自分はバッグを持たない。

持たないというか持てない。

「バッグ」という存在が自分の手もとにあることで自由を奪われ、財布や携帯を始めとした自分の生活の一部をバッグに入れて委ねることで、むしろバッグに自身が所有されているような感覚がして苦手なのである。

そしてさらに今日「バッグ」という存在は、人々にとってのステータスを分かりやすく示すものともなっている。

服ではなくバッグに投資をする人が増えたために、メゾンはいかにアイコニックなバッグを発表するかに奮闘。

ここ最近では「早苗バッグ」として高市早苗氏の愛用するバッグが話題となったり、ジェーン・バーキン(Jane Birkin)の所有していたバーキンが約14.7億円という額で落札されたかと思えば、タレントの神田うの氏は自身のYouTubeで、お子さんが落書きされてそれをさらにスワロフスキーでデコったというバーキンを持ち、「次は真っ白かバイカラーのバーキンに描いてもらおうかな。」と “キャンバスがないならバーキンに描けばいいじゃない” とマリー・アントワネット(Marie Antoinette)の生まれ変わりを示唆するブルジョア発言。

一方、ネットではHERMÈS(エルメス)でバッグを手に入れるがために天球儀に課金をしたという者が現れ、天球ではなく自身がまわりまわされ転がされ、宇宙よりもバッグ。もはやバッグは人類に寄生をして翻弄、支配するためにやってきた宇宙からの侵略者なのではなかろうか。

そんな支配された人類はバッグという存在だけに飽き足らず、「What’s in my bag」と称して、頼んでも聞いてもいない中身を一方的に見せつけてくる風潮まで起きているのでいよいよである。

そして中身を見せつけてくる者のグミかのど飴の所持率の高さは異常。バッグに餌付けでもしているのであろうか? 兎にも角にもバッグにも口にも何かしら放り込まずにはいられない気質を表している。

と、ここまでトンでもバッグ陰謀論者になってきてしまったが、かくいう自分も最近バッグが気になってきてしまっている。

そう。いよいよ侵略されてきてしまっている。

中身は特に入れないのでコーディネートの一部なりそうな、とんでもなく大きいバッグか、遊び心あるものが欲しい。

BOTTEGA VENETA(ボッテガ・ヴェネタ)のイワシ型の持ち手のこちらとか。

©BOTTEGA VENETA

BALENCIAGA(バレンシアガ)の開けっ放しで使用するRodeoとか。

©BALENCIAGA

JW ANDERSON(JW アンダーソン)の鳥とか。

©JW ANDERSON

NEXUSVII.(ネクサスセブン)のお手頃かつポケットも沢山あるこちらの別注のリュックとか。

©NEXUSVII.

かわいい。

さあ、ときが来た。こうして自分もバッグに侵略をされ、所有されるのだ。

そして近い将来、「What’s in my bag」とバッグからグミを取り出し、何食わぬ顔でグミ食う動画をあげ始めるのだ。

そのときはこの記事を見返しこう思うのであろう。「穴があったら入りたいならぬバッグがあったら入りたい……」と。