ラグジュアリーは、一人ではつくれない。フィレンツェの工場で目にしたのは、職人だけの世界ではなかった。サンドラ・チョイがブランドの哲学を語り、小木 “Poggy” 基史(以下、Poggy)がカルチャーやスタイルの感覚を持ち込み、それを職人達が技術へと翻訳していく。そこではクラフトは手仕事を意味する言葉ではなく、多様な視点が交差する創造のプロセスだった。現代のラグジュアリーとは、こうした共創の積み重ねから生まれるものなのかもしれない。

フィレンツェ郊外にあるJIMMY CHOOの靴工場とバッグ工場を訪れ、まず印象に残ったのは、その静けさだった。ラグジュアリーブランドの生産現場というと、大人数による分業や効率的なラインを想像していたが、実際には少人数の職人達が、一つ一つの工程と向き合っていた。ミシンで革を縫い合わせる人、ロゴを刻印する人、木型に革を張り込み、ハンマーで形を整える人。そして最後に完成品を確認する人。それぞれの工程には機械も使われているが、その判断は最後まで人の手と感覚に委ねられていた。

さらに興味深かったのは、工場が単なる「生産」の場ではなかったことだ。訪れた日は、クリエイティブ・ディレクターのサンドラ・チョイと、メンズコレクションのスタイル・キュレーターを務めるPoggyが、2027年春夏コレクションのサンプルを確認していた。テーブルにはソールやアッパー、様々な素材が並び、二人は組み合わせを変えながら細かな違いを検証していく。サンドラが「素材選びは本当に重要」と語るたび、工場長や職人達も輪に加わり、それぞれの意見を交わしていた。

デザインはスタジオで完成し、工場はそれを形にする場所だと思っていた。しかし実際には、デザインは工場で完成していた。

今季のメンズコレクションは、19世紀後半にウィリアム・モリスらが提唱したアーツ・アンド・クラフツ運動を着想源としている。産業革命による大量生産への反動として生まれたこの運動は、手仕事を礼賛することではなく、デザインと制作を切り離さず、美しさと実用性を両立させることを目指した思想だった。その精神は、英国を象徴するローズをレーザー加工やヴィンテージレザーで再解釈した今季のコレクションにも通じている。

工場で目にした光景は、その思想を現代に置き換えたようにも映った。サンドラがブランドの哲学を示し、Poggyがカルチャーという視点を持ち込み、職人達が技術によってそれを形にする。ものづくりは、一人の才能によって生まれるのではない。異なる知識や経験が交わる対話の中で、ひとつのプロダクトへと磨き上げられていく。その「共創」のプロセスこそ、今JIMMY CHOOが考えるクラフトマンシップなのではないだろうか。

サンドラ・チョイ

——ビスポークシューズづくりを学ばれた経験は、靴づくりそのもの以上に、どのような価値観や考え方をあなたに与えましたか?

キャリアの初期にアトリエで働いた経験は、私にとってかけがえのない礎となりました。ただ靴の作り方を学ぶだけではなく、忍耐、緻密さ、そして全ての製造工程に敬意を払うことの価値を理解するための時間でした。スケッチや型紙づくりから、縫製、仕上げに至るまであらゆる技術を学びましたが、それ以上に私を成長させてくれたのは裏で支えてくれる人々への感謝でした。キャリアを通じて、私は今でも職人達や工場、そして周囲の才能溢れるチームから学び続けています。

そうした初期の経験が、私のクラフトマンシップに対する考え方を形成しました。私にとってものづくりとは、伝統に根差し、それがどのように作られるかを深く理解することにあります。あらゆる技法には意味があって、素材ごとに異なる特性があり、全ての決断が最終的な完成度に影響します。優れたデザインとは、いつだってクリエイティビティと知識、そして人の手によるコラボレーションなのです。

