視覚的な香り。調香師バーナべ・フィリオン手がける“共感覚の美”最新作
真っ赤な嘘、白い嘘。複数の知覚が無意識につながる現象、共感覚をもってして生まれた表現なのかもしれない。黄色い香り、青い音、赤い味、この限界のない創造力の魅力に取り憑かれた一人が、香りのエキスパート、バーナベ・フィリオン(Barnabe Fillion)。Aēsop(イソップ)の傑作、マラケッシュ インテンス オードトワレを手がけ、数々のアートプロジェクトやファッションブランドとのコラボなど、香りだけにとどまらない調香師だ。そしてこの度、彼の知覚を結集させた新作「ローズ オードパルファム」がAēsopから発売。想像を超え混じり合う感覚の芸術、その創造の源を探る。
——香水業界で働く前について、そして働くに至った経緯について教えてください。
最初からフレグランスの仕事をしていたわけではありません。写真の世界で仕事をしていた時に、共感覚に興味を持ち始め、特に嗅覚に強い関心を抱くようになりました。フレグランスの仕事をする中で転機となった出来事が2つあります。一つはモロッコのタンジェを訪れた時です。タンジェは海に面した大きなミモザの森がある街なのですが、そこで地元で「キフ」と呼ばれる生に近いタバコをくゆらせている男性に出会いました。潮の香りとミモザの香り、そしてパイプから漂う煙の香りが合わさった、この瞬間の香りをフレグランスで再現したいと心から思ったのです。もう一つは、パリにあるパレ・ロワイヤルのSERGE LUTENS(セルジュ・ルタンス)を初めて訪れた時です。そこで美しい香りそれぞれに物語が秘められていることを知りました。
——香水業界に従事し、心踊らされることは?
最も好きな過程は、研究室で美しい原料や香料について考えているときです。それらがどれほど貴重なものであるかを心に留め、自分ができる最高の調合をしようと考えています。また、より優れた原料や新しい素材を見つけるために、いろいろな場所を訪れることも好きですし、フレグランスがもたらす様々な美しさを届けるために行う研究の全てに愛着を持っています。
——アートプロジェクトやファッションブランドとのコラボもされています。他業界と香水をつなげる過程についてどうお考えですか?
私の活動は、共感覚が持つ美しさを知ってもらうことに重きを置いています。そして全てのプロジェクトの原動力となっているのは、クリエイティブな分野間の架け橋をつくるという思いです。Aēsopが常に私に協力的なのは、そうした思いや私の活動がAēsopの哲学と合致しているから。コラボレーションの方法はその都度違いますが、不思議なことにいつも視覚イメージが先行します。この抽象的なイメージが、コラボレーターと意見交換する中で徐々に具体化され、それが最終的に香りとなって現れるのです。
——最新作「ローズ オードパルファム」に関して、建築家でデザイナーのシャルロット・ペリアンの名を冠した和ばらに着想を得たと伺いました。このテーマを選んだ理由は?
シャルロット・ペリアンのファンは大勢いますが、私もその一人で、長年魅了されています。ペリアンは自信と何事にもめげない大胆さを持ち、一人の人間として、プロフェッショナルとして、時代を駆け抜けました。活動の源となったのは溢れ出る感性であり、日本や東南アジア諸国をはじめとする様々な国への旅が彼女に影響を与えました。
2年前、有名なバラ農園であるローズファームケイジ(國枝啓司)が、ペリアンに捧げるバラをつくっていることを知り、新しい製品の着想が湧きました。シャルロット・ペリアンの名を冠したこの和ばらからインスピレーションを受け、その一生を表現し、ペリアンの生涯や人間性における様々な側面に敬意を表す複雑な香りのフレグランスを作ろうと思いました。ペリアンの家族の協力を得て、ローズ オードパルファムの開発を進めました。パリにあるペリアンが過ごした屋根裏部屋付きのアパートや、日本を旅して彼女の軌跡を辿りました。ローズ オードパルファムはそのあらゆる要素を通して、シャルロット・ペリアンの生涯と作品が感じられるフレグランスです。
トップノートは彼女を称えるためにつくられた和ばらの庭を彷彿とさせる香りです。ペリアンが生涯にわたって魅了された日本をイメージした爽やかなシソが香る中、彼女が幾度となく散策を楽しんだ雄大なアルプスの風景を思わせる香りも広がります。ミドルノートにはフローラルが香り、スパイスとグアヤクウッドの香りは、ペリアンの優しさや朗らかさ、枠にとらわれない生き様を表現しています。ベチバーエキス、パチョリ、ミルラの香りは、彼女が好んで付けていたとされる、伝統的な男性用コロンをイメージしました。
——Instagramに日本の景色がたくさんアップされていました。日本や日本文化に対してどう感じていますか? 調香師として影響される部分はありますか?
これまで20回以上日本を訪れました。毎年数カ月間滞在しており、日本の文化、特に神道に強く惹かれています。神道には、香りを探求する過程で創造力を掻き立ててくれる何かがあるのです。私が関心を持っている共感覚にどこか通じるものがあるのだと思います。これまでもAēsopと共に、ヒノキやシソといった日本ならではの原料を使用したフレグランスを作ってきました。私の仕事において、日本から受ける影響は計り知れないものがあります。
https://www.instagram.com/p/B85kBjlgory/
ローズ オードパルファムの開発を進めるにあたり、シャルロット・ペリアンの娘であるペルネット・ペリアン=バルザックと日本を訪れました。ペリアンの軌跡を辿り、一人の人間として、そして職人としての彼女を形作った独特の文化を様々な角度から知りたいと思ったんです。
第二次世界大戦の時代に日本で幼少期を過ごしたペルネットの話は、それはかけがえのないものでした。ペリアンが日本でどのような活動していたか、日本の職人にどのような指導をしていたか、聞くこと全てが驚きの連続でした。また、国宝級の優れた木工職人であり、ペリアンの代表作ともいえる竹製の長椅子(シェーズロング)を製作している戸沢忠蔵さんに出会えたことは、この上ない喜びでした。
——香りは創造力を刺激する。機械にはできない非常に人間的なプロセスだと思います。テクノロジーの進化がもたらした現在、今後の香水のあり方、調香師の役目は何だと思いますか?
私は大量生産されている香水をあまり気にしたことがありませんが、美しい香水を享楽的な商品にしてしまうことには若干の嫌悪感を覚えます。そんな香水は大量生産された加工食品のように思えるからです。また、ある意味ブランド化しつつあるニッチなフレグランスにも疑問を持っています。高額な値をつけて利益を伸ばそうと、ありとあらゆるものを作ろうとしているからです。私自身が何よりも興味を持つのは、香水作りの過程におけるクリエイティビティです。
真のフレグランス愛好家は、自分が本当に好きなものを知っていますし、現在は興味深い香りの提案も数多く生まれています。それでもなお、Aēsopが特別だと思える点は、フレグランスをつくる上で極めて重要な、誠実さと純粋なクリエイティビティにあります。この点において、一切の妥協はありません。研究や変革を重ねて最適な原料を見つけ、それらをまるで詩のように優雅に調合することで、これまでにない素晴らしい香りを体験できるストーリーを紡ぎだしているのです。
- Interview & Words: Yuki Uenaka