「私はクワイエット・ラグジュアリーを信じない」STUDIO NICHOLSONが提示する美学の再定義。
STUDIO NICHOLSON(スタジオ・ニコルソン)に、ショーなど必要なかった。それどころか、開催する理由があるのだろうか? クリエイティブ・ディレクターのニック・ウェイクマン(Nick Wakeman)が過去16年間にわたって築き上げてきたのは派手な演出ではなく、確固たる独自のシルエットだった。それだけに、なぜ彼女達が今になって準備に追われているのか、疑問は深まるばかりだ。するとウェイクマンは「私の人生で最もお金のかかる、最悪な7分間のためです」と笑う。
大事な日の直前に限っていつも体調を崩してしまうのは、本当に私らしいもはやお約束の展開だ。しかし、ウェイクマンはただ自由になれたことを喜んでいて、彼女は2010年の設立以来、独自の活動を続けている。そのため、STUDIO NICHOLSONのランウェイデビューは、単なるショーというよりもメゾンのこれまでの歩みを祝い、自らの信念を貫き通すことの強さを証明する場となっている。
STUDIO NICHOLSONは、衣服のデザインを極限まで削ぎ落とすことで、その中に秘められた本質的な美しさを浮き彫りにするというアプローチをいち早く取り入れた。同メゾンのメンズウェア、そして後に続くウィメンズウェアを決定づけたのは、ヨーロッパの上質なファブリックと独自の立体的なフォルムだ。それは人間の体を美しく引き立てると同時に、シルエットのあり方を再定義した。
もちろん、シンプルなラインを提唱したブランドはSTUDIO NICHOLSONが初めてではない。しかし彼女達は現代の指針となり、そのネオ・ミニマリズムを体現するスタイルは、後に続くロゴに頼らずゆったりとしたレイヤードスタイルを特徴とする新生ブランド達に対して進むべき方向性を示してきたと言える。
そして、同メゾンはファッション業界の退屈な慣習にただ従うのではなく、独自のファン層を築き上げ、そのニーズに応えてきた。ウェイクマンが大衆向けのコレクションやスニーカーとのコラボレーションといったありがちな取り組みに関与することは滅多になく、仮にそのような協業を行う場合でも、常に自分自身のルールを曲げないことが絶対条件だった。
今回のランウェイでは、過去のアーカイブと最新のコレクションを織り交ぜたメンズ14ルック、ウィメンズ14ルックの計28ルックが披露される。これまでと何も変わりはない。ウェイクマンは「大きなサプライズを用意するわけではない。私達が何者であり、どんなブランドなのかを人々に見せることが目的です。私の心から湧き出るものでなければ意味がないし、何よりSTUDIO NICHOLSONそのものでなければならない。これが私達の大舞台なのです」と語った。

※このインタビューは編集・要約されています。
——今回のショーは公式スケジュールには入っていないですよね?
はい、それでいいんです。公式スケジュールに入っていないほうがむしろおしゃれだって(笑)みんな言うじゃないですか。
——これまでショーを行わなかった理由はなんですか?
