誰にも知られていないものとか、マイナーさを求めるっていう動きがファッションにすごくありましたよね。現代はマジョリティに迎合する方がいいという風潮になっている。デジタルで個人の意見が言える環境に対して、矛盾している気がします。長いものに巻かれている感じというか、自動的に主流と対極で世界が分かれてしまっている。

やっぱり振り子のように、一方に振った時にまた反対に戻ってくるというか。やはり反対側に何かある時にこっち側に居続けるというのが、本当に一番目指さなくてはいけないところで、常にみんなと違う側にいるのが、本来ファッションデザインの姿なんだろうなと思います。

——売れるとかトレンドだということで、テーマをがらりと変えたりする手法も毎シーズン出ていて。プレスリリースを読んでまたアーカイブ再構築かっていう。

何かを壊さなくても残り続けたものが価値を持つということは絶対大事だろうなと思っていて。昔の日本の洋服って親がほころびを直して、パッチワークして長く使っていましたが、そういう服のつくり方は大事だろうなと思っていて。ファッションのシーズン性、全てを更新する時の流れも現象として近いと思っています。昔のシーズンをセールしないで売るのは難しい。つくったものが3カ月経てば値下げになるというとてつもないスピードで業界は進んでいますが、その中で何を残さなくてはならないかということを考えるべきだと思います。そういう意味で、ANREALAGEのオムラインは昔にやっていたつくり方をもう一度掘り返す作業をしていて、デザイナーとしては過去と向き合う作業は苦しい時間でもあるんですけど。まずは自らが昔つくっていたものもいい、価値があると示すことがこの業界のスピードに抗う第一歩だと思います。そのような作業が今は必要です。

——2024-25年秋冬にローンチしたオムは、昔やっていたことにもう一度向き合うというのが骨子であると?

ANREALAGEが未来的に行くほど、その対極にある過去に目を向けていくことが必要だと思います。2つの極と極を行き来することがブランドの根幹なので、目指す場所が違う2つのブランドがあるということが、ANREALAGEそのものをより強くしてくれると思います。

——レディースのテーマ性に対して、オムはディテールの精巧さが特徴です。すごくウェアラブルでかわいらしい色使いというのも目立ちました。

そう、レディースのソリッドな印象に対して、手が紡ぐ熱や感情的なものを出したというか。

——そういうことですね。オムならばテイラードに挑戦してほしい、という評論も出ていましたが、いかがですか。

『繊研新聞』でも『WWD』でも、テイストのマーケットがどこにあるのか、大衆的に広まるのかどうかという論評がありましたが、だからこそしっかりと証明しないとならないという気持ちになって。言われたから挑戦してるわけじゃないんですけど、やるのであればこういう方向で答えを出そうと。ですので、次のシーズンを見ていただけたら。

——メンズは大衆化を狙っているわけではない?

大衆を狙おうとは思いませんが、狭くともニーズがあるもの、その範囲でもビジネスが成立するという答えを出したいとは思っています。

——色が変わる服は実際店頭でも販売されていますが、テクノロジーと洋服がかなりバズった結果、ビジネスとしてどのような広がりを生みましたか?

バズった勢いで服が売れるということはありませんが、話題を呼んだ結果、ビヨンセ(Beyoncé)のコンサート衣装をやることになりました。ビヨンセがステージで着用した時は、サーバーがダウンするくらいECにアクセスが殺到して。その後、様々な方から衣装の話が来ています。みんなビヨンセを見た、と。ほかにも、Apple社からApple Vision Proの中で、服の色が変わるヴァーチャルコレクションを一緒につくりたいという話にも派生しました。

——世界的な企業やスターとのコラボへと辿り着いたのはマイノリティのことをブレずに年月をかけて継続してきた賜物。形になるまで一生涯をかける必要がある。

継続しないと分からないので。パッチワークの洋服も20年やってようやく形になって、工房もできましたが、それぐらい時間がかかること。そこまで時間をかけてやり続けるということが、すごく難しい業界だと感じましたね。

——フォルムや視覚を通して、現存するものや形へのアンチテーゼとも捉えることができるコレクションを多数発表していますが、森永さんは普段どんなことに危機感を感じていますか?

僕自身は負けず嫌いな性格ですが、人と競争するのは好きじゃないんですね。でも生きていると、日々、自分自身を誰かと比べてしまうとか、自分のブランドと別のブランドを比べてしまうとかで、焦ることとかもあって。避けているはずなのに、無意識に競争してしまってるときがすごく嫌だなって思っています。だから公務員を目指したというのもあるんですけれど。そういう時に誰とも競争してない神田さんの洋服が現れて。それでファッションの世界に行ってみたら、どことも競争してなさそうなデザイナーがたくさんいて。マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)もそうでしたし、川久保(玲)さんが当時こぶドレスとかをやっていたのも唯一無二。ファッションの世界は競争しない方に行けば行くほど憧れがつくれる、その世界がすごくいいなと思ったことがやはりベースにあります。それなのに、どこか比較してしまったり、日々の売り上げで一喜一憂してたりというのが、自分が求めたファッションの本質とは違うと分かっていながらも、意識してしまうというのが悩みですね。

——メンタルの問題は、現代社会においてライフスタイルのメイントピックです。

そこから外の世界に連れ出してくれるような洋服がつくりたいです。

——袖を通すたびにいい状態にリセットしてくれたり、凹んでたら元気にしてくれる服。

服で人の気持ちを動かすことができたら、そんな凄いことはないと思います。一着あれば非日常とか違う世界に連れ出してくれるような。そういう服をつくらないとダメだなって今改めて思いました。

——テクノロジーを駆使して、着るとホルモンに働きかける服っていうのも今後あるかもしれない?

洋服は、体ありきだと思います。次に、体の内側にある心や感情に影響を与えるものだと思っていて。これだけアナログな媒体で、袖通すだけで気持ちが変わる。他の媒体だったらなかなかできないと思います。Apple Vison Proでさえ、最初にいろいろ設定を選んで、アプリに入ると、あぁ凄い! ってなるんですけど。そんなに複雑なことをしなくても、着るだけで気持ちが晴れるとか、何かを思い出させてくれるとか、挑戦したくなるとか、それができる洋服の力というのは、日常を変える装置として優秀だと思います。

——確かにテクスチャーとか匂いってあるほど思い出させられる。一気に感覚につながれる媒体です。

また、そういうとこを大切にする人が多くなりそうな気はしています。

※本記事は2024年8月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE13に掲載された内容です。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE13:ENHYPEN
発売日:2024年8月16日(火)
定価:1,650円(税込)
仕様:A4変型版
※表紙・裏表紙以外の内容は同様になります。

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