あまり知られていないLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)の逸話がある。2007年公開のウェス・アンダーソン(Wes Anderson)監督作『ダージリン急行』のために、当時クリエイティブ・ディレクターを務めていたマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)が特注ラゲージを手がけたのだ。華やかなブランド史の中では目立たないエピソードだが、今なおときおり語り継がれる洒脱な一幕である。

そして今、ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)によるLOUIS VUITTON 2026春夏メンズ・コレクションが発表された。

今回のコレクションの核となるテーマは「現代インドの服飾美学」。その世界観は、建築家、ビジョイ・ジェイン(Bijoy Jain)率いるスタジオ・ムンバイが制作した、古代インド発祥のボードゲーム「モクシャ・パタム」に着想を得た巨大な「スネークス&ラダーズ(蛇と梯子)」のセットによって具現化されている。

ファレルによるオリジナル・サウンドトラックには、ザ・ドリーム(The-Dream)との共作曲、Clipseの楽曲(ファレルらしさが感じられる選曲だ)、さらにドーチー(Doechii)とタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)の新曲「Get Right」が収められている。これらの音楽に彩られ、LOUIS VUITTONは “ダンディ・ワードローブ” の世界観をさらに広げるコレクションを発表した。

LOUIS VUITTONによると、コーヒー豆の色味を表現したデニムは、染色をせず天然の色を持つ綿糸を織り込んで仕上げられている。この独特な風合いは、コレクション全体に散りばめられた深みのある色彩と見事に調和している。

プレフェード加工を施したパーカーはカジュアルで親しみやすい印象を与える一方、ブークレウールによる風合い豊かなチェック柄は、インドの広大な織物文化にさりげなく敬意を示しているようだ。

グラデーションのインディゴ染めが施されたLOUIS VUITTONのハンドバッグもまた、インドの職人技の伝統を色濃く映し出している。

バッグと言えば、『ダージリン急行』のトランクはどうだろうか。

アンダーソン監督の弟、エリック・チェイス(Eric Chase)によって描かれた動物のモチーフは、シャツには刺繍として、テーラリングには高度なインターシャ技法の一種である「フィルクーペ」として再解釈されている。中でもひときわ目を引くのが、映画『ダージリン急行』で登場人物達が自分の名前を記していた場所に、「Louis Vuitton Malletier」のイニシャルを配した、ベジタブルタンニン鞣しのレザー製ラゲージだ。オリジナルは販売されなかったが、今回のコラボレーションでは商品化される。

足元を飾るのは、ブランドの定番となったスニーカー「LV バターソフト」の新作や、ヒマラヤに着想を得たハイキングブーツ。そして今回新たに、左右兼用の超薄型シューズや、バッグの構造美を取り入れたボリュームたっぷりのビーチサンダルなど、革新的なフットウェアも登場した。

LOUIS VUITTONは、単にトレンドに迎合するのではなく、むしろ自らのものとして取り込み、主導していく姿勢を貫いている。ファレルとそのチームも、過去のコレクションにおいて一貫してそのスタンスを示してきた。

それを象徴するように、今回のショーのフィナーレで登場したファレルが履いていたのは、発売前から話題を呼んでいたadidas Originals(アディダス オリジナルス)の「ジェリーフィッシュ」スニーカーの新色だった。今回のLOUIS VUITTONチームの原動力がインドだったとしても、物語の中心にいるのはやはりファレルに他ならない。

LOUIS VUITTON 2026春夏メンズ・コレクション