9月のある晴れた日曜日の午後、コービー・ヒューズ(Kobe Hughes)とトム・モラット(Tom Morat)は必死の形相をしていた。2人はプロのサーファーでありサーフボードシェイパーだ。地下室の扉をこじ開けようとウィリアムズバーグの歩道にかがみ込んでいるが、扉はびくともしない。

モラットが扉を数回引っ張りながらオーストラリア訛りで叫ぶ。「ディズ!ディズッ!」

ディズとは、米国政府の正式登録名で言うとデリック・ディズニー(Derrick Disney)、34歳のこと。彼にモラットの声が届いていないのは、扉の向こうのピルグリム サーフ+サプライの地下のシェイピングベイで6フィート(約1.82メートル)のポリウレタンフォームを電動かんなで研磨しており、その甲高い音しか聞こえていないからだ。数時間後にはこのポリウレタンフォームも彼の代名詞、「ツインザー」となるだろう。モラットとヒューズは完全に外に閉め出された形だ。

目を閉じてサーファーを想像するようにと言われると、思い浮かぶのはおそらくジェフ・スピコリ(Jeff Spicoli)のような人物だろう。ボサボサ頭で終わらない夏を追いかける体たらく。だが東海岸の真のサーファーなら夏場にサーフィンはしないと口を揃える。混雑もあるが、もっと問題なのは波だ。酷暑のシーズン、大西洋の一角を成すニューヨークの海岸は湖のように凪いでいる。秋のハリケーンか冬の北東風くらいのものがなければ波は立たない。そんなわけで、内陸15マイル(約24キロ)のニューヨークで波のない1週間を過ごした25歳のモラットと23歳のヒューズは、わずかなうねりの兆しを感じ取るや否や、トラックに飛び乗ってロックアウェイ・ビーチへ向かいたくてうずうずしている。

確かに3人共かなり長髪でよくあるサーファールックだ。ヒューズのエスプレッソ色から赤褐色の髪は金髪交じりになりながら腰まで届いている。しかし3人の実態は体たらくとはほど遠いウォータークラフト界新進気鋭のダ・ヴィンチ集団だ。工学原理と美的感覚、尋常でないプロプリオセプション(固有受容感覚:目を瞑っても自分の体の各部分の位置、姿勢、動きを認識できる能力)でサーフボードを製作し、圧倒的支持を獲得している。南カリフォルニアを代表する熱狂的博学者で「ボードオタク」を自認する3人だ。

3人が今ニューヨークに来ているのは、ブルックリン唯一のサーフショップ「ピルグリム サーフ+サプライ」のオーナー兼ヴィジュアルアーティストであり、筋金入りのデザインオタクでもあるクリス・ジェンティール(Chris Gentile)の声がかかったからだ。外から見れば、ピルグリム サーフ+サプライは長年ゴープコアの寵児と見られてきたが、ニューヨークのサーファーにとっては、むしろ海辺の駐車場のような場所である。ウェットスーツに着替え、仲間を焚きつけ、ビールを開け、その日に乗った最高の波の話で盛り上がる。店には常に、サーフ映像の最新作を上映する監督がいたり、移動の途中に顔を出すプロサーファーがいたりする。

こうした空気感も、ジェンティールがピルグリム サーフ+サプライのサーフボードのシェイピング・レジデンシーを構想し、本格的に育て上げていくきっかけのひとつだった。ここ3年、ピルグリム サーフ+サプライは世界中から一流のシェイパーを数週間単位で招集し、オーダーフォームを提出して頭金を支払えば、誰もが彼らにボード製作を発注できる仕組みを整えてきた。そして今、ジェンティールの右腕であるジョージ・ニコル(George Nickoll)のサポートと、Sun Bum(サンバム)からの潤沢な資金提供を受け、このレジデンシーは過去最大規模へと拡大している。

2025年の夏から秋にかけて、ピーター・シュロフ(Peter Schroff)やマルコム・キャンベル(Malcolm Campbell)といったベテランレジェンドから、ディズニー、ヒューズ、モラットのような若手まで、11人のボードシェイパーが、ジェンティールの地下のアートスタジオを改造したシェイピングベイに交代で滞在していた。彼らが挑むのは、独特なニューヨークの都市型サーフコミュニティに向けたボード作りだ(価格帯はおよそ1,200ドル~2,200ドル)。だが、これらは単なるスポーツ用品としてのボードではない。美しく乗りやすい、熟練の職人技が成す芸術作品だ。筆者は10日間、海水と研磨スクリーンの世界に潜入し、サーファーの足もとに魔法をもたらすサーフボード作りについて学んだ。

