style
Where the runway meets the street

UNDERCOVER PRODUCTION(アンダーカバー・プロダクション)は単なるクリエイティブ・エージェンシーではない。メインストリームの広告業界に、文化的な解釈と革新的な視点を提供する多角的プラットフォームだ。そこに東京の挑戦的なクリエイティブを投入できれば、さらにいい。

前回の東京オリンピック直後、1965年に建てられた共同住宅「コープオリンピア」は、東京でもっとも賑やかなファッションエリアである表参道のけやき並木を見下ろすように建っている。ファッションブランドUNDERCOVER(アンダーカバー)の設立者である高橋盾は、CEOの永戸鉄也、エグゼクティブ・ディレクターの水谷太郎、クリエイティブ・ディレクターの守本勝英と共に、そんな場所を拠点として、クリエイティブ・エージェンシー、UNDERCOVER PRODUCTIONを形成している。この建物にオフィスを構えたのは意図的なことではなく、なかなか手に入りにくい原宿の不動産に空きが出たから、という事務的な選択だったという。魅惑的な感じからすると、そんな言葉は意外に聞こえるのだが。

守本勝英と高橋盾、東京青山のUNDERCOVERオフィスにて。
PHOTOGRAPHY TARO MIZUTANI
ORIGINAL ARTWORK TETSUYA NAGATO

夜、窓の桟を雨粒が濡らす。原宿の街のネオンの灯りが、間もなく到来する蒸し暑い夏をやや先に追いやってくれているようだ。カベルネ色のカーペットに目をやると、年配の女性がドアを開け、聞こえる物音が長い廊下を歩く見知らぬ集団のものであることを確かめている。その光景はまるでスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)の映画を思わせ、UNDERCOVERのファッションショーのランウェイと言われてもおかしくなかった。

(写真右)コープオリンピア3階
ORIGINAL ARTWORK TETSUYA NAGATO

高橋盾のUNDERCOVERのアトリエがそれらしいのに対し、UNDERCOVER PRODUCTIONのオフィスには飾り気はない。壁はほとんど空白のキャンバスのままだ。一面にだけ、永戸が最近、名前の思い出せないドイツ人アーティストから買ったという黒の額に入ったアート作品が飾られている。一見質素に感じられるその空間に、だんだんと装飾や人格が見えてくる。入り口付近にはコラージュ作品が数点、コンピューターの1台置かれた机の反対側には小さな本棚がある。さらに観察すると向こうの籠の中にはビンテージの玩具も入っている。本棚裏の壁にはエレキギターが2~3本立てかけられ、部屋の中央には年季の入ったアンティークのテーブルがある。重厚なテーブルだが、つい目線は、実に原宿らしい景色の見える大きな窓の方へと向かう。世界の他のクリエイティブ・エージェンシーとの違いを尋ねると、水谷はゆっくりと答えた。

UNDERCOVER PRODUCTIONオフィス(コープオリンピア)

「我々はある意味東京を象徴するようなプロダクションで、UNDERCOVER PRODUCTIONは東京を人物化したようなものだとも言われる」。東京こそが彼らのミューズであり、そのエッセンスが日常的な関わりを通して彼らの仕事の中に浸透する。「東京は人が多くて濃い。でも住み方、歩き方を知ると、いいところ」と永戸。

30年来アートやサブカルチャーへの見識を深め、高橋、そして彼のUNDERCOVERのレーベルとの繋がりを持ってきた2人には、奇妙さと洗練された雰囲気を併せ持った、親しみやすくもかつてない、絶対的に独自の美的感覚という卓越した強みがある。4人の出会いについて尋ねると、守本は「大昔だから」と笑った。ベンチャー事業の立ち上げ自体は1年半前のものであれ、UNDERCOVER PRODUCTION全スタッフの業界経験年数は合計100年にも上る。これまでUNDERCOVER他、NIKE(ナイキ)の支援を得た高橋のランニングレーベルGYAKUSOU(ギャクソウ)、UNIQLO(ユニクロ)、各種NIKEキャンペーンと、いくつものコラボレーションに取り組んできた中で生まれ出たものがUNDERCOVER PRODUCTIONに結実している。

