アリア・ショウカット、より自分らしく。
アリア・ショウカット(Alia Shawkat)が演じてきたキャラクター達は、どれも個性的だ。例えば『ブル~ス一家は大暴走!(原題:Arrested Development)』のメイビー(Maeby)は、黒いチョーカーにグラフィックTシャツ姿。『サーチ・パーティー』のドーリー(Dory)は、ピンストライプのシャツを着たどこにでもいるようなミレニアル世代の女性から、白いふわりとしたガウンをまとったカルト的な聖女へと変化していく。そしてもう一人が『ユー・ゴット・オルダー』のメイ(Mae)だ。ショウカットの舞台デビュー作となるこの作品は、2月からチェリー・レーン・シアターで上演されている。ウインドブレーカー素材のスウェットパンツに赤いアンクルソックス姿で舞台をうろつくメイは、20代後半特有の宙ぶらりんな感覚と倦怠感を体現したような人物だ。

朝食を兼ねたインタビューのためにショウカットが到着するのを待つついでに、私は一帯をぶらつきながら、「今日はどの彼女が現れるのだろう」と考えていた。けれど、そのどれもが架空の存在であることを私は忘れていた。演技とは変身であり、本物のショウカットは私にとってまだ見知らぬ人物だということを。やがてサンドレスに黄色のカーディガン、ベースボールキャップ、そして色付きサングラスという格好でフォート・グリーン・パークの角へと歩いてくる彼女を見て、私は思わず頭を抱えそうになった。スウェットパンツなんて穿いてくるわけがない。彼女はれっきとした俳優なのだから。
午前10時。ショウカットは次の公演準備のため、正午にはここを出なければならない。ハグを交わした後、私はどうにか平静を取り戻し、彼女と店内へ入った。すると店員が、ブース席には座れないと言ってきた。誇張抜きで、その店には客が一人もいなかったのにも関わらず。私達は顔を見合わせ、それからがらんとした店内を見回した。
「どこか別の場所へ移動する?」と彼女は尋ねた。「ここ、なんだか気味悪い」
私達は店を後にし、朗らかな春の日の中を歩み出した。ぎこちなく静まり返ったランチから抜け出し、新たな冒険へと向かう同志のように。ショウカットはフォート・グリーンをよく知っている。『サーチ・パーティ』の撮影で5年にわたって毎年数か月ずつここで暮らしていたからだ。そして彼女は、かつて住んでいた場所の近くにある「エヴェリーナ」を提案した。テラス席に案内されると、彼女はグレインボウルと無糖のアイスティーを注文した。
「ここには親しい友人がたくさんいるの」と彼女は言う。「ロサンゼルスより多いときもあるくらい。だから戻ってくると、本当に心地良いの」
もちろん、今は状況も変わっている。何より、『ユー・ゴット・オルダー』は、20年にわたってスクリーンで活躍してきたのにも関わらず、ショウカットにとって初舞台となる作品だ。現在彼女は週8公演という過酷なオフ・ブロードウェイのスケジュールをこなしている。

「ある意味、とてもフィジカルな仕事なんです」と彼女は言う。「身体的にも、そして俳優としても、最高のコンディションを保っていなければならない。日々その瞬間に集中して、今日あったことや明日のことも考えずに、ただ父親役のピーター・フリードマン(Peter Friedman)の話に耳を傾けています」
その上、彼女には今2歳の息子がいて、近くの幼稚園に通っている。そうした変化もあって、禁煙しようとしている彼女に、(撮影現場では、小道具のタバコを軽くくわえているのだが)私は、調子はどうかと尋ねた。
「あまり良くないわね」と彼女はため息をついた。「息子の前では絶対に吸わないようにしてるんだけど。でもたまに、どうしても我慢できなくなっちゃうの」
