知られることのなかったHERMÈSのコラボレーション。
HERMÈS(エルメス)は多くのことで有名だ。「バーキン」、“H” の形のベルトバックル、シルクスカーフ、そしてマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)、クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)、ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)の時代。しかしこのフランスのラグジュアリーメゾンが最も知られているのは、むしろ語られない部分にある。150年以上にわたり、HERMÈSは希少性と秘密主義を原動力に、欲望を生み出し続ける装置のように機能してきた。年間にいくつバッグが生産されるのか? 誰も知らない。なぜHERMÈSはそれを明かさないのか。これもまた、ひとつの謎である。
この慎重かつ意図的に培われてきた沈黙のオーラは、コラボレーションにも及ぶ。HERMÈSが第三者と手を組むことは稀で、たとえ実現したとしても、全ては最初から最後まで、細部に至るまで厳重に管理され、水面下で進められる。そのためHERMÈSのコラボの舞台裏を垣間見ることのできる機会はほとんどない。とりわけ、創作や意思決定の過程が明かされるなどなおさらだ(『HIGHSNOBIETY』の取材に対し、HERMÈSは本記事に関するコメントを控えた)。しかし、最新のコラボレーターとの対話を通じて、まさにその側面に触れることができた。


©︎ DIEDERIK MARTENS, JAN WILLEM KALDENBACH
HERMÈSの最新のパートナーは、意外な人物だ。オランダのデザイン界で控えめながらレジェンド的存在として知られる、87歳のグラフィックデザイナー、カレル・マルテンス(Karel Martens)。タイポグラフィや版画における、形式的でありながら遊び心のある実験などにより、世界的にカルト的支持を集めてきた人物だ。HERMÈSはこれまでも、バウハウスを象徴するヨーゼフ・アルバース(Josef Albers)や、写真家・杉本博司といった巨匠と協業してきたが、カレルとの取り組みは少し異なる。両者が生み出そうとしているのは単発のプロダクトではなく、スカーフ、バッグ、ホームグッズ、そしてその先へと広がっていく、終わりなき対話なのである。
これらのコラボプロダクトは全て、カレルが娘クラーチェ・マルテンス(Klaartje Martens)、息子ディーデリック・マルテンス(Diederik Martens)と共にアムステルダムで運営するスタジオ「Martens & Martens」を通して制作されている。「これまでにもファッションブランドとの協業はありましたが、HERMÈSとの仕事はまるで別世界、どこか隠された魔法の世界に足を踏み入れるような感覚です」とクラーチェは語る。「刺激的であると同時に、完全に非現実的でもあるのです」

この関係が動き出したのは、2021年頃のことだ。カレルがスカーフのデザインを依頼されたのがきっかけだった(HERMÈSが馬具製造からレザーグッズやハンドバッグ事業へと領域を広げた1924年の100周年に合わせた制作も検討されていたが、実現には至らなかった)。当初、HERMÈSはカレルの既存作品のひとつをライセンス契約で採用する意向だったという。「でも父はすっかり乗り気になってしまって」とクラーチェは語る。「その場でデザインを始めたんです。それが結果的に、嬉しいサプライズとして受け入れられました」。このスカーフは現在生産段階にあり、3月にはパリのグラン・パレで開催された馬術の一大イベント「Saut HERMÈS」で初披露された。
また2023年には、カレルによる幾何学的で鮮やかな色彩のモノプリントが、HERMÈSから年2回発行されるインハウスマガジン『Le Monde d’ Hermès』に掲載された。その後、カレルは2025年春夏号に向けた新作制作を依頼される。左ページには、クラシックなカヴァルサドルや近年のカオルミのタルト皿といった、HERMÈSのプロダクトが並ぶ。右ページにはカレルの版画が配置され、向かい側のプロダクトと対になる構成だ。そしてその一部は、HERMÈSのアーカイブ画像の上に直接プリントされている。


©︎ HERMÈS
その後、両者のコラボは着実に、より深いものへと育っていった。カレルはHERMÈSのシーズンコレクションの一環として、定番のガーデンパーティーバッグのエディション制作に招かれる。「フォーマットが送られてきて、あとはいつも通り形や色を自由に転がしていきました」と、彼は語る。ワイドなコーデュロイパンツにふわふわのニットセーターを合わせた、気取らないのに羨ましいほど様になった定番スタイルで現れた。やがて彼は、3つの馬蹄が重なり合ったようなフォルムにたどり着く。これは偶然にも、メゾンの馬術的ルーツへのオマージュのように感じられた。
バッグが生産段階に入ると、その後は彼の手から離れることになった。「正直、かなり難しく感じました」とカレルは言う。「私は細部まで関わりたい性格で、普段は制作プロセスの全てに深く関わっています。ですが今回は、工場やアトリエを訪れて、その場でコメントや提案をすることができなかったんです」




とはいえ、彼が最終的な出来栄えに驚かなかったわけではない。「ファッションには詳しくありませんが、そのクラフツマンシップが比類ないものであることはすぐに分かりました」と語る。ただし、そのバッグを手に入れる難易度もまた群を抜いている。今秋、ごく限られたHERMÈSのブティックでひっそりと発売され、オンラインでも短期間のみ販売された。カレル一家も、アムステルダムでの特別アポイントメントを通じて自ら入手しなければならなかった。そしてそれが、完成品を家族全員で実際に目にした初めての機会でもあった。「あの瞬間まで」とディーデリックは語る。「このバッグが本当に実在するのかと、ときどき思っていました」
これは、圧倒的な知名度を誇りながらも、同時に深く謎めいた存在であり続けるHERMÈSのあり方を物語っている。一見矛盾しているようにも思えるこの性質こそが、1世紀以上にわたりメゾンの成功を支えてきた鍵でもある。カレルとのパートナーシップは、その秘密主義がいかに徹底されているかを示す好例だ。たとえ親密な協業相手であっても、信頼が十分に築かれるまでは一定の距離を保つ。そして関係は、時間をかけて強固なものへと育まれながら、段階的に広がっていく。
では、HERMÈSとカレルの次なる展開は。「今も様々な企画が進行中です。チェック柄やキートレー、そして新たなバッグ」とクラーチェは語る。「私達にとってHERMÈSは、巨大なホールのような存在。それぞれの扉が異なる部屋へと繋がっていて、ときどきその扉が開き、招き入れられる。そこに何が待っているのか、次に何が起こるのかは、いつも分からないままなんです」
©︎ HERMÈS
※本記事は2026年4月発売のHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE16+に掲載。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE16+ BOTTEGA VENETA
発売日:2026年4月24日(金)
定価:2,750円(税込)
仕様:B4型
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※本商品は上記のみでの販売となり、一般書店での販売はございません。あらかじめご了承ください。
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- Words: Lukas Mauve