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Life beyond style

本記事は、ハイスノバイエティの6カ月にわたる特集「Identity & Representation(アイデンティティーと表現)」の一部を抜粋したものである。アイデンティティーのさまざまな側面と、それらがハイスノバイエティの世界で広く受け入れられている慣習やしきたり、会話をいかにして形作っているかに焦点を当てている。全シリーズはこちらから。

「私が作る男性の服は、女性の服と同じくらい、女性にも良く似合うと思う。男女の服装には違いがあると誰が決めたのか、いつも疑問に感じる」
1983年のThe New York Times(ニューヨーク・タイムズ)のインタビューで、世界的デザイナーの山本耀司はこのように述べている。

当時、山本耀司が手がけたオーバーサイズのメンズウェアは、女性客にヒットした。今はなき、ニューヨークの「Charivari(シャリバリ)」のようなエッジのきいた店では特に、ニッチな顧客からの人気を集めた。しかし、それ以外の場所では、耀司の提案するジェンダーレスな服は過激なものと捉えられていた。

今日、世界は少し異なっている。女性は何十年もの間、男性の服を快適に着こなしているが、今では男性も、女性の服を購入して着ることに対してほとんど躊躇がない。このような購買パターンは、小売店の伝統的な男女のカテゴリーに挑戦を仕掛けている。

耀司のファンで、かつて大学のサッカー選手だった27歳のジーク・ヘム(Zeke Hemme)は、身長約192センチ、いかにも伝統的なアメリカ人が理想とするような男らしい体型だ。ブロンドのモップヘア、角ばった顎に不良っぽい髭を生やしている。彼はシスジェンダー(身体的性別と自分の性自認が一致している人)の男性で、「Yoji Yamamoto(ヨウジヤマモト)」のスカート風キュロットを履いたり、シースルーのメッシュシャツに花柄プリントと人工パールのブレスレットを合わせたり、「ISSEY MIYAKE(イッセイミヤケ)」のだぶだぶのトラックパンツを着ることが好きだという。

「女っぽいとか、女性のためだけに作られたものかどうかは、自分にとって問題じゃない。簡単に言えば、試着してみてよければ、着る、ただそれだけのこと」とヘムは言う。彼はITコンサルタントして働く一方、日本のヴィンテージファッションのレンタルと販売を行う @soft_eeを運営しており、ラッパーのトラヴィス・スコット(Travis Scott)も顧客に持つ。「自分が誰であるか、そして自分が好きなものについて満足している」とヘムは語る。

ヘムのような男らしさについての寛大な態度は、決して珍しいものではない。結局のところ、彼は分類されることを嫌がり、性別や男性らしさ、女性らしさといった堅苦しい認識を打ち破ろうとしているミレニアル世代なのだ。彼よりさらに下のZ世代は、より流動性を受け入れている。 J. Walter Thompson study(ジェイ・ウォルター・トンプソンの調査)によると、300人のジェネレーションZ世代の52%が、自分自身について「完璧にヘテロセクシャル(異性に対して恋愛感情を持ち、性的な感情を抱く指向を持つセクシュアリティ)」とは思っていないという。また、78%が「性別は従来のように人を定義しない」という考えに賛同している。

Z世代は、LGBTQI+コミュニティが以前より主流となり、世の中で認知を獲得してきた様子を目の当たりにしてきた。これには、勝ち抜きコンテストのリアリティ番組「RuPaul’s Drag Race(ル・ポールのドラァグ・レース)」や、Netflixで復活したライフスタイル改造をテーマとした人気番組「Queer Eye(クィア・アイ)」、5人のトランスジェンダー俳優が出演するFXのドラマ「Pose(ポーズ)」といったテレビが影響している。またZ世代は、#MeToo活動によって力を与えられた女性たちを見てきたし、K-POPのボーイズバンド「BTS(防弾少年団)」や、ストリートウェアを愛し性別にとらわれないスタイルを貫く歌手、ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)を聴くことが好きである。

「ソーシャルメディアは人々に、挑発的な写真を絶え間なくアップすることを許可してきた」とヘムは言う。「時間が経つにつれ、これまでは社会的に間違いだとか、とんでもないと思われてきた人たちも、ある程度の範囲では正常とみなされるようになるだろう」

ファッションの世界では、CFDA賞を受賞した「Telfar(テルファー)」、LVMH賞を受賞した「Doublet(ダブレット)」、「WALES BONNER(ウェールズ ボナー)」「Ludovic de Saint Sernin( ルドヴィック デ サン サーナン)」「Palomo Spain(パロモスペイン)」「HOOD BY AIR(フッド バイ エアー)」「ECKHAUS LATTA(エコーズ・ラッタ)」、「Gypsy Sport(ジプシー・スポーツ)」「VAQUERA(ヴァケラ)」など、数々の独立系レーベルがジェンダーレスを掲げている。大胆でオープンマインドなブランドメッセージを発信している「GUCCI(グッチ)」、メンズ・ウィメンズのランウェイショーを統合した「JW ANDERSON(JW アンダーソン)」、ジェンダーニュートラルなアクティブウェアコレクションが話題の「NIKE(ナイキ)」、透け感のあるシャツをメンズコレクションで発表した「Dior(ディオール)」、インスタグラムにスカートとヒール姿の男性の写真を投稿した「THOM BROWNE(トム ブラウン)」など、ビッグメゾンも同様に思い切ったアプローチを仕掛けている。

