地球環境と命を守るのはどこかの誰かではない。メディアと作るミライへの希望
人間の活動が地球を熱くしていることは明白となり、夏の暑さとともに自然災害は年を追うごとに酷さを増すようだ。今年の8月末からパキスタンで起きている洪水の映像をSNSのフィードなどで見かけただろうか。この洪水によって国土の3分の1(日本の本土と四国を足した面積)が水没し、3300万人以上の被災者と1400名以上の死者を出している。その原因は異例の猛暑がひきおこした、山の上の氷河やダムが決壊し洪水を起こす「氷河湖結界洪水(山津波)」だという。もしくは、2019年にオーストラリアで起きた最悪の大規模火災時に火傷を負ったコアラやカンガルーの動画を見かけたことはないだろうか?温暖化により山火事が数カ所で頻発し、燃え盛る炎によって自然動物たちが行き場を失い生態系に変化が起きることから、気候変動による火災が世界の自然基盤を変えていく火新世(Pyrocene)という言葉が生み出された。
現在の私たちの生活に欠かせない電気・ガス・交通・運搬・銀行などのインフラのおかげで生活は便利になった一方で、化石燃料を元にした物資を燃やすことで排出される温室効果ガスが、地球温暖化の原因だ。不可解なのは地球に生きる我らすべてが同じ危機感を共有し、改善策の実践を行うに至っていないことだ。
そういった気候危機に対する認知の低さに取り組むためにメディアを巻き込むことを思いついたのは、名取由佳だ。2019年に気候変動の実態を知り、学びを進めながら多様な世代や立場の等身大アクティビズムを実行するGreen TEAを発足。その後ソーシャルワーカーとして仕事をしながらロビイング活動を行う傍ら、Media is Hopeを立ち上げた。団体の活動についてや活動姿勢などを伺った。
——環境活動家になったきっかけと、これまでの歩みをお聞かせいただけますか?
人に楽しんでもらうことが好きなので、大学を卒業してからエンターテインメント系の一般企業に勤めていました。イギリス旅行へ行った時に、古着の虜になって。古いものに対する価値観に衝撃を受けたんです。ものを大切にすることって本来人間が持っている、大事な感性だと改めて思いました。行きすぎた資本主義が生み出す消費主義は、あらゆる人の持つ大事な心さえ奪っている気がしました。それをきっかけに環境問題や人権問題に対してももっと興味が湧くようになって。調べを進めるうちに気候変動が一番喫緊の課題であることを知り、絶望的な事実に直面しました。
——当時はどのようなソースで調べていましたか?
最初は日本で数少ない活動家のSNSを追っていました。それから本やウェブ、ドキュメンタリーで学びを深めました。その時にちょうどオーストラリアの森林火災の衝撃的な映像を多く目にしました。本当に深刻だと思い、周りの人にも知って欲しいなという思いで、気候変動の情報をSNSを使って発信をし始めたんです。当時はそういった発信をされてる方も少なかったので、先進的に活動されている方や、同じ想いの仲間とどんどん繋がることができて、実践的な活動に移っていきました。
——仕事もしながらの環境活動はどのように行っていますか?
現在は障害支援のNPOでソーシャルワーカーをしていますが、元々は一般企業に勤めていました。資本主義に基づく経済活動によって矛盾や社会構造の限界が出てきていると感じる中で、自分は福祉の部分で社会貢献していけたらなと思ってピボットをしました。普段は仕事をしながら社会活動をしています。この活動をしていなければ出会えなかった人たちと出会い、社会を良くするために立場を超えて切磋琢磨したり、今はまだない気候変動を解決するためには必要な、価値やインフラを世の中に生み出すことは、本当に面白い。面白いからやれているんだと思います。
——Media is Hopeを発足したきっかけはなんですか?
やはり、自分自身が気候変動の深刻な実態を知る機会がなかったことがきっかけです。そして、知り始めた時に周りの人もまったく知らないというところに絶望しながら、「知っててこの状態なら絶望だけど、知らないでこの状態なら、諦めるのはまだ早いよね?」って。そこに希望を見出しました。そして、最初はメディアを変えるって意気込んでいたんですけど、メディアを選び、影響を与えているのは私たち、視聴者や読者でもあるんだっていうことに気づいて。だからメディアへ委ねるのではなく、メディアと「協働する」メディアを「応援する」チームです。それから、メディアというのは公正な社会にとって大事なインフラです。気候変動のような人類の存続すら危ぶまれるような問題が、報道できない状態は健全ではない。「気候変動を報道している」状態を目指すということは、これまでのメディアのアップデートを実現するということでもある。今はそこまで目指しています。
——具体的にはどのような取り組みをされているんですか?
メディアやスポンサー企業、視聴者といったメディアを取り巻く人たちが、独立した状態では、なかなか気候変動報道は難しい状態にあるし、この状態では本質的な解決には向かえないです。なので、まずはさまざまな立場の人たちが繋がりあうプラットフォームを構築し、Media is Hopeはその架け橋になっています。その中で、気候変動がむずかしいあらゆる事由をサポートしています。例えば、気候変動を学びたいメディア関係者向けの勉強会を開いたり、気候変動報道が重要・必要だと思っている企業には賛同企業として加わってもらったり、メディア同士で情報共有をする機会をつくったり。気候変動の情報は移り変わりが激しいので、専門家を呼んで現状を教えてもらう機会をつくったり、活動家などの取材先に繋げたりしています。そして、まだまだ試行錯誤の必要な気候変動を解決する上で必要な報道や番組、コンテンツとはどんなものなのかを、メディアではない私たちからも、考え続けています。
——対企業にはどのようなアプローチになりますか?