UNDERCOVER PRODUCTIONのシグネチャースタイルは目を凝らして探すまでもなくこの街に生きている。オフィス前の道を進んだ先にある表参道ヒルズでカクテルパーティの真っ盛りだったVALENTINO(ヴァレンティノ)の旗艦店。入り口外の豪華なブラックのカーペットの上に、不思議なモデル達と巨大なUFOの像が置かれ、謎めいた別世界のような雰囲気だ。ヒルズ建物前の道には広告バナーが並ぶ。VALENTINOのクリエイティブ・ディレクター、ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)は、2019年秋冬メンズコレクションのデザインワークを高橋に任せたことに加え、キャンペーン・ヴィジュアルの陣頭指揮もUNDERCOVER PRODUCTIONに託した。コレクションからキャンペーンまで全てを通じたコラボレーションの採用は、VALENTINO史上初の出来事である。クラシックで贅沢なVALENTINOの衣類にUNDERCOVERのダークでモダンなヴィジュアルが調和した仕上がりは、UNDERCOVER PRODUCTIONが、独自の反骨精神をそのままに、VALENTINOというロマンチシズムとも融合できる存在であることを証明するものだった。

VALENTINO × UNDERCOVER 2019年秋冬キャンペーン動画より

UNDERCOVER PRODUCTIONの事業運営とクリエイティブ哲学について、永戸は「自分達のクリエイティビティの起点は、既成概念にとらわれないアイデアをベースに、どれだけ深く社会に影響を及ぼせるかにある」と話す。カクテルパーティー会場の地下を走る地下鉄の表参道駅構内の一部もVALENTINOの広告がジャックし、空間デザイン力を見せつけていた。壁や柱を覆う大量のUFOが、サラリーマンからファッションエリートまであらゆる人々を超自然の旅へと誘う。垣間見えたのは、UNDERCOVER PRODUCTIONの世界観に魅惑のダーク感とユーモアを感じさせるヴィジュアル・コンテンツだった。そこには、サブカルチャーと型破りな思考回路で変容させたアイデアを公共の場で表現し、効果的なマス広告キャンペーンを実現するという綿密な戦略があった。

UNDERCOVERキャンペーンクリエイティブ探求より再構成のコラージュ
ARTWORK UNDERCOVER PRODUCTION

と、言うは易しだが、規律と慎ましさを重んじる日本という国においての実現は至難の業だ。UNDERCOVER PRODUCTIONは、既存にはないようなスタンスを取っているにもかかわらず恐れられも避けられもしていない。その姿勢は逆に敬意の対象となっている。完璧を退屈とみなす強力な視点、暗黒に美を見出すアイデアに揺らぎがない。彼らのクリエイティブ・アウトプットは、広告以外の部分にフォーカスを絞った記憶に残る広告の数々に結実している。

「クライアントはそれぞれ違う。初期コンテの段階で門前払いだったことも一度や二度じゃない。でも常に新たな機会を探しているから」と守本はさもなげに言う。UNDERCOVER PRODUCTIONでは同じマインドの持ち主と常につながるアプローチを取っている。「一緒に仕事をしたいと思える人を見つける。若いクリエイティブ人材、ダンサー、ペインター、グラフィックデザイナーと一緒に実験をして(自分達のアイデアを)諦めないこと」

UNDERCOVER PRODUCTIONが最近候補に挙げた集団にcontact Gonzo(コンタクト・ゴンゾ)がある。2019年サマーのNIKE × UNDERCOVERの新キャンペーンに参加した実験的パフォーマンスアート集団だ。大手ブランド、NIKEで実績のある高橋が2010年以来携わっている高級ランニングラインGYAKUSOUはNIKE史上最長のコラボレーション・プロジェクトで、2011年以来永戸も何度かそのグローバル・キャンペーンのフィルム・ディレクションとヴィジュアルでコラボレーションしてはいるが、UNDERCOVERブランドの公式パートナーシップとしての参画は今回が初となった。UNDERCOVERが常々掲げる哲学「CHAOS/BALANCE(カオスとバランス)」をテーマとし、この言葉を各アイテムのグラフィックに採用した。

NIKE × UNDERCOVER 2019年サマーコレクションキャンペーン動画より

キャンペーンによってはモデルを使用しないこともいとわないUNDERCOVER PRODUCTIONが(「モデルを使うとカオスが十分に表現できない」と守本)キャンペーン・ヴィジュアルのパフォーマンスを託したのがcontact Gonzoだった。これにより、守本の思う乱れのニュアンスを正確に描き出す動きが加わった。完成したパフォーマンスは、バレエとモッシュピット(ライブなどでモッシュが発生する場)との間を行く仕上がりとなった。MoMA(ニューヨーク近代美術館)で目下進行中のパフォーマンスアートのコンテンポラリーシリーズでもパフォーマンスしたことのあるcontact Gonzoは、人と人との間の物理的接触、衝突にフォーカスし、スポーツや格闘技の要素を取り入れた即興的パフォーマンスを作り出す。ダイナミックなパフォーマンスによる印象的なヴィジュアルが、アクティブウェアの技術革新とエレガンスの両方を表現する。