時代の流れの表れとでも言うべきだろうか。かつて、異様なほど肩の力が抜けたクールさを漂わせていたインディー映画界のアイコンは今、相変わらずクールでありながらも少し神経質な若い母親になっていた。遊び場のそばを通り過ぎると、私のピンクのヘルメットがバッグにぶつかって音を立てた。それを見た彼女は、私が自転車に乗るときちゃんとヘルメットをかぶっていることを褒めてくれた。そんなショウカットは編み物も始めたようで、元々はメイ役を演じる準備の一環だったが、やがてヘアメイク中に手を動かしておくための良い習慣になったという。撮影当日、彼女は自作のモヘアスカーフを巻いて現れ、さらにフリードマンのために、もっと厚手のものを編み進めていた。
そういう意味では、この新たなフェーズは彼女の人生を変えたというよりも、むしろその幅を広げてくれたのだ。ランチの最中、同じく幼い子供を持つ友人が彼女に気づき、挨拶をしにやって来た。2人は子供の送り迎えについて話し、彼女の舞台を見に行きたいと口にした。
「 すごく楽しみにしています。実はこれまであなたのことをあまり知らなかったので」
「良かった」と彼女は笑いながら言った。「これ以上は調べないでね」
ショウカットは南カリフォルニアで育ち、幼い頃から俳優になりたいと思っていた。母方の祖父であるポール・バーク(Paul Burke)はエミー賞にもノミネートされたテレビ俳優だったが、彼女の両親はいわゆる “業界人” というより、ただその周りにいるような存在だった。というのも、2人はパームスプリングスでストリップクラブを経営していたのだ。
「決して怪しげな場所なんかじゃないわ」と彼女は言った。「ただ、うちの家族はいつも『これはビジネスだから』って言うのが、なんだかおかしくて」
業界に近い環境で育ったとはいえ、ショウカットの家ではセックスについてあまり話すことはなかったと言う。「不健全な家庭だったわけじゃない」と彼女は付け加える。ただ、夕食の席でセックスについて話すのって気まずいでしょう、と。家庭内における性欲と抑圧のせめぎ合いが、彼女を『ユー・ゴット・オルダー』へと惹きつけた理由のひとつでもあった。この作品は、燃え尽き気味で、性的欲求を抱え、鬱屈したある若い女性弁護士が、がん治療を受ける父親の世話をするために故郷へ戻る物語だ。ショウカットにとってメイは、別人でありながら、どこか自身の人生とも重なり合う存在だった。


「これまでにも舞台の脚本が送られてきたことはありました」とショウカットは言う。「映画やテレビ以上に生活を大きく変えることになるので、そこまで強く心を動かされたことがなかったんです。でも、役が自分に巡ってくるのには理由があると信じていて。しかも、どこか鏡写しのような形で、今の自分はメイと重なる部分があったんです。だから、『これは向き合わなきゃ』と思ったんです」
ここで私は混乱する。メイは、控えめに言っても負け組だ。劇中の大半で、彼女は無職で恋人もおらず、人生の目的も見失っている。父親の病気と向き合うことすらできないほど、どこか現実から乖離しているのだ。一方、ショウカットは『サーチ・パーティ』で、“ほぼ完璧な” “切れ味のある世代像” の作品と評されてきた。2025年には友人であるヘイリー・ベントン・ゲイツ(Hailey Benton Gates)との共同作品『アトロピア』で成功を収めたばかりで、同作は2025年のサンダンス映画祭で審査員大賞を受賞した。さらにクリステン・スチュワート(Kristen Stewart)と共演する新作ストーナー・コメディ、『ザ・ロング・ガールズ』の撮影も終了したばかりだ。俳優業のかたわら、活発なアート活動も行っており、子供もいる。停滞したメイの人生は、動きと驚きに満ちたショウカットの人生とは正反対のもののように感じられる。そこで私はショウカットに、その比較がどうしても腑に落ちないと伝えた。
「そこがすごく面白いところなの」と彼女は言う。「見た目通りじゃないってこと。周りには『この人はすべてがうまくいってる。家族もいて、仕事もして、アーティストだし、健康だし、全てが揃っている』って思う人がたくさんいるわ。でも、人生ってそんなに単純じゃないでしょう?
