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Life beyond style

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近年、その言葉を聞かない日はない「メタバース」。それがここまで深く根を下ろす存在となったのには、いくつかの要素が絶妙なタイミングで絡み合った背景がある。コロナによるロックダウンで世界中の人々がデジタル生活をするようになったところに、技術革新、そしてハードウェア、RobloxやThe SandboxといったP2P方式のプラットフォームの主流化で新たに生まれた人とのつながり、クリエイティブ、マネタイズの手段が融合した。

ファッション業界が発進するのにも時間はかからなかった。Robloxによる音楽サービスローンチ、NikeによるRtfkt買収、adidasとPRADAのパートナーシップによるNFT、BALENCIAGAによるFortniteのマーチャンダイズローンチが瞬く間に展開。この記事が読めるようになる頃には、このほか1000以上のプロジェクトが走り出していることだろう。

レイラ・ファタールの司会進行、NGなしで展開する今回のディスカッション。テーマはヴァーチャルの世界において我々が人間らしくある方法。

パネリスト

  • レイラ・ファタール – Platform13創立者
  • ウィルソン・オリエマ – Institute of Digital Fashion(IoDF)メタバースヘッド
  • シャヌ・ワルピタ – Emergence of Tomorrow フューチャーズディレクター、エデュケーター、共同創立者
  • ガリット・アリエル – テクノフューチャリスト&作家

レイラ・ファタール:ガリットさん、メタバースには猛烈なスピードで押し寄せる「新」現象という感覚がありますが、以前から存在していたのでしょうか?

ガリット・アリエル:決して新しくはないと思いますよ。ロンドンでの学生時代、「Second Life(リンデンラボによる仮想世界)」にハマり過ぎて私自身留年しかけました。1990年代で既にそうでしたからね。今話題になっている内容も浮上している課題もあの当時と似ていますから、Web 3.0やメタバースの発想が特別新しいということはありません。

レイラ・ファタール:Web 2.0とWeb 3.0の違いは何でしょう。

ウィルソン・オリエマ:Web 2.0では情報源を制御する中央化システムが数個あり、ユーザー個人のエージェントが存在しません。大半のユーザーの体験や機会に制約を与えるのは大プラットフォームの存在ということになります。Web 3.0は従来のインターネットやモバイルインターネットを分散化したものです。個々人が独自の出発点から他の個人や組織と好きな度合いで自由にやり取りすることができる環境です。

シャヌ・ワルピタ:Web 2.0では個人や企業が主体なのに対して、Web 3.0ではある種、集産主義者的主張やコミュニティ、あるいは集産主義環境が主体になっていくと思います。

オリエマ:ブロックチェーンのイノベーション、メタバースへの乗り入れからはきっといいものが実現すると思っています。Web 2.0に関しては、それがユーザー側に何の主導権もない世界なのだという認識がまだ不十分な気がしますね。自分が接するシステムやプロダクトに関して所有権や責任を一切持つことのない世界です。一方今のイーサリアムやビットコインといったものにおいては、個人が自身のカストディアン(投資家に代わって有価証券の保管・管理などの業務を行う金融機関)となり、他者とP2P方式で直接やり取りすることができます。

アリエル:Web 1.0が目指していたのは、情報にアクセスし、コミュニティや世界ネットワークを作るという接続型経済でした。Web 2.0でそれがデータ経済に移行しました。自由なやり取りができるように見えはするのですが、実際にはその裏で、個人が提供するデータや個人のウェブ上での挙動が監視されています。接続型経済、データ経済を経てこそ、Web 3.0という、ヴァーチャル空間での体験、デジタル資産、物理的空間での体験がウェブを構成する空間経済への移行があるわけですね。この世界を構築する人や企業、ブランドが注意すべきは、Web 3.0の空間においては、参加する人が同時に主体的にものを作る活動もするという点です。そこに気を付けないと、コミュニティ、活動、コンテンツ作りの促進以上のところではいずれ一切必要とされない存在となってしまいます。いずれはWeb 3.0を通して大きな権力転換が起きると私は思っています。ただ、「分散化」という言葉を使いつつも、誰かが中央化を行おうとはするでしょう。誰がどのようにそれをしようとするのかが気がかりです。

ファタール:Web 2.0からWeb 3.0に移行する中で分散化という現象は実質的にどういう意味を持つことになるのでしょうか? 安全性、表象性、インクルージョン、ソーシャルメディアから得た学びの実践、課題解決はどうすればできるのでしょうか?

