ファッション新世紀。「サイレントストリートウェア」の時代へ
ストリートウェアが衰える気配はない。元祖ストリートブランドのデザイン美学とビジネスモデルと、ストリートウェアの手法を用いて手っ取り早く儲けるラグジュアリーやファストファッションブランドのそれとの明確な“差”はもはや存在しないという現実に誰も気づいていない。均一化されたメンズファッション業界は、長年をかけてこのようになった。真たるは、大きなメディアや消費者が思う「ストリートウェア」のカタチが部分的に変化しつつあるということ。トレンドを加速させる影響力のある消費者によって左右されているのなら。
世界的な新型コロナウイルスによるパンデミック後の数週間、ファッションやラグジュアリーとの関係性がどのように変化したのかを、Highsnobietyの読者に行った最近の調査がある。「免疫を獲得した消費者」は、ラグジュアリーに対する古い考えや、ラグジュアリーの薄っぺらさに耐性を持つようになった。このファッションの目利きとも言うべき若者の中では、「ミニマルスタイル」が、パンデミック後、最も美しく魅力的であるとされ、調査回答者の53%が半年前よりも魅力的だと答えた。HighsnobietyのエディトリアルディレクターJian DeLeon(ジアン・デレオン)は「調査によって、ミニマルスタイルの人気はより確かなものになった」と述べた。
ファッションの購買における「より少なく、しかしより良く」という考えはシンプルだった。「ミニマルスタイル」の次に「クラシックストリートウェア」(43%)、「シーズンレスの定番アイテム」(35%)、「淡色のアイテム」(21%)がランクインし、過去半年にわたり人気を博している。逆に若年消費者の間で、ロゴアイテム、モノグラムプリントのアイテム、派手な色のアイテムの人気はそれぞれ、54%、25%、20%低下した。Lyst(ファッション業界の大手オンライン検索エンジン)から提供されたデータでは、ロゴ物のメンズアイテムの検索数が昨年に比べて現在では82%も減少していた。
このような審美的変化は、GUCCI(グッチ)風の“もっともっと”ファッションへの消費者の疲労が原動力となり、既にファッション業界に迫っているが、現在のパンデミックと世界全体の勢いの減速がより加速させた。
「派手なデザインやロゴ、色の人気の低下は、『神は細部に宿る』精神のようなメンズウェアではお馴染みの言葉の復活を意味する」とトレンド予測会社WGSNのシニアメンズウェアエディターのNick Paget(ニック・パジェット)は述べている。「消費者のライフスタイルに焦点を置くことと同時に、布地と洗濯は重要なポイントになっている。ハンドメイドや考えられたディテールも再び鍵となり、経年変化も同様だ」
ムーブメントの中心には「サイレント」ストリートウェアの存在がある。今日我々が知っているストリートウェアの特徴は、まさに胸元にグラフィックのある服を着ている人はご存知の通り、サブカルチュアルな主張やメッセージがルーツとなっているヤンチャなグラフィックが特徴だが、そこに『サイレント』ストリートウェアの正体がある。中身のないトレンドや、派手なグラフィック、複雑なシルエットの陰に隠れる必要はない。なぜなら、これらを取り除いたときに、クオリティーや服の構造、ディテールは明らかなものとなるからだ。
根本的に、「サイレント」ストリートウェアは目新しいものではない。YEEZY(イージー)、 WTAPS(ダブルタップス)、Reigning Champ(レイニングチャンプ)といったブランドは、ストリートの美学をこれまで長く提供してきたが、THE ROW(ザ ロウ)、1017 ALYX 9SM(アリクス)、JIL SANDER(ジル サンダー)などのラグジュアリーブランドは、元Supreme(シュプリーム)デザイナーであるLuke Meier(ルーク・メイヤー)を中心に、最近のシーズンにおけるメンズのデザイン言語をシームレスに進化させ、ラグジュアリーストリートウェアの定番をうっすら完成させた。しかし、消費者の派手なストリートウェアに対する感情が急速に変化する中、「サイレント」な影響力のあるストリートウェアマニアの成長がメンズウェアの次の動きの方向性を決定づけている。
消費者の感情の変化は、今日の消費者がブランドに求めているものの変化と一致している。我々の調査では、回答者の62%が半年前に比べて「品質」を重要であると感じている一方、他に求めている主な点には、「流行り廃りのなさ」が48%、「アイテムの丈夫さ」が45%、「流行り廃りのないシルエット」が45%と挙げられた。興味深いことに、41%の人々が「サステナビリティ」を半年前よりも重要だと考えている。また下位には、「キーオピニオンリーダーや友人の支持」が4%、「注目度の高いロゴ」が7%、「シグナリングステータス」が10%と挙げられた。
