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Life beyond style

イデオロギー、音楽、ファッションと、あらゆる側面において、パンクは社会規範に挑み、消費主義、順応主義的文化に反旗を翻した。1970年代後半、パンクの美学に大きく貢献したカップルがいる:ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)とマルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)だ。音楽担当のマクラーレンは、ニューヨーク・ドールズやセックス・ピストルズといったバンドのマネージメントやプロモーションを行っていた。ウエストウッドはパンクスタイルの創造に一役買ったことで永遠に語り継がれる存在だ。

伝説のパンクデザイナーであり活動家であったウエストウッドは、2014年出版の回顧録『Vivienne Westwood』にこう書いている。「ファッションという捉え方はしていない。ストーリーが主体の発想形態だと思っている」。50年にわたるキャリアを通し、ウエストウッドは壮大なアイデアを次々と発信し、アナーキーかつ挑戦的に、主流派を堂々と攻撃した。

歴史、王室、ロック、宗教から得たモチーフを読み替え、文化に再び活力をもたらし、英国ファッションにエッジと予期せぬ反逆をもたらした。ウエストウッドのパンクのヴィジョンは慣習を打ち砕くものであり、パンクミュージックそのものように挑戦的で、時には暴力的でさえあった。

2022年末にウエストウッドが亡くなってからというもの、パンクのレガシーはより明確に見えてくるようになった。70年代の全盛期からストリートからキャットウォークに至るまで、安全ピン、ショッキングなグラフィック、アンドロジニー(両性具有)、剃り込み入りの眉といったパンク特有のDIY精神がどのように変遷してきたかを見てみよう。

An original and rare pink “Two Cowboys” T-shirt by Westwood and McLaren, 1975.
©︎BONHAMS

1. 1975年ヴィヴィアン・ウエストウッド&マルコム・マクラーレン「Two Cowboys」Tシャツ

「挑発的なイメージをあれこれいじり回していた」と、1970年代初頭にウエストウッドと手がけていたデザインについて、マクラーレンは語った。「セックスか、でなければ政治…上品に見えないことを目指した」。上品さが問題であったわけではない。キングスロードに構えられたウエストウッドとマクラーレンの店舗では、ボンデージスーツ、ストリングセーター、挑発的なグラフィックに混ざって、基本的なアイテムも売られていた。一方最も極端なものとして挙げられるのが、挑戦的でタブーなグラフィックだ。こうしたイメージ使いの解読は現代でも難しいが、当時の世間の大多数にとっても難しかった。それは政治的所属意識の表明ではなく、あくまで権威主義的支配に反対するアナーキーなスタンス。二人はこうした衝撃的シンボルを希釈する形で用いることで、権力体制に真っ向から挑んでいた。

セックス・ピストルズが着用した “Two Cowboys” Tシャツは、これをピカデリーで着ていた男性客が「公共の場でわいせつな印刷物を見せた」とし、1824年制定のイギリスの浮浪者取締法違反で逮捕、起訴されたことでニュースになった。

©︎Vivienne Westwood

1. 1993年秋冬、Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)のショーでのナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)の転倒

Vivienne Westwoodのショーにおけるスーパーモデル、ナオミ・キャンベルの転倒に、業界関係者は息をのみ、カメラマンは夢中でシャッターを切った。転倒を招いたのはフェイククロコダイルの9インチヒールの靴だった。が、キャンベルは負けなかった。「立ち上がって、また歩こうと自分に言い聞かせた」と言う。

あわや大惨事のこの転倒が、キャンベルとウエストウッドのその後のキャリアを定めた。「ガゼルのように素敵な転び方だった」と、ウエストウッドは2019年、『British Vogue』向けに行われた対談でキャンベルに語っている。キャンベルも、一件の後、数々のデザイナーから「うちのショーでも転んでくれないか」と誘われるなど、新たなチャンスが舞い込み驚いたと語った。ウエストウッドがその件で「どれだけ記事に取り上げられたか」、ほかのデザイナー達には羨ましかったのだろうとキャンベルはウエストウッドに語っている。

