【Le Labo】香りは、都市を描くもうひとつのメディウム
Le Labo(ル ラボ)の「シティ エクスクルーシブ」は、世界各地の都市に着想した香りを、それぞれの土地でのみ販売する特別なコレクションだ。毎年9月の期間だけ、全都市の香りが世界中の店舗に揃い、香りを通じた旅のような体験が可能になる。

Le Laboが描く都市像は、決して観光地的な記号ではない。たとえば抹茶や金木犀、無花果といった名を冠した香りでも、そのままの香りが立ち上がるとは限らない。むしろLe Laboの香りは、その素材から連想されるイメージをいい意味で裏切り、都市のもうひとつの顔を立ち上らせる。
それは都市の表象ではなく、空気、気配、記憶といった目に見えない何かだ。Le Laboは、香りをもうひとつのメディウムとして、都市の実像と幻想の間にある余白を描く。そして、香りをまとう者へ、自身の内側にその都市を再発見することや記憶を呼び覚ますことを誘う。
ガイアック 10(東京)― 都市の匿名性が放つ、静かでモダンな余韻
Le Laboのシティ エクスクルーシブの中でも、「ガイアック 10」は世界的にも高い人気を誇る香りだ。その魅力は、東京という都市を分かりやすく象徴するものではない。渋谷のネオン、原宿の喧騒、浅草の賑わい―そんな都市の記号からはあえて距離をとり、より静かで、曖昧で、匿名的な側面を照らし出す。
「ガイアック 10」は、東京にある“誰でもない誰か”という感覚を捉える香りで、華やかさや個性の主張ではなく、抑制された静謐さを醸し出す。代官山や青山の裏通りにひっそりと佇むLe Laboの店舗の佇まいもまた、その香りの気配と重なる。
都市生活のなかで、自分の輪郭がぼやけていく感覚。その曖昧さにこそ、自由や解放感を見出す人がいる。「ガイアック 10」は、匿名性が持つ美しさと、都市の中に潜む緊張感に静かなモダニティを体現し、何度も試したくなる香りだ。
喧騒に埋もれた都市の奥に、もう一つの東京をそっと忍ばせる。

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オスマンサス 19(京都)― 革新の磁場としての京都
Le Laboが「京都」に託した香りには、伝統や懐かしさにとどまらない、京都という都市のもうひとつの顔が漂っている。キーとなる金木犀は、通常は秋や郷愁の象徴として語られることが多い。だが「オスマンサス 19」は、そのイメージをいい意味で裏切り、冬の始まりと共に、これから花が咲くのを待ちわびる気配と、奥ゆかしい透明感をまとっている。
Le Labo京都町家のロケーションは、四条河原町に近い、観光の中心にありながら、一本裏手の川のほとり。にぎわいから目と鼻の距離にありつつも、その場所は長い間同じ空気を漂わせているような、古都の核に触れているような場所だ。まさに、京都の本質は表通りに現れず、変化を内包する場として脈打っている。
伝統を重んじる都市という印象の裏側で、京都は常に新しい思想や美を生み出してきた。茶の湯も能も、最初は前衛だった。「オスマンサス 19」は、そうした変化を引き寄せ、育ててきた京都の精神―革新の磁場としての都市の肖像を描いているかのよう。
知っているはずの京都にふと出会い直すような香りだろうか。

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スローパフューマリーという美意識の反抗
Le Laboの香りは、店頭に並んだボトルを手に取るだけでは完成しない。自身の感性に従い香りを選んだのち、その場で調合され、ラベルに刻まれる言葉を選ぶ時間が、香りとの関係性をじっくりと育てていく。急がない、ひけらかさない、押し付けない。Le Laboが掲げる“スローパフューマリー”とは、まさにそうした姿勢を体現する哲学だ。
店舗にあるのは香りを選ぶための静かな集中と、目の前で調合される瞬間に立ち会う密やかな時間。そして自分のために創り出された一本を受け取るという行為。それは、香水というよりも“個人的な儀式”に近い。
この手間と静けさにこそ、Le Laboが持つメインストリームに対する穏やかな反抗が息づいている。即時性と消費が加速する時代に、あえて時間をかけるという選択。そこに宿るのは、香りを表面的にまとうのではなく、“私の香り”を意図して選択し、育てていく喜びだ。


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香りをまとう=都市と再会する行為
Le Laboの「シティ エクスクルーシブ」は、都市の“お土産”でもなければ、その都市を一言で語る記号でもない。香りを通じて、その都市と個人的な関係を結び直す――「都市と再会する」行為だ。香りは、都市を身体で捉え直すためのメディウムとなる。
「ガイアック 10(東京)」は、匿名性と静けさの中にあるモダンな美学を映し出し、「オスマンサス 19(京都)」は、変化と刷新を内に秘めた都市の横顔を立ち上らせる。どちらも“誰かにとっての東京や京都”ではなく、“自分にとっての東京や京都”へ思いを馳せる香りだ。
この視点は、東京や京都に限らない。ロサンゼルスの「ムスク 25」は、光と影を抱える街にふさわしく、「天使と悪魔」という二面性の哲学を宿している。クリーンでミステリアス、誘惑的でありながら透明な余韻を残す香りは、LAの美しさと危うさのバランスを香りで描き出す。ベルリンの「セドラ 37」は、過去の分断から立ち上がった都市が持つ自由と創造の再生力を感じさせ、カルチャーが爆発する瞬間の空気を閉じ込めたような香り。香港の「ビガラード 18」には、クラシックな構造の中に現代性を響かせる、時間と文化の重層性が香る。過去と未来、東洋と西洋が交差する都市のダイナミズムが肌に残る。
都市は香りで語れる。
Le Laboのシティ エクスクルーシブは都市の輪郭をなぞるのではなく、その奥にある気配や感情にそっと触れる香りだ。記号的な都市像を裏切りながら、私たち自身がどのように都市を記憶し、想像しているのかを映し出す。
香りをまとうことで、私たちはその都市とあらためて出合い直し、自分の中にある“もうひとつの東京” や “まだ知らない京都”と再会する。Le Laboの香りは、都市を語る詩であり、問いかけでもある。

中:ムスク25(ロサンゼルス)は、純白のムスクに、シベット、ベチバー、アンバーグリスが織りなす香り。光と影が交錯する、官能的で魅惑的なムスクを堪能できる。
右:ビガラード18(香港)は、ベルガモットとネロリの澄んだ香りに、ムスクとウッドの深みをプラス。クラシックとコンテンポラリーが絶妙に交わる、洗練された香り。
- Photography: Sakiko Nomura
- Hair & Make-Up: Miho Emori @ Ende
- Model: Kanata Mori
- Words: Yuki Uenaka