オリエマ:既にいろいろな対策がとられています。メタバースという新領域の可能性はまだまだ開かれていて、力の強い株主はいるとは言え、まだ誰にでも参入する余地があります。

ワルピタ:ここで起きている権力移行にはとても関心を惹かれますね。私はメタバースのことを、金銭ではなく文化的に成長するデジタル空間として見ていて、アクセシビリティが高まる可能性を感じています。モジュラー型のものが動き続けて形になってもいくような方式というか、幅広い受け取り方ができる感覚がありますし、アクセスの可能性、インクルーシブ性に関しても、独自の優位性が生まれるように思います。

ファタール:メタバースで暮らすことと現実世界で暮らすことの違いはどういったものになるでしょう? ヴァーチャルだけで暮らすのではなく、メタバースを使いながら現実世界で暮らすということが普通になるまでにはどのようなことが必要なのでしょうか?

アリエル:ソーシャルメディアから次の段階への変革の兆しはもう見えていますよね。ヴァーチャル空間に、自分を表象、代替するものを投影する、ということが行われるようになってきています。ヴァーチャル空間が登場することによって、これまでデジタル空間と物理的空間の間に「存在する」ということになっていた境界が実質なくなっていくでしょう。

ワルピタ:今のアバターにはかなり限度があると考えている人も多いですし、現実と非現実との間を透過できるような存在が現れると思うと楽しみですよね。架空、想像上のキャラクターが自分で作り出せるようになると。

©︎@TRACIGERO
©︎@TRACIGERO

アリエル: Instagramのフィルター加工も既にそういうようなものですよね。本物の自分自身を投影するというアンチ運動もありますが、やはりヴァーチャル空間においては架空のキャラクターが必要だと思います。その辺りの規制に関してはユーザー側から求められている部分が大きいですね。自己統制式というか、積極的に声を上げる性質を持ったコミュニティになっている気がします。Web 3.0のもたらす影響、自分達の欲求や目指すところについての認識が強いからでしょう。自分にとって本物の価値があると思うところに人が動いていくと思います。問われるのは、本物の価値というのが一体何なのか、どういった空間が人の関心をそそるのかですね。

オリエマ:そこは人それぞれだと思いますね。実際メタも、自社エクスペリエンスの構築を行っていく中で、参入地域ごとにいろいろな制約を設けることになるはずです。

ファタール:今の人類にとって最大の問題はやはり気候危機であって、メタバースを動かすのには技術が必要ですが、その技術を使うと、現段階で既に厳しい状況がさらに激化することは周知の事実です。そうした環境面での影響についてはいかがでしょうか?

ワルピタ:インターネットというのはある意味目に見えないものなので、それが環境にもたらす影響はあまり理解されていませんよね。デジタル技術由来の温室効果ガス排出量は全体の4%と、航空業界全体の排出量さえ上回る割合を占めています。2050年には世界の発電量の5分の1がインターネットによって消費されるようになるという見通しもあります。分かりやすく言うと現状、ビットコイン取引1回分のカーボンフットプリントでVisa取引680,000回分に相当しますからね。

アリエル:テクノロジーとなると、どこかから湧いて出てくるもので、文化的にも物理的にもコストはかからないと思われがちですよね。そんなはずはないのに。メタバースが、増大する消費主義の空間になってしまってはいないかが気になります。例えば仮想空間で洋服を1,000着持とうとすれば、それだけの電力とメンテナンスが必要になり、そこには取引、偽造、所有権周りの独自の経済が生まれます。VRゴーグルを装着する、スマホを使うだけの話ではありません。結局長い目で見ると実物の洋服を所有する方がコスト的に安くなるかもしれませんね。

ファタール:所有権や著作権についてはどう考えますか?