——現在、多くのラグジュアリーブランドがクラフトマンシップを語っています。技術的な完成度を超えて、クラフトに意味を与えるものとはなんでしょうか。

クラフトマンシップこそ、JIMMY CHOOの原点です。技術的な卓越性も不可欠ですが、その真髄とは人そのもの、そして彼らがものづくりのプロセスに注ぎ込む感性にあります。フィレンツェにある私達の工場には、何十年もの間、家族の中で技を受け継いできた何世代もの職人達の技術が息づいています。その知識は、一朝一夕に再現できるものではありません。

そしてそれは、些細なディテールにこそ宿っています。素材の扱い方、ステッチの細かさ、構造のバランス、そしてあらゆる要素を完璧に仕上げるために費やされた時間。最高峰の素材、卓越した職人技、そして人の手の温もり、それらがあって初めてプロダクトに時代を超える価値をもたらすのです。

「優れたデザインとは、いつだって
クリエイティビティと知識、
人の手によるコラボレーションなのです」
——サンドラ・チョイ

——今日のラグジュアリーは、誰もが憧れるものから、より個人的で文化的なものへと変化しているように感じます。30年にわたりブランドを見つめてきた立場から、その変化をどのように感じていますか。

ラグジュアリーは、以前よりもはるかにパーソナルなものへと変化しました。消費者は今や、単にステータスを誇示するようなものを求めているわけではありません。自分らしさや、自分自身がどうありたいかを表現できるアイテムを探しているのです。JIMMY CHOOにおいて、私達のデザインは履く人に力を与え、自信を授けるものでありたいのと同時に、それぞれの個性を輝かせられるような存在でありたいと願っています。

今日、ラグジュアリーとは “深み” を意味します。それは、ものの作り方や背後にいる職人に敬意を払い、ワンシーズンでは終わらない、長く愛用できるピースを生み出すことにあります。人々はますます目先の新しさよりも、本物であること、長く愛せること、そして感情的な繋がりを重んじるようになっているのです。

——2026年秋メンズコレクションでは、アーツ・アンド・クラフツ運動やウィリアム・モリスが参照されています。なぜ今、この思想が現代において重要だと感じられたのでしょうか。

JIMMY CHOOのメンズラインは、常に英国の文化と、時代と共にそれを形づくってきた多くのクリエイティブなムーブメントに根差しています。英国には、職人技や芸術、そしてサブカルチャーなど極めて豊かな歴史があり、それらはシーズンを経てもなお私達にインスピレーションを与え続けているのです。

2026年の秋メンズコレクションにおいて私達が心惹かれたのは、英国の田園風景の美しさと、アーツ・アンド・クラフツ運動の理念でした。ウィリアム・モリスは、職人技、天然素材、そして思慮深いデザインを称賛しましたが、その価値観は現代において、より一層大きな意味を持ちます。また、このコレクションでイングリッシュローズは中心的なインスピレーションとなりました。美しいだけでなく、しなやかで力強い、この絶妙なバランスこそが、現代の男らしさを力強く表現していると感じました。

「私達のデザインは履く人に力を与え、
自信を授けるものでありたいのと同時に、
それぞれの個性を輝かせられるような
存在でありたいと願っています」

——2026年秋メンズコレクションでは、歴史的な参照と現代的な感覚が共存しています。また、多くのプロダクトはイタリアンクラフトの重要な拠点のひとつであるフィレンツェで生産されています。フィレンツェの手仕事や職人の技術は、英国的なヘリテージを現代のJIMMY CHOOの言語へと翻訳するうえで、どのような役割を果たしているのでしょうか。

このコレクションは、まさにカルチャー同士の対話そのものです。私達のシューズは、何世代にもわたって培われたイタリアの革職人の技を駆使して、フィレンツェで仕立てられていますが、そのデザイン言語は英国の伝統に深く根差しています。そしてここにPoggy氏が加わったことで、新たな視点がもたらされました。彼は英国文化に日本的な視点で向き合い、私達が無意識に通り過ぎてしまうような細部や背景にも光を当ててくれるのです。

