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Where the runway meets the street

ファッションにおけるコラボレーションが本来の形で行われていた時代は過去のこと。今日においては、誰に求められたわけでもない話題性を狙ったコラボががむしゃらに進められることでお互いを打ち消し合い、不合理の大海で溺れてしまっていることが少なくない。

しかしその昔、今のようにコラボレーションが一般的になる前は、ブランドが新しいオーディエンスに手を伸ばし、クリエイティブの幅を広げ、どちらも単独では成し得なかったであろう、興奮と意外性に満ちた、互いの新境地を切り拓くような冒険だった。

ポール・スミス(Paul Smith)も自身のブランドにおける一つのツールとしてコラボレーションを取り入れた先駆者の一人だった。「Supreme(シュプリーム)」と「The North Face(ザ・ノース・フェイス)」のコラボレーションが実現する10年前に「Mini(ミニ)」と手を組み、Paul Smithのシャツのカラーパレットから選んだロイヤルブルーの繊細な色調で、そのアイコニックな自動車に新たな表情を与えた。それ以降も「Caran d’Ache(カランダッシュ)」のペンから「HP」ソース「Leica(ライカ)」のカメラに至るまで、業界でも類を見ないほどにバラエティ豊かなコラボレーションを多数手掛けてきた。

自分の好きな企業のみと提携するというのが、ポール・スミスが常に守っているルールの一つだ。「コラボレーションは自分が強く興味を持っているところだけとする。お金のためのコラボレーションはしたことがないんだ」と50周年記念取材で彼は答えた。「だからピナレロの自転車のデザインをするのも、昔サイクリストだった血が騒ぐから。あの工場に行って自転車で遊べるなんてすごい、と思うから。単純にそういう理由なんだ」

好奇心を常に絶やさず、あらゆるデザインやアートに少年のように目を輝かせるスミスのことだから、これだけ幅広い分野の企業とこれまで手を組んできたのも頷ける。そこでPaul Smithの50周年を祝して、小誌独自のPaul Smithの(現時点での)コラボレーション傑作選をまとめてみた。

 

Mini(1998年)

© PAUL SMITH

 

ローバー・ミニとPaul Smithのコラボレーションは遥か昔に遡る。英国の強力なブランド同士が最初にタッグを組んだのは1997年のことだった。東京モーターショーに向けてアイコニックな Mini を24色、84本のストライプでリデザイン。さらに追って発表された単色の Mini は販売もされた。その限定モデルはPaul Smithのシャツのカラーリングから取ったディープブルー。正確に同じ色になるよう、スミスは実際のシャツを四角く切り取ったものを使って色合わせをしたようだ。インテリアはPaul Smithのスーツの色鮮やかな裏地を思わせる明るいライムグリーンで仕上げている。その後2社は再び手を取り合い、“Hello, My Name is Paul Smith” と題したスミスの巡回展のために、1台限りのアーティストストライプバージョンのMiniも制作した。

 

トライアンフ(2005年)

© PAUL SMITH

 

Miniで自動車デザインの世界に進出したスミスは次に、イギリスのバイクメーカー、トライアンフとのコラボレーションを実現させた。この時スミスはアパレルとバイクウェア、そしてコレクションのプロモーションとして、Triumph Bonneville T100 のカスタム車9台をデザインした。あまりの反響に、上位人気2モデルは合計50台の商業生産にまで踏み切った。いずれも車体にはハンドペイントを施し、シートにはクロコダイル調のエンボスレザーを採用している。

 

HP ソース(2005年)

© PAUL SMITH

 

イギリス大手2社のぶつかり合い。ピンとこない方のために説明しておくと、HP ソースとは、1899年以来、イギリス人が、イングリッシュブレックファーストからシェパーズパイまであらゆる食事にたっぷりとかけて食べている濃厚でスパイシーなソースだ。ポール・スミスとのコラボレーションで作られたソースは2005年ハロッズの”Truly British”シーズンの一環で販売された。合計1899本、1日100本の限定発売で、連日即完売となった。

 

マーシアン(2006年)

© PAUL SMITH

 

二輪テーマ続きでポール・スミスが次にタッグを組んだのはダービーシャーのビスポークバイクフレームメーカー、マーシアンだった。ファッションデザイナーになることなど夢にも思っていなかった頃プロの自転車レーサーを目指していたスミスにとって、特に思い入れの強いコラボレーションだ。スミスは12歳からレースに出場していたが、17歳のときに練習中事故に遭い、自転車レーサーとして活躍する夢を絶たれた。

この時のPaul Smith × Mercianのコラボレーションでは、シティサイクル、ロードバイクの2スタイルのフレームをカスタムメイドで9種類デザインした。2019年Wallpaper*の Handmade X プロジェクトで実現した2回目のコラボレーションでは、ビスポークの特別なタンデムを手掛けた。

