ピンクヘアのバーチャルヒューマン
immaが描くリアルワールド
予兆はあった。ソーシャルメディアでバーチャルな存在が頭角を現し始めたとき、 すでに未来(=現在)での出来事を想像していた。そのときのまだ見ぬ顔は、頭の中にあった妄想とリンクした。「imma(イマ)」と名乗ったピンクヘアの子は2018年に誕生し、2019年に入って間もなく、世界へと大きく羽ばたき出した。
ソーシャルメディアの実質的な普及から十数年。世の中の情報伝達速度は一変した。人々の関心は、ほとんどがその手のひらの中にある今、ソーシャルメディアの終焉を、未来に思いを馳せながらひとり考えている人物がいた。「ソーシャルメディアがいつ終わるのかなとずっと考えていて、いろんな副要因的に、ここに落とし込まれたんです」。“M”と呼ばれるその人物こそが、今年インスタグラムを中心としたインターネット業界を賑わせている「imma」こと、日本初バーチャル・インフルエンサーの生みの親である。
このimmaプロジェクトが始まったのは、僕がマスメディアに携わっていろんなコンテンツを作り続けているなかで、10年くらい前から、極論でいうと広告がどんどんなくなると考えていたのがきっかけです。このプロジェクトが始まってからも、マスの力はどんどん弱くなっている。僕自身テレビも全然つけないし、これからよりコンテンツ主義になっていくと思ってたんです。それと同時に、ソーシャルメディアが作り出したのが“究極の個”で、今後すべての発信源になっていくだろうと。
Miquela(ミケーラ)、Shudu(シュドゥ)、Noonoouri(ヌーヌーリ)などバーチャル・インフルエンサーの個性も多様化し始め、世の中に急速に浸透し始めた。それぞれのインスタグラムのフォロワー数は、150万人、16.8万人、27.2万人(2019年4月中旬現在)と影響力も日に日に増して来ている。現在把握しているだけでも、新たな未来のバーチャル・スターがまた今年登場する予定だ。
テレビで『これ美味しいよ』って言われてもそれほど気にしないですけど、すごく知ってる人から言われたらつい買っちゃう感じが、これからはまさに“究極の個”の時代になっていくんだろうなと思ったきっかけです。そういうマスメディアに代わって発信元になっていく“究極の個”を作りたかったっていうのが、頭の中にずっとあったんですね。それで、SNSが終わるとき次に来るのは何だろうとずっと考えていたら、これはたまたまでもあるんですけど、オバマ大統領のフルCGの演説や、ヨーロッパやアメリカでのフォトリアルの研究や、VR・ARの技術革新が進んで、バーチャル空間というものがどんどん広がっていったり、3Dスキャンデータ、3Dスキャンプリンタ、あとZOZOの体型計測スーツとかが出て来たり、またそういった動きに対してのアメリカの投資会社の動きが活発になってきた。そういう感じで、自分の形をすぐに作れる技術や環境が、“究極の個”を作りたいという自分の考えと並行して世の中で進んでるときに、端末にみんな本当にリアルなアバターを所有して、髪も切るし、服も着替えるし、靴も履き替えるし、寝もするし、アマゾンと連携して全部買えるみたいな、何かそういうのがきそうだなと感覚的に思ったんです。
今、CGの技術って、映画も、写真もデータをスキャンしただけで、本当に全部3DCGで立体を起こせるっていうのがアメリカで生まれていて。もうすごいんですよ、スピードが。それがこれからどんどん進んでいったときに、「セカンドライフ」(3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想世界)という2003年に出たものが今またくるんじゃないかっていう気がして、先ほどのSNSの捉え方、メディアの捉え方も含めて、その中間にいるのがバーチャル・ヒューマン、って思ってたんです。それで、2017年冬の始まりくらいから自分でもバーチャル・インスタグラマーのプロジェクトを開始して、2018年4月くらいに作り始めて、7月にローンチしたっていう流れです。
とにかく日本では誰よりも先にやらないといけないと思っていたんですけど、ローンチさせてしばらくフォロワーは300から400人くらいしかいなくて(笑)。今年になってから、CG雑誌の表紙に出したんですよ。最初からファッション方面に行くと、跳ね上がらない気がしたんです。世界中のバーチャル・インスタグラマーのなかで差別化できるとしたら、うちは技術とクオリティだったんですよね。だからあえてCG雑誌の表紙に出して、そっち方面の人たちにアプローチしたら、予想通り世界各国のメディアが一気に取り上げてくれた。やっぱりクオリティが高く、本当に実写と変わらないじゃないかっていうのが人気を得るきっかけだったので。そこそこのクオリティのバーチャル・ヒューマンって世界にたくさんいるんですよ。それじゃ正直面白くもなんともない。
