ファッションが、『HIGHSNOBIETY』で言うところの “良い服” という新たな時代に順応する一方で、気難しい編集者達の間では、こうした控えめな装いは、良く言ってもどこか退屈なのではないか、という不満もくすぶっている。正直なところ、私も完全には否定できない。クワイエットラグジュアリーのブーム以降、“ミニマリズム” を名乗りながら、実際には無難で、眠気を誘うだけの服にまで過剰な賛辞が集まりすぎている。

AURALEE(オーラリー)はそれらの陳腐なナンセンスを全て吹き飛ばす。

2025年にブランド設立10周年を迎えたAURALEEは、まさに全盛期の最中にあった。なぜなら、主要な国際リテーラーほぼ全てがそのプロダクトを取り扱い、さらに、その明確な美意識をいち早く評価していた多くのインディーズブティックも同様にAURALEEを取り入れていたからだ。パリのファッションウィークではLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)やHERMÈS(エルメス)などの大物メゾンに肩を並べてコレクションを発表。そしてようやく、AURALEEがこの10年間にわたり築き上げてきた領域に、衣服を消費するカルチャー全体が追いついてきたのだ。

2026年を迎え、業界全体が低迷する中で、ラグジュアリーレーベルが現実世界での存在感を取り戻そうと模索している。そこでAURALEEは、時代の一歩先にい続けるための答えを示している。クリーン? 確かに。退屈? 全くそんなことはない。

1月20日に開催されたAURALEEの2026年秋冬コレクションでは、長年のファンにとってほとんどのアイテムが見覚えのあるものばかりだっただろう。キッドモヘアのカーディガン、厚手のTシャツ、色褪せたセルビッジジーンズ、透け感のあるウールシャツは、いずれも季節を問わないメゾンの定番である。真のラグジュアリーを少しでも理解している人なら誰でも知っているように、一貫性こそが全てなのだ。

革新は慣れ親しんだ領域を捨てるためではなく、定番に新たな視点をもたらすためにある。そしてこの領域において、AURALEEに並ぶ存在はない。

これはいわゆる “クワイエット・ラグジュアリー” でも、“良い服” でも、どう呼ぼうと構わないコレクションだ。しかし、これらの服は、決して退屈ではない。

息を呑むほど完璧なオーバーコートや、ネッピー素材のハイネックハーフジップが並ぶ中に、驚くほど豊かな彩りが広がっていた。鮮やかな黄色のダウンジャケットや赤いジップアップニットが放つ輝きに加え、思いもよらぬ紫が、型破りな躍動感をもたらしていた。それだけでなくベルト! スカーフ! AURALEEにおける最上級の贅沢とも言えるレザーパンツとバッグは、光沢と艶で視覚的な躍動感を強め、もとの優雅なワードローブにいっそうの奥行きを与えていた。

全体を貫く印象は、シンプルでありながら確かな中身を備えていることだった。これらは確かに良い服だが、決して味気ない服ではない。“良い服” の王冠を狙う者達は、ここから学ぶべきだ。