猛進の米津玄師
音楽とつながりと創造の源流
米津玄師が、アニメーション映画「海獣の子供」の主題歌として書き下ろした新曲「海の幽霊」を6月3日(月)に配信限定でリリースする。
10代の頃から五十嵐大介による原作に惚れ込んでいたという米津は、「海獣の子供」の作品世界をどう捉え、ドラマティックな楽曲をどのように完成させていったのか。この曲の制作の裏側に加え、1月から3月にかけて行った全国ツアー「米津玄師2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃」、作詞作曲とプロデュースを手がけた菅田将暉の新曲「まちがいさがし」の制作についてなど、様々なテーマでインタビューを行った。
――『海獣の子供』の原作者の五十嵐大介さんとは、米津さんがイメージソングを担当した2016年の展覧会「ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~」の頃から親交があったんですよね。
そうですね。その時に内覧会があって、そこで初めてお会いして「昔から好きです」という話をしました。それから半年後くらいに一緒にご飯を食べに行く機会もあって、いろんな話をしました。
――それだけに大変だったところ、曲を作るにあたっての気負いのようなものもありました?
そうですね。とは言っても、何らかの主題歌を作る時はだいたい気負いしていますし。この作品に対しての思い入れは段違いでありますけど、だからと言って、迷うようなことはあまりなかったです。このマンガ自体をよく知ってるつもりでいたので、そういう意味では、割とすんなりできたほうかもしれないですね。
――自分と重なり合う部分が多い作品だったからこそ、米津玄師の曲として『海獣の子供』の主題歌を作るということに、まっすぐ挑めた。
いつも作品と自分とのちょうど真ん中で重なってる部分、リンクしてる部分にひとつピンを立てて、そこから広げていくような作り方なんです。この作品のように、自分がものすごく影響を受けたものって、リンクしてる部分がすごく大きいんですよね。その部分の中であれば、何だってできる。自分ならやれるだろうなっていう感覚が大きかったと思います。
――曲を手がけ始めた具体的な時期はいつだったんでしょうか?
今年の1月末に話を正式にいただいてからですね。2月に入ったくらいから作りはじめました。
――まさにツアー「脊椎がオパールになる頃」の最中に曲を作っていた。
うん、そうですね。
――以前、「Lemon」を作った際にツアー中に曲を作るのが大変だったとお話していましたよね。曲を作るのは自分の中に深く潜るような行為で、ステージで人前に立つときのモードにスイッチを切り替えるのがすごく大変だったという話をされていたと思うんですが、今回はどうでしたか?
うーん……実は「海の幽霊」を作っていた頃のことをあまり覚えてないんですよね。ツアー中に作っていたはずなんですけど、覚えてるのはツアーが終わってからの出来事だけで。作り始めて、ある程度はすんなりできたんですけど、「果たしてこれで本当にいいのかな?」と思って。そこからアレンジをブラッシュアップしていく時間がツアーの後にあった。
――この曲は、サウンドもすごく革新的ですよね。「灰色と青」から通じるデジタルクワイアの手法もありつつ、サビで超低域のベースが鳴っている。この音像もブラッシュアップしていく中でできていったんでしょうか?
それは最初からですね。最初は、ピアノ、リズム、低域のシンセのベースに、クジラの鳴き声をサンプリングしたものがずっと下のほうで鳴っているだけの音源だったんです。そこに打ち込みで弦も入れてみたんですけど、打ち込みより生で録りたいと思って、今の形になりました。とてもダイナミックで、映画に似つかわしい曲になったと思います。
――このサウンドには、海外の音楽を参照するならばビリー・アイリッシュ(Billy Eilish)の1stアルバム「WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?」の低音の鳴りとハーモニーのあり方とつながる部分もあるし、日本の映画主題歌としてのドラマティックさもある。いろんなものにリンクしているけれど、同時にどこにもないサウンドだと思います。
そうですね。いろんな要素が織り交ざってでき上がった実感があります。
――歌詞には「海獣の子供」の原作で描かれていたモチーフやセリフが散りばめられていますよね。サビにも「大切なことは言葉にならない」という一節がある。これらのモチーフはどう捉えたんでしょうか。
最初の取っかかりになったのは「椅子の話」でした。原作の1巻の終わりにある、ほんの些細なエピソードなんですけれど。
――マンガの中でも、すごく印象に残るシーンですよね。
波打ち際に椅子を1つ置いておくと、そこに先祖の幽霊が帰ってくるという話で。帰ってきた証として、椅子の上に花や果物が乗っかっている。あともう1つは、誰もいない密室の空間に椅子を1つ置いて扉を閉めて、また次に入ってきた時にその椅子に変化があったら、その部屋には何か目に見えないものがいるっていう。物語に関わってくることではあるんだけど、決して本筋ではないエピソードがあって。その話がこの物語にとって、とても象徴的なものに思えて。椅子というモチーフにすごく惹かれたんです。
