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Where the runway meets the street

「私の信ずるところでは、生は詩から成り立っています」

『詩という仕事について』(岩波書店)の中で、著者のJ. L. ボルヘスは、詩の探求は、生の探求であると語る。

ジャック・ケルアックの『路上』から着想した、DIOR 2022年メンズ フォールコレクションに続き、DIOR 2023年メンズ ウィンターコレクションでは、T・S エリオット『荒地』の世界観に着想し、メゾンの再生の物語を体現するなど、キム・ジョーンズの詩への探求が見てとれる。

『荒地』は、第一次世界大戦後の混沌と美を描いた長詩で、古典文学を引用しながら、聖杯伝説やアーサー王伝説、水や火といったモチーフをコラージュするなど、前衛的な手法で描かれている。モダニズム文学の寵児、T・S エリオットのクリエイティブプロセスは、ファッション界のモダナイザーであるキムのそれとよく似ている。

過去に回帰し、現代のファッション言語で語る。物理的なものからの引用とは違い、無限の意味を持つ詩、もっとも文化的で魂に近いとされる言語への着想は、社会に対するキムの根源的なメッセージが含まれているのかもしれない。

『荒地』の物語は、テムズ川から地中海、東ヨーロッパ、インドへ進み、ロンドンへ帰着する旅が描かれる。第一次対戦後の荒廃した社会は死の世界を、川や海のモチーフとともに流動する。詩(死)の世界を模した真っ黒の会場に設置された巨大なスクリーンに映し出されるふたりの役者の朗読が、生と死をパラレルに見せる。アーストーンを基調に、生命を感じるイエローやブルーのアクセント、宙を泳ぐオーガンジー素材のテールなど、生と死、そして再生のヒントをコレクションに覗かせる。文学表現が明らかに身体性を帯びている。ボルヘスの言葉を借りるなら、物質と言葉の正しい接触こそが世界を甦らせる、という感覚だ。

ムッシュ ディオールの急逝後、メゾンの再生を促したイヴ・サン=ローランに敬意を表したコレクション。T・S エリオットのモチーフのコラージュ的発想では、そこにはDIORの歴史のほかに、パンデミックを経験し、デジタル時代の転換期を迎えた現代社会の荒廃と再生、キムの友人であったヴァージル・アブローやYOSHI、ファッション界のレジェンド達の死と魂のありかを示しているのかもしれない。

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