そこからやりたかったのは王道でメジャーにしていくのではなくて、カルチャーの方向に進むことと、カルチャーのアップデート。本当に、カルチャーを再構築したいと思ってるし、こういう新しいことをやるときって、カルチャーを大切にしながら進めていかないと、ただ怖いとか頭がおかしいってなってしまうので。最初はアーティストやものづくりをしている人たちと、軒並みコラボしていくっていう感じです。
2019年に入ってから、一気にインスタグラムのフォロワーが増加し人気に火がついたimma。準備期間だった2018年を経て、想像していたイメージより圧倒的なスピードで世界中に浸透し始めている。そのきっかけは、インスタグラムではなく、意外にもツイッターだという。
ツイッターで一気に何千リツイートとかされた投稿があって、しかもそれが有名人じゃなく一般人なんですよ。その人の投稿がきっかけで、結果それが何千リツイートみたいになって、あっという間に世界まで広がっていったという感じで。だからインスタグラムで存在としてはありながらも、広がってっいったのはツイッターだったんです。
今現在、インスタグラムのフォロワー数は約4.3万人(2019年4月中旬現在)。想定していたスピードより1.5倍ほど早いという。ここからファンを伸ばしていくには、いろんな要員が必要となってくる。
今、様々な方面から様々な依頼をたくさんいただいています。もちろんありがたい話ですし、それをやればファンが増えるのはわかっているんですけど、わりと慎重に選んでいます。多分そういうのって、興味本位で一気にバーっと増えて、使うだけ使われて、消費されていく文化ってあるじゃないですか。それは避けなくてはいけなくて。だから、この子がやっていることが本当に好きで、このカルチャーをすごく楽しめる、きちんとしたファンを集めなければ意味がないので、immaのイメージと方向性だけはブランディング的にも絶対に間違っちゃいけないと思っています。今の若い世代は自分たちで情報を取捨選択できるし、みんなカルチャーが好きだなって感じてます。だったら好きなものは好き、かっこいいものはかっこいいと言えて、今まで作られてきたようなマスの社会じゃないところで、何かが認められるということを大切にしているところとやったほうが面白いなと思っているし、そういう存在になりたかったんですよね。
すでにネクストimmaプロジェクトは進行し始めており、世界を舞台に、音楽、ムービー、イベントを含めた多方面での展開を想定しているという。
ちょうどゼペットで仮想空間のサービスが始まったときにあぁそうだよねって思って。今後これが、技術的には10年くらい掛かって、もっと進化していくだろうと思います。あるブランドともコラボを始めたので、さらに街が広がっていったら、街角のビルボードに広告とか入って、ショップから商品が買えて、という風になっていくはずです。なので、その辺のマーケットみたいなものを、僕もどんどん広げていきたいなって。
かつて、2003年にセカンドライフが登場し、その後間もなくして世界中でセンセーショナルな話題をさらい、その仮想世界で起こりうる様々なビジネスイメージに人々は心を躍らせた。しかし、結果的にはマーケットには入り込めず、今の若い世代にはほとんど認知すらされていない。
セカンドライフが普及しなかったのは、単に技術の問題。通信速度もサーバーの考え方も、CGひとつをとってもそうだし。あの頃は、こんなスマホのボタンひとつで写真が撮れるなんて誰も想像できなかった。それが今やスマホで何でもできちゃうし、それはもう純粋に技術の進歩ですよね。あと、グーグルグラス(グーグルがプロジェクトで開発する拡張現実ウェアラブルコンピュータ)とかも一緒だと思うんです。一回沈んだけど、たぶん10年後普通にまたやる可能性はあるし、技術的にはできないわけがないってくらい簡単にできるはず。もちろん本当にグーグルがやるかどうかは分からないですけど、やらなかったとしても、少なからず“個の時代”にはとっくに突入してるので、そういった場所こそがimmaが活躍する場所になる。だから、インスタグラムが極論なくなったところで、immaのパーソナリティみたいなものはそれまでに十分作れると思うので問題ないと思っています。
今後、世界中でいろんなバーチャル・インフルエンサーが出現し、そのなかで当然優劣がついてくる。それはモデルやタレントなどと同じく、外見的な部分ではある程度限界がある。最終的に人を惹きつけなければ存在意義がなくなってしまうバーチャル・ヒューマンにとって、その先にある内面性や比喩としての人間性がいかに重要なのか、そして、存在そのものが“虚構”であり“嘘”であると前提した場合、現代ビジネスのキーワードのひとつでもある“誠実さ”や“透明性”は、どのようにして保たれるのか。
