COLUMN |ニューヨークの多様性溢れるランウェイとヨーロッパの現状
※下記の見解、意見は、著者個人のものであり、必ずしも弊媒体の意見ではありません。
ファッション業界が多様性に問題を抱えているという事実からは目をそらせない。長年にわたる人権活動家からの圧力にもかかわらず、ランウェイは依然として白人モデルが多数を占め、痩せたモデルがウォーキングし、一義的な価値観を反映している。そもそも、業界をリードするクリエイティビティが、他者を排外する役割を果たしてしまっている。
ありがたいことに、状況は正しい方向に動き始めている。2018年春夏シーズンのランウェイは、人種、サイズ、性を包括したこれまでに最も多様なものだった。2018-19年秋冬シーズンでも、数は定かではないが、少なくとも複数の“多様性”が登場した。ショウがほぼバルト3国出身、白人、激やせのモデルで染まった数年前から、劇的な改善だ。(ちなみに、2015年春夏は8割が白人モデルだった)
ショウをしっかり見ていない人でさえ、NYファッションウィークで起こっていること、ロンドン、パリ、ミラノのランウェイとの違いが大きいことが分かる。
2018-19年秋冬シーズンで、NY発の「クロマット(Chromat)」、「ウィリー チャバリア(Willy Chavarria)」、「ジプシー・スポーツ(Gypsy Sport)」は最高におもしろく多様性のあるランウェイを見せてくれた。過去にはアーティストの「カーディ・B(Cardi B)」をモデルとして起用したこともある「ジプシー・スポーツ」は、トランスジェンダーのモデル「マンロー・バーグドルフ(Munroe Bergdorf)」をはじめ、幅広い年代、サイズ、性別のモデルを一般から公募で集め、多様でLGBTにフォーカスしたショウを開催した。その中でも一番のハイライトは、“10歳のドラッグクイーン”と称賛されるドラッグキッド「デスモンド(Desmond)」がキャットウォークデビューしたことだろう。
「ウィリー チャバリア」のモデルをキャスティングするキャスト・ディレクターの「ブレント・チュア(Brent Chua)」は、ストリートからモデルを発掘。“リアルさ”と危うさ・もろさ(モデルの顔に涙がしたたっているタトゥーで感情を強調した)を考慮した。このショウでは、年齢、性別、そして肌が黒と茶のモデルに大きく寄っていた。フィナーレでは、信じられないほど静かな赤ん坊が登場。モデルの胸に抱かれた赤ん坊は「希望」を象徴していた。
相変わらず「クロマット」のショウはお祝いのようで、全モデルたちはランウェイでチートスを食べた。注目すべきモデルには、トランスジェンダーのスポーツ選手で活動家である「ジーナ・ロセロ(Geena Rocero)」、義足でランウェイを歩いたミュージシャン&モデルの「ヴィクトリア・モデスタ(Viktoria Modesta)、そして世界初のビックサイズモデルの1人である「エマ(Emme)」だろう。
ダイバーシティ(多様性)は、先に挙げた全てのブランドにとって欠かせないものだ。「クロマット」のキャスティング・ディレクターの「ジレオン・スミス(Gilleon Smith)」は、キャスティングについて「どんなファッションが必要かと、思案しなければならないという考えから始まる」と語る。「ジプシー・スポーツ」のキャスティング・ディレクターである「アンソニー・コンティ(Anthony Conti)」は、「この多様性あるキャスティングこそがブランドの一部だ。ブランドの創業者である『リオ・ウリベ(Rio Uribe)』に世界がどう見えたか」と語る。
しかし、多様性がブランドのアイデンティティの一部になっていないとしたらそれでどうなるのか?——コンティとチュアは、多様性を追求する責任はキャスティング・ディレクターにあると認めている。「ジプシー・スポーツ」で働く前にコンティは、「DKNY」のキャスティングの仕事を15年やっていた。「ショウのキャスティングを始めた時には、多様性は10%くらいだったと思う」と彼は言う。「もう少し時間が経って、やっと65%くらいにはなっただろう」。
「ジプシー・スポーツ」、「クロマット」、「ウィリー チャバリア」は、モデルのキャスティングについてポジティブな報道を多くされている。メディアの影響はダイバーシティのあるブランドへの恩恵にとどまらず、他ブランドへのプレッシャーにもなる。
「もう人々は逃げられるわけがない」とコンティは言う。「ブランドは、表現の方法を再考せざるをえない時期に来ている」。