イタリアのクラフトマンシップ、英国のデザイン、そして日本的なカルチャーへの好奇心。これらを融合することで、伝統に敬意を払いながらも完全に現代的な対話が生まれます。そしてこうした互いの視点の交流こそが、私達のアイデンティティを守りながら、コレクションを常に新鮮なものへとアップデートし続けているのです。

——イメージやトレンドがかつてない速度で消費される時代において、手仕事やクラフトマンシップはラグジュアリーの未来にどのような役割を果たすと思いますか。

クラフトマンシップの重要性をこれほど強く感じたことはありません。全てが目まぐるしく変化するこの世界において、手作業で何かを作り上げることは、立ち止まることの大切さを思い出させてくれます。美しく仕上げられた靴は、ワンシーズンのためだけにデザインされたものではなく、誰かの人生の一部となるために作られています。それはときを経て味わいを増し、履き込まれることで独自の物語を紡いでいくのです。

それこそが、クラフトマンシップの不朽の価値です。長く愛せること、本物であること、そして心に響くものを生み出します。トレンドがどれほど移り変わろうとも、この価値だけはより一層深い意味を持つようになるのです。

——Poggy氏は、文化的な文脈や個人的なスタイルに根差した視点を持ち、メンズコレクションのスタイル・キュレーターとしてJIMMY CHOOに参加しています。JIMMY CHOOにとって彼はどのような存在であり、クラフトマンシップと個人のキュレーションの間にはどのような対話があるとお考えですか。

Poggy氏との関係は、とても自然に築かれていきました。クラフトマンシップやカルチャー、そして現代のメンズウェアの変遷に対する共通の審美眼で、私達はすぐに意気投合しました。会話の内容はファッションに留まらず、モノの存在意義やものづくり、歴史、そしてそれらにまつわる物語。そうした互いへの好奇心が、自然と共同制作へと発展していったのです。

パーソナルキュレーションとクラフトマンシップは、どちらも “本物であること” を重視する点において密接に繋がっています。クラフトマンシップがプロダクトに揺るぎない品格を与えるとすれば、パーソナルキュレーションはそこに意味を授けます。Poggy氏には、伝統を彼自身の独自の視点を通して再解釈する卓越した才能があり、それこそが今回のコラボレーションをこれほどまでに純度の高いものにしたのです。私達は共に、伝統を重んじながらも、現代的な視点を表現した作品を作り上げました。

POGGY

——テーラリング、ヴィンテージ、ストリート、様々なカルチャーを横断しながら独自のスタイルを築いてこられたPoggyさんですが、JIMMY CHOOに最初に惹かれた理由はなんでしょうか。また、ブランドのどのような部分にご自身の感覚との共通点を感じていますか。

JIMMY CHOOが初めてメンズコレクションを出した2011年、自分は前職のセレクトショップのバイヤーとしてバイイングをさせてもらっていました。自分がロンドンを好きな理由は、サヴィル・ロウやジャーミンストリートに行くと、メンズのスーツなどのジェントルマンスタイルの最高峰があるからです。一方で、最新の音楽やストリートファッションも共存しています。JIMMY CHOOメンズのファーストコレクションでは、ストレートチップなどのベーシックな革靴もあれば、スケートカルチャーからの派生と感じ取れるようなスニーカーもありました。ロンドン発のブランドだからこそ、自分が好きな両方を行き来できるスタイルを今の時代に合わせた形で提案できるのでは、と思ったからです。

現在のラグジュアリーは、誰もが憧れるものというよりも、より個人的で文化的なものへ変化しているように感じます。人々がラグジュアリーと出合い、選ぶ方法は変わったと思いますか。

特に日本ではそう思います。まだものづくりができる背景もあるので、値段の割にクオリティーの高い日本のブランドがたくさんありますし、円安もあり海外のラグジュアリーブランドとの金額の差はどんどん開いています。

ここ10年くらいストリートファッションとラグジュアリーが急速に接近していた状況でしたが、その反動なのか、また1990年代〜2000年代頃のような、より個人的で文化的なものという感覚に戻ってきている気がします。

