語られなかった言葉のほうが、強く残ることがある。今回の赤西仁のインタビューを読み返して、まず印象に残ったのは、何が語られたかではなく、何が定義されなかったかだった。

自由、反骨、変化。多くのインタビューで回収されがちなこれらの言葉は、彼の前では、いずれも輪郭を持たないまま置かれている。否定もされず、肯定もされない。ただ、そこに意味を固定すること自体が、避けられているようだった。

それは答えを用意していなかったからではない。むしろ、答えを言語化しないという態度が、一貫している。理由を語らず、物語を閉じず、自己像を定義しない。その曖昧さは、未完成というよりも、意味がひとつに回収されることへの距離感に近い。

この態度は、個人の気質というより、今のラグジュアリーが選び始めている言語にも似ている。歴史を語り直すのではなく、説明を加えるのでもなく、ただ、痕跡だけを現在形として残す。完成を宣言しないことで、次の動きを可能にする姿勢だ。

新しいアーティスティック・ディレクター、デムナ(Demna)のもとで始動したGUCCI(グッチ)もまた、まさにその “語らなさ” の中に立っている。過去は確かに存在するが、意味づけはされない。生まれ変わったとは言わず、ただ、生まれ変わる手前の空気だけが、そこにある。

赤西仁が今、語らなかったもの。それは、偶然ではなく、今、彼が立っている場所そのものを示しているのかもしれない。

語らないというデザイン

デムナのもとで提示されたGUCCIのコレクション「La Famiglia」、そしてお披露目されたスパイク・ジョーンズによるショートムービー「THE TIGER」は、驚くほど多くを語らない。家族、系譜、歴史、象徴(虎)——いずれもブランドにとって重い言葉であるにもかかわらず、それらは明確なストーリーとして回収されることなく、あくまで痕跡として、ルックの中に散在している。

過去のGUCCIを想起させる要素は確かに存在する。シルエット、素材、ムード。しかし、それらが「どの時代の、誰のGUCCIなのか」を説明する言葉は添えられない。アーカイブは引用されるが、解説はされない。歴史は呼び起こされるが、意味づけは行われない。

この態度は、歴史の軽視ではない。むしろ逆だ。歴史があまりに多層で、単一の物語に回収できないことを前提にしている。だからこそ、語らない。語ることで整合性を与えるのではなく、語らないことで、複数の解釈が同時に存在できる状態を保っている。

そしてGUCCIが「生まれ変わる」と宣言していない。刷新や断絶を強調する言葉は用いられず、完成された新章として提示されてもいない。あるのは、デムナのGUCCIに対する姿勢だけだ。過去を背負ったまま、しかし過去に従属しないという姿勢。生まれ変わる “前” の段階に、敢えて留まる選択である。

この「語らないデザイン」は、赤西仁の態度と不思議なほど重なって見える。彼もまた、自身の過去を語り切らない。独立や渡米といった出来事を、意味づけしない。それらを物語に変換する代わりに、現在の身振りの中に沈殿させている。

どちらにも共通しているのは、過去を “説明すべきもの” として扱わない姿勢だ。過去は素材であり、重さであり、背景であって、結論ではない。だから語られず、しかし消されることもない。

デムナが選んだこのGUCCIの言語は、ラグジュアリーに対する新しい態度というより、ラグジュアリーが本来持っていた沈黙の感覚を、もう一度引き戻す試みにも見える。説明を削ぎ落とし、定義を先送りにすることで、ブランドは再び「意味が動く余地」を取り戻そうとしている。

赤西仁が自由を定義しないように、GUCCIもまた、自らの歴史を定義しない。どちらも、語ることで完成してしまうことを避けている。完成を避けることは、未熟さではない。それは、次に何が起きてもいい状態を保つための、極めて意識的な選択だ。

「La Famiglia」は、答えでもなければ、宣言でもない。ただ、問いを開いたままにするための配置である。赤西仁が語らないものと同じように。

より深く紐解いたコラムの続きは本誌をチェック。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE16 JIN AKANISHI
発売日:2026年 3月10日(火)
定価:2,200円(税込)
仕様:B4変型

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