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Life beyond style

ソーシャルメディアが人のメンタルヘルスに果たす役割について掘り下げる Highsnobiety Overshareへようこそ。Z世代のセラピー術から、ネットで話題のコメディアン、ジェイク・シェーンのパーソナルエッセイ、#TherapyTokで飛び交う言葉、フレーズ、診断名などを紹介しよう。

元技術者で現在作家志望の25歳、アーヴィン(Irvin)は16歳の時、法を犯し、テキサス州の保護観察の一環として、セラピーを受けることとなった。「反抗的な若者だったから、セラピーなんかが役に立つとは思っていなかった」とアーヴィンは言う。

そして2023年、自分がどう生きたいのかを考えるため、また過去のトラウマが関係していると彼自身が自覚する諸々の問題に向き合うため、セラピーを再度試してみることにした。「セラピーを受ける中で、自分の問題の根底に両親、特に母親との関係があることに気づいた」という。やがて一念発起し、仕事を辞め、両親の出身地であるエルサルバドルに移住した。そして現在家族との絆を取り戻し、作家としての新たなキャリアを目指している彼は「セラピーを受けなければ、自分を信じて賭けてみるなんてことはしなかったと思う」と言う。

メンタルヘルスを話題にすることは少し前までタブー視されていた。しかしアーヴィンを含め多くの若者が、セラピーが人生に与える影響について知るようになり、セラピーは身近な存在となってきている。2019年の米国心理学会(APA)の調査で、Z世代は他の世代よりも多い割合(ミレニアル世代35%、X世代26%、団塊世代22%に対し、Z世代は37%)で、メンタルヘルスの専門家による治療やセラピーを受けたことがあると回答した。しかし、ミレニアル世代(15%)やX世代(13%)に比べ、Z世代は自分のメンタルヘルスが「まあまあ」または「悪い」と答える傾向が強いという結果が出ている。

他の世代よりもセラピーに通うZ世代が今もメンタルヘルスに悩んでいるのはなぜなのか?

ひとつには自分に合うセラピスト探しの難しさが挙げられそうだ。カナダのトロントでヴィンテージショップの共同経営者をしている26歳のアリアンナ・スタルテリ(Arianna Stalteri)は、18歳で初めてセラピーを受けた。「かなり重度のADHDと季節性うつ病があるものの薬物療法は受けていないので、セラピーや、自分を愛してくれる人達、自然や外の世界と繋がることが救いになっている。そこに頼ることで自分の頭の中の思考に悩まずにいられる」と彼女は説明する。最終的に自分に合うと思えるプロに出会う前に、3人のセラピストのカウンセリングを受けた。「信頼できるかどうかを決めるのは直感でしかない。最初のセラピストさんからもらったアドバイスは、必ずしも良いアドバイスとは言い切れなかったし、私に合っているとは思えなかった。だから直感に従って別のセラピストさんを見つけた」と彼女は言う。適切なセラピストと出会うまでにかかる時間はかなりの障壁となり得る。

しかし、バーチャルセラピーの普及により、メンタルヘルスサポートへのアクセス、自分に合ったセラピスト探しが、かつてないほど容易になっている。「遠隔地住まいで直接会えるセラピストが少ない場合はリモートセラピーが便利」とノースカロライナ大学臨床心理学博士課程に在籍するカーラ・フォックス(Kara Fox)も説明する。

Z世代におけるメンタルヘルスの不調率が数字として高まっていることは、こうしたアクセス向上の裏返しである部分もあるかもしれないとフォックスは言う。「認知度が上がることで(メンタルヘルス疾患を)意識する度合いが高まっている。ADHDがその良い例。女性や少女は昔から過小診断されてきたが、現在では意識が高まり、診断を受けるケースも増えている。ADHDであるのは昔からではあるものの、今になって遅ればせながら認識されるケースが増えているということ」。つまり、より多くの人々がメンタルヘルス問題を抱える自覚を持つようになったという統計結果が出ているのは、以前の世代には手に入らなかった(その結果一人苦しむしかなかった)情報が広まったためかもしれない、ということだ。

@oh_thats_lauren #stitch with @mojojojokes Never again. #betterhelp ♬ original sound – Lauren

