Aēsopの寓話と具体化が示す、人の営みの原点。創設メンバー、スザーン・サントスにインタビュー
『ウサギとカメ』を思い出した。イソップ寓話が示すものは、人間の行動と倫理観である。
社会や環境に配慮した公益性の高い、持続可能な企業の国際認証である「B Corp」を取得しているAēsopは、製品開発からコミュニケーションに至るまで、創業当時から変わらない信念と独自の方法で——この数十年の成長する資本主義社会や美容市場の傾向とはある種、逆行するかたちで——独自の市場を世界に作ってきた。効果・効能をうたう美容至上主義のあり方とは異なり、文学的思想や芸術に宿る倫理観をプロダクトを通して伝える。日本、しいては世界におけるAēsopの存在感が示す通り、Aēsopの寓話は消費者の芸術心を刺激し、スキンケアやプロダクトの合理性以上の価値観を提供している。
それは、マネーファーストでもビューティ ファーストでもなく、ヒューマニティファースト。
Aēsopの思想を具体化するプロセスで生まれるプロダクト、特にフレグランスの分野においてはそれが顕著に現れる。
——アザートピアス第5作の誕生となります。アザートピアスを始めるきっかけとそのプロセスについて教えてください。
アザートピアス コレクションは、現実と想像の狭間に関する研究作品です。このシリーズにおけるそれぞれのフレグランスは、空想の扉が開き、現実から抽象の世界へ誘う、特別な能力がある物理的な場所から着想しています。
アザートピアス シリーズの最初の3作品は、海岸線から公海へと向かう、現実世界と想像の世界への旅から着想し、次の3作品では、内省的な旅のなかで、人間の体験における本質的な要素に触れました。「イーディシス オードパルファム」では、内なる自己と外なる自己のあわいの間、つまり自我と非我の葛藤を主題にしています。
「グローム オードパルファム」の心象風景は、外の世界が遠ざかるにつれて、思考を内へと誘う、休息がもたらす静けさから着想しています。リッチで温かみのあるスパイスと、軽やかなスパイスやフローラルノートが織りなす複雑な香りは、アンティークの魅力を湛える室内空間と、無限の可能性を秘めた想像上の世界を同時に想起させます。こうした夢のような状態に入っていくことに着目し、フレグランスが完成しました。グロームという名前は、覚醒時の世界と夢の世界の移り変わりを象徴する一日の時間を反映しています。
——Aēsopの香水は全て詩的なアプローチがありますが、アザートピアスのブランドとしての立ち位置、その独創性について教えてください。
アザートピアス コレクションは、Aēsopがこの領域に注力する重要な時代の道標となったのです。非常に繊細かつ複雑なブレンドは、身に纏う人に自身を取り巻く環境との関係性を問い、別の世界へと連れ出す香りの源流へと誘います。パウダリーなミモザ、かぐわしいサフラン、アーシーなアイリスを主要香調とし、複雑な着想によって実に緻密に作られたグロームもその例外ではありません。
——アザートピアスシリーズの解釈には、想像力と五感以上の感覚が必要になってきます。共感覚を持つバーナベだからこそ成り立つもので、とても神話的です。バーナベとの出会いと開発のプロセスに関して教えてください。
バーナベ・フィリオンと初めて会ったのは10年以上前です。最初のプロジェクトは「マラケッシュ インテンス」でした。その後、「ヒュイル」と「ローズ オードパルファム」を発表し、アロマティック ルームスプレー、キャンドル、インセンスが誕生しました。私たちの関係性は、相互の信頼と尊敬の上に成り立つ、真の共同創造に基づいています。フィリオンの専門知識、革新と伝統を融合させる独自の能力、そして優れたフレグランスには最高品質の植物由来成分が必要であるという私たちが共有する信念により、長きにわたる関係を築いてきました。
フレグランスの制作には、常に緻密な共同作業が必要です。文学や哲学、人物、現実あるいは想像上の場所から着想を得て、共に作り上げます。香りの特徴がコンセプトとAēsopにふさわしいかどうかを共に納得するまで、試行錯誤を繰り返し、香りを進化させていきます。アザートピアス コレクションの構想が持ち上がったのは2016年でしたが、特にグロームは、完成するまでに2年強の歳月を要しました。
——想像と現実の狭間という考え方は、日本古来の美学にもあります。詩や短歌、茶の湯、侘び寂びの考え方がその例です。日本の文化とAēsopのブランド哲学の親和性をどのように捉えていますか?