ショウカットは『アレステッド・ディベロップメント』の後、長年にわたり、試行錯誤の渦の中にいた。オーディションではうまくいかないことも多く、「自分は “変わりすぎている” “民族的すぎる” と扱われる場面も多かったという。彼女の父親はイラク出身で、9.11以降のアメリカにおいてはいわゆるハリウッドの “標準” から外れた存在だった。業界が変化する中、彼女はその気まぐれに翻弄され、あるときは切り捨てられ、あるときは “多様性” の枠として単なる象徴のように起用されることもあった。一方で、かつての共演者であり親友でもあるマイケル・セラ(Michael Cera)は、『スーパーバッド』、『ジュノ』、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』といった大きな作品で主要な役に次々と出演していく。彼女は行き詰まっていた。自分のことを実際には理解していない人々によって、あちこちに引っ張られていくことは、ひどく方向感覚を失わせる体験でもあった。
「全体として、私は本当に恵まれていると思う」と彼女は言う。「心から感謝しているけれど、自分がやりたいことと人生の歩調が少しズレているような感覚がずっと残ってて、いつも一歩遅れているような気がするんです。何かを伝えようとしてもうまく届かなかったり、人間関係が深まらなかったり、セックスが十分じゃなかったり、親友と過ごしたはずなのに帰ると空っぽな気持ちになって『なんだったんだろう?』と思ったり。人生って、そういうものの寄せ集めなんだと思います」
「もし全てに満足いかなかったとしても、それならそれでいいと思う」と彼女は付け加えた。「でも、私はとても感受性が強くて、ちょっと神経質なところがあるの」
私達は2人で笑い合いながら、父が昔、私のことを「HSP」と呼んでいたことを彼女に話した。
すると彼女は「あら、そんな呼び方まであるのね」と言った。
ショウカットは常に、どこか反逆的な女性像に惹かれてきた。メイ役を演じる彼女は、舞台上で少しでも一人になると、ハンサムなカウボーイに縛られる空想を繰り返す。そして気まずいことにそれ以外の時間にも。特に印象的な場面では、メイが姉の子供時代のベッドシーツにくるまりながら、激しくマスターベーションをする最中に、父親がばつの悪そうに部屋へ入ってくる。演劇取材を長年続けてきた中で、女性が舞台上でそのようなことをするのを目にしたのは、これが初めてだった。
Top, dress, Boots GUCCI
「女性のセクシュアリティは、社会にとって一番大きな脅威なんだと思う」とショウカットは言う。「だからこそ、ずっと管理されてきたのではないでしょうか」
彼女はクィアであり、10代の頃から既に、ハリウッドの主流に逆らうようなパフォーマンスを続けてきた。例えば、カルト的人気を持つ『ウィップ・イット』は、ローラーダービーを題材にしたキャンピーな青春映画で、エリオット・ペイジ(Elliot Page)と共演した作品だ。この作品は、クィア的な要素が主に暗示的ではあったものの、同世代の多くにとって、性的アイデンティティへの目覚めのきっかけとなった。そして今年8月、ショウカットは『ザ・ロング・ガールズ』で再びスクリーンに帰ってくる。脚本・監督はダイラン・マイヤー(Dylan Meyer)。彼女は俳優であり多作な脚本家/監督でもあり、クリステン・スチュワートのパートナーでもある。
「数年前、コロナ後で息子が生まれる少し前のことなんだけど、ダイランとコーヒーを飲みに行ったの」とショウカットは話し始めた。「彼女は、8年くらい前に書いたという脚本を送ってくれたの。でも当時は、女の子がマリファナを吸うなんて、まだそういう時代じゃなかったのよ」
4月に公開された映画のティーザーでは、ショウカットがまな板の前に立ち、3枚のパンの上にあるシリアルとグミベアを潰している。「何作ってるの、あんた?」とスチュワートが、ジョイントを巻きながら声をかける。
ショウカットは、ニューヨークでティーザー撮影をした日の午後、本当にスチュワートがジョイントを吸っていたのだと話す。その夜に舞台を控えていた彼女は副流煙でハイになってしまうのではないかと心配していたと言う。