もう一点は治療内容だ。BetterHelpなどの人気遠隔医療プラットフォームにはかなり問題があり、効果よりも害の方が多い可能性さえあるとフォックスは言う。TikTok上にも、元患者らによるBetterHelpの劣悪な利用体験に関する投稿が相次いでいる。そこにはセラピストによる面会への欠席や遅刻、面会中に共用ラウンジでポップコーンを作り、食す行為、摂食障害で苦しんできた患者の最近の減量を祝福し、再びトラウマを負わせる行為、といった劣悪な体験が描写されている。「BetterHelpは正しく統制管理されておらず、セラピストによる倫理に反する行為が報告されている」とフォックスは言う。またBetterHelpは最近、機密性の高い患者の健康情報をFacebook、Snapchat、Pinterestなどの企業に売ったとして、連邦取引委員会からも非難を浴びている。

BetterHelpが人気になった大きな理由はその価格設定にある。対面セラピーの相場は1回100ドル、精神科医によるセラピーの場合、最大200ドルに上るが、BetterHelpの対面セラピーの料金は1回65ドル程度だ。

アーヴィンにとっても費用は重要な検討事項だった。結局彼はセラピーを数カ月でやめざるを得なかった。「1回150ドルくらい支払っていた。1週間に150ドルは大きい」

The Thriving Center of Psychology(米国の主要都市を拠点にするメンタルヘルス・プラットフォーム)が2023年12月に行った調査によると、金額の高さを理由にセラピーに通っていない人は58%に上る。そしてこの費用の壁により、多くのZ世代が別の支援源へと流れている。カナダに住む28歳のシンガーソングライター、B.M.は、お金に余裕があるときはセラピーに参加するものの、余裕がないときはソーシャルメディアを通じて支援を受けているという。彼のお気に入りは南カリフォルニア在住のホリスティックセラピストの@flynnskidmoreと、オレゴン州ポートランド在住でプロカウンセラーの資格を持つ@therapyjeffだ。「@therapyjeffは恋愛の悩みを打ち明けた友人から勧められた」とB.M.は説明する。「ジェフ(Jeff)が自分と自分のパートナーに問いかけるべき質問リストを作ってくれたおかげで、パートナーととても建設的な会話をすることができた」

メンタルヘルスに関する認知度が高まり、偏見がなくなることは素晴らしいことだが、メンタルヘルスインフルエンサーが急増することで問題も起きている。「(ソーシャルメディア上の)情報の中には患者の孤独感を和らげる良質なものもあるが、誤った情報も多い。有用とは言えない自己診断方法が紹介されていることもある」とフォックス。

ソーシャルメディアは全般的に、若者のメンタルヘルスに甚大な悪影響を与える可能性がある。2002年にマッキンゼー・ヘルス・インスティテュート(MHI)が26カ国に住む42,000人を対象に行った調査によると、Z世代はほかの世代よりも多い割合で、ソーシャルメディアによるメンタルヘルスへの悪影響があると回答している(ミレニアル世代19%、X世代14%に対し、Z世代は27%)。またZ世代の35%が1日2時間以上をソーシャルメディアに費やしているのに対し、ミレニアル世代は24%、X世代は17%に留まる。

シアトル郊外を拠点に食品飲料関係の企業を経営する23歳のマリア・ケラーマン(Malia Kellerman)もソーシャルメディアとの愛憎関係に共感する一人だ。「ソーシャルメディアに使う時間が増えれば増えるほど、雑念や不健全な思考で頭の中が錯乱していく」と彼女は言う。アプリを削除したりソーシャルメディアから離れたりしても、毎回すぐに舞い戻ってしまうという。「以前一度、数カ月間全てのソーシャルメディアを削除したことがあるけれど、その後 FOMO(fear of missing out:SNS上の仲間が楽しんでいる内容に自分だけついて行けていない恐怖)に襲われたり、遠くに住む友人の近況が気になったりしてまたダウンロードしてしまった。いつもそんな風に行ったり来たりしてしまう」

米国を拠点とする非営利団体「#HalfTheStory」のような組織では、テック企業に対しデジタルウェルネスを促進するプラットフォームの構築責任を負わせる方向での政策変更を求め活動を展開している。団体では、ソーシャルメディア中毒の被害を受けた子供達に代わってカリフォルニア州の親や司法長官がソーシャルメディア企業を訴えることを可能にする法案を提唱する「AB 2408」キャンペーンを展開していたが、同法案は2022年に廃案となった。