現在、日本に滞在していることもあり、この問いについてよく考えています。
Aēsopの創業者デニス・パフィティスは、日本の文化と哲学に対していつも畏敬の念を持っていました。その影響は非常に大きいもので、日本のオフィスでグローバルのAēsopの感覚を取り入れながら過ごしていると、これらの確かな融合は、Aēsop本来のインスピレーションを証明するものであると感じるのです。こうした伝統にブランドとの親和性を感じながら、詫び寂び、かたち、光、構造といったアイデアを通して、心地よく表現してきました。
だからこそ、私たちは日本のお客様のロイヤルティ、情熱、知識、コミュニケーションに大変感謝しています。この関係性を決して当たり前のものだと思っていません。
——コミュニケーションにおいて、創業当時から変わらないもの、またはデジタル革命などと共に変化した点があれば教えてください。
35年前、私たちは業界の規範にとらわれずに行動することで自分たちの声を見出し、誠実さ、温かいホスピタリティ、豊富な知識で、お客様を自分の家に招くようにおもてなしする、最高のカスタマーサービスを約束し続けてきました。Aēsopは、凝った演出や有名人の推薦、不誠実な約束よりも、製品そのものに常に注力しています。
業界のトレンドに追従せずに真の目的を果たす時代を超えた製品を作ることに注力しているため、お客様とのコミュニケーションは、誠実かつ十分な情報を提供し、本物であり続けるよう心掛けてきました。お客様との長期的な関係を想定し、お客様の肌の変化に合わせてニーズに応え続けていきます。お客様の体験が、合理性だけのやりとり以上のものとなり得ること、そしてそうあるべきだと心から信じています。
——Aēsopのコミュニケーションは他のスキンケアブランドの実用性を重要視したそれとは異なり、詩的な世界観が広がっています。詩や言葉は最も人間の魂に近いものとされているがゆえに生命に活力を与えることのほか、想像力を働かせて能動的に物事を明視していく力を鍛えることができると言われています。スキンケアブランドのAēsopがプロダクトを通して、この想像力と詩的世界観にこだわる理由とはなんでしょう?
主要な事業はスキンケアですが、芸術から常に着想し、お客様と共に学び、関わり合うことを通して文化的なパートナーシップを育み続けています。
建築やデザイン、文学、音楽、パフォーミングアート、ヴィジュアルアート、映画、人文科学全般は全て、非常に大きな着想源であり、大規模なパートナーシップから日常的なコミュニケーションに至るまで、事業のあらゆる側面に反映されています。これらの表現は、人生を豊かに生きるために創造的な追求と知的好奇心が不可欠であるという、バランスのとれた人生へのコミットメントを明確に示しています。
スキンケアについて語るとき、Aēsopでは主に、現在の肌の状態を把握し、そのニーズを明確に満たす製品を特定することで、肌の状態をサポートしています。年齢やジェンダーではなく、環境条件やその他の影響因子に反応して肌がどのように感じ、ふるまうかという、より適切な事柄について着目します。また、お使いいただく製品の効果を真に高めるために欠かせないものとして、栄養のある食事、毎日の運動、良質な文学作品を心から楽しむことなど、バランスのとれたライフスタイルを推奨しています。
本質的に、私たちは、文学、パフォーマンス、映画、映像を問わず、様々な芸術と頻繁に関わりながら、バランスのとれたライフスタイルを送ることが大切だと考えています。
——過去のインタビューで、ブランドの哲学やアプローチの具体化ができる店舗の重要性を語っています。身体性の重要性をどのように考えていますか? Eコマースなど今までもそうですが、特にこれからのAIの導入、ヴァーチャルテクノロジーがもたらす身体性への(良くも悪くも)影響とブランドはどう付き合っていきますか?
Aēsopの店舗や百貨店カウンターは、私たちの哲学や小売に対する考え方を具現化したものであり、お客様に製品を体験していただくだけでなく、卓越したサービスを受けていただくための特別な環境を提供しています。
常に記憶に残る顧客体験を提供することに努めています。現在、このような顧客体験は、物理的環境とデジタル環境の融合によってますます強化されています。Aēsopでは、テクノロジーが活躍できるのは、人間の物理的な体験にシームレスに統合された場合のみであり、まずはお客様の体験を改善する意図で行われなければならないと考えています。デジタル革命は、誠実かつ十分な情報を提供し、ホスピタリティにあふれるサービスを提供するという私たちのこだわりを残したまま、特に店舗に足を運ぶことができないお客様の体験を向上させる機会をもたらしました。そして何よりも重要なことは、この革命によって、お客様が最も便利に、納得のいく方法でAēsopをご利用いただけるようになりました。
——創業した当時は、大量生産・大量消費のとてもアメリカ的な消費文化の真っ只中だったかと思います。その時代から学んだことで、ブランドに生かされたことをあげるとしたら何でしょう?
