9月10日(木)、CELINEとReebok初のパートナーシップによる「FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK」が発売。

ベースとなったのは、Reebokを代表する「Freestyle」。プレミアムラムスキンを用い、オプティカル ホワイト、ブラック、タン、バター イエロー、ダーク ブラウン、ネオン レッドをラインナップする。グローブのように足を包み込むレザーや、つま先部分の通気孔といったオリジナルの機能はそのままに、プロポーションや素材、ディテールをCELINEらしく研ぎ澄ませた。ダーク ブラウンとネオン レッドはCELINE限定。サイズ34から46までのユニセックスで展開される。

一見すれば、ラグジュアリーメゾンとスポーツブランドによる、いまや珍しくないパートナーシップのひとつにも見える。しかし、なぜReebokなのか。そして、なぜ数あるアーカイブの中から「Freestyle」だったのか。

誰のためのスニーカーだったのか

「Freestyle」が誕生したのは1982年。当時のスニーカー市場は、ランニングやバスケットボール、テニスなど、男性を中心とする競技スポーツとともに発展していた。そのなかで「Freestyle」は、女性のフィットネスのために設計された最初期のアスレチックシューズとして登場する。

背景にあったのが、1980年代にアメリカを席巻したエアロビクスだった。スタジアムでも競技場でもない、プロアスリートではなく、一般の女性達が主役となったこの新しい運動文化に合わせ、Reebokは柔軟で薄手のガーメントレザーを使った。「Freestyle」を開発したReebok自身のアーカイブにも、1982年に「Freestyle」が全米で大ヒットしたことが記録されている。

それは単に、新しいスポーツシューズが生まれたという話ではない。ランニングでもない。バスケットボールでもない。プロスポーツでもない。「Freestyle」の出発点には、日常のなかで動く人間の身体があった。

スタジオから、ストリートへ

だが、「Freestyle」をカルチャーアイコンにしたのは、Reebokだけではない。

1983年には、足首を支えるダブルストラップを備えた「Freestyle Hi」が登場する。本来はフィットネスのための機能だったそのディテールは、街へ出るとスタイルへと意味を変えた。1984年にはFreestyleラインがReebokの売上の半分以上を占めるほどの存在へと成長していく。そして、とりわけニューヨークで独自の文化を形成した。

Freestyle Hiはやがて「5411」という愛称で呼ばれるようになる。その名前はブランドが考案したものではない。当時の販売価格に税を加えた金額に由来する、ストリートから生まれた呼び名だ。後にはRedmanやDMXといったラッパーたちのリリックにも登場し、エアロビクスシューズだった「Freestyle」はヒップホップカルチャーの一部にまでなっていった。

女性のフィットネスから生まれた靴が、スタジオを出て、ストリートへ行き、音楽と結びつき、履く人々によって新しい意味を与えられていく。ブランドが「カルチャー」を設計したのではない。人々が使うことで、プロダクトがカルチャーになった。

「リアルな服」から、強いファッションを

では、なぜ約半世紀後のCELINEが、この靴を選んだのか。ここでマイケル・ライダーのキャリアを振り返る必要がある。

ニコラ・ジェスキエール率いるBALENCIAGAを経て、フィービー・ファイロ時代のCELINEで約10年間デザインに携わったライダーは、2018年にPolo Ralph Laurenへ移籍。その後ウィメンズのクリエイティブ・ディレクターを務め、2025年、アーティスティック・ディレクターとしてCELINEへ帰還した。

Ralph Laurenで過ごした時間について、ライダーは興味深い言葉を残している。

ラルフ・ローレンは「ファッションを知的に説明しすぎること」を嫌ったという。ライダーが米『W Magazine』のインタビューで回想しているのは、ローレンから投げかけられたこんな言葉だ。

“You shouldn’t have to explain something. You should feel it.(説明しなければならないものではない。感じられるものであるべきだ)”

そしてライダーは、現在自らが率いるCELINEについて、さらに重要な言葉を続けている。

“Celine makes strong fashion out of real clothes.(CELINEは、「リアルな服から、強いファッションをつくる」)”