1. 1994年ジャンニ・ヴェルサーチェ(Gianni Versace)、安全ピンドレス

「パンクの最も象徴的シンボルは安全ピンかもしれない」とは、セックス・ピストルズのカリスマフロントマン、ジョニー・ロットン(Johnny Rotten)の言葉だ。確かにパンク・ファッションのDIY精神の核心をついた一言と言える。洋服を解体し、破れや裂け目が目立つよう安全ピンで留める。パンクにとって、ピンで留めたほつれアイテムは、貧困という社会問題を認め、それと正々堂々と対峙することを強く求める意見表明でもあった。ジャンニ・ヴェルサーチェの有名な安全ピンドレスもちょっとした以上の皮肉を含んでいたに違いない。エリザベス・ハーレイ(Elizabeth Hurley)が1994年にイギリスで制作されたロマンチックコメディ映画『フォー・ウェディング』のロンドンプレミアで着用した、切れ目入りのエレガントなクチュールが堂々たるゴールドのクリスタル入りキルトピンで留められたこのドレスは、同年数多く登場したパンクリヴァイヴァルの中でも特に話題となった。最近では、ヴェルサーチェのミューズであるアン・ハサウェイ(Anne Hathaway)が、2023年のメットガラでブークレとパールをちりばめた安全ピンドレスを着用している。

1. 2006年DIOR(ディオール) by ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、トラッシュバッグの素材が使用されたドレス

ジョン・ガリアーノはDIOR在籍中、パンクシンボルの再解釈、翻案に常に取り組んでいた。『Vogue』2006年9月号でキルスティン・ダンスト(Kirsten Dunst)が着用し、アニー・リーボヴィッツ(Annie Leibovitz)が撮影したトラッシュバッグ素材使用のドレスもその一例だ。ハイファッションにDIYを取り入れたこのドレスは、1978年から79年、イギリスで社会的混乱、暴動、ゴミストライキの続いた「不満の冬」の後、黒いゴミ袋を被って登場したパンク集団を想起させる。その後、パンク集団によるゴミ袋への傾倒に共鳴を見せたのは、Gareth Pugh(ガレス ピュー)からMOSCHINO(モスキーノ)、Maison Margiela(メゾン マルジェラ)に至るまでの多くのデザイナー、そしてポップカルチャーの世界では、ファッションモデル界を舞台に2001年にアメリカで制作されたコメディ映画『ズーランダー』に登場する、時代をときめくファッションデザイナー、ムガトゥ(Mugatu)だ。ムガトゥのセリフには「Derelicte(デレリクト)をご覧に入れよう。それはホームレス、浮浪者、薬物中毒の売春婦に着想を得たファッション、生き方だ」というものがある。

1. 2007年ジョン・ガリアーノ、ストレートのジャケット袖

キングス・ロード430番地にあるウエストウッドとマクラーレンの店舗では、セックス・ピストルズが着用していたアイテムが多く売られていた。ガリアーノが2007年にデザインしたTシャツは、ロットンが着ていたこの店舗のタブーアイテムのリピート作。クリップリングとDリングで留められた細長い袖が特徴のこのシャツは、ウエストウッドとマクラーレンがロットンのためにデザインしたモスリンのストレートジャケット風シャツをガリアーノが現代風にアレンジしたものだった。

1. 2008年Alexander McQueen(アレキサンダー・マックイーン)、ゴッド・セイヴ・ザ・クイーンのドレス

「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」ほどパンクを連想させるスローガンはない。国家的シンボルを破壊の表明として共同利用したこのスローガンは、スローガンと同名のセックス・ピストルズのシングル向けにウエストウッドが制作したグッズによって広められた。エリザベス女王(Queen Elizabeth)の在位25周年記念式典を前に発表されたウエストウッドのデザインは、過激なピアス、目の代わりの鉤十字など、女王のイメージを冒涜するものであった。一方こちらのAlexander McQueenのデザインは、刺繍とビジューを施したシルクをふんだんに使った落ち着いた仕上がりで、より洗練され、敬意を感じさせる解釈となっている。このドレスがデザインされた2008年になる頃までには、デイム(大英勲章第1位および第2位を授与された女性に対する尊称)ウエストウッドの、英国王室とそのしきたりに対する態度は変わっていた。しかし、女王から1992年には大英帝国勲章、2006年にはデイムの称号を授与された当時の彼女の反骨精神はまだ失われていなかった。バッキンガム宮殿での大英帝国勲章授与後も、パパラッチを前にドレスをひらひらとさせ、下着を着用していない下半身を平気で撮影させていた。

