KEN LEUNG
探本溯源:俳優、ケン・レオンと「存在」の根を問う

HBOのテレビドラマ「インダストリー」で強圧的な性格の金融業者、エリック・タオ(Eric Tao)を演じる、現在55歳(※インタビュー当時)のケン・レオン(Ken Leung)。演じたエリックは彼自身とは似ても似つかないと主張する。確かにレオン本人は、野球のバットを携え、眼光鋭く取引フロアを歩き回るリーダー格のセールスマン、エリック・タオとは対照的に物静かだ。しかし自身と役柄との違いについての発言はし過ぎないよう気を付けているという。
「インダストリー」シーズン3最終回から数週間後、レオンと会い、コーヒーを飲み、アランチーニを食べた。その時の彼は、エリックとは違うようでもありながら、同時に激しさを秘めたエリックを異様に彷彿とさせる何かを放っていた。「エリックと自分と似た部分が多いことを、もしかすると自分の中で認めまいとしているのかもしれない」とレオン。自分自身を役から切り離そうとする本能的感覚が生まれるのは、役を忠実に演じ切ってきたことの証だ。レオンはもはや、エリックという役から完全には抜け出せなくなっている。名脇役にはよくあることだ。最近では金融業界の若い男性から仲間のように話しかけられることも多いという。
黒のジップアップパーカー、グレーのスラックス、クラウドスニーカーというカジュアルな装いで現れたレオンは、金融業界というよりもハイテク業界のビジネスマンのように見えた。が、向かいに座ると、やはり軽い既視感を覚える。エリックと彼の弟子候補のハーパー・スターン(Harper Stern)(マイハラ・ヘロルド)(Myha’la Herrold)との面接シーンがフラッシュバックする。ハーパーの履歴書をしげしげと眺めたエリックが、彼女の方を向き、口調を変え、「それで応募の動機は?」と尋ねるシーンだ。レオンから好奇心に満ちた視線を向けられた私は、本来質問をする立場であるにもかかわらず、まるで面接を受けている、いや、むしろ個人評価を受けているような感覚に襲われた。
例えば話が一時途切れたときに、レオンが私にこう尋ねた。「さっきの『分からない』という言葉は記事の中で使うのかな?」
「使わざるを得ないと思います。ありのままを書こうと思えば」と私は答えた。
そうだね、と言うようにうなずくレオンの姿にホッと胸を撫で下ろす。
レオンは未知のもの、特に彼自身が知らないものに夢中になる。「不確実性はプロセスの一部」と彼自身よく言う。展開を予測しようとする衝動を抑えたときにこそ、レオンは最高のパフォーマンスを発揮する。撮影現場では、「役が自分を通してどう動き出すか」といった感覚的な判断に、自分でも驚かされることがある。「インダストリー」シーズン3が圧倒的好評を得たことも予想外だった。常に「1日でも仕事があるのは幸運だ」と思いながら俳優業を続けてきた。ハリウッドでそんな「1日」を20年以上も積み重ねた今もそれは変わらない。主役であれ脇役であれ、次に役が回ってくるかという不安に襲われたこともある。
レオンは20代の頃、気まぐれに俳優の道を歩み始めた。ニューヨーク大学で理学療法士になる勉強をしていた時、演技入門のクラスを受講し、これだと思った。「どんな形であれ、俳優になりたいと思った」と彼は言う。「決して仕事として捉えてはいなかった」。演技への衝動を仕事にするなどとはつゆほども思っていなかった。両親も同じだった。労働者階級の中国系移民である両親は、一家の長男である彼が創造的活動を始めたことに困惑した。母はマンハッタンの貯蓄銀行に勤務し、父は高校の微積分学の教師として働いていた。二人とも芸術分野での仕事についてよく知らず、俳優を正当な職業とはみなしていなかった。
「両親が俳優と聞いて思い浮かべるのは香港のタブロイド紙のようなものだったと思う」とレオン。「両親の恐れはそこだった。俳優を仕事とは全く捉えていなかった。確かに安定した職業ではないから。『長続きしない』と思っていたと思う」




