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エディ・スリマンの行方とエディ・ボーイ達の台頭
エディ・スリマン(Hedi Slimane)の姿が見当たらない。昨年末のCELINE(セリーヌ)退任以来、GUCCI(グッチ)、Giorgio Armani(ジョルジオ アルマーニ)、はたまたCHANEL(シャネル)への移籍も噂されたが、本人はそのいずれにも公式な言及をしていない。常に自身の(莫大な利益を生み出す)作品にものを言わせ、メディアとの接触を避けてきたエディ・スリマン。彼が沈黙を守る中、エディ・ボーイと呼ばれる集団が出現した。
スリマンのファッション哲学を熱心に信奉するエディ・ボーイは、現在急速に人数を増やしている。ご存じの方もおいでだろう。彼らがエマ・ウィンダー(Emma Winder)(ロンドン在住のコンテンツクリエイターで、TikTokにおけるエディ・ボーイドキュメンタリスト)に、エディ・ボーイであることの意味を語る動画は、TikTokで50万回再生を記録した。エレクトロクラッシュの復活に敏感な方なら、聴いている音楽を手がけているのがエディ・ボーイだったケースもあるかもしれない。自身がエディ・ボーイのスタイルに魅了され、オンラインリセールサイト「グレイルド」における過去1年の「エディ・スリマン」の検索数50%増加に一役買っている可能性もある。
エディ・ボーイのスタイルは一目で分かる。カルステン・クローニングは4月初旬に投稿した30分のYouTube動画で「黒系の色使い、レザージャケットかピーコート、細いスカーフ、スキニージーンズ、コンバットブーツかエリック・ペインの靴」が彼らの必須アイテムだと解説している。
エディ・ボーイ愛用の厚底スニーカーの作り手、ペイン自身も、エディ・ボーイのニックネームが広まりつつあることは把握している。スリマンについては「新作コレクションを発表していない今もまだ力があるのは凄いことだ。いかに影響力の強いデザイナーかが分かる」と語った。
過去6カ月間でソーシャルメディアを席巻している現代のエディ・ボーイ達だが、彼らの実態は、20年以上前から存在するメンズウェアの原型から派生した変種にほかならない。スリマン在任中にマディソン・アベニューのCELINE旗艦店に勤務し、自らを “スリマンオタク” と称するタナー・ディーンは、エディ・ボーイの波には3つの異なる波があり、「それぞれ時代が異なり、服装も少し異なる」と語る。
それぞれの時代に関連する独自の音楽サブカルチャーがあるとディーンは言う。スリマン信奉者第一世代が形成されたのは、スリマンがDIORメンズのクリエイティブディレクターに就任した20年以上前。Y2K時代のだらりとしたシルエットに対抗するフランス人デザイナー、スリマンのスリムなDIORスーツは、ほぼ単独でメンズウェアのシルエットを再定義した。(カール・ラガーフェルドも、スリマンのスレンダーなスーツに惚れ込み、これを着られるようになるべくダイエットを実践したと、書籍に詳述している)。この時代のエディ・ボーイは、The Libertines、The Strokes、Interpol、LCD Soundsystemなどのバンドと共に育った。スリマンはやがてこうしたバンドの全てと、衣装を手がけたり、撮影をしたりと関わっている。
ディーン自身は第2世代に属する。スリマンがYves Saint Laurent(イヴ・サンローラン)から“Yves”を削除した2012年前後の時代だ。この時代のエディ・ボーイは、The Garde、Sunflower Bean、The Paranoydsなど、比較的無名なバンドのメンバーが、改名後のSAINT LAURENT(サンローラン)のランウェイを歩いたことをきっかけにスリマン信奉者となった世代だ。
そして現在のスリマン信奉者の最新世代は、2018年のスリマンのCELINE(旧Céline)クリエイティブディレクター就任直後、2000年代後半のTumblr美学を擁抱するインディ・スリーズ運動の一部として出現した。この世代はスリマンの趣味であるガレージロックやダッドロックも聴いているが、ジャンルを広げる姿勢も持っている。その様子はちょうど、スリマン自身がカナダのラッパー・ティアグス(Tiagz)に2021年春夏コレクションのサウンドトラックを依頼したことを思わせる。現代版エディ・ボーイの核となっているのは、トゥーホリス(2Hollis)、ザ・デア(The Dare)、スージー・シアー(Suzy Sheer)、The Hellpなどのエレクトロクラッシュアーティストだ。
@emmaxwinder HEDI BOY UK INVASION #hediboy #hedislimane ♬ original sound – I AM SAINT LAURENT
ロックンロール派として最もよく知られるスリマンだが、最近ではサブカルチャー音楽を活用するようになってきていた。2022年のCELINEショーのアフターパーティーではザ・デアがDJを務め、その数年後にはスリマンとCharli XCX(チャーリー・エックス・シー・エックス)との関係性が話題になった。またThe Hellpの 2人はバンドの結成前からスリマンのアーカイブアイテムのコレクターだった。こうしたミュージシャンが有名になるにつれ、彼らのファン層、即ち彼らのファッションを真似る層も増えた。
エマ・ウィンダーは最近スリマン信者らを取材した動画を投稿した。取材場所は、南ロンドンのコルシカ・スタジオで開催されたThe Hellpのライブ会場周囲。彼ら全員にシラミが湧いているとの説に触れて(それが嘘だと判明して)いる部分もあるが、エディ・ボーイの列の中にスリマン自身が手がけた服の着用者は一人もいなかった、との発見は注目に値する。
エディ・ボーイになるにあたりスリマンのデザインした服を着る必要はなく、エディの雰囲気を感じさせる服装であれば良い、ということだ。「影響力の源、ルックを考え出したブレーンはスリマンだが、現象はある種スリマンを超えたところに存在している」とクローニング。
スニーカー職人ペインに電話をかけると、彼の働くロサンゼルスの工房の機械音が聞こえた。エディ・ボーイの原型を熟知する彼の靴をThe Hellpは10年近くにわたり履いている。ペインの地元LAはスリマンがSAINT LAURENT時代を過ごした場所だ。「スリマンは過去20年で最も重要なデザイナーの一人だ」とペインは言う。「スリマンのスタイルと自分の靴を結びつけてもらうことに異存はない」
ペインも、CELINEの元店員ディーンも、エディ・ボーイのルックは現在の主流スタイルに対する反発として復活したものと推測している。「現在のファッションの単一文化は、非常にデムナ(Demna)的だ」とディーン。「誰もかれもがオーバーサイズの服、バギーパンツ、スニーカーを履いている」
アンチスポーツウェアでスタイル重視のスリマン作品は常に新鮮に感じられるものだった。ルーズなストリートウェア寄りのセミラグジュアリーに照らすと、彼のスリムなスーツとロックなデニムは特に異質に感じられる。2000年代初頭に世間がオーバーサイズの常識に対する代替案としてスリマンに目を向けたことで、スリマンは現在作品を作っていないが、彼の服が再びカウンターカルチャー的感覚を帯びるようになった。エディ・ボーイ台頭の歴史は繰り返すのだ。
- Words : Tom Barker
- Translation: Ayaka Kadotani