1. 2022年、Dr. Martens(ドクターマーチン)売上過去最高記録

2010年代初頭、パンクファッションはポップへと進化を遂げ、バンドパーカー、ピラミッドスタッズベルト、スパイキーヘア、スキニージーンズなど、スケーターファッションとの融合を見せていった。インディーロックやエモスタイルが反骨精神の視覚化の担い手となり、パンクの反消費的要素はしばし休眠状態に入った。しかし、2020年代初頭、Dr. Martensシューズの売れ行きが加速し、パンクは復活の兆しを見せ始める。Dr. Martensシューズは元々、警察官や郵便局員のためのワークブーツとしてデザインされた重厚なゴム靴だが、70年代にはパンク集団に愛用された。労働者階級への誇りを込めたシンプルで実用的なデザインのこのブーツが2022年、それまでの62年間を上回る販売数を記録した。

@Doja Cat / Instagram

1. 2022年ドージャ・キャット(Doja Cat)、Instagramで髪と眉毛を剃る

ウエストウッドとパンクのレガシーは、ファッションのみならず、美容の世界にも色濃く残っている。ISAMAYA(イサマヤ)のように、ほの暗いインダストリアルな背景に、ピアスをした顔のビジュアルを採用した高級口紅の広告で美の基準に挑戦するラグジュアリーブランドも登場している。そして、眉を剃る行為ほど所謂「きれい」から逸脱したものが、果たしてあるだろうか。2022年、眉剃りに関するTikTok動画は1億回近い再生数を叩き出した。また歌手のドージャ・キャットはInstagramで眉毛を剃り落とす様子をライブ配信している。

@PuNk and Stuff

1. 2022年デムナ(Demna、BALENCIAGA(バレンシアガ)ギフトショップ

BALENCIAGAが発表した2022年ホリデーと2023年春夏のプロモーションキャンペーンはメディアを騒然とさせた。スタッズやハーネスといったボンデージアイテムと、ぬいぐるみに見立てたリュックサックを持つ子供モデルを同列に配したBALENCIAGAを、マスコミやソーシャルメディアの批評家達は非難した。インターネット上では数日のうちに「BDSMテディベア・スキャンダル」の言葉が飛び交い、BALENCIAGAは両キャンペーンを撤回しつつ、2500万ドルの訴訟を起こした(後に取り下げ)。BALENCIAGAは「児童虐待を強く非難する」と表明し、アーティスティック・ディレクターのデムナは『Vogue』誌に対し「テディベアのぬいぐるみバッグはパンクやDIY文化を意図したものだった」と説明した。

1. 2023年デイヴィッド・ホックニー(David Hockney)によるハリー・スタイルズ (Harry Styles)

1988-89年秋冬コレクションに関するテレビインタビューで、「男性用のツインセットとパールはヒットしましたか?」と尋ねられたウエストウッドは、インタビュアーの揶揄するような口調や観客の嘲笑をものともせず「5年後には銀行の支店長もこういうスタイルになるかも知れない」と平然と答えた。現在、ポップカルチャー界の大物ハリー・スタイルズがパールのネックレスをシグネチャールックとしていることを思うと、彼女の先見の明には圧倒されるばかりだ。ハリー・スタイルズのパールのネックレスは、最近デイヴィッド・ホックニーによる彼の肖像画にも描かれ、永遠に記録化されてもいる。

@MARC JACOBS

1. 2023年MARC JACOBS(マークジェイコブス)「ヒーローズ」コレクション

2022年末にウエストウッドが他界し、それから数カ月後にニューヨーク・ファッション・ウィークが開かれた。そこで発表されたMARC JACOBSの2023年春夏「ヒーローズ」コレクションは、ウエストウッドへの明らかなオマージュであった。ブリーチの刈り上げウィッグ、きらびやかなクリスタル、機能性のあるジッパー、高くそびえ立つプラットフォーム、上下が逆のジャケット、腰回りのくびれたバッスル、テイラーメイドのコルセット。ランウェイを歩くジェイコブスの「ウエストウッドイズム」を最前列で見守ったのはブロンディのデビー・ハリー(Debbie Harry)だった。ジェイコブスのショーノートにはこのコレクションを「過去のヒーロー、そして現在の若きヒーロー」に捧ぐとあった。ジェイコブスのその言葉の傍には、ウエストウッドの言葉も添えられていた。「ファッションは人生を高める行為。周りの人のためにする、素敵で、気前の良い行為だと私は思う」。