アシックスxミタスニーカーズ、国井栄之の30年目の決断
アシックスを代表するスニーカー「GEL-LYTE Ⅲ(ゲルライトスリー)」発売30周年を記念し、アシックスデザイナーの三ツ井滋之とミタスニーカーズ国井栄之のコラボモデル「GEL-LYTE Ⅲ OG」が1月23日(木)に発売。世界屈指のコラボ職人の数奇な制作背景に迫る。
1990年、スニーカー史に名を刻む歴史的モデルが登場した。スポーツと真摯に向き合うアシックスの機能性と遊び心が巧みにデザインされた「GEL-LYTE Ⅲ(ゲルライトスリー)」。競技中においてもアッパーの密着感が継続すること、着脱を簡易にすること、この2方位のアプローチを実現した斬新なデザイン<スプリットタン>が話題を呼んだ型破りな一足だ。世界を驚かせたこの名モデルは、しかし、当時日本では手に入れることができない幻の一足となっていた。これが破られることになったのは2008年、満を持して発動した日本での正式なコラボレーションプロジェクトだ。世界最高峰のセレクトショップ「PATTA(パタ)」「COLETTE(コレット)」と並んでこのときコラボレーションを行ったのが、ミタスニーカーズだった。クリエイティブディレクターの国井栄之は振り返る。
「アシックスは、数あるスポーツブランドの中でも日本人にとって部活を通してすごく身近に触れてきたグローバルブランド。しかし、スポーツブランドとしての一貫した信念が強かったゆえに過去のパフォーマンスシューズを復刻しなかった。いわば、いちばん近くていちばん遠い存在だったんですよね。でもその頑な姿勢が世界の人々をひきつけていた所以でもあると思います」。
このコラボが世界でGEL-LYTE Ⅲコラボ乱立のきっかけとなったのは言うまでもない。スニーカー史に残る大コラボを皮切りに、これまで数え切れないほどのアシックスとのコラボレーションスニーカーを手描けてきた国井だが、GEL-LYTE Ⅲの誕生30周年を迎えた今回、オリジナルのデザインを手がけた巨匠、三ツ井滋之との正面対決となった。
「システム化された現代の制作現場において、機能面とデザイン面という横のつながりを集約することは困難なケースも多い。対して三ツ井さんの時代は、世界のアスリートと直接対峙して、フィードバックをデザインに落とし込んでいた。実直で緻密なものづくりが当時のやり方。見た目だけではなく機能までアナログでデザインを施していたデザイナーであり、職人的な部分を兼ね備えている。なにより、オリジナルのデザイナーに会えることが稀な世界。いちファンとして率直にうれしかったです」。
出来上がった「GEL-LYTE Ⅲ OG」のシグネチャのスプリットタンにはファスナーがあしらわれ、つま先部分の真っ赤なカラーリングが鮮烈な印象を放っている。ライニングの中に低反発の素材を使用し、アッパーのかかと部分にはGELの刻印がされた蓄光するゲルを格納。中敷には三ツ井氏の手描きの「東京改」や金網のデザインには両氏の名前入り。これまでの国井とアシックスの歩みの片鱗がそこここに散りばめられたファン垂涎のモデルだ。
「僕の肩書はデザイナーではないので、ストーリーテリングこそが僕に与えられた意味や意義。でもアシックスのコラボレーションを一番初めにやらせてもらえてから、数えられないほどのコラボレーションをさせていただいてきた。今回の2020年という新しい10年の始まりにふさわしいものを作りたかった」。
遡ること5年。25周年時にGEL-LYTE Ⅲ25周年時のコラボで得た大きな反響をもとに、翌年同じカラーリングを採用したモデル「GEL-LYTE Ⅴ(ゲルライトファイブ)」が販売された。ここに根付いたファン達が持つミタスニーカーズ X アシックス像にどう答えるか。今回の30周年コラボにあたり、制作当初の国井には葛藤があった。三ツ井とコンセプトや色を出し合い、たたき台には当時のままのデザインとブロッキングを変えたものを提出した。対して三ツ井から届いたのは、地域性や意味合いを踏まえた和色で埋め尽くされたカラーパレット。繊細で緻密なフィードバックに驚かされたがさらに「僕なりのトリコロールカラーの解釈を作ったから見てみて」と追加でデザイン案が届いた。
