ゲームクリエイターと映画監督が描く、PRADAの夢世界。
6月3日、水曜日。申し分のない春の朝、ホテル・チェルシーの前の歩道は大勢の人で溢れていた。全身黒ずくめのプロデューサー、完璧に整えられたストレートヘアのPR担当者、そして流暢なイタリア語を話すスーツ姿の男女。その誰もがPRADA(プラダ)のパスを首から下げ、辺りを行き交っている。
通行人が冗談めかして「おぉ、中に有名人がいるの?」と言いながら、人だかりをかき分けて進もうとした。
彼女の勘は当たっている。実は6月7日(日)まで一般公開されるPRADAのカルチャーイベントシリーズ『PRADA Mode』の第14回開催に合わせ、複数のセレブリティがホテルの中に集まっていたからだ。昨年は、瀬戸内海のいわゆるアートの島々を舞台に開催され、地中美術館の見学や東京の著名シェフによるピザ作りワークショップ、さらには建築家・妹島和世が寄贈した2点の彫刻の除幕式などが行われた。今年の舞台はニューヨーク。ホテル・チェルシーを拠点に、カッツ・デリカテッセンやアンジェリカ・フィルム・センターなど、市内各所でプログラムが展開されている。


『Satellite(衛星)』こそが今回のキーワードだ。と言うのも、映画監督ニコラス・ウィンディング・レフン(Nicolas Winding Refn)とゲームクリエイターの小島秀夫が手がけ、1週間にわたってホテル・チェルシーを丸ごと使って開催される展覧会のタイトルは『Satellites II』。外の人だかりをしばらく眺めていると、シルバーのラメ素材のシャツとパンツのセットアップに、シルバーのハイソックス、そして控えめなPRADAのスニーカーを履いたホテルの従業員や、ラインストーンをあしらったPRADAのキトゥンヒールとバッグで全身をまとめた女性の姿が目に入る。やがて私達は広々としたロビーへと案内され、レフンと小島が創り上げた世界へ足を踏み入れる。
なんと、全てがシルバー一色だった。イベントのプログラムから、ロビーバー脇の部屋に並ぶ『宇宙家族ジェットソン』を思わせるテレビセット、そしてバード・ルーム全体に至るまで。バード・ルームは、光を受けて揺らめくシルバーのドレープで覆われ、反射するテーブルや椅子、スツールが配置されている。プレス向けプレビューでレフンは「シルバーは楽観主義の色です」と語った。1980年代のニューヨークで育った彼にとって、そして同じく親である小島氏にとっても、これからの世代に明るい未来が開けていることを示す色なのだ。
それは実に心地良い視点であり、その感覚はステージ上でのレフンと小島のやり取りにも現れていた。2人が互いの友情について語る姿がどこか少年のようで微笑ましい。レフンはオランダ語と英語しか話せず、小島は日本語しか話せない(通訳が同席している)。そのため2人はこれまで実際に言葉で対話したことがないのだと言う。16年前、小島がレフン作品のファンだと伝えるメールを送ったのをきっかけに始まったこの2人の友情は、ほとんどが写真や動画、そして音楽を通じて育まれてきた。例えばレフンがスーツ姿の自撮りを小島に送ると、小島はパジャマ姿のセルフィーで返信をする。あるいは一方が楽曲を送れば、もう一方はそれに呼応する映像クリップを送り返す。それが2人にとってごく自然な会話の形なのだ。レフンは小島のことを “親友” と呼ぶ。
そして「私達は本当に双子のような気がしています」と彼は付け加えた。

これを空間で表現したのが、ホテル内に散りばめられた一連の展示なのだ。先ほど触れたテレビ画面は1階にペアで配置され、一方にはレフンの顔が、もう一方には小島の顔が映し出されている。彼らはそれぞれ自分の言語で語り続けながら、まるで互いの周囲を回り続ける衛星のような軌道を描いている。それは観客に向けたパフォーマンスでもある。
上階の指定された客室には、2つの夢のような空間が用意されている。ひとつは壁からベッド、椅子に至るまで反射するシルバーのファブリックに包まれた空間。もうひとつの部屋は白いベッドカバーの上に雲のモチーフが投影されており、その光景はまるで小島のゲームに登場する風景のようだ。その前には、PRADAレッドの椅子が2脚置かれている。
展示の締めくくりを飾るのは、2人が考案したライブの “海賊放送” チャンネルだ。水曜日と木曜日には、1時間ごとに異なる番組が配信される。俳優のマヤ・ホーク(Maya Hawke)による「Story Time」、詩人アマンダ・ゴーマン(Amanda Gorman)による「Talk Show」、そして小島とレフンによる対談など、内容は様々だ。小島によると、展示に多様な表現形式を取り入れることは重要だったという。なぜなら、東京で育った彼自身もまた、同じように多くの情報を浴びながら育ったからだ。そのほとんどは英語だったが、「重要なのは言語ではありません」と彼は言う。「映像や音楽であり、音そのものだったんです」。言語の壁を越えて届くものだった。
一方で、この展示とPRADAとの接点は少し謎めいている。ブランドロゴがなければ、2人のクリエイターの頭の中に迷い込んだのだと思っても無理はないだろう。レフンとPRADAとの関係は、小島との友情よりもさらに古く、彼がメットガラでミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)と出会った頃にまでさかのぼる。「私は沈黙が好きなんです」と、レフンは当時を振り返る。「誰かと黙って座っていても居心地が良いと感じられるなら、それはコラボレーションの素晴らしい出発点になります」。彼が惹かれたのはPRADAというメゾンが持つ “エレガンス” でもあった。その根底にあるのは意図的な思考や哲学、そして尽きることのない好奇心だ。
「PRADAは、服が経験や思考と同じくらい重要なものであるという考えを提示しているんです」とレフンは続ける。「服は単に身に着けるものではありません。ひとつの価値観であり、自分の意見を表す象徴なんです」
そう考えれば、全てはひとつに繋がっている。そしてある意味では、その掴みどころのなさこそが重要なのだ。「世界は少し混沌としているほうが美しいと、私達は信じています」とレフンは語る。

小さな迷路のような客室を再び歩いていると、会場について熱っぽく語る俳優のソフィー・サッチャー(Sophie Thatcher)とすれ違った。熱心なゲーマーとしても知られる彼女は「私の部屋、本当に凄いんです!」と興奮気味に話す。ピンクのフリルがあしらわれたPRADAのドレスに白いパンプス姿の彼女は、木曜日の夜、彼女は『PRADA Mode』のゲスト達を前に、自身初となるミュージカルパフォーマンスを披露する予定だ。
やがて私は、世界一の通りへと吐き出される。振り返れば、小島とレフンの理想主義を象徴していたシルバーは、ゆっくりとグレーの街並みに溶け込んでいった。
会期:6月3日(水)〜6月7日(日)
会場:チェルシー・ホテル
- Words: Claire Landsbaum
- Photography: © PRADA