WHY GOOD BRANDS DON’T LAST
なぜ私達は、いいブランドを終わらせてしまうのか。
先日、THE ROW(ザ・ロウ)のサンプルセールがあった。だが、行かなかった。サンプルセールは、どうにも気分が滅入る。欲しくないものを、つい買わされてしまう。しかし確かに服は高いものだ。THE ROWは特に高い、と同時に世界でも指折りの、憧れのファッションブランドでもある。いや世界一だ(筆者の即席非科学的リサーチによる)。セールは大盛況。4000ドルのコートを800ドル、650ドルのビーチサンダルを150ドルで手に入れるべく、来場者は何時間も列に並んだ(あるいは、代わりに列に並んでもらうためにお金を払った人もいた)。
静寂を極めるラグジュアリーブランドTHE ROWにとって、きわめて “騒がしい瞬間” だった。THE ROWほどの規模のブランドの場合、売れ行きが良くても余剰在庫が積み上がるのは普通のことだ。PRADA(プラダ)からCOMME des GARÇONS(コム デ ギャルソン)までほぼ全てのブランドが何らかの形で在庫処分セールを実施している。Supreme(シュプリーム)も2009年に在庫セールを実施しており、筆者はその際、UMBRO(アンブロ)のジャージ一着と、2001年のアイルランド製PADMORE & BARNES(パドモア&バーンズ)の靴を一足購入した。サンプルセール自体はブランドにとって必ずしも悪ではないが、ブランドの見られ方に潜む致命的な弱点を露呈させてしまうことがある。
THE ROWがこれほど愛される理由のひとつには、その「静けさ」、つまり排他的で、露出が控えめな点がある。常に話題には上るが、至るところに存在するわけではない。明確なイメージを維持し、そのイメージを一切のズレなく体現する、極めて高品質な製品を生み出している。これこそ成功ブランドの行いだ。Supreme、CHROME HEARTS(クロムハーツ)、 Rick Owens(リック オウエンス)も同様である。この手法に長けていればいるほど、ファッションの枠を超え、本格的文化現象へと昇華していく。これらのブランドには隙がない。一目でそれと分かる存在であり、妥協を許さない製品でブランド理念を再現し続ける。 “fuck you” をブランドのモットーとしているSupremeはロゴ入りのレンガを販売する。CHROME HEARTSは、それが最高だと本気で考えて、手彫りのトイレ用スッポンを作る。リック・オウエンス(Rick Owens)が奇妙な靴を作るのは、彼自身が足に異様な執着を持つ人物だからだ。
こうしたブランドがその手法を巧みに使い、文化現象となると、その成功を自分達の功績だと考えるコミュニティから即座に反発が起きることがしばしばある。また、その文化の歴史を一切知らない中、突如そのブランドの存在に気づいた一般大衆からの反発も起きる。Supremeは、10代の若者が親のクレジットカードで消費するハイプブランドとして括られ、CHROME HEARTSは、成金文化の象徴――職人技を売りにしたアパレル界のマックマンション(※大量生産的かつ過剰に装飾され、建築的思想や一貫性に欠ける大型住宅を批評的に指す俗語)。Rick Owensは、先見的で境界を押し広げるデザイナーではなく、単なる権力ブランドとして扱われる。
やがて、ブランドをいち早く支持していた層から先に離れていく。ブランドはゼロから築いたコミュニティの支えを失い、名声と商業的成功の重圧を単独で受け止めることになる。初期の愛好家は、必要な局面で彼らを置き去りにする。では、ブランドの何が悪かったのか。人気になり過ぎたことか。手にした成功を最大限に活かそうとしたことか。急成長ブランド、あるいは長く生き残ったブランドには決まって、「品質が落ちた」「価格が上がった」「もうクールではない」といった疑念が常に付きまとう。
もちろん、そうした意見には正当なものもある。ブランドは成功に安住する。成長するにつれ手抜きを覚え、価格も上がる。
だが皮肉なことに、初期からの愛好者こそが、結果的にブランドを手放す側に回りやすい。ブランドが自らのアイデンティティにとって重要になるにつれ、そのブランドへの評価が厳しくなり、手遅れになる前に別ブランドに移りたい焦燥感が高まる。TikTokのトレンドや株価を追い、少しの綻びも見逃すまいと、時代遅れと言われる前に身を引こうとする。だが、それは必ずしもこうした分かりやすい形だけで起こるわけではない。ファッションに関わる者であれば誰もが、個人の中でブランドが入れ替わっていく感覚を知っているはずだ。発見し、熱中し、日常化し、やがて離れる。それはごく自然な循環だ。新しさは、古さを手放すことでしか生まれない。そこには淘汰のプロセスがある。
THE ROWのサンプルセールは、2つのシナリオを加速させる可能性がある。ひとつは、長年THE ROWを購入し着用してきた愛好者が、過剰な話題性に違和感や疎外感を覚えることだ。しかもその熱狂の多くが、THE ROWを実際には買いも着もしない人々によって生み出されている点は皮肉でもある。もうひとつは、THE ROWに否定的な層が勢いづくことだ。サンプルセールを、「高すぎる」「ベーシックすぎる」といった従来の不満を正当化する材料として持ち出し、批判を強めていく可能性がある。
それでもTHE ROWは問題ないだろう、と筆者は考えている。Supremeもだ。確かに昔の方がクールだった。所有権や買収をめぐる一連の騒動も、その理由だろう。それでも木曜の朝には新作をチェックしてしまう。古い習慣はなかなか消えないものだ。
- Photography: © Highsnobiety
- Words: Noah Johnson
- Translation: Ayaka Kadotani