海藻で出来た服が世の中を変えると言われたら?
海に潜む植物に、ファッション業界が及ぼす環境破壊を解決する力があると言ったら、みんなどう思うだろうか? 光沢のあるぬるぬるとしたリボンのような、すなわち海藻が、ファッション業界を環境に優しい業界に変える力を持っているとしたら?
ほとんどの場合、「言い過ぎだ」と思うだろうし、グリーンウォッシュ(環境に優しいイメージや取り組みを装いながら、実際には行っていないこと)のタイトルだと報告されかねない。しかし、実際にこの主張を裏付ける研究が進行中だ。
サステナビリティに関心があるなら、海や川、湖などの水域に生育する水生植物である海藻がもたらす利点について聞いたことがあるのではないか。海藻は、食料、肥料、医薬品、化粧品添加物の重要な供給源として、またバイオ燃料やバイオプラスチックの開発源として注目されている。そしてここ数年、先を見据える多くのデザイナーたちが、ファッション業界における海藻の可能性を見いだしている。
なぜなら、海藻は二酸化炭素を吸収する力が優れているからだ。マックス・プランク海洋微生物学研究所の研究者によると、海藻は地球温暖化に対抗する力を持つ「奇跡の植物」だという。サステナブルブランド「Pangaia」のチーフ・イノベーション・オフィサー、アマンダ・パークス博士(Amanda Parker)は、「海中で豊富に、そして再生しながら成長する驚きの植物です。地球上の二酸化炭素を回収する重要な役割を担い、全ての細胞で光合成を行う唯一無二の植物(他の植物は葉の部分のみで光合成を行う)で、地球の酸素の少なくとも50パーセントを供給しています」と話す。
つまり、海藻は空気中の二酸化炭素を除去し、成長に利用する。また、コットンやウール、シルクといった従来の陸の素材に比べて、水や資源の消費量がはるかに少なくて済む。他にもここでは書ききれないほど多くのメリットがあるのに、ファッション業界がこぞって取り入れないのはなぜだろう? 事実、数十億ドル規模の業界を一夜にして変えるのは簡単ではない。ファッション業界における新たな代替案は、まずは小さな独立系ブランドやクリエイターが問題提起し、新たな解決策を見つけ、道を切り開いていく、というのがよくある方法だ。(私達が知る限り、Pangaiaは現在、海藻を積極的にコレクションに取り入れている数少ない大手、独立系ファッションブランドのひとつ)
広告業界でのキャリアを経て、2015年に双子のニック・ティドボール(Nick Tidball)とメンズウェアブランド「Vollebak(ボレバック)」を共同設立したスティーブ・ティドボール(Steve Tidball)は、「一部の生産過程は100年前から変わっていません」と語る。「既存の利益に固執し、一向に変化しない大企業が存在します。みんな変化だ、変革だ、と言いますが、内部に入ると、結局あまり変わっていないことが分かります。口先だけに過ぎないのです。私達はこれに着目しました」
Vollebakはファッションブランドでありながら、実際は研究所のように、実験的な試みや斬新なコンセプトを試行しているため、傑作ブランドと評されると同時に、独特過ぎると評されることがある。「ファッション業界は飽和状態だと言われていますが、非常に固定的でもあります。洋服を組み合わせる方法は縫い付けるか、接着するかに限られており、最終的にランウェイで服を披露する。何かのシステムを導入するとき、既存のシステムがあまりにも固定されていて、それを打破するのに苦労することにいつも驚きます」
水中の生態系が持つ自然の力を活用して繊維業界と世界を変えることを目指す企業「Keel Labs」の創設者、テッサ・キャラハン(Tessa Callaghan)が、共同創業者、アレクス・ゴシウスキー(Aleks Gosiewski)とKeel Labsを立ち上げたのも、この打破の難しさがきっかけだったという。キャラハンは、「制約が多ければ多いほど、アイデアが出てくる」と話す。ニューヨークのファッション工科大学を卒業したキャラハンとゴシウスキーは、ファッション界での将来に期待していた。「デザイナー達が使っている既存の方法を変えられると思って入学したのですが、実際何もできませんでした。業界内の廃棄物や汚染を解決する代わりの素材がなかったのです。私達はそこに疑問を持ち始めました」
そこで2人は、従来のサプライチェーンに潜む多くの悪影響をリストアップし、二酸化炭素排出、マイクロプラスチック、水の使用量、農薬、土壌の侵食といった結果を指摘。「現状として陸の農業を広く、長く利用するとしたら限界があります。だから、利用されていない場所を探すことにしました。海はどうだろう? 世界的に利用可能で、しかも環境に良い影響を与えるのは海藻だ」と結論を出した。