オリエマ:ちょうど2〜3週間前にブログ投稿をしたんですよ。あらゆる物理的な洋服がいずれトークン化されてNFTとして売られるようになる、というテーマで。NFTはデジタル画像と思われがちですが、本質的には何かを自分が所有しているという証拠、証明なんですよね。

アリエル:ただ、NFTは絶対的に所有権を意味するとも限りません。ここはオーディエンスとしてはもう少し良く知っておくべきところで、NFTは必ずしも常に「著作権を全面的に持っているのはあなたです」という証明になるとは限りません。デジタル所有権を持たせてくれるNFTやブロックチェーン技術もありますが、アフィリエーションもありますよね。それは少し性格が異なります。

オリエマ:NFTというのはつまり物理的なものを直接トークン化する行為ですよね。将来的には各ブランドもプロダクトそのものをトークン化するようになるでしょう。

アリエル:所有権、著作権に関する考え方が新しくなってきていますよね。ソーシャルメディアではシェアさえできれば自分のものという感覚があって、権利の概念は壊れていましたが。その辺りがどう転換していくかにとても興味がありますね。

ワルピタ:トレンド関係に携わってきた関係で、その点については長年考えてきました。所有権やものを作り出すことの意味が分極化してきていますよね。各ブランドは、時代を超えてクリエイティブ作品に対する所有権を持ち続けるものとして存在してきたわけですが、今後所有権の意味合いが変わるとクリエイティブ性にも影響が及ぶのだろうか、と思ったり。スニーカーカルチャーなどの場合は一方、誇大広告文化やトークン化、収集品の概念でできている部分が大きいので、そうした領域でビジネスをするブランドにとって、メタバースが開いてくれる可能性には莫大なものがあると思います。BALENCIAGAやFortniteはもう成功していますよね。
そういうビジネスするにあたっては、対象となる消費者についての理解を研ぎ澄ます必要があると思いますが、その消費者像にはものすごく複雑だと思いますね。メタバースはベビーブーマー的古臭い発想だという層もいるにはいますが、自分でものを作り出したり買ったりする、買うのも一度きりではなくて何度も買い直していくという概念をとても面白いと感じている人もたくさんいます。ただ、なかなか微妙な部分も出てはくるでしょうね。

©︎EPIC GAMES
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ファタール:Platform 13は、ブランド側が売る対象と考えている人たちによってマーケティングインプットや発想のコミュニケーションが行われるようにするために作られたのです。ですから消費者に対して一方的に話しかけるのではなく、ブランドがその一端を担おうと思うカルチャーやコミュニティの側から発想を得ていく、ということですね。今メタバース領域を動かしている大手企業の、インプットに対する人材投入、多面的配慮には不足を感じますか?

アリエル:次の時代はシリコンバレー発では全くなく、あらゆる場所が発信地になります。イノベーションがあらゆる場所に分散し、起きた反応から規制が形作られていくはずです。コロナ後の世界は変わると思いますね。

ファタール:なるほど。ですが、ブランディングやマーケティングの観点から見た場合、そうしたメタバースにも広告的な面はあると思います。単なる目新しいおもちゃ程度のことで終わるのか、それともきちんと制御できるのか、という辺りが気になるのですが。

アリエル:目新しいおもちゃではあれ、きちんと制御して使い得るものだと思います。

ワルピタ:ただ、権力の正しい入れ替わり、つまりメタバースという領域へのしかるべき人材投入が行われないと、また制度化が起きてしまう可能性があると思います。Web 3.0やメタバースの良いところは集合主義の感覚によってこうした微妙な利害関係が強化され得る点だとは思うのですが、そこにはものすごく注意が必要です。
柔軟という言葉を個人的に最近よく使っているのですが、この言葉こそ、今起きているこの現象を位置付けるのに最適なのではないかと思いますね。価値消費、社会的インパクト、後は純粋に存在するという自体も含めた非常に複雑な領域を、各ブランド、消費者が共に生きていこうとしている様子に柔軟性を感じます。メタバースというのは、いろいろな現実を柔軟に出入りする空間だと思います。技術が進歩すればするほど、その出入りは活発化するでしょう。進むべき方向性は定まってはいないという認識を持って、臨機応変な対応を取る必要が、どのブランドにも出てくると思いますね。メタバースという新たなヴァーチャルの世界は、あらゆるブランドに、柔軟性を持つことを余儀なくする存在になるのかもしれません。

アリエル:柔軟という言葉よりも、私は流動的の方が好みです。流動的な姿勢を取るのは、ブランドにとって大変なことですよね。やはりどこも体質的に…

ファタール:人口動態とマインド的にですね。

ワルピタ:ええ、メトリックスありきですからね。

アリエル:これまでとは全く違ったやり取りの発生する完全に新しいプラットフォームですから、適応しないわけにはいかなくなります。完全移行ですよね。現実世界と概念的な世界との融合。それがある程度一定期間は作用して、またいずれ転換が起きるでしょう。ソーシャルメディアの場合と違って、メタバースでは我々自身が関与していくので、その転換はより早いスピードで起きると思います。

ファタール:どんなきっかけでその転換は起きるのでしょうか?