サーフボード技術(という言葉があるとするとすれば)は過去100年ほとんど進歩していない。フォームコアの中央に木製の補強芯材を入れ、グラスファイバーと樹脂コーティングで表面を仕上げる、というボードの基本構造も1950年代からほぼ変わっていない。確かに、タイの工場製の粗悪で安価な機械成形ボード「ポップアウト」も市場に溢れているし、フォームブランクを適切な寸法に削り出すコンピュータープログラムもあるが、その場合も仕上げは手作業だ。比類なきウィリアム・フィネガンの言葉を借りれば、「本物のサーフボードとは、本物のサーファーが手作業で成形し、グラッシングしたもの」なのだ。

「素材は変わっていませんが、サーフィンには大きな変化が見られます」とジェンティールは言う。「科学者やエンジニアがテスト水槽や波のプールで実験開発をしたものではなく、一般の人が庭先やガレージで実現してきたデザイン、探求、革新から生まれた変化です。キャンベル兄弟が初のトライフィンサーフボードを製作した場所も自宅ガレージでした。それと同じです」

キャンベル兄弟のトライフィンサーフボード「ボンザー」は、1960年代後半から1970年代前半にかけて起きたパフォーマンス重視のいわゆるショートボード革命から生まれた。ノーズライディングや、ゆったりした方向転換に適したシングルフィンロングボードに代わり、鋭いターンに対応でき、角度のきついバレルにも適したマルチフィンショートボードが主流化していった。新ルールや統括団体、スポンサー、ワールドツアー、チャンピオンシップの賞金など、サーフィンのプロ化の流れとも合致して起きた変化だ。サーファー達は、より大きく、より複雑な技(陸上ハーフパイプで見られるようなテールスライドやエアリアルなど)を成功させるため、よりシャープ、軽量、高速なボードを求めるようになった。

こうしたボードはピルグリム サーフ+サプライのシェイピング・レジデンシー「ダンジョン」で何度も耳にしたマジックボードとは違う。マジックボードは、人間の身体能力の限界を突破して波を駆け抜けることを目指したものではなく、すっかり着古して馴染んだジーンズのように極めてパーソナルなものだ。サーファーがセッションごとにつくり出す固有の状況下で最高の働きをするよう設計されている。スタンスの幅、体重のかけ方、しゃがみ方、波の表面を滑り降りる軌道の取り方、ホームビーチでの波の崩れ方など、あらゆる要素が関係する。

だからマジックボードは持ち主ごとに異なる。「ボードを腕に抱えた瞬間に、『あ、これはマジックボードだ』と、すぐに分かる」とモラット。「誰かと挨拶の手仕草をし合うときにほら」彼は舌をぺろりと出す——「息がピッタリで、絶対親友確定って分かるみたいな」

マジックボードは「オルタナティブ・サーフクラフト」の頂点とみなされている。「オルタナティブ・サーフクラフト」とはフリーサーファー(競技会に参加していないサーファーのこと)、インディペンデント映画製作者、ヴィンテージなデザインを好みがちな変わり者カスタムボードシェイパー達が集う、急成長中のサーフ分野だ(この世界にも企業スポンサーは少数ながら存在する)。水中でも水中以外でも創造性と実験を奨励するサブカルチャー。「自分達は最高だ!」をマニフェストとするモダニスト系前衛芸術学校のようなものだ。

こうしたボードを購入するのは大抵、波を求めて旅をするタイプのサーファーだ。様々な波に対応すべく少なくとも5本はボードを所有し、お気に入りのシェイパーについて大手ファッションブランドのクリエイティブディレクターの魅力を語るかのように熱心に説く。スキップ・フライ(Skip Frye)の「イーグル」やマーク・アンドレイニ(Marc Andreini)の「ディスプレイスメント・ハル」などが話題に上れば、同胞を得た喜びと嫉妬の入り交じった笑みが返ってくる。ピルグリム サーフ +サプライレジデンシーのボード購入者の大半はニューヨーク市内または近郊に住んでいる。近場なら100ドル以上の配送料が不要な上、シェイパーとも直接会える。