 

エビアン(2009年)

© PAUL SMITH

 

ポール・スミスデザインによるエビアンのボトルはやがてヴァージル・アブロー版につながっていく重要な軌跡なのだが、どういうわけかさほど脚光を浴びなかった。真のPaul Smithらしさが溢れる、シンプルな中にも遊び心があり、クリーン且つクラシックなデザイン。

 

ライカカメラ(2012年、2019年)

© PAUL SMITH

 

Leicaとのコラボレーションはポール・スミスがこれまで手掛けた中で、おそらく本人にとっては最も意義深いものだったと言えるだろう。アマチュアのカメラマンだったスミスの父はLeicaのカメラを手に入れることを長年夢見ていたが、その夢はついに叶わなかった。そんな父から写真への情熱を受け継いだスミスは、過去、Paul Smithのキャンペーン撮影を自ら多数手掛けている。ドイツのカメラメーカーであるLeicaとのコラボレーションの企画が浮上した際、スミスは即座にこれに応じた。これまでスミスはLeicaと2つのコレクションを発表している。上の写真は2019年のコラボレーションのもの。

 

アングルポイズ®ランプ(2014年)

© PAUL SMITH

 

アングルポイズ®とPaul Smithはこれまで4つのType 75コレクションを実現している。Type 75 シリーズは、2000年代初頭に、権威あるインダストリアルプロダクトデザイナー、サー・ケネス・グランジが、1950年代発売のアングルポイズ Apex 90 をベースにデザインしたものだ。

 

ハンス・J・ウェグナー(2014年)

© PAUL SMITH

 

デンマーク出身の伝説のモダニズムデザイナー、ハンス・J・ウェグナー生誕100周年を記念したコラボレーション。今もカール・ハンセン&サンが生産し続けているウェグナーの名作チェアに、ポール・スミスがアイコニックなストライプファブリックを合わせた。椅子の種類は全部で5種類。ウール素材の張り地はアメリカのテキスタイルブランド Maharam(マハラム)社とともに開発したもの。上の写真は CH07 シェルチェア。

 

カランダッシュ(2015年)

© PAUL SMITH

 

スイス発祥のカランダッシュのペンをポール・スミスは常に携帯し、いつでもメモが取れるようにしているという。同ブランドを長く愛用してきたスミスは、2015年を皮切りに何度かのコラボレーションで文房具のコレクションを生み出している。今年の最新コレクションでは 849 ボールペンと、Paul Smithのシグネチャーストライプであるアーティストストライプの色を使った水彩色鉛筆を発売。

 

ランドローバー(2015年)

© PAUL SMITH

 

ここまで読み進めた頃には、スミスはメカ系マニアなのではないかという印象が生まれかねないが、実際はそうではない。スミスはただ、最先端のデザイン、エンジニアリングを深く愛しているのだ。2015年に憧れのランドローバーディフェンダーがポール・スミスの創作意欲をかき立てたのは、そんなわけだ。ランドローバーのファンであるスミスは長年の間に複数台を所有してきた。ジープのミリタリーの伝統と、スミスらしいイギリスの田園地帯からインスピレーションを得て自身が選んだ27色を使った車体の新塗装。インテリアのシートやダッシュボードにはレザーや手縫いのファブリックを採用しラグジュアリーに刷新。ルーフにはミツバチのモチーフをハンドペイントし、後部のランドローバーのロゴの下にはPaul Smithのシグネチャーをあしらった。

 

ニューバランス(2018年)

© PAUL SMITH

 

Paul Smithとスニーカーの名ブランド、New Balanceとのコラボレーションが、スミス初のコラボレーションから20年後にようやく実現とは今日では信じがたいが、何事も予測不能なのがスミスの持ち味だ。2018年ついに実現したNew Balanceとのコラボレーションでポール・スミスがデザインしたのは、ワールドカップを視野に入れたスタイリッシュなカプセルコレクション。同年発売30年を迎えた576モデルに高級素材のカンガルーレザーを使用したスニーカーに加え、MiUK One メンズフットボールスパイクと両ブランドの3種類のフットボールが発売された。

 

チネリ(2019年)

© PAUL SMITH

 

愛するサイクリングの分野で再びのコラボレーションに挑んだポール・スミス。イタリアのブランド、チネリと手を組み、鮮やかなフローラルデザインから宇宙のテーマ、さらには出来立ての朝食(もちろん HP ソースの飛び跳ねも付いている)など、ポール・スミスらしい風変わりなプリントをあしらったカラフルなサイクリングキャップコレクションをデザインした。

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