よって、アイテムのストーリーと根本的透明性が重要となる。その2つを抑えることが、全てのミニマリストの格好が似てくる中でも目立ち、ストリートウェアを自らのステータスや、文化リテラシー、集団の一員となることと認識している人々に、実際はロゴも主張もない服にお金をかけることに意味があると説得できる。
「サイレントストリートウェアのブランドは、ラグジュアリーブランドである意味や、さらにストリートウェア業界内の位置付けにある先入観に挑戦していることは間違いない」とロンドンのアパレルショップBrowns(ブラウンズ)でメンズウェアのバイイングを務めるDean Cook(ディーン・クック)は説明する。「WTAPSやReigning Champのようなディスラプトなブランドに対する認識は大きく変化し、ファッションの面で新しい世界を切り開くことが可能となった。独自のニッチ市場を作ることで、これまで我々が必要性に気づかなかった消費者との対話を活用している」
ストリートウェアは元々、確立されたシステムによって見落とされた子供らのストーリーを語っていた。「サイレント」ストリートウェアブランドは、安定している現代のファッションブランドが今何に着目すべきで、どのように動くべきなのかをファッション業界に示している。
「かつて大衆向けのレーベルやアイテムを求めていた人々は、今では成長し、より独特でクオリティーの高いものに惹かれるようになった」とCookは続ける。「人々はロゴやそれに代わるものだけでなく、自らの世界やコミュニティーで主張できる、より高度なものを求めている。確かにロゴものブランドの市場は未だ存在はするが、目利きは既に進んでいる」
買い手と同じように、ストリートウェアブランドも成熟し、もはや売り切れるかどうかを恐れていた初期のようではなくなった。現在では、グローバルな流通ネットワークを有し、中には最大10億ドルにも相当する大規模な投資を受けているブランドもある。これによって2010年代初頭に登場するブランドは、一流の才能を持った人材を雇い、最高品質の生地を調達し、世界最高の工場で生産を行い、ラグジュアリーファッションの権威と傲慢さに立ち向かうことができた。早い段階で対応したブランドは、文化的対話を進め、さらに近年、美しさや流通モデル、コミュニケーション戦略をハイジャックしたラグジュアリーブランドを避けている。
ラグジュアリーストリートウェアが生き抜くためには一度死ぬ必要がある。1017 ALYX 9SMやA-COLD-WALL*(ア コールドウォール)、Fear of God(フィア・オブ・ゴッド)などのストリートウェアブランドを長い間拒否してきた人々は、今後ラグジュアリーブランドが採用された時に、「サイレントストリートウェア」がどういうものなのかを示すカギとなる手本になった。それぞれがサステナビリティや、クラフトとディテールに焦点を当てたミニマルなデザイン、民主的なコミュニティーの構築に向けて、根本の部分から変化を遂げた。Reese Cooper(リース クーパー)やATHLETIC FTWR(アスレチック フットウェア)、AURALEE(オーラリー)などの若いブランドも同様だ。
「人々は生活に欠かせないアイテムを求めている」と、東京をベースとし、ストリートとワークをミックスしたハイクオリティなメンズの定番アイテムの全てを日本国内で生産、ミニマルファッションブランドAURALEEの創設者岩井良太は言う。New Balance(ニューバランス)とのスニーカーのコラボレーションは現在3シーズン目を迎え、ブランドの二面性を証明している。トレンドは不安定かつ一瞬のものではあるが、素晴らしいマテリアル、クオリティー、そして類まれなるクラフツマンシップは、いつの時代においても常に人々に求められる。そして人々は再び着飾るようになる」
私たちが知っているようなハイプなストリートウェアが消えることはないが、ストリートウェアが曖昧な用語となった今、サイレントストリートウェアは新しいサブセクションとしてより進化し続けるだろう。さらに価格帯やプロダクトの種類に影響を与え、ストリートウェアとラグジュアリーの区別がなくなるまでその進化は止まらないだろう。
- Words by: Christopher Morency