「事前に直接会って話したいという声が多く寄せられていました」とジェンティール。「『ノーズをもう少し細くしてほしい』とか『胸下のフォームを少し増やしてほしい』とか、要望を出すことでしっかりとカスタマイズされたものを手に入れることができますし、何よりシェイピングベイの作業見学が喜ばれています」

誰もがいずれ知り合うところも、この世界の特徴だ。10年ほど前からサーフィンを続けているニューヨーク在住のスタイリスト兼デザイナー、イザベラ・マニング(Isabella Manning)は、何年も前にマリブでモラットと出会った。マニングによれば、当時モラットに波を横取りされたらしく(モラットは覚えていないそうだが)、波乱の出会いだったが、時間をかけて、打ち解けていった。8月、モラットは当時の埋め合わせとばかりに、まさにそのマリブのポイントブレイクで、自ら手がけたシングルフィンミッドレングスボードへの試乗機会をマニングに与えた。「凄かった」とマニング。「波に乗って足を一歩前に出した瞬間もう完璧な位置にハマって。あのボードなら完璧なポジションにならない方がおかしいくらいですね。楽に乗れました」

レジデンシーでの受注が始まり、マニングも自分専用のボードを手に入れたいと考えた。ただしロックアウェイの波はマリブの波とは異なる。彼女はモラットと相談し、ボードをニューヨーク向けに改良することにした。マニングが普段好むのはロングボードだが、モラットは急勾配のビーチブレイクに対応できるよう、ミッドレングスをさらに短くすることを提案した(マニングの家が6階で、ボードを抱えて階段を上らなければならないからということもある)。

「ハンドシェイプボードに乗ると、サーフィンの体験そのものが、グッとパーソナルなものになる」とマニング。「そのボードで “人生最高のサーフィン” を経験すると、協力して作り上げた充実感がより味わえます」

遂にピルグリム サーフ+サプライの地下室に降りるときが来た。ディズニーは一枚のボードを「コボっぽいアウトラインだな」と言って指差すと、我々が大声で呼んでも気づかないほど釘付けになった。

「ワミー(反発力)を効かせてる」とヒューズが満足げに返答した。コボとはヒューズの愛称だ。

モラットとジェンティールとニコルがジェンティールのトヨタ・タンドラにせっせと荷物を積み込む。サーファー達は水が恋しくて仕方がない。水に触れてようやく「落ち着く」のだとモラットは言う。

ロックアウェイでは中古のミニマルが筆者のマジックボードとなってくれることはなさそうだ。ロッカーが強く、波の凹凸やテイクオフの遅れには対応できるが、今日のような穏やかな日には動きが悪い。平らで矢のような形をしたグライダーと呼ばれるボードに乗った3人のシェイパーに何度も軽々と追い抜かれた。

この3人のシェイパーとしての人気がこれほど高まっている理由には、何よりもまず、彼らが圧倒的にうまいサーファーだということがある。「サーフィンをしないシェイパーや、サーフィンがうまくないシェイパーもたくさんいる」とヒューズ。しかしそうしたシェイパーはボードの下を流れる水の感覚を敏感につかむことができていないのだという。

「サーフィンのできるシェイパーなら、スタイルにぴったり合ったコンセプトやデザインを考える」とディズニー。つまりシェイパーを選ぶのは「選手を選ぶようなもの——コボはスターボードの扱いが自在で、トムはクアッドコンケーヴ(4つの溝(コンケーヴ)を配したボトムデザイン)がうまい。俺はフィッシュツインザーみたいなボードだ」

解説:ヒューズが最近ハマっているのは「パティスター」と名付けたボードである。両足を揃え、直立に近い姿勢でサーフィンするため、テール側にワイドポイントを移しターン半径を狭めたのがスターボードだ。モラットの現在の愛用品は、底面に4つの溝が重なり合った構造で、波面を跳ね上がる際、浮力とスピードを得ることができる。ディズニーは低くしゃがみ、長くうねるラインを描くサーファーで、フィッシュ型ボードの標準ツインフィンの前にミニチュア “カナード” フィンを2つ配置し、操作性と推進力を確保している。