奇抜な造形や抽象性によってファッションにするのではなく、実際に人が着るコート、シャツ、ニット、パンツといった既知のワードローブから、強いモードを生み出す。それこそがCELINEなのだと考えている。

実際、彼のCELINEを見ていると、その言葉は腑に落ちる。スカーフを巻く。バッグにチャームを付ける。シャツの襟を少し崩す。ブレザーにデニムを合わせる。一つ一つは、決して見たことのない服ではない。むしろ、誰もが知っているものだ。それでも、組み合わせ、身に着け、少しずらすことでモードになる。服そのものに正解を与えるのではなく、着る人に編集の余地を残している。

ライダーのファッション言語「民主的モード」

ライダーはCELINEを離れRalph Laurenへ向かった理由のひとつとして、より“a more democratic form of fashion”に関心を持つようになったことを『Vogue』に語っている。

「より民主的なファッション」。

もちろん、ここでいう民主的とは、ラグジュアリーを安価にするという意味ではないだろう。2026年の『Le Monde』のインタビューでは、CELINEを着る女性についてこう話している。

「CELINEを着る女性は、複雑なものではなく、日常のワードローブを求めていると思う」

カシミアのニットや完璧なトレンチコート。ひとつずつは日常のためのエッセンシャルでありながら、それぞれに意味がある。さらに、創業者Céline Vipiana(セリーヌ・ヴィピアナ)が手がけた「スポーツウェア」も、文字通りのスポーツ用の服ではなく、当時急速に近代化していた女性達の生活に寄り添うための服だったと説明している。

「Freestyle」との接点が見えてくる。

1982年の「Freestyle」もまた、抽象的な「女性像」からつくられたシューズではなかった。エアロビクススタジオで実際に身体を動かしていた女性達の生活から生まれた。そして、その使い方をブランドが管理し続けることもなかった。

女性達はそれをスタジオから街へ持ち出した。ニューヨークでは「5411」という別の名前まで与えた。ヒップホップはさらに別の意味を与えた。

使う人間が、プロダクトを完成させていったのである。

それは、ライダーが現在CELINEで試みていることと、どこか似ている。民主的とは、誰もが同じものを持てることではない。むしろ、服の意味をデザイナーだけが独占しないこと。スカーフをどう巻くか。チャームをどこにつけるか。ブレザーをどう崩すか。そして、「Freestyle」を何と合わせるのか。ラグジュアリーでありながら、最後の一手を着る人に委ねる。

マイケル・ライダーの「民主的モード」をそう捉えるならば、CELINEとReebokという一見意外な組み合わせは、むしろ自然なものに思えてくる。

Freestyleという態度

今回CELINEは、「Freestyle」を未来的なスニーカーへと作り変えてはいない。柔らかなガーメントレザーで足を包んだオリジナルへの敬意を残しながら、それをプレミアムラムスキンへ置き換える。その柔らかく、しなやかなレザーの感触は、ライダーが現在CELINEで導入しているレザーの感覚とも呼応する。

ReebokをCELINEにした、というだけではないのだろう。むしろ、「Freestyle」の中にもともと存在していた価値を、ライダーが見つけ出した。女性の身体から始まり、スタジオからストリートへ、ストリートからカルチャーへ。そして約半世紀を経て、パリのメゾンへ。「Freestyle」は、その居場所を変えるたびに意味を変えてきた。

ライダーがCELINEで試みているのもまた、服の意味を決めることではなく、それを人の生活へと返すことなのかもしれない。文化は、ブランドがつくるものではない。ブランドが手を離したところから生まれる。そのことを、ライダーは知っている。

だから彼が選んだ一足の名前が「Freestyle」なのは、あまりにも出来すぎている。

Reebok / CELINE

FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK

¥107,800

Reebok / CELINE

FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK

¥107,800

Reebok / CELINE

FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK

¥107,800

Reebok / CELINE

FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK

¥107,800

Reebok / CELINE

FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK

¥107,800

Reebok / CELINE

FREESTYLE LO BY CELINE / REEBOK

¥107,800

※すべて予定価格です