2人が演じるのはマイヤーとその制作パートナーであるマギー・マクリーン(Maggie McLean)をモデルにした親友同士の役。そこにセス・ローゲン(Seth Rogen)、レイキース・スタンフィールド(LaKeith Stanfield)、クマイル・ナンジアニ(Kumail Nanjiani)、ザック・フォックス(Zack Fox)、トニー・ヘイル(Tony Hale)といったコメディ界の豪華キャスト陣が名を連ねている。物語は、ショウカットとスチュワート演じるキャラクターが、テレパシーの能力をもたらす実験的な新薬を摂取し、そこからサイケデリックな大騒ぎへと発展していく内容だ。
「アリアはアクロバットみたいな人で、なんというか、天才なんです」と、スチュワートは共演について語る。「俳優として完全にこちらの想像を飛び越えていくような人っているじゃないですか……今まで映画の現場で、あんなあたたかさに包まれたことはなかったかもしれない。『ザ・ロング・ガールズ』の撮影は、まるでアニメを作っているようでした。怖いことも大げさなことも、退屈な小さなことも、全てが私達のジョークや内面世界の糧になっていったんです」
「アリアは赤ちゃんの頃からずっと成功していく人だったんです」とスチュワートはショウカットについて付け加えた。「みんな、ちゃんとついていくしかないし、彼女はあまりにも凄すぎてちょっと怖いくらい。それがまたたまらないんです」
自身の作品の中に一貫したものがあるのか。つまり、世間や既存の価値観に抗う女性達に共通点はあるかと尋ねると、彼女は少し間を置いてこう答えた。「あまり意識することはないですね。でも、確かに繋がりのようなものはあります。どのキャラクターにも、リアルな女性の視点がちゃんとあるんです」

ショウカットがここまで人を惹きつける俳優である理由のひとつは、彼女がどんな役にも確かなリアリティを宿らせるからだろう。それが脚本の力なのか、それとも感情を引き出し、それを表情に滲ませる彼女自身の力なのか、判断するのは難しい。ショウカットは、共演者達を人として好きになることも大切だと語る。
「若い頃は、そんな選択肢はなかったの」と彼女は言う。「でも年を重ねた今、心から一緒にいたいと思える人達とだけ仕事をしたいと思うようになったわ」
年をとるというのは、少し厄介なものだが、同時にひとつの恵みでもある。彼女と会う前日、私はショウカットが2017年に収録したポッドキャスト『Death, Sex, and Money』を聴いていた。今からおよそ10年近く前のものだ。『Life in Our 20s』と題されたその回には、ニーシー・ナッシュ(Niecy Nash)とテリー・コールマン(Terri Coleman)も出演していた。そして番組の最後に、司会者はショウカットに投げかけた。
当時、ショウカットは27歳だった。電車の中で彼女の声をヘッドフォン越しに聴いていると、彼女のため息が聞こえた。
「いい質問ね」と彼女は言う。「人に合わせるために自分を変えていなければいいな……人間にはいろんな側面があっていいと思います。相手によって引き出される部分が違って、それは素晴らしいことだから。でも、それがまるで仮面を探しているような感覚にはなりたくないんです」
翌日のランチで、それぞれのルーツについて話していたとき、私はその言葉を思い出した。
「自然とそれを隠そうとするか、あえて前に出して行くか、どちらかになるんです」と彼女は言う。「社会はそうすることを強いるから……なんて言えばいいんだろう。まるでいつも服を着替えているみたいに」
だからこそ彼女は、『アトロピア』のような作品に携われたことを誇りに思っている。この作品は、自身のイラク系ルーツと深く結びついたアメリカの軍事システムを風刺すると同時に、アイデンティティが強調されたり抑えられたりする様子を皮肉をこめて描いている。ベントン・ゲイツ(Benton Gates)と共に役作りを行い、さらに実の父親を架空の市長役として起用したことで、彼女は自身の人生を形作ってきた核心的なテーマに、これまで以上に近づくことになった。

ショウカットはこれまでも、スクリーンの内外を問わず政治的な発言を続けてきた。その中にはパレスチナ解放への支持も含まれている。2025年にはイスラエルとの業界的な結びつきを断ち切ることを目指し、数千人のアーティストが参加した『Film Workers Pledge to End Complicity』にいち早く名を連ねた一人でもあった。「アートはメタファーを生み出します」と彼女は語る。「戦時下では、それがなおさら重要になります。なぜならアートは、いま社会に広がっている感覚を映し出しているからです」