「三ツ井さんの出してきたトリコロールカラーのつま先の赤がすごくきれいで。それを見て、新しい時代の始まりにふさわしいのは新しいことなんじゃないかと思ったんです。実は赤はコラボで使ったことのない色。求められていることをやるのもいいけれど、今回のプロジェクトは三ツ井さんと僕の個人同士のコラボレーションなんだからと振り切って、三ツ井さんのフィードバックに対してさらにデザインを進めていくことにしたんです」。
2020年の大きなイベントも意識した。オリンピックモデルにつきものの国旗から着想を得たデザインの新しい提案のひとつとして、赤富士やタンチョウ鶴などさまざまな日本的要素が切り刻まれ、サブリミナルに落とし込まれている背景にはウィニングランで国旗に包まれているイメージを靴の中で表現したいという思いもあった。移染しにくい素材が必要だったり、限られた時間の中で悪戦苦闘の連続だったが、デザイン的にもスペック的にもこれまでのアシックスとミタスニーカーズが歩んできた集大成がここに完成した。
「“求められていること”って言い方を良くしているだけで、保守的になりそうな自分がいましたけど、三ツ井さんは絵型や直接的なやりとりを通して僕のマインドを変えてくれました。“会えることが奇跡”ってほどの大先輩に、新しいことをやろうよって言われて背筋が伸びる思いをしましたし、ものづくりの人たちは常に新しいことをやろうとしているんだということを、再認識させていただきました」。
「GIVENCHY(ジバンシィ)」とのコラボレーションも記憶に新しいが、スポーツブランドをはじめとしたコラボ数は国外で3桁に及ぶミタスニーカーズ。同じことはせず、トレンドは追わない、ブランドらしさを大切にするのは国井のこだわりだ。
「その時その時でそれをやる意味・意義は常に考えています。コラボレーションという言葉がポピュラーじゃない時代からやっていますが、僕の中で“コラボありき”というのはないんです。だから今回も、本来GEL-LYTE Ⅲの周年へ着目してもらうためにどんなアプローチをするべきかであって、ぶっちゃけこの商品自体が売れるかどうかよりも、残すものがメーカーさんにあればいいって思ってます。僕はただのアメ横の靴屋。逆に、そこだからできることがあるんです」。
国井栄之にとってスニーカーのいちばんの魅力は、どんなストーリーを持つ者でも平等に主張する権利が与えられ、縦横無尽にどこでもいけることだという。実際、この「世界統一の規格」に込められたストーリーが価値を大きく変えるのを私達は何度も目にしてきた。ブランドの過去と未来を担うこのタイトルを実りあるものにするために、最上級の価値を与え続ける。
「固定概念を壊すっていうのが僕らの作業。最初はアシックスをタウンユースとして履くなんてありえなかったけどそれを変えてきました。当時はアシックスストライプを消していたけれど、今は逆に強調している。僕を選んでいただいたぶん、全力で応えていきたいし、タウンユースで履く人たちの期待をいい意味で裏切りたいですね。アスリートを介してイノベーションを伝えるのがスポーツブランドであれば、ストーリーテリングを織り交ぜながら安易じゃない角度で伝えるのが僕の仕事。でも最終的には履く人の発想次第。カテゴライズされているようで何よりも自由だということがスニーカーの最大の魅力ですから。唯一嫌なのは、かかとを踏んで履かれるくらいです(笑)」。
GEL-LYTE Ⅲ OGは1月23日(木)からアシックス原宿フラッグシップ、アシックス大阪リンクスウメダ店、ミタスニーカーズ、ドーバーストリートマーケットギンザ、GR8、他スニーカーショップなどで数量限定発売。
詳しくはこちら
https://www.asics.com/jp/ja-jp/mk/sportstyle/gel-lyte-iii/30th-anniversary/mita
- TEXT: YUKA SONE SATO
- PHOTOGRAPHER: NOBUHIRO FUKAMI