レオンは90年代、ニューヨークのダウンタウンシアターシーンでキャリアをスタートさせた。当時の出演作にはジェフ・ワイズ(Jeff Wise)の「Hot Keys」(毎週台本が変わるレイトナイトシリーズ)や、アルヴィン・エン(Alvin Eng)の『The Goong Hay Kid』(中国系アメリカ人のラッパーを描くパンクロックミュージカル)、テレンス・マクナリー(Terrence McNally)の『コーパス・クリスティ聖骸』(イエスと使徒達の関係を現代劇化した作品)、ラルフ・B・ペーニャ(Ralph B. Peña)の『Flipzoids』(世代間のフィリピン系アメリカ人のアイデンティティを扱った劇)などがある。
1996年、チン・ヴァルデス=アラン(Ching Valdes-Aran)とミア・カティグバック(Mia Katigbak)という二人のベテラン女優と共演した三人劇『Flipzoids』は、レオンにとって特に重要な作品となった。彼は最年少出演者であり、フィリピン系でもなかったが、アイデンティティ、帰属意識、世代による考え方の違いに焦点を当てたこの作品は彼の家族の背景と共鳴した。「役をもらった時はまだほんの駆け出しだったけれど、二人の大女優との共演を許され、深い信頼を寄せてもらえているのだと感じた」とレオンは言う。「飛び級で立たせてもらえたような舞台だった」
『Flipzoids』から、レオンは映画界へと飛躍した。その後ニューヨークの舞台にも何度か(最も新しいところでは2022年のウェル・アーベリー(Will Arbery)作品『Evanston Salt Costs Climbing』)出演しているが、1998年の映画『ラッシュアワー』の金髪の悪役でジャッキー・チェン(Jackie Chan)と共演したことをきっかけに、たちまちハリウッドの特権階級の一員となった。その後スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督(『A.I.』)、エドワード・ノートン(Edward Norton)監督(『僕たちのアナ・バナナ』)、ノア・バームバック(Noah Baumbach)監督(『イカとクジラ』)、スパイク・リー(Spike Lee)監督(『Sucker Free City』)の各作品に出演し、『X-メン』や『スター・ウォーズ』シリーズの端役も獲得した。しかし最終的に彼が輝く場所となったのはテレビ界だった。
「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」への1話のみのゲスト出演がきっかけでクリエイター達の目に留まり、「LOST」のレギュラーが決まった。
スクリーンで独特の存在感を放つ演技と、様々な役柄を演じ分ける意欲的姿勢で、レオンの名脇役としての評判は確固たるものとなった(短い出演ながら「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」でのカーター・チョン(Carter Chong)役はあまりにも印象的で、一部のファンはレオンの出演回が複数あると誤解しているほどだ)。ベテラン俳優となった彼だが、このような風変わりな脇役のイメージが強くなり過ぎることを警戒している。2000年の映画『僕たちのアナ・バナナ』で下品で陽気なカラオケ営業マンという端役を演じたことで、その傾向はさらに強まった。「クリエイティブビジネスに身を置く以上、俳優というものは、世間が思うイメージにいとも簡単にはめ込まれてしまう」と彼は言う。彼に普段与えられる役は、説明のつかないサイコパス、内気なラボ技術者、おかしな外国人と、“アジア人男性あるある” のオンパレードだ。
しかしレオンにとって「インダストリー」は転機となった。精神的に複雑で、様々な側面を持つ役を演じ、レオンは演技の幅を見せた。シーズン1ではハーパーに尊敬される厳格で用心深い指導者だったエリックが、シーズン3では冷酷な一面を見せる。やがてエリックのタフガイの仮面が剥がされるにつれ、レオンは、エリックの残酷さと哀れみを掘り下げ、欠点や失敗に深みを与えていった。「インダストリー」があらゆる意味でレオンの転機になったのも当然と言えるだろう。
しかし正直なところレオンはそれをどう解釈していいのかよく分からないという。