今、気候変動を解決したいと思っている企業はたくさんあります。そういった企業とは既に多くのコミュニケーションをとっていますが、実感として企業側も世論を巻き込むことが最重要課題になっていると思います。これまでのメディアから見た企業というのはスポンサーとして少し圧力となるような立場だったと思うのですが、それを払拭するためにMedia is Hopeが仲介に入り、気候変動報道を後押しする企業群としてサポートしてもらえるよう働きかけています。そして、そんな企業が選ばれる状態をつくることが理想です。
——各メディアでの報道数などをSNSで発信する背景にはどのような狙いがあるのですか?
まずは、報道数を増やしていくことが大切なのでそれを可視化していくことです。そして、尽力されているメディア関係者の皆さんのモチベーションにも寄与すると思いますし、先進的に報道するメディアが選ばれるようにするためです。
他の組織でこれをやっているところはなかなかないので、今後の気候変動報道においてとっても重要な資源になっていると思います。
——メディアと密接に関わるようになって感じるメディアのポジティブな面と課題を教えていただけますか?
メディアの方々と接する機会を持って一番嬉しく感じるのは、思いのある人たちがたくさんいるということですね。昨今、メディアに対する風当たりが強くなっていると感じますが、より良い社会のために尽力されている方は本当にたくさんいます。難しいと思うのは、やはりビジネスであるというところや、難しいニュースや情報は見られにくいという課題です。その難しいバランスの中で、気候変動や環境問題、社会問題を解決していくためにはメディア自身の努力と、それを支える企業、市民の意識が重要です。
——特に若者はマスメディアよりもインターネットベースでの情報収集が主流です。しかしSNSメディアは拡散力に長けていながら、管理され尽くしたアルゴリズムによって新規への情報拡散が難しいですよね。
本当にそう思います。SNSだけだと気候変動に興味のある人にしか届かないのが現実だからこそ、マスメディアが報道することに意義を感じています。いま個人ベースでメディアが確立されている中で、自分が欲しい情報しか見てないことが分断社会を生んでいると感じていて。これが加速したら気候変動解決はもっと難しくなるのではないかな。マスメディアが今こそジャーナリズムの力を発揮しないと、気候変動を止められないなというのが私の中での危機感です。ただ、それを実現するには色んな媒体で取り扱われることが非常に大事なので、結局はどのメディアも重要です。なので、今回呼んでいただいて本当に感謝しています。
——公正さや公平さを保つために、個人が回避できることもあるかもしれません。
社会問題が深刻化している背景には、解決するのも、加担しているのも「どこかの誰か」だと思っている人がほとんどだからだと思います。責任は政治家、企業、メディアや大きな権力にあると。ただ、それを支援しているのは私たち一人ひとりなんです。だからこそ私は普通の人だからできることがある、と自覚を持って活動をしています。そもそも、政治家も企業もメディアもみんな一人ひとりです。個々の人たちがどれだけ自分に矢印を向けて、自分のテリトリーから一歩踏み出し、この問題と向き合えるかが大事になってくると思います。
——気候変動には複合的な問題があります。大きく認知が広がらないのはメディアの背景にある政治や権力との関わりがある。気候変動で影響を受ける女性やマイノリティをサポートしなかったり、国外の石炭火力発電に大手メガバンクが世界のトップ3企業として投資し続けたりしている。そういった矛盾点に対してどう思いますか?
気候変動や環境問題って何かを善悪で考えがちなのですが、このしがらみを生んでいるのは特定の何かではなく、社会構造なんです。企業が利益を生まなきゃいけないという様々なしがらみがあって、化石燃料がある。それが結果的に気候変動を加速させたわけです。だからそこに悪を突きつけるだけでは解決に向かわない。社会構造自体に目を向けていかなきゃいけない。気候変動は、どこの誰にとっても解決するべき問題です。だから短期的な損得だけではなく、長期的な視点でひとつひとつの背景に目を向け、それをどうしたら変化させられるのかを、皆で考え、実践していくことが大事なんです。
——バイデン米大統領が、気候変動政策へ23億ドル投資を発表しました。こういった実例に対して、日本で足りないなと思うことや、して欲しいなと思うことは?
気候変動を解決する上で必要な政策はあらゆる部分で足りていません。そして私たちは気候変動を解決する前に、「気候変動時代を生きる」のです。ロシア、ウクライナ危機で突きつけられたエネルギー高騰問題のように、あらゆる資源を海外に頼っている日本は本当に危険な状況です。国の政策を動かすには時間がかかるので、自治体レベルでの取り組みを加速させていくことも重要です。個人では、パワーシフト(ネットで簡単に自然電力や再生エネルギーへ変更可能)をしたり、環境活動している人を支援したり、環境活動にジョインしたり、あらゆるセクターに市民として参画して欲しいです。
——名取さんの推進力には学ぶべきことが多いです。これからの活動家に向けてどんなアドバイスをしますか?
私自身、特別な知識やスキルを持っているわけではないですが、大事だと思うことを提案したり、 実践し続けてみています。答えのない問いの中で、自分なりの「答え」を探し続けてみて欲しいで す。この活動で、意見の相違に悩む人をよく見かけますが、大半の場合は「意見が合わない」のではなくて、「対話」や「探求」が足りないだけなんです。だから、自分自身で考えて導き出した「答え」に、もっと胸を張ってみて欲しいと思います。気候変動という大きな問題と向き合うのは大変なこともありますが、必ず同じ想いの人と出会えるし、それこそが希望です。「気候変動時代をどう生きるか」と個々人が向き合い、そこから喜びや面白さを見出すこと。その先に「今よりもっと良い社会」が待っていると思っています。
- Photography: Yuya Shimahara
- Edit & Interview: Yuka Sone Sato