ワルピタ:認知と結果的判断です。メタバースの世界を共に作り上げる主人公はデジタルネイティブ世代です。昔のようにトップダウン方式で進むことはないでしょう。集合主義、集合体、コミュニティの実質的作用による、トップダウン方式ではない、足下からの構築が進んでいくものと思います。

ファタール:そうしたクリエイティビティの民主化というのは良いことなのでしょうか、良くないことなのでしょうか?

ワルピタ:両面あると思います。若いクリエイティブ人材にとって、民主化はとても良い意味を持つでしょうね。狭き門に入ることを阻む門番、アクセシビリティの阻害要素がなくなって、居場所ができるでしょうから。アクセシビリティの問題は「民主化」の発想が浸透することで理論的に解決し得るでしょう。ただ民主化によって逆に発生する問題もあるということは認識すべきだと思います。

ファタール:これからの世界はどうなっていくのでしょうか。今ブランドにできることは何でしょう?

オリエマ:全てがブロックチェーンの基礎を持ったものに移行していくでしょうね。ブランドも個人もその上に構築されていく。ただし、どの個人に対しても制約は一切ないという。
そうした状態が、いろいろなプラットフォームやシステムという形で拡大していくでしょう。それによってあらゆる人に対して機会が民主化されていきます。将来的にはAR/VRの利用によるシームレスな体験を通して、全てが重なり合っていくと思います。今後10年でスマートフォンの機能も格段に充実して、ユーザーの安全空間がいくつもできていくようになるでしょう。ですがあまり深く物事を考えなくてもいい中央化されたスペースの方が気楽でいいと考える人もたくさんいますから、それぞれが独自に選択をできるようになるのではないかと思います。

ブランドであれば手の空いたときにメタバースというツールを気軽に使ってみるとか。P2Pシステムの作用の仕方に関しては完全に思考を変える必要があります。NFTを買う、MetaMaskウォレットの設定をする、とにかく手を出してみることです。

ワルピタ:ヴァーチャル技術はメタバース空間における体験を絶対的に変えますし、ヴァーチャル技術そのものがまた、イノベーションを今とは違った方向に推進していくことになると思います。将来のルールは今のルールとは違ってくるでしょう。今のままで続くことはあり得ませんから、若干であっても変わるはずです。
ブランドがすべきなのは、ものを共に作り出していくこと、そして作ったものをアクセス可能にすることですね。そして世間がブランドの視点に挑む行為を許すこと。ユーザビリティの点でも、実際にその空間に存在する人に耳を傾けた対応が求められるでしょう。後はどんな戦略を取るにしても、何らかの形で平等性を構築していくこと。それがアドバイスでしょう。
プロダクトに留まらず体験という次元でものを考えること。大事なのは価値であって、新しいシステムであって、何かの物体やプロダクトでなくてもいい。これまでとは全く異なる、二者択一を超えた完全にインクルーシブな形でストーリーを語るとしたら何ができるか、それを考えるべきでしょう。

©︎adidas
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アリエル:私からアドバイスをするなら、クリエイティブブランド、プレイグラウンドについての学習、反映、探訪の機会をものにして、自己の共同構築、進化に取り組む、ということでしょう。メタバース空間における自己の考えも共同で作り上げる必要があります。時間はたっぷりありますが今から始めていくと良いでしょう。そして自分自身、ユーザー、文化をしっかり保護すること。長い目で取り組むというのは、一回構築して後は維持すれば良いということではないので、それだけ本気で中身を考える必要があります。脈拍を測るように、とにかく時代の理解に努めること。こうした世界では一度踏み外すと転落速度はとんでもなく速いものになりますし、代償もとても大きなものになります。ブランド自身もユーザーも大きなダメージを被ることになります。現在見られる価値システムの重複になってしまうとしたら、私に言わせれば退屈です。今の価値システムはソーシャルメディアに任せておきましょう。VRに期待したいのは、代替の概念、文化スペースの登場です。

ファタール:新しいものは何でもそうですが、メタバースも本当に楽しみです。構築段階にあるこの段階でいただいたインプットはこれからの数年に向けてとても重要なものになると思います。そこに今乗っていかないと、これまでの過渡期に積み上げてきたものが全部無駄になってしまいますしね。

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