各自のプレイヤー特性は陸上でも発揮される。ヒューズは現代オルタナティブサーフボードデザインの巨匠ライアン・バーチ(Ryan Burch)(おじでもある)の寵児的存在だ。エンシニータスのシェイピング工房でボード製作をする傍ら、プロのフリーサーファーとしても活動しており、Sun Bumや缶入りカクテルの広告にも起用されている。サーフィンのInstagram化には賛成していないヒューズだが、その陽気で魅力的な人柄はどうしてもソーシャルメディアに映える。アリシア・キーズも彼に魅了されたという噂がある。

ハイエンドサーフ誌『EMOCEAN』最新号の表紙を飾っているモラットは奔放なエネルギーの持ち主だ。オーストラリア・ヌーサの大手サーフボードメーカーTHOMAS SURFBOARDS(トーマス サーフボード)で腕を磨き、現在はフランス、オーストラリア、南カリフォルニアを拠点にボードビルディング事業を展開している。彼の頭脳は今この瞬間の感覚的インプット、ボード製作を分野横断型の芸術にする夢、そしてその夢を事業として成立させるための数字面を行き来しながら常に回転し続けている(モラットによるとサーフボードの販売マージンは著しく低く、労務費と材料費を差し引くと、一枚あたり100ドル程度の利益にしかならないという)。「集中力が続かない性格で」と彼は言う。「頭の中が静かになるのは、波に乗っているときかボードをシェイプしているときだけ」とは言うが、モラットがボードを磨くプレーナーの音は、単調な唸りというより、NASCARの自動車レースのように聞こえる。

ディズニーもまたエンシニータスが生んだ逸材だ。常に謙虚な物言いで、自身の創作活動についても「いつも何かしら削っている」とだけ述べた。今や数千枚のサーフボード、木彫りの彫刻、抽象的なスケッチや絵画を手がけるほか、最近ではブロンズの鋳造にまで進出している。彼の周囲の人間は、優しくも気難しい天才、ディズニーについて喜んで大いに語る。モラットに言わせれば「空港で搭乗締め切りのアナウンスが流れても急がないタイプ」だという。世界的に著名なプロサーファーの一人、マイキー・フェブラリー(Mikey February)は、長年ディズニーのようなサーフィンを志してきたと筆者に語った。そしてかつての教え子で現在同世代として活動するヒューズは「デリックはサーフィンの成功者ですが、サーフボード作りやアート、サーフィンは自己表現の手段なんだと思います。クールな視点の、特別な人間です」と言う。

ある晩ディズニーは梯子酒をしている間に携帯を紛失したが、そのことをむしろ喜んだ。ひっきりなしの連絡から解放されたのだ。また別の夜、防塵マスクを装着し、ほぼ完成したボードのストリンガーに沿ってスポークシェイヴと呼ばれる小型の刃物を走らせながら口ずさんでいたのは、マイケル・ハーリー(Michael Hurley)の「Just a Bum」だった。「楽に手に入れたものは簡単になくなる。分かるだろ? 愛する放浪者」

筆者が不甲斐ないパフォーマンスに終わったロックアウェイでのサーフィンの後、日が沈む頃、ディズニーは袋詰めの薪を取り出し静かに焚き火を始めた。モラットはどこかへ電話をかけに行った。オーストラリアではビジネスアワーだ。ヒューズはビールをすすりながら潮が満ちるにつれ大きくなる波を眺めていた。

「もうちょい乗ってくるわ」と肩をすくめる仕草をしながら、ヒューズはボードをつかみ、漆黒の海へと戻っていった。

さて肝心の、マジックサーフボードがどのように作られるのかという話に戻ろう。

試作が多数行われるというところは長くなるので省略する。シェイパーは数カ月、数年をかけ、同じデザインのバリエーションを数ミリ単位で数々磨き上げる。そこから先は、ブランク材の皮剥ぎ、計測、アウトライン引き、手鋸での切り出し、水平調整、平削り、フォイルアウト(ボードを横から見た際に、ノーズからテールへ、そしてデッキからボトムへと向かってフォームの厚みをテーパー状にすることで、パドリング性能、ターン性能、波でのホールド性を制御するための手法)、研磨、ストリンガーの削り出し、再計測、再研磨、一歩下がってサイドライトを消して、首をかしげ、また研磨。そんな作業の連続だ。しかし実際、この3人のサーファー兼シェイパーが夢のボードを作る様子は、ボードショーツ姿でほこりまみれの男が、筋の入ったフォームブランクをヒーリングマッサージのように撫で回し続けているだけにしか見えない。そんな儀式のように見える行いの中に、複雑な流体力学が隠されている。

