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世界におけるメンズバッグ台頭の理由
ランウェイ、ファッションメディア、ストリートと、あらゆる場所で今、男性用バッグが熱い。これまでブリーフケースやバックパックの一辺倒だったところ、ここ数年は、通常女性向けだったアクセサリースタイルのバッグが男性向けにも採用されるようになり、トップハンドルバッグからミニクロスボディバッグまで、あらゆるシルエットのものが見受けられるようになった。
市場調査会社NPDグループでは、米国における2021年のメンズおよびユニセックスのハンドバッグの売上が2018年の7倍という驚異的伸びを示したことを発表している。HIGHSNOBIETYでも2019年にこの変化を予測していた。またVOGUEからも最近、ハンドバッグの売上がスニーカー再販市場と拮抗するほどに活性化している旨が報じられている。しかし、こうしてメンズハンドバッグに突如関心が集まった理由は何だろうか?
スカート、ヒール、マニキュアなど、従来女性的なものとして扱われてきたアイテムがメンズウェアに取り入れられるようになったことに、ジェンダーフルイディティの高まりが影響していることは確かだ。昔から女性の荷物の持ち運びに役立ってきた様々な形や大きさのバッグの便利さを、今は男性も享受できるようになった。しかもバッグは、持つだけで装いを一気に引き上げてもくれる。
高まるのは表現の自由だけではない。ハンドバッグは、ラグジュアリーファッションブランドの収益を支える重要アイテムだ。投資調査会社サンフォード・C・バーンスタインが2018年に行った報告によると、ラグジュアリーブランドの年間の利益の約40%はハンドバッグによるものだという。
現状に至った経緯を理解するには、メンズバッグのトレンドの変遷について知る必要がある。歴史を振り返ると、バッグというものがいかにメンズ主導で作られてきたものであったかがよく分かる。
古代からルネサンスにかけて
ものをまとめて持ち運びやすくするバッグは、人類の文明の発展にとって不可欠なものだった。狩猟採集民は動物の皮や植物の繊維で作った原始的な袋を使っていたと考えられているが、中世になるとポイント小物としてのバッグが見られるようになる。バッグという言葉は、1200年頃の北欧語で「荷物」や「包み」を意味していた「baggi」という言葉に由来している。
かつてのガードルポーチは装いにアクセントを効かせる「イット」バッグだった。最初は男性が貴重品を入れるために腰のベルトやガードルに下げていたガードルポーチが、やがて女性にも使われるようになった。しかし中世末にポケットが作られるようになると、これは廃れていった。
ルネサンス期には、ガードルポーチの基本デザインを踏襲したエリザベス1世のスウィートバッグなどの流行が生まれた。華麗な刺繍が施されたスウィートバッグには香りの良い(「スウィート」な)ハーブやドライフラワーなどが詰められ、衛生観念が希薄だった当時、蔓延していた悪臭対策として使われていた。現代のイットバッグ同様、当時のスウィートバッグも地位と富の象徴であった。
また、この時代に生まれた代表的なバッグ、サッチェルは、主に学校に通う子供達が使っていた。ルネサンス期の内に、バッグに男女差が出てくる。女性用のデザインが盛んになったのに対して、男性用バッグは停滞期に入る。
産業革命後の革新
19世紀前半には産業革命により旅客鉄道が発達したことで、丈夫な鞄への需要が生まれるようになった。こうして、1850年代に近代的なブリーフケースが誕生した。
それまでの、扱いにくく、持ち運びにポーターの助けを必要としたトランクに代わり、軽量のラゲージが求められるようになった。乗客が自ら運べる軽さの安価な荷物鞄として映画『メリー・ポピンズ』にも登場するカーペットバッグが当時大量生産されるようになった。ラグから作られたカーペットバッグはやがて、現代のキャリーバッグのデザインの着想源となっていった。
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19世紀後半から20世紀初頭にかけての戦争の時代もまた技術革新を促した。1878年、アメリカ陸軍のヘンリー・メリアム(Henry Merriam)大佐が、いわゆるナップサックと呼ばれるバッグで特許を取得。荷物を背中に背負う習慣は数千年前からあったが、それを現代のバックパックの原型となる形にデザインしたのがメリアム大佐である。当初のデザインは使い勝手が悪く、結局破棄されてしまったが、その後半世紀の間に何人もの発明家たちが試行錯誤を重ね、最終的に現在のバックパックの形ができ上がった。
また、世界大戦中にはドイツのパン袋が登場する。これはベルトにストラップを取り付けた、現在のベルトバッグの原型となるものである。こうしたミリタリースタイルは当初から流行したわけではないが、後に民間ファッションに影響を与え、トレンドとなっていった。