お互い、そして高橋とどのくらいの頻度で連絡を取っているのかと尋ねると、どうかなという表情のメンバー。定例会議は? と尋ねると、永戸は笑って、一瞬肩をすくめてから「高橋からはひっきりなしにメッセージが来てる」と答えた。UNDERCOVER PRODUCTIONには会議室もあればオフィスもあるが、友人がDJをしている会場でお酒を飲みながら、あるいは近所でディナーをしながら自然にミーティングに繋がることも。「だから俳優とかミュージシャンとか、異業種の人脈も広い」と永戸。彼は10年以上前から日本のロックバンドRADWIMPSのアートディレクターも務めている。UNDERCOVERブランドのアートへの貢献について、個々が好結果を残す形を取ることで、全員がクリエイティブ集団としての長期的関係を大切にしているようだ。水谷がSupreme(シュプリーム)の公式フォトグラファーとして、2009年以来一部のプロジェクトに貢献していることも、そのひとつの証拠だ。

前野健太『夏が洗い流したらまた』ミュージックビデオより

異文化を即興的に取り入れることへの熱意が、UNDERCOVER PRODUCTIONの仕事に大きく影響を与えてきたともいえる。例えばHYSTERIC GLAMOUR(ヒステリックグラマー)の伝説のオーナーでありデザイナーの北村信彦は高橋にロックバンドの「ザ・ラカンターズ」を紹介した。ここからUNDERCOVER PRODUCTIONはザ・ラカンターズの楽曲『Help Me Stranger』のミュージックビデオをディレクションすることとなった。日本ツアー中、東京から25km離れ、謎めいた雰囲気の君津市内で撮影されたこの動画では、ザ・ラカンターズのブレンダン・ベンソン(Brendan Benson)とジャック・ホワイト(Jack White)が緑色の照明の灯った公衆電話ボックス内にいる様子が映し出される。2人は、置き去りにされた新生児の親を探し出すべく、積み上げたコインを使って電話をかけていく。UNDERCOVER PRODUCTIONの捉え方が、平凡な光景を夢に似た光景へと変容させている。

ザ・ラカンターズ
PHOTOGRAPHY DAVID JAMES SWANSON

今後のプロジェクトとしてUNDERCOVER PRODUCTIONは現在、日本の有名デニムブランド、EDWIN(エドウイン)の中でも最高の知名度を誇るデニム503のリブランディングに注力している。今年秋予定のローンチは、UNDERCOVER PRODUCTIONが初めてレーベルの初期デザインから広告キャンペーン実施に至るまでを手がけるリブランディング・プロジェクトとなる。アメリカのファッションブランド、GAP(ギャップ)も50周年キャンペーンにUNDERCOVER PRODUCTIONを起用。また、2020年前半のZINEの発売目標に向けた取り組みも同時進行中だ。守本は2008年にUNDERCOVERの写真集『GRACE』を、水谷は『Chaos/Balance』を発売している。出版業界には経験則のある彼らが発行するZINEは、新旧国内外のアーティスト数名のテーマ作品を集めたものとなる見込みだ。そしてこのほかにも水面下でいくつものプロジェクトが進行している。

圧倒的に概念的で洗練されたUNDERCOVER PRODUCTIONの本質は、彼らの内から湧き出すイメージに見られる。ニッチで及び難い存在になるよりも、巨大なビジネスの世界において現状を破壊し、拡大する市場を多様化させ、彼ら自身のジャンルやテイストに傾けるという挑発的な活動を彼らは選択している。高橋が何度も述べている通り、彼らの活動は、共通の関心を持った者達と、互いのリソースを活用し、単独では成し得ないものを実現する活動なのだ。水谷の「サウンドもひとつじゃないし、毎回同じコード進行のバンドでもない。全員でいろいろな音楽を作っている」という表現が確かにそれを言い当てている。

※本記事は2019年9月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE03に掲載された内容です。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE03
発売日:2019年9月30日(月)
価格:本体1,500 円+税
仕様:A4 変形版/196 ページ

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