ランウェイにはかなりお金がかかるし、ビジネスのために使えるお金を無駄遣いする気は全くなかったんです。でも去年の今頃、どうしてもやりたくなってしまって。その理由のひとつとしては、みんなに服の動きを見て欲しかったから。ウェブサイトやInstagramの画面を眺めているだけでは伝わらないじゃないですか。それに、私達には熱心なファンやフォロワー、そして顧客のコミュニティがあり、彼らにその瞬間を見てもらうことが大切だと思ったんです。アットホームな雰囲気を出して、生地の質感を間近で感じてもらいたいんです。
うちのCEOなら違うことを言うでしょうけど(笑)。彼なら、「私達がランウェイに参加するのは、グローバルブランドとして次のステージに進むためだ」と言うはずだし、実際私もその点については同感です。中国にはさらに12店舗の出店を計画しているし、韓国やニューヨークへの進出も視野に入れています。だからこそ、このファッションという戦場で自分達の存在を確立することが重要なのです。もちろん、自分のエゴのためにやっているわけではありません。ただ、これまで私達が積み重ねてきた真摯な手仕事とその確かな背景を、世界中に示すための絶好の機会だと思っています。
——いわば、“新生” STUDIO NICHOLSONのデビューといったところでしょうか。
改めてのご紹介といったところです。
——新しいロゴも含まれていますよね。
最初のブランディングなんて、知り合いに頼んで私のキッチンテーブルで、5ポンドくらい払ってやってもらっただけ。とにかくお金がなかったからロゴもシンプルだった。でも数年経って、「そういえばこれって高級百貨店のハーヴェイ・ニコルズか、スーパーのロゴみたいじゃない?」って思ってしまって。お世辞にも特別なデザインとは言い難かった。でも、当時は身の丈に合っていたし、それで十分だったんです。
ロゴのリニューアルを担当してくれたのは、ホワイト・キューブやHERMÈS(エルメス)と仕事をしているデヴィッド・マッケンドリック(David McKendrick)です。私達は英国書体について徹底的に掘り下げました。この新しい書体は1970年代に確立されたもので、新聞や印刷物で多用されていました。より洗練された印象を与えるこの書体は、まさに私達の進化を伝えるためのものです。また、ある意味では伝統的な雰囲気もあり、それが本質でもあります。そして服のタグに落とし込まれた書体を見たとき、まさにそこにあるべきデザインだと感じられるはずなのです。
——ひとつのロゴを16年間使い続けるというのはなかなか珍しく、最近ではほとんどのブランドが2年おきにイメージを一新しているような気がします。
去年の今頃から準備を進めてきました。とにかく何事にも時間がかかる。この業界は本当に、何をするにもとてつもなく時間がかかるんです。せっかちな人には絶対向かないゲームです。面白いですよね。誰もがこうしてゆっくり時間をかけて作られた普遍的な服を求めているはずなのに、市場は今すぐそれを手に入れたいと思っているわけですから。
——それが、数年前に流行した “クワイエット・ラグジュアリー” というトレンドの背景にあったものの全てでした。
私はクワイエット・ラグジュアリーを信じません。
——なるほど。
それは単にセンスが良いというだけのことだと思います。それに、高価だからといってセンスが良いとは限らないでしょう? 先日、とあるラグジュアリーなパーティーに行ったのですが、全身をスカーフやベルトなどのブランド品で飾った人達が大勢いました。それを見て、ジル・サンダー(Jil Sander)が活躍していた40年前のことをふと思い出しました。あの時代のファッションは、何と言っても品格や洗練さが重視されていたし、私達の服作りもまさにそこにあるのです。
——“洗練されたセンス” とは、どのように定義されますか?
一目見ただけで、直感的に分かるものです。普通の服とは明らかに一線を画す何かがある。それは品質であり、文脈であり、正確さ、節度、そして一貫性です。だからこそ、大きな変更を加えないのです。なぜなら私達は本当に膨大な時間を費やして、この製品を完成させたのですから。
今回のショーで披露したアイテムの多くは、ソルテパンツのようなベストセラーばかり。私達がシグネチャーであるあのシルエットを変えないのには理由があります。それは同じパンツがずっと求められているからであり、私達はただ生地を替えているだけ。今回のショーのために、防水加工を施した両面織りのコットンで仕立てたのですが、本当に美しい仕上がりになりました。オリジナルよりもさらに立体的なハリ感があります。
©︎ HIGHSNOBIETY
——あなたの “一貫した” 形状は、新たな形状とどのように関連しているのでしょうか?
定番シルエットの服達は、私を原点へと連れ戻してくれます。新しいデザインで行き詰まったり、自問自答したりしているとき……それはまるで、自分の作った料理の味が分からなくなる感覚に近いです。自分で作ったはずなのに、全く味が分からない、周りのみんなは分かるのに。そんなとき私は「これって、私達らしい服なのかな?」と立ち止まる。そして定番のスタイルに立ち返って確認するのです。「そう、これこそが私達のやり方」って。
——そのようなことはどれくらいの頻度で起こるのでしょうか?
誰にだって良い日もあれば悪い日もある。私だって、ときにはオフィスに来て「くそ」って思うこともあります。
——その逆はどうでしょうか? 例えば、自分の作った料理の味を本当に味わえるときはいつですか?