「ロンドン発のブランドだからこそ、
自分が好きな両方を行き来できるスタイルを
今の時代に合わせた形で提案できるのでは、
と思いました」——POGGY

——クラフトマンシップはしばしばラグジュアリーの象徴として語られますが、個人の趣味やスタイルを通して初めて意味を持つこともあります。Poggyさんにとって、クラフトはどのように自身の装いや生活の中で意味を持つのでしょうか。

クラフトマンシップが宿っている服や、クオリティーの高いものを身に着けたり、そばに置いておくと、服以外のものを見るときの視点も変わってくると思います。例えば自分はポルシェ 911やグランドセイコーの時計を身に着けたりしています。ファッションは半年ごとの流行を楽しむものなので、ときには流行に合わせなければならないこともあり、自分がブレそうになるときがあります。そういうときにそういったブレないクラフトから学ぶことがとても多いです。

——無数のイメージやトレンドが流れる時代において、服や靴、ブランドがPoggyさんにとって「自分に関係のあるもの」になるのはどのような瞬間でしょうか。

どういう人が作ったりデザインしているかというのは、自分にとってはとても大きいことかもしれません。今は多くのブランドがある程度の期間でデザイナーを替えていく時代ですが、JIMMY CHOOはサンドラによって30年以上デザインされているところも、今の時代にとっては大きな魅力のひとつだと思います。

——今回取材するプロダクトは、世代を超えて職人技が受け継がれるフィレンツェで作られています。Poggyさんにとって、ラグジュアリーを「消費する場所」ではなく「作られる場所」で体験することにはどのような意味がありますか。

今回フィレンツェへの飛行機が遅れてホテルに着いたのが深夜12時前で、小腹が空いていたので、飲みながら軽く食べたいなと思ったのですが、中心街だったにもかかわらず、やはりどこも開いていませんでした。以前イタリアの知人に、東京は半年ごとにいろいろエキサイティングなことが起こっているからうらやましいと言われたことがあるのですが、夜になったらきちんと寝るなど、人間として当たり前のことをしているイタリアは、逆にクオリティーオブライフが高いのでは、と思ったことがあります。そんな気持ちの良い空気感、イタリアで作られているものを感じることができたのはとても良かったです。

「今は多くのブランドがある程度の期間で
デザイナーを替えていく時代ですが、
JIMMY CHOOはサンドラによって
30年以上デザインされているところも、
今の時代にとっては大きな
魅力のひとつだと思います。

19世紀、アーツ・アンド・クラフツ運動は、産業革命によって大量生産が進む時代に生まれた。それは機械を否定する運動ではなく、人の思想や美意識がものづくりから失われていくことへの問いだった。150年以上が経った現在、私達はAIによる知的革命の入り口に立っている。情報やイメージ、さらには創造までもがアルゴリズムによって生み出される時代に、手仕事の価値だけを声高に語ることも、テクノロジーだけを信奉することも、どちらか一方では十分ではないだろう。

JIMMY CHOOが今季のコレクションで示したのは、その二項対立を超える視点だったように思う。伝統的なクラフトと現代の技術、ブランドの哲学と職人の経験、そしてカルチャーという新しい視点。それぞれが対話しながら、ひとつのプロダクトへと結実していく。その姿勢そのものが、人間らしい創造のあり方を示している。

靴は完成した瞬間に終わるものではない。それを履き、どんな場所へ行き、どんな記憶を重ねていくのか。その物語は、私達自身が続けていくものだ。もしAI時代に「プロンプト」が未来を形づくる言葉になるのだとすれば、その最初のプロンプトは、私達が何を選び、何を愛し、何を受け継ぐかという意思なのかもしれない。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE17 JIMMY CHOO
発売日:2026年 9月1日(火)
定価:2,750円(税込)
仕様:B4型

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※『HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE17』は、表紙・裏表紙以外の内容は同様になります。