彼女はインスピレーションを得るために様々なジャンルに手を伸ばす。毎晩ステージに上がる前には(「随分プライベートな質問ね」と言いつつも答えてくれたのだが)、ロジャー・ミラー(Roger Miller)を聴くという。穏やかなフォークミュージックが、舞台に向かう気分を整えてくれるそうだ。また、彼女はキャメロン・ウィンター(Cameron Winter)の大ファンでもあり、かつてレッドフックで行われた彼のライブにも足を運んだという。その日の観客は「7人くらい」しかいなかったが、そのうちの一人はポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)だったそうだ。撮影中には、最近ウィンターがオリヴィア・ロドリゴ(Olivia Rodrigo)と一緒にいるところを目撃されているという話題が持ち上がり、その場には「そうそう」という空気が広がった。
「良かったね」と誰かが言った。「だって、ほかに誰がいるっていうの?」
「私!」ショウカットが冗談を言うと、シャッター音が響いた。
そしてもちろん、ここ10年間彼女にとって “救い” であったアートの活動も忘れてはならない。俳優業の傍ら、彼女は趣味の域を超えた制作を続けてきた。独学で制作を続けながら、確かな作品群を持つ画家としての顔も築いている。2019年には初の個展を開催し、2022年には幼なじみで陶芸家のマリア・パス(Maria Paz)と共に、ロサンゼルスの『フリーズ・アートフェア』でより本格的な展示も行った。ラルフ・ステッドマン(Ralph Steadman)やレオノーラ・キャリントン(Leonora Carrington)などのアーティストからインスピレーションを得て、ショウカットは油彩、木炭、アクリルを用いてシュルレアリスム的な夢の風景を描いている。
「演技が大好きだけど、まさにチームスポーツのようなものなんです」と彼女は説明する。「多くの資金が必要だし、大勢の人が同じ場所に同時に集まらなければならない。でも絵を描くときは、キャンバスと自分だけなんです」
20代後半の彼女が語っていた、「仮面を探すのをやめたい」という願いを思い出し、私は尋ねた。絵を描くことは、彼女にとってありのままの自分でいられる場所なのだろうか。誰かの創造的なヴィジョンの受け皿となるのではなく、自ら舵を取れる場所なのだろうか。
「些細なことだけど」と彼女は言う。「絵を描いているときは、一日中自分の服を着ていられるんです。一日のうち一番つらいのは、自分の服を脱いで、誰か別の人の服を着なければならないことだったりするから」。私は思わず笑いそうになった。その朝、自分の服装を決めるのにどれだけ時間をかけたかを思い出したからだ。それと同時に、彼女がこれまで演じてきた数々の役柄についても考えていた。それらはある意味、「誰か別の人の服」の寄せ集めのようなものだったから。
ショウカットがチェリー・レーンでの公演に向けて、再びメイの服に着替えるときが近づいていた。手に雨粒が数滴落ちる。天気は変わり始め、空は灰色がかってきている。『Death, Sex, and Money』で未来の自分に向けて言葉を残してから、まだ10年は経っていないが、私はショウカットに尋ねた。彼女はその答えを見いだし、他人のために自分を変えることを、やめたのだろうか。
「母親になると、自分の中でより本質的な場所に降りていく感覚があるんです」と彼女は言う。「もちろん、母親である必要はありません。でも私にとっては、息子といるときの自分が “自分そのもの” であり、その核の部分を保つことが何よりも大切なんです」
今後10年については、もう少し広い土地のある家を持ちたいと思っている。できれば、その景色を見渡せるアトリエのような場所も。
「もっと自然に溶け込んでいたいし、馬とかを飼いたいな」
そしてできれば毎日、自分のために服を選べるような日々。
- Words: Leah Abrams
- Photography: Maddy Rotman
- Styling: Nancy Kote