そんな日々の中でも、ふとした瞬間に救われることがあります。例えば、街中で私達の服を着ている人を見かけたとき。そういうときに限って私はすっぴんにスウェットパンツ姿で、犬の散歩をしていたりして。思わず声をかけると、相手は「嘘でしょ! あなたの作る服、本当に大好き!」って言ってくれるのですが、私は穴があったら入りたいと思ってしまうのです。
でも、彼らは本当に格好良く私達の服を着こなしてくれるし、その姿を目にしたときにこそ、その料理を味わうことができるのです。会議から会議へと飛び回ったり、何かひとつに没頭しすぎて木を見て森を見失ってしまうときこそ、一番苦しいんです。クリエイティブな仕事をしている人ならきっと誰もが共感してくれるはず。ディテールに囚われているとき、どうやって全体のヴィジョンを見失わずにいられるかというあの葛藤を。
——ソルテパンツについて言えば、あれはまさに画期的なワイドパンツですよね。直接的であれ間接的であれ、現代のあらゆるパンツのシルエットがその影響を多く受けていると言っても過言ではありません。
あのシルエットは、一種の普遍的な形なのだと思います。今では誰もがそれぞれのやり方で似たようなものを作っているけれど、私は巷に溢れる世間の雑音に惑わされないように心がけています。というのも、また同じ比喩にはなってしまいますが、そんなものばかり見ていると、せっかくの料理が台無しになってしまうから。そうした声は確かに耳に入ってくるけれど、無視するのが一番です。自分の信念を貫いて、ただやるべきことを黙々と進めていくだけ。

©︎ STUDIO NICHOLSON
——STUDIO NICHOLSONのバージョンはなぜオリジナルと言えるのでしょうか?
私達の服には、ある種の本物らしさがあります。あれはまさに決定的な瞬間から始まりました。それは、東京でヴィンテージのパンツを穿いた男性を見かけた時の記憶にさかのぼります。それを見て私は「あのパンツを穿いたときの彼の動きを見てよ、あのプリーツと、プリーツの角度、なんて素晴らしいの」と、衝撃を受けたのです。それは学校で教わるのと同じようなこと。単に結論にたどり着くことよりも、そこに至るまでの工程や方法論のほうがはるかに重要であるという。私達の服作りも、まさにそのプロセスそのものなのです。
私は30年間ファッション業界で働いていますが、私にとっての美学は30年前から何も変わっていません。当時好きだったものが今でも好きで、インスピレーションが必要なときは、いつも同じ映画を見るし、同じ本を読んだりします。『ジョーズ』や『アイス・ストーム』は、私だけの秘蔵資料。みんな同じものを見ているけれど、重要なのはあなた自身がそれをどう解釈するか。そして、例えほかの誰にも理解されなかったとしても、自分自身が理解していればそれで十分なのです。
洗練されたセンスの話に戻りましょう。それは、突き詰めればパーソナルスタイルという言葉にほかなりません。ただ、この話題について熱く語れば語るほど、私は現代におけるパーソナルスタイルというものに対して悲観的な気持ちも抱いてしまうのです。私達は以前に比べて、個性を随分と失ってしまったのではないか、と。
世界中のあらゆる個性が削ぎ落とされ、全てが画一化されてしまった。個性的な人なんてもうほとんどいない。私達は何を着るべきかを常に押し付けられていて、誰もが同じような格好をしている。私はそれがどうも我慢できないのです。なぜなら私自身、本や映画の登場人物になったつもりで服を着るのが好きだから。毎朝服を選ぶとき、頭の中で、「ああ、『アウト・オブ・アフリカ』のメリル・ストリープ(Meryl Streep)が素敵な白いシャツを着ていたのを覚えてる?」というように、朝、服を選ぶときは、そんなことを考えているんです。

——そのコツについて教えていただけますか?
じっくり頭で考えるコツもあるけど、結局のところ、今日着る服についてあたかも何も考えていないように見せることが大事なの。でも一方で、生まれつきの圧倒的なセンスがあって、適当にあった服を羽織っただけでキマる人もいる。それはまるで未完成の美学のようなもの。シャツの裾をズボンから出していたり、裏返しに着ていたり、あえて着崩したかっこよさというか。
でも結局のところ、全ては自分の服を着たときに心地良く、ありのままの自分らしくいられるかどうかに尽きるのです。あなたが自信を持って、快適で、何より自分らしくいられるときこそがスタイリッシュな状態なのです。
- Words: Jake Silbert