メンズファッションによるバッグの取り込み
20世紀初頭には、私たちが現在使っているバッグのスタイルが既にでき上がっていた。しかし1980年代に入ると、スポーツや健康志向の高まりに伴い、ナイロンなどの合成素材を使ったフィットネスバッグが登場。再びイノベーションが起きた。20世紀半ばにはハイカーやダウンヒルスキーヤー向けのファニーパックが両手を自由に使える(それ以前のガードルポーチをも強く思わせる)スタイルで普及し、1988年にはADWEEK誌のベストプロダクトにも選ばれた。同じ年代に、ダッフルバッグも、キャリーオールのアップデート版として脚光を浴びた。
ファッションの常と言える流れの逆転が起きたのが1990年代。スタイルが控えめになり、ファッションアクセサリーとしての男性向けバッグはほとんど見られなくなった。この時代、男性のバッグに対する世論は、men’s purseが 「murse(マース)」と呼ばれ敬遠されていた時代へと逆行する。アメリカでは人気シチュエーションコメディ「フレンズ」で、登場人物のジョーイが、新しく買ったバッグのことで仲間達にひたすら揶揄われる内容のエピソードが作られ、国民的コメディドラマ「となりのサインフェルド」では主演のジェリー・サインフェルド(Jerry Seinfeld)がダサさの象徴としてヨーロピアンキャリーオールを小脇に抱えて登場。これらゴールデンタイムのテレビ番組の影響もあり、男性用のバッグはほぼ消し去られていった。
2000年代に入ってもメンズバッグを敬遠する風潮は続いたが、2009年のアメリカのコメディ映画『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』でクロスボディバッグがパンチラインとなったことから、メンズバッグトレンドが、地味にではあれようやく復活を遂げる。この時代のオシャレ系男子達はバックパックではなく、150年前に郵便局員向けに作られた、これもやはりサッチェルの一種であるメッセンジャーバッグに、お気に入りのバンドのピンを付ける、というさりげないクールを好んだ。一方、インディーズ系で女ったらしのヒップスター達は、そこはかとなく環境への優しさを感じさせるトートバッグを、PBR(パブストブルーリボン、アメリカのビール)の6本入りパックが丸ごと入るほどの大きさを理由に愛用した。両者優勝の様相だ。
ストリートウェア黄金時代
2010年代にはストリートウェアがラグジュアリーファッションの一角を占めるようになり、それまでのファッション業界が大きく様変わりした。かつてハイファッションのトレンドがトップダウンで決定されていた時代から一転、主要トレンドの形成地はストリートとなった。
メンズファッションがスポーツウェアに傾倒していったこの2010年代前半、主役の座に躍り出たのがバックパックである。常にあり続けていながら特に注目はされてこなかったバックパックがついに日の目を見る、いやキャットウォークにまで上るようになった瞬間である。
スポーツというテーマは、2010年代後半のベルトバッグ、つまりファニーパックの再来により、引き継がれていく。ハイファッションにおいてベルトバッグや同じくスポーティなサイドバッグが至る所に見られた現象は、2010年代がパワーシフト時代であったことを物語っている。その代表例で、LOUIS VUITTONが2017年秋冬に発表したSupremeとのコラボレーションは、ハイファッションとストリートの融合、今日見られるメンズウェアのスタイルコード拡張の舞台となった。
メンズウェアの破壊
何もかもが通用するような時代となっている現在だが、特にタイムリーなのは、DIORのキム・ジョーンズ(Kim Jones)によるサドルバッグの再提案、HERMÈSの初の男性用バーキンとしての「ロック」の発表など、従来女性向けであったバッグスタイルをメンズウェアに取り入れる動きである。TELFAR(テルファー)やLUAR(ルアール)など、ジェンダーレスなミニバッグを広めるブランドもあれば、ハンドバッグを身につける男性セレブリティも増えている。
メンズバッグの売上が大きく伸びていることは、これが単なるマイクロトレンドに終始するものではないこと、メンズウェアの制約がなくなりつつあることを裏付けるものと言える。再販市場においても、バッグは靴その他のアイテムと同等以上の価格で取引されており、そこから生み出される利益の観点からも、バッグ類へはこれからも多くの注目が集まることが確実に予想される。歴史自体は古くとも、レディースバッグほどの発展を遂げていないメンズバッグは、今がまさに追い上げどきなのだ。
- Words: Marta Sundac
- Translation: Ayaka Kadotani