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レオンの睡眠時間は1日5時間ほど。それ以下の可能性もある。朝4時頃に起床し、「真夜中の静寂」に身を置くのが好きなのだという。この時間帯独特の澄み切った感覚を彼は大切にしている。「schadenfreude」(「他人の不幸を見て楽しむこと」を意味するドイツ語)という言葉を出すと、彼から「ドイツ語なら『heiligenschein』という言葉は知っている?」と尋ねられた。「朝露を受けた草の上に自分の影が映る瞬間。頭の部分の影に露が降りて、後光が差しているように見える」と彼は言う。一日の始まりが「heiligenschein」だったら理想だよね、と茶化しながら。実際の朝はメールをチェックし、9歳の息子をバス停まで送り、プロジェクトの準備をするのが日課という。取材当時、彼は1月のインディーズ映画の撮影に向けて準備を進めていた。
そんな早朝の静けさは、レオンが俳優として駆け出しだった頃の混沌とした状況とは対照的だ。当時芝居をすることは、生活費を稼ぐことを意味していた。20代半ばには、麻薬中毒分野における先駆者、メアリー・ジーン・クリーク(Mary Jeanne Kreek)博士の監督下、ロックフェラー大学の研究所で働いたこともあった。「クリーク氏の事務アシスタントの補佐をしていた」とレオン。「助成金申請案について話すクリーク博士の言葉を書き起こす仕事がとても大変だった。早口で科学用語も多くて聞き取れないことがよくあった。ある時書き起こしを見た博士に『これは何? 意味が分からないじゃない!』と言われた時には焦った」

それから数年後、彼は、サンフランシスコのアジア系アメリカ人の演者らが運営とスタッフを務める中国系ナイトクラブ兼キャバレー『Forbidden City』に出演していた先駆的女優、ジャディーン・ウォン(Jadin Wong)のアシスタントを務めるようになった。ウォンは舞台芸術界のアジア系アメリカ人のほぼ全員と知り合いで、57番街にある自宅のアパートでタレントマネジメント事務所を経営していたと、レオンは振り返る。彼女のアシスタントが90年代に亡くなると、その後をレオンが継いだ。「俳優達をオーディションに送り出したり、電話応対をしたり、キャスティング担当者と話をしたりして、いつも彼女の家に入り浸っていた」
レオンは予想外のチャンスと人脈に支えられ、数十年もの間、広報チームなしでやってきた。今年9月、タレントエージェンシー「Paradigm」と契約して初めて広報担当者がついた。しかし、レオンは業界における「成功」というものについて真剣に考えたことは一度もないという。誰かの許可や承認を待って行動したことはなく、とにかく仕事をもらうことに必死に生きてきた。しかし最近のレオンはミーティングに多く応じている。「純粋に顔を合わせることが目的というのは、これまでにはなかった」と彼は言う。「僕が何に興味を持っているのかを知りたいと。俳優業の一部にそんな対応が入ってくるなんて、これまで知らなかった」とレオン。
レオンと共に、グローバルストリート写真展の会場、ロウアー・マンハッタンの国際写真センターへと歩く。9歳の時にブルックリンのミッドウッドに引っ越すまでトゥー・ブリッジーズで生まれ育ったレオンにとって馴染み深い界隈だ。展示作品の中でレオンが特に楽しみにしているのは、著名な中国系アメリカ人の写真家で活動家のコーキー・リー(Corky Lee)の作品だ。途中レオンは、リーによる1869年の歴史的写真の再現について語ってくれた。リーの最も野心的プロジェクトのひとつと言われる作品だ。1869年当時の写真では、鉄道建設に携わった何万人もの中国人労働者の姿が除外されているのに対し、リーは同じ場所に200人以上のアジア系アメリカ人を登場させて撮影をし、歴史から抹消された存在を主張した。
現実を題材としたドキュメンタリーと、演技による架空のドラマは対照的ではあるが、リーは言及するにふさわしい人物だ。カメラの前で演じる俳優と、カメラの後ろで撮影をする写真家とで役割は異なるが、レオンとリーの両方を映像作家だと思う。二人とも、技術を駆使して、ありふれた場面や状況に意味を与え、尊厳を否定されがちな実在の人物や架空の人物の物語を刻み込んでいる。