「AB 2408」は子供に焦点を当てたものだったが、可決すればZ世代を含む成人も恩恵を受け得るものだった。社会的比較や過当競争などの悪影響に対抗するため、ソーシャルメディアプラットフォームがリマインダーや通知を実装する方法はたくさんある。例えば何人ものプロフィールに長時間目を通しているユーザーを検知した場合に通知を表示し、いわゆるスクロールトランス状態からユーザーを「揺り起こす」などの方法だ。「ソーシャルメディアのアルゴリズム、無限にスクロールをし続けられてしまう特徴、コンテンツを素早く受け取れる特徴が人間を虜にしてしまう」と#HalfTheStoryの創設者兼CEOラリッサ・メイ(Larissa May)は説明する。「人間の脳は28歳まで発達し続ける。ソーシャルメディアの諸機能は、発達中の脳の大脳辺縁系と感情中枢を餌食にしてしまう」。ソーシャルメディアの中毒性への対抗手段として、脳が色の刺激に惹かれてしまわないよう、携帯電話をグレースケールにすることや、アプリをフォルダに整理し、簡単に開けないようにすることなどをメイ氏は提案している。

HalfTheStoryのように重要な政策変更を提唱する組織がある一方、Z世代の若者を一般化して捉えないよう研究者や法律家に対し求めている若者もいる。Z世代のプロダクション会社Astro Studiosの共同設立者でポッドキャスト「Teenager Therapy」の元共同司会者である20歳のガエル・アイトール(Gael Aitor)がその一人だ。「世代を代表した意見というもの言えない。Z世代と一口に言っても、一番下の世代と上の世代では性質が全く違う」と彼は言う。Z世代はセラピーやリソースをこれまで以上に利用できるようになったとはいえ、それはメンタルヘルス改善への第一歩に過ぎないとも、カリフォルニア州アナハイム在住のアイターは言う。「僕らの世代はセラピーの用語や、自分自身の説明、ラベリング、診断に使う言葉については詳しいかもしれない。でもそれを知っているからといって、ラベリングや診断を正しく役立てられているとは限らない」

メンタルヘルスについて気軽に話せるようになった若者も増えているが、世界的に増えているわけでは残念ながらまだない。エルサルバドルでは、メンタルヘルスの話題にはまだ偏見があり、オープンに議論されることはないとアーヴィンは言う。中国生まれ、28歳アートキュレーターのアイシャン(Aishan)は、18歳の頃、美術史を学びにニューヨークに移り住んだ。「大学でセラピーを受けている人が多いことに気づいた。セラピストにかかったり自分のメンタルヘルスをケアしたりすることがクール、みたいな感じで」。中国ではメンタルヘルスに対する意識や関心がほとんどないと彼女は言う。「中国では物事に耐えることが求められる。問題があってもそれに耐える文化。それは、私は必ずしも正しいとは思わないけれど」

現在の若者はメンタルヘルスの問題に直面しているが、認知度の向上とセラピーへのアクセス向上は、Z世代の成長過程に良い影響をもたらすはず、アイターの見方は楽観的だ。「僕達の世代は教育熱心な親になるかもしれない。そこに期待している。悪循環やトラウマ、自分達の行動原理について自覚ができているから、そこを断ち切ることもできるかもしれない。それを期待している」。

治療が必要と思われる症状がある場合、深刻なメンタルヘルスの悩みを抱える知り合いがいる場合、救いはたくさんある。まずはかかりつけの医師への相談、最寄りのクリニックへの問い合わせが第一歩だ。オンラインで支援を得ることもできる。検索に使うキーワードを具体的にし、役立ちそうなサイトを見つけたら、そのサイトが適切な認定を受けているかどうか(画面の最下部に「認定」や「認証」といったロゴが入っているかどうか)を必ず確認する。セラピストやセラピーの種類について知るには『PSYCHOLOGY TODAY(サイコロジートゥデイ)』(米国の心理学の専門誌)が参考になるだろう。そして何より、最も重要なのは、友人や家族に相談し、助けを求めることだ。