重要なケースのうちの一つは“オールホワイト”のショウを行ったことで知られた「ヴェトモン(Vetements)」だ。「ヴェトモン」についてコンティは、「私は、個人的には若いブランドがそのようなキャスティングをし、自分たちは人種差別主義者だと思っていないという状況が理解できない」と語った。
チュアは、あるブランドが白人のみのモデルを使ったショウか非多様なショウを開くことを決定した場合、それは意図の有無は関係なく、そこに関与した人たちによる人種差別の結果だと言っている。
しかしながら、「ヴェトモン」と「バレンシアガ」の両方で「デムナ・ヴァサリア(Demna Gvaslia)」のキャスティングが改善され、昨シーズンは有色モデルの数も劇的に増えた。 デムナは米メディア『Refinery29』に対し、「私の心の中で、肌の色や出生でキャスティングしないと誓っている」と説明した。「私がどこから来たのかなんて、決してあなた自身に関係ある問題じゃない」。
ブランドのキャスティングが呼びかけによって変わっていくだろう(「ゴーシャ・ルブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)」では、ほとんどが白人モデルだ)が、ブランドが間違ったことを正したいのであれば、それはトークニズム(名ばかりの人種差別撤廃)で可能なのだろうか?
各ディレクターにトークニズムを避ける方法を尋ねると、1つのポイントが浮かび上がった——それこそ真正性だ。チュアは「人が心のうちで思っていることのすべてだと信じている」という。「有色モデルやマイノリティのモデルたちをブッキングをすることだけで、その多様性に満足しているのだろうか?」
「多様性のあるランウェイを見ると、本当に美しいと思うだろう。黒人モデルやアジア人も出るの比率を高めることは、必ずしも必要なわけではなかった」と、スミスは説明する。基本的に誰も(人数や割合の)チェックリストを義務づけるなんてことを提唱していない。その代わり、ブランドがこれまでのゾーンを超えて、見過ごされてきたモデルを受け入れるよう求めているだけだ。「アファーマティブ・アクション(肯定的差別)ではない。言っている意味、分かる?」
多様性を論じると出てくる共通の主張は、ショウのキャスティングはデザイナーのアート性で表現したいビジョンの一部であるということだ。ロシアやジョージアのように白人が大多数を占める国の人が自国だけを舞台に仕事をしているなら、有色の人々を取り入れるのは「リアル」ではないと言えるだろう。しかし、「ジェイソン・キャンベル(Jason Campbell)」が英『Fashion of Business』で指摘したように、「確実に、世界を舞台にする現代のデザイナーは多様性が大切だということに敏感」だ。
世界的に見て、ファッション界がダイバーシティに気を遣うようになってから(2013年に起こった活動家「ベサン・ハーディソン(Bethann Hardison)」によるダイバーシティキャンペーン)、NYでは一貫してファッション界で最も多様性のあるショウを開催してきた。これは、ロンドン、ミラノ、パリといった他の都市よりも人種が入り混ざった人口体系が所以とも言える。
しかし、コンティが指摘するように、ランウェイの多様性の大部分が有色モデルを起用する若いブランドによって支えられている。その一方でヨーロッパのブランドは、「その大部分がいまだに白人」状態で運営されていて、これがランウェイの多様性に大きな影響を与える可能性がある。この記事で紹介した、3ブランドのすべてが、デザイナーかディレクターかに関わらず、有色のモデルのブッキングに問題意識を持っていた。
ヨーロッパのランウェイの多様性をリードするデザイナーも、この考えに賛成する。「グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)」、「アシシュ(Ashish)」、「ゲーエムベーハー(GmbH)」は、ファッションウィークでもっとも多様性のあるショウを作っている。——そこにトークニズムの痕跡はない。
どのようにして、多様性のあるキャスティングを単なるトレンドではないものにしなければならないのか。スミスは「私は創造性の高いチームやキャスティング・ディレクターを引き入れて、包括性を尊重するような新派的な考え方を受け継いでいくことだと考える」と話す。
それを恒久のものにするためには、新たな才能と伝統をサポートする一方で、ファッション業界では既存のデザイナーたちに圧力をかけ続けていく必要がある。
願わくば、キャスティングについての議論が収束し、服こそがフォーカスされる状態に戻りますように。