いろんなメディアより先にいち早く連絡が来たのは、アメリカのある投資会社だったんです。それは全部AI関連企業だったんですけど、AIでああしたいこうしたいとか、コラボしたいっていう話が一番多くて。でも実際、今の世の中って信じられるものがないんですよ。なので、この混沌とした社会において、若者も大人も含めて、虚構だろうが何だろうが信じられるものを欲しがっている。アニメなんて本当にそうじゃないですか。それをみんなが求めているんじゃないかと思ってて。特に日本の場合、日本人がという言い方をするのは正しくないかもしれないけど、ある意味無宗教の人が多いので、よりそうなる気がしてるんです。何かに助けを求めて己を高めなければならない、みたいな。宗教みたいなものが目指すところって、いつも思うんですけど“善”じゃないですか。そんなこと言い出すと話が違うレベルに行ってしまいますけど、でも、信じられるものがないっていうのは誰もが思ってることであって、そういう存在ではありたい。
周囲からの様々な意見や要望に対する裏付けとして、ある程度の技術的な蓄積があり、きちんとボーダーラインを設定しているのも特徴だ。もし技術的な裏付けがなかったとしたら、世の中にイノベーションを起こすどころか、一夜にしてimma、ひいてはM自身が本当の虚構となるリスクをも含んでいる。
そもそも、もう10年前から『ヒューマン・プロジェクト』というものを立ち上げて、人間の顔をどうやって作るかということを、ひたすら研究してきました。一緒にやっている投資家も、日本はもちろん、アジアとかのいろんな小さな国に投資してきました。そういうところには、学生ですごい人がたくさんいるんですよ。可能性のあるところにちゃんとお金を出して、育てて、そして相乗効果で生み出していく、というのをずっとやってきています。そういうものが蓄積されていて、いわゆる受託業務で、映画やアニメ、CGなんかは自社IPでもできるとずっと思ってたんです。なのでバーチャル・インフルエンサーのようなパーソナルなものは、パーソナルな世代だったら作れるはず、という流れで作ったのがimmaだったんですよね。
Mの思惑通り、2018年に技術に裏付けされた日本初のバーチャル・インフルエンサーが誕生することとなった。10年ほど前に、世の中から広告という概念がなくなると発言しつつ、バーチャル・インフルエンサーの価値を今後どうやって創造していくのかがビジネスポイントになってくる。
広告がなくなるというか、広告はすべてコンテンツ化していくと思っています。そうすると、現在でいうとバーチャル・ヒューマンが究極の形で、本当になんでもできる。例えば、中国にNoonoouriっていうフォロワー数27万人くらいの、実写とアニメを融合した感じのバーチャル・インフルエンサーがいるんですが、あれは実質ニュースメディアなんですよね。ストーリーも全部ニュースメディア。ああいうのを見ているとフォーマット化しやすくて、いろんなパターンのバーチャル・メディアを構築できるなと。ただそのためには当然資金が必要なんですが、Miquelaなんかすでに投資で約100億円以上集まってると聞きますし、日本だけではなく世界を基準に考えると、そういった面でも可能性は無限大だと思います。
バーチャルからバーチャルへ、バーチャルからリアルへという、ある種の混乱をも画策中。ゼペットを使ってのインスタグラム投稿は、そのひとつの答えにすぎない。
アイドル文化を作った日本が、韓国・中国に輸入されて、今、向こうで日本の昔の熱狂するアイドル文化が形成されてきてて、そのタイミングでゼペットが出て来たのがよかったですよね。ゼペットのいいところって、まだ日本に普及し切ってないですけど、誰とでも一緒に写真を撮れるじゃないですか、勝手に。なんかそういうところがファン心理をすごく捉えているというか。フォローさえしていれば、一緒に写真撮ったり何かしたり、っていうのが簡単にできちゃうっていう。それは、すごく面白い体験だなと。それで今度、リアルゼペットみたいなことをやろうとしてるんですよ。詳しくはまだ言えませんけど。
ただ手の中に生きるだけの存在ではない、世界の未来を見据えたオリジナルな発想。immaプロジェクトは、まだまだプロローグにしかすぎない。世の中には、映画の世界でも、過去には大ヒットした『トロン』『マトリックス』や最近ではS・スピルバーグ監督作品『レディ・プレイヤー1』などでも、それぞれの視点でバーチャル・ワールドが描かれ、また昨今では、すでにVチューバーたちが世界を席巻している。リアルかバーチャルか、という議論などもはや意味はなく、ここにこそ未来のリアル・ワールドがある。
- WORDS: TAKASHI TOGAWA
- PHOTOGRAPHY: YUYA SHIMAHARA
- STYLING: RIKI YAMADA