2009年、ストラヴォロス・カレリス(Stavros Karelis)は、「CRAIG GREEN(クレイグ・グリーン)」や「RAF SIMONS(ラフ・シモンズ)」のような力強いブランドを取り揃え、それらをジェンダーレスに販売するセレクトショップ「MACHINE-A(マシーン・エー)」をロンドンにオープンした。「当初はもっと予約が入っていた。しかし時間が経つにつれ、メンズとレディスに服を分けることの意味がなくなったんだ」と彼は言う。「今の顧客は、昔よりも勇気がある。自分が暮らしている社会に対して、より安心を感じているんだ」

「ストリートウェアブランドは、男性にとって新しい扉を開き、ファッションを別の視点で見ることを可能にした。そういう意味で、我々は感謝すべきだと思う」と、ニューヨークを拠点とするブランド「Sies Marjan(シエス・マルジャン)」のクリエイティブディレクター、サンダー・ラック(Sander Lak)は言う。

シエス・マルジャンは2016年のローンチ当時、鮮やかな色と質感で知られるウィメンズウェアのブランドだった。しかしラックはすぐに、女性用のボタンダウンサンダーシャツを公式行事の場面で着用する男性たちがいることに気がついた。サンダーシャツの需要は彼にインスピレーションを与え、2017年12月にメンズウェアのカプセルコレクションをローンチすることとなった。「最初に完売したのは、ピンクのシアリングジャケットだ」と言う。

ニューヨークを拠点とするブランド「SANDY LIANG(サンディー リアン)」は当初、女性向けに販売されていた。しかし、男性がオーバーサイズのカラフルなフリースジャケットを購入していることに彼女は気がついた。「このジャケットは常にユニセックスな存在であり、いつもそこには男性顧客がいました」とリアンは言う。

店の顧客は、リアンの保守的な兄弟から、ニューヨークとサンフランシスコに店を構える中華レストラン「MISSION CHINESE FOOD(ミッション チャイニーズ フード)」の創設者で、ジェンダーの枠を超えた独自のスタイルでダウンタウンのスタイルアイコンとして知られているダニー・ボーウィン(Danny Bowien)に至るまで、幅広い。「この数年は、ユニセックスとして商品を販売している。男性に向けて買いやすく快適なものにしている」とリアンは説明する。

リアンは最近、ローワーイーストサイドのエルドリッジストリート139にポップアップストアを開いた。この店ではまだユニセックスコレクションを展開していないが、店を訪れた男女半々の顧客たちを魅了した。

より多くの男性がウィメンズコレクションから服を買い、その逆もまたあり得る。シエス・マルジャンもサンディー リアンも、ユニセックスによるブランド運営に利益を見出し始めている。6月のパリ・メンズコレクションに先立ち、「もしウィメンズとメンズ両方のコレクションで同じ生地を使うなら、以前は400メートルだったが、今回は800メートル分オーダーすることができる。なぜなら同じ生地で売り上げが2倍だからだ」とラックは言う。「本当に助かるよ」

「もしブランドがメンズとウィメンズのコレクションを両方発表したら、コストが2倍になる」と、1年で複数回メンズ、レディスのショーを行うカレリスは言う。彼はマシーン・エーに置く商品のセレクトのため、ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、パリなど、年に数回出張に出かける。「バイヤーにとっても一緒で、これは時間とお金のかかるプロセスだ。ファッションウィークのシステムが、今のやり方からある程度変わってくれることを願っている。そうすれば、メンズとウィメンズがつながる」

インスタグラムにアップされるのと同じスピードで服を購入したい消費者が増えており、一般的なファッションシーズンの需要は以前より低くなってきている。「定価で売る各商品の平均寿命は、約1カ月」と、マシーン・エーのカレリスは言う。ジェンダーレスな服は、メンズとウィメンズ両方の市場を結びつけ、ユーザ規模もより大きいため、さらに多くの可能性を秘めている。

「サイズとフィット感の違いは常にメンズ、ウィメンズの分類を必要とすると思います」と、小売業界についての予測で知られる未来学者で著者、ダグ・ステファンズ(Doug Stephens)は言う。「しかしスタイルや服の種類は、さほど影響しないでしょう」

カレリスは、ジェンダーレスかつシームレスに生産できる靴や小物などの小物に機会を見出している。彼は、80年代に多くの女性が履いていた「Maison Margiela(メゾン・マルジェラ)」のつま先が分かれたTabi(タビ)シューズの商業的成功を引き合いに出した。昨年、タビシューズにヒールが加わり、男性のために再ローンチされた。「シーズンのベストセラーの一つとなった。マシーン・エーだけでなく、『MATCHES(マッチズ)』や『SSENSE(エスセンス)』のような小売店でもね」とカレリスは言う。「今の時代は、こういうタイプの商品に対して明らかに大きな市場の需要がある」

しかし、ジェンダーレスな洋服はファッションの未来において重要な一部を占めるのだろうか?

ステファンズは、そのように考えている。「私たちがどのように服を着るかについては、性別の観点からみると、その大部分は男女の役割をどのように考えているかを反映している」と言う。「男女の役割があいまいになるにつれて、メンズ、ウィメンズのファッションにおける伝統的なアイデンティティーもあいまいになってきている。男であること、女であることの意味について見解がより進歩していく限り、変化を満たすためにさらに多くの先進的なファッションデザインが生まれていく」

ニューヨーク・タイムズのインタビューから36年後が経った今、山本耀司はもはや男性、女性の服の違いについて疑問に思うこともないだろう。