やがてフォームとの睨めっこを諦め、目からほこりを拭う。再び目を向けると、シェイピングラックに鎮座しているのは、新生児のように無垢で脆い完璧なサーフボードだ。少なくともあと1時間はほこりまみれで研磨を続ける。その姿は見る者を捉えて離さない。

滞在中、シェイパー達は地下工房でサーフボードを作り、リドビーチでバレルに揉まれ、チャイナタウンでファッションウィーク参加者らと交流し、ウィリアムズバーグ橋をシティバイクで渡り、フォートグリーン公園で花火を打ち上げ、汚れた縁石に腰かけチョップドチーズやSABRETT(サブレット)のホットドッグを食べ、映画のような日々を過ごした。地元サーフ慈善団体2団体主催のチャリティイベントには、フェブラリーと共に特別ゲストとして招かれた。製作したボードはグラスファイバー加工をすべく、プラスチックの細いバンドを巻かれ、ロードアイランド州へ運ばれた。マニングら顧客は、10月下旬、およそ8週間ものときを経て、待望のボードをピルグリム サーフ+サプライで受け取る。

そしてシェイパー達は日常へと戻る。ブルックリンでの時間とほぼ同等に恵まれた日常へ。ディズニーとモラットは『Stab Magazine』の新作公開でカリフォルニアへ向かう。主演のフェブラリーが業界トップのシェイパー17名を招集し、主にオルタナティブボードを製作させ、世界中でテストをする姿を追った映像シリーズで、ディズニー、ヒューズ、モラットが現代の先鋭派代表として参加している。

ヒューズが公開記念イベントに参加できないのは別のスポンサーから日本でのポップアップイベントに呼ばれているためだ。帰国後はディズニーと共に守護聖人ライアン・バーチを助け、コンピューター成形、手仕上げによる限定ストックボードをリリースする。オルタナティブボード界におけるOUR LEGACY(アワーレガシー)× STÜSSY(ステューシー)コラボ級のリリースとなる見込みだ。モラットはフランスにある自身のシェイピングベイ/グラス工場/ウェットスーツ工房に戻り、欧州からの注文品の製作にあたる。

ニューヨークでの2週間、驚くほど手触りに優れたアスリート兼職人である3人に、マジックボードを作り、乗りこなす感覚を言葉で表現してほしいと筆者は懇願したのだが、ディズニー、ヒューズ、モラットの説明は常に「感覚を追いかける」の一言だった。

「何かを実現しよう、感覚を達成しようとする。でもそういう感覚というのは、実際につかめるまで分からないんです」とディズニーは説明する。「ずっと求めてはいたけれど、そんなものがあるとすら確信できていなかったものを実際に感じる瞬間、それこそがマジックなんです」

「だけど」とヒューズ。「究極のボードみたいなものが存在するわけではない。マジックボードをしばらく使っていると、その魔法が薄れてくるわけではありませんが、だんだんほかのことにも興味が湧いてきて、新しい感覚を試したくなるものなんです」

サーフボードのマジックは、その完璧さではなく可能性にあるのかもしれない。ガリラヤ湖のキリストのように水面を軽やかに滑走するあの束の間の陶酔を一度でも味わえば、もはやボードを抱え岸に上がろうとも家に帰ろうとも思わなくなる。訪れる波を期待して、再び水平線へとパドルを漕ぎ出す。

「マジックボードがもう二度と作れない可能性もあります。そんなことはないといいんですけど」とモラットは言う。「だけどまた近いうちに波が来るだろうっていう、根拠のない確信はあります。次に作るボードが相当いいものになるんだと」

※本記事は2026年4月発売のHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE16+に掲載。

書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE16+ BOTTEGA VENETA
発売日:2026年4月24日(金)
定価:2,750円(税込)
仕様:B4型

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