レオンが私にタバコを差し出す。火を点けると、「インダストリー」シーズン1のある場面を思い出した。ハーパーと、彼女が大学を中退していたことを知ったエリックが一服するシーンだ。「底辺で生まれ」、労働者階級の家庭で育ち、自ら道を切り開き、こうして今、投資銀行Pierpoint & Co.で働くマイノリティの自分達の境遇についてエリックが熱く語り始め「俺達は恐れられる存在だ。ハングリー精神は生まれながらのものではないから」と言う。
レオンのセリフ回しは驚くほど柔らかだった。それが場面を一際生々しく感じさせる。もちろんそれはPierpoint & Co.を超え、レオンの過去から湧き出てくるものだ。エリックは野心を好戦的ハングリー精神として表出させる人物だが、そのエリックを演じるレオン自身は、冷静さの中に、演技への熱い思いを持っている。「もし誰にも使ってもらえなかったとしても、どこかでひっそり演技をしていただろう。でも役作りは必ず人間的な部分からするようにしている。自分の中の何かが、観る人の中の何かに訴える。訴えさせてもらえさえすれば」と彼は言う。
展示室を歩きながら、いくつかの写真にレオンは注目する。ギリシャの風景から『Evanston Salt Costs Climbing』で演じた役を思い出したようだ。カメラを取り囲んで中指を立てる少年達の集団や、リーの撮影した、流血しながらニューヨーク市警に連行されるアジア系抗議デモ参加者の恐ろしい写真もあった。そしてレオンと私は、コンクリートの遊び場にいる五人の少年の写真の前で立ち止まった。四人はベンチに座り、一人は小さな自転車にもたれかかっている。五人の背後には、花や雲のような白い抽象的な形が描かれた水色の壁があり、空に溶け込んでいる。手前に写ったリモコン式のおもちゃの車に、五人は夢中になっている。
写真には、見る者の注意を引きつけ、喜びや衝撃、驚きといったものを一気に想起させる力がある。一方で俳優の演技はゆっくりと展開するものだ。観客には、物語と登場人物を信じ、そのフィクションの世界に身を委ねる姿勢が求められる。こうした表現の相互作用に惹かれるレオンは、会話の中でも自然に、日常と深遠の間を行き来する。
ピカソ(Pablo Picasso)の名言として知られる「芸術とは、真実を悟らせるための嘘である」という言葉をレオンは述べた。特に自身とは対照的な役柄を演じることで、彼自身についての深い真実を明らかにしていく俳優、レオンの心情をよく表す言葉だ。私も「芸術とは裏と表のあるコインのようなもので」という比喩を説明しようと試みたが、うまくいかない。
最後まで説明し切るようレオンが私に促す。「真実が嘘であることもある」と彼が言い、「あるいは嘘が真実であることも」と私が応じ、純粋なシンクロニシティの中に二人は答えを完成させた。
Jacket, Pants, Shoes LOUIS VUITTON / Top WALES BONNER
※本記事は2025年8月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE15に掲載された内容です。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE15 KANTA
発売日:2025年8月20日(火)
定価:1,650円(税込)
仕様:A4変型
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- Photography: Koki Sato
- Styling: Sebastian Jean
- Hair & Make-up: Markphong Tram
- Words: Terry Nguyen
- Translation: Ayaka Kadotani
- Executive Producer: Tristan Rodriguez
- Production Coordinators: Diarmuid Ryan, Zane Holley
- Production: T• Creative