――そこから「開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 滲みついた椅子がひとつ」という歌い出しになっている。
そうです。この作品自体が、生命の誕生とか、生まれ変わりみたいなニュアンスが散りばめられているマンガで、なくなってしまったものに思いを馳せることがネガティブには描かれていない。あなたはいなくなってしまったかもしれないけど、またどこかで違う形として生命の誕生が巻き起こるだろうというお話なんです。ただいなくなって寂しいという感じではなくて、すごくポジティブなイメージがあるんですよ、このマンガに対して。結果、椅子の話から生まれ変わりや目には見えなくなってしまったものに思いを馳せる曲を作ろう、ということになりました。
――今年の1月から3月までのツアー「米津玄師2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃」についてもお話を聞ければと思います。あのツアーには、船のモチーフがありましたよね。
そうですね。
――ステージから伸びた三角形の花道が、見方によっては船首に見えるようなところもあった。MCでも自分を船にたとえて「船から1人も落としたくない」と仰っていた。『海獣の子供』の主題歌を作っていたというタイミングとそういうモチーフには、何らかのリンクはありましたか?
いや、全くないですね。
――「脊椎がオパールになる頃」というツアータイトルも含めて、初のアリーナツアーをやるにあたってのアイデアはどのように膨らんでいったんでしょう?
ツアータイトルも一瞬でパッと決めたんですよ。その時に作っていた曲の歌い出しが「あなたの脊椎がオパールになる頃 私はどこにいるでしょう」っていうもので、そこから、なんの気もなくツアータイトルにした。自分の意識の中では、特に必然性もなく、なんとなく決めたことだったんです。で、最初はその言葉からツアーを構築していこうかっていう話にもなったんですけど、でも、結局はそういうことでもなくなった。
――感覚的、直感的な決断だったと。
三角形のステージが船にも見えるという話も、やってる最中は船だと思ってないんですよ。いろんな人から「あの船のステージよかったね」「船の演出よかったね」って言われて、初めて「ああ、MCでも『船』って言ってたな」って思ったくらいなんです。自分の中では全てたまたまなんですよね。意識せず直感で決めていったことが、自分の意図していないところで連続していくという。そういう感じのツアーでしたね。
――この「海の幽霊」の制作期間と並行して、菅田将暉さんの「まちがいさがし」の作詞作曲とプロデュースもされていたと思うんですけれども。こちらはいつ頃から手がけていたんでしょうか。
これはかなり前からやってますね。本当は半年前くらいに作り上げているつもりだったんですけど、変に肩肘張り過ぎて、お待たせすることになってしまいました。
――去年の12月ぐらいに、ブログで「スランプ」みたいなことを書かれてましたけど。
ははははは(笑)。鋭いですね。まさにその件で書いていました。
――菅田将暉さんとは「灰色と青」での関係性もあったし、一緒にやるのはすごく大事なことだと思うんですけれども。これを作ったことの手応えはどういうものでしたか?
本当に彼は稀有な才能を持っている人だと思うんです。すごく気持ちのいいやつだし、何より声がすごくいい。そういう意味でも歌を歌うべき才能を持った人だとずっと思っていて。で、ひょんなことからデュエットで歌うことになって、それが本当にとても美しいものになった。彼のおかげで、また新しいものが作れた。だから、彼とならたとえ自分が歌わなくても、自分が作ったことがないようなものを作らせてもらえるだろうなと思ったんです。実際、ああいうコード感の曲は自分で歌ってもあんまり映えないだろうなという意識があって。彼じゃないと歌えない曲を絶対に作らなくてはならない、そうじゃないと少なくとも俺にとっては後退になってしまうという意識があった。だからこそ肩肘張っちゃったし、ものすごく時間がかかったんです。でも、最終的にはとても素晴らしいものが作れたんじゃないかと思います。
――この曲には、米津さんと菅田さんの関係性も生きている感じがします。プロデュースする側とされる側以前に、友達同士であるという。
そうですね。自分がリスペクトできる人でないと曲を作れない。そういう意味では、100%自分が歌うわけではない曲を作るということをやらせてもらえる、数少ない人だと思います。
米津玄師「海の幽霊」(配信限定)
配信日:2019年6月3日(月)配信リリース
STORE https://smej.lnk.to/nXniX
映画「海獣の子供」主題歌
- Words: Shiba Tomonori