それから収穫した海藻で糸を紡ぐ方法を編み出すなど、実験が始まった。もちろん、簡単な過程ではないが、魔法のようだという。「パン屋が小麦粉を使うのと同じように、様々な原材料からレシピを作るのですが、原材料を自分で収穫しているわけではなく、海藻や昆布など、豊富な収穫と抽出ができる産業を利用して調達しています。そして、海藻を既存の繊維製造インフラに直接投入できるような独自の化学物質を自社で開発します。水だけを使い、有毒な化学物質を全て取り除くのですが、このシステムで使用するもの、排出されるもの全てが無害で、地球に優しく、適合性に優れています」とキャラハンは語る。
既存の製造インフラと互換性のある解決策を生み出すことは簡単ではなく、実験を拡大させるという点でも、制約が多いことをVollebakはよく理解している。昨年、同社は史上初の黒藻で染めた服を発表。しかし、ほとんどの衣類や携帯電話のケース、ペンのインクなどは化石燃料である石油で黒く染められていることが広く知られていないように、黒藻染めの成功は、サステナブルファッションにおける重要な役割を果たすとしても、あまり目立たないという。
黒藻の色素は、海藻からのインク開発を専門とするベンチャー企業「Living Ink」社との5年にわたる研究開発によって完成された。しかし、ティドボールは、「何十万ドルもする印刷機に、粉状の海藻を入れてくれる人を探さなければいけません。 “海藻を持っている” と言うことは、“麻薬を持っている” と言っているようなものなのです」
大手メーカーが海藻による色素を採用するまでの道のりは長いかもしれないが、革命を起こす可能性を秘めている。「海藻は二酸化炭素を利用して成長し、凍結法(Living Inkが染料のために開発)によって炭素を閉じ込めます。海藻は色の分野で特に効果を発揮します。有害なものを置き換えるだけでなく、何か面白い働きをするのです。それが広い範囲で実施されれば、大きな革命に繋がるでしょう」
しかし、炭素を捕捉する海藻の染料を開発してポリエステルに使っても意味がない(ポリエステルは石油由来の合成繊維で、海藻の染料をポリエステルに適用してもデメリットが大きいため)。そこで、Keel Labsは現在、初の海藻を使った「ケルサン」という糸の開発に取り組んでいる。キャラハンによれば、繊維はとても柔らかく、触り心地や見た目においても自然で、高く評価されているという。しかし、まだ市販できる段階ではなく、多くのブランドやデザイナーと協力し、最終的に市場に送り出す製品としてふさわしいかテスト中だ。
これまでのところ、Pangaiaのように海藻を使ったコレクションを発表しているブランドは、海藻を他の繊維とブレンドしている。「今使われている海藻繊維は、オーガニックコットンとブレンドしています」とPangaiaのパークス博士は言い、そうする理由として、海藻がコットン繊維とは異なる構造で成長するからだという。コットンの加工は浸透しているのに対し、海藻に関しては明らかにはそうではない。「海藻を糸として使用するには、液体スラリー(固体粒子が液体中に分散した混合物)にして押し出す必要があります。革新的な素材と同じように、このような研究と開発は、専門知識を絞り出すことで、結果的に優れた生産に繋がります」
Vollebak、Keel Labs、Pangaiaの3社は、それぞれ異なる方法で海藻に取り組んでいるが、より良い未来に向けた海藻の可能性というヴィジョンを共有している。特に、まだ浸透していないこの実験を業界の標準にするためには、大企業の後押しが必要になるだろう。
「(規制が迫る前に)企業が自主的に主導権を取る必要があります」とキャラハンは語る。
「投資家にH&Mを持つKeel Labsを含め、企業や個人が目標を実現するためには、あらゆる側面からの支援が必要であることを理解する必要があります。自ら変化を促すために資金を提供するブランドは、単に目標を掲げて他人に解決してもらおうとするだけでなく、実際に行動を起こす必要があります。ただ目標を立てるのと、実際に行動に移すというのは全然違います」
しかし、今日のサプライチェーンの改善という課題は、海藻だけが解決できる問題ではない。昔から「過ぎたるは及ばざるが如し」ということわざがあるように、英タイムズ紙記者のソミニ・セングプタ(Somini Sengupta)は、「海藻を利用し過ぎると、予期せぬ損害を引き起こす危険性があります」と、ニューヨークタイムズの記事で指摘する。「慎重になって、敬意を払い、他の様々な代替品と並行してアプローチする必要があります」
また、ティドボールは次のように述べる。「私は、海藻を唯一信じられる資源、またはたったひとつの解決策として見ることは間違いだと思います。あくまでも多くの解決策のうちのひとつです。しかし、海藻が非常に大きな可能性を秘めているということには間違いありません」
- WORDS: Heather Snowden