たしかに、Aēsopは市場のトレンドに左右されることなく、より良い製品をより少なく作ることを常に追求してきましたが、これは創業時に見た、そして現在も世界の多くの地域で存在する消費文化とは大きく対照的なものでした。業界の慣習を無視することは、目的を明確にした製品だけを開発することを可能にしました。私たちが販売する製品の数は、競合他社の4分の1程度ですが、その理由は、全ての製品が優れた品質で、永久に存続し続けることを望んでいるからです。本当に必要でないものを作ることはそれ自体が無駄であり、必要なものだけを作るという哲学が、私たちの持続可能な製品開発の本質的な第一歩なのです。
35年間、業界のトレンドに屈することなく、ますます増えるファンの方々に支持し続けていただいていることは、例えば、AēsopがB Corp認証企業であることが示しているように、私たちが自らの価値観に妥協することなく進んできた証しであり、私たちが誇れるものです。
——エチオピアの飢饉を目の当たりにして、人の役に立ちたいという思いから医療の道を目指すも、スキンケアブランド創業メンバーの一人となりました。スキンケアや世界的に成功しているブランドとして、Aēsopの社会的立ち位置、社会的意義、社会的責任についてどう思われますか?
私たちには、地球を今よりも良い状態で残していく責任があることは言うまでもありません。私たちは、社会に積極的に貢献することで、私たちが事業を展開するコミュニティに還元できることを信じています。
私たちの慈善活動は、イソップ財団を通じたチャリティ、従業員のマッチングギフト、地域の慈善団体への製品寄付、そして地域のボランティア活動という4つの活動からなります。現在、AēsopはEBITDA(金利・税金・減価償却前利益)の2.5%を寄付しており、全従業員が労働時間の1%をボランティア活動に貢献することを約束しています。2021年、全世界で従業員自らが選んだ慈善団体に提供したボランティア時間は、2万時間を超えました。
Aēsopの慈善事業部門であるイソップ財団は、2017年に設立され、これまで以上に慈善事業と社会的責任を公にし、目的意識を持つことができるようになりました。特に識字率の向上に重点を置いた、社会で不利益な立場に置かれている可能性がある方々の声が広がるように働きかける慈善団体と提携することに努めています。
——サステナ新時代において、これからのビジネスのあり方は大きく変化していきます。B Corpなどを例に挙げると、それはもう始まっているとも言えます。これからのAēsopのプロダクト作りやビジネスのやり方で気を付けていること、今後の展望について聞かせてください。
「持続可能」なビューティーブランドや製品という考え方に挑戦します。正直なところ、最も持続可能だと主張する人たちでさえも、資源を使用しているというのは紛れもない事実です。結局のところ、消費とサステナビリティは、相反する2つの考え方なのです。
Aēsopは、持続可能な事業とは、人類が地球の限界(プラネタリーバウンダリー)の内側で繁栄することができる事業であると考えます。最も大きな影響力を持つ領域で、より良い企業になるよう努力しています。
製品が感覚を喜ばせるだけでなく、100%リユース可能、リサイクル可能あるいはコンポスト可能な容器にするために、イノベーションに投資しています。製品、デザイン、体験に対する私たちの愛情は、未来の「再生可能なAēsop」を作っていくことに注がれています。
個人として、私たちはできる限り責任あるブランドを選び、パッケージや製品を最も責任ある方法で廃棄することに目を向けるべきです。この点について、現在Aēsopでは、ご自宅でのリサイクルや店舗でのリフィルが可能な場所ではそのような方法をとることに取り組んでいます。
グローム オードパルファム
水平線上に広がる自己観察の入り口、ディヴァン(デイベッド)を主軸に、グロームは想像力が入り込む夢のような情景を浮かび上がらせ、覚醒時の世界が影を潜める。芳醇なフローラル、温かなスパイス、深い森に包まれるような香りが、空想を呼びさまし、感覚をめざめさせ、精神を魅了する。
価格:21,450円(税込)
容量:50mL
- Words: Yuki Uenaka