前号(3月10日売)では、ラブブが消えた現象を「ラブブ化」と呼び、意味よりも反応が先行する文化の速度について書いた。バズは起き、数字は動く。しかし、その現象がなんだったのかを考える前に、次の出来事へと移っていく。翻訳も解釈も介在しないとき、文化は記憶として残らない。

ロゴスという言葉は、しばしば「言語」や「論理」と訳されるが、ロゴスとは世界をどう読むかという態度でもある。言葉にする前の違和感、形になる前の思考、まだ名前のない意味の気配。それらを拾い上げ、読み直し、解釈を与える行為こそがロゴスの本質である。

今号に並ぶストーリーは、それぞれ異なる方法で「読む」という行為を提示している。

工藝の世界において、柳宗悦が語った「用の美」は、作者の名前やブランドの署名を強調する思想ではなかった。むしろ逆だ。作者の個性が前に出過ぎるとき、ものは倫理を失う。匿名の手仕事が持つ強さは、そこにある。誰が作ったかではなく、どう使われるか。ブランドネームが消えた場所で、思想が残る。それが工藝のロゴスだ。(P.008)

その倫理の延長線上に、写真家・山谷佑介の実践がある。彼の写真は、完成されたイメージから始まらない。移動し、探し、偶然の出来事に出会う。その過程の中で、結果として写真が生まれる。それは「写真が起こる」という表現が正しい。(P.058)

AIが言語からイメージを生成する時代において、この方法はほとんど逆方向にある。意味が先にあり画像が作られる世界に対し、山谷の写真は意味になる前の現実を残そうとする。説明されない瞬間、用途を持たない時間、誰のものでもない視点。その断片が積み重なることで、写真は初めてて文化の中で読み直される。

一方で、柳原路世のビューティーストーリーもまた、ロゴスの境界を揺らしている。彼女が扱うモチーフは妖怪だ。本来、妖怪は美とは対極にある存在だろう。恐怖、違和感、説明できない気配。しかしそのイメージを、あえてビューティーという形式の中に置いたとき、不思議なことが起きる。美しさが少しだけ不安定になるのだ。唇や眼差しといった身体のパーツは、魅力的であり、同時にどこか異様でもある。私達はそれを「美しい」と呼ぶことで秩序を与えてきた。だが、その秩序はほんの少しの違和感で揺らぐ。妖怪とビューティーを並べることは、美の反対を提示することではない。むしろ、美しさという言葉がつくってきた境界を読み直す試みなのだ。(P.098)

さらに、CELINEとAURALEEによるエディトリアルは、別の方向からロゴスを提示している。タイトルは「STILL, TODAY(それでも、今日も今日とて─。)」。特別な出来事ではなく、繰り返される日常の中に意味を見つける試みだ。文化とは、必ずしも劇的な瞬間から生まれるわけではない。むしろ日常をどう読むかによって立ち上がる。(P.074)

これらの全ては、「解釈」を必要としている。意味が自動的に与えられる作品は、ほとんどない。読む側が関わり、時間をかけ、考え、別の文脈へと翻訳していく。そのプロセスの中で、文化は少しずつ形になる。

今の時代は、コンテンツがあまりにも早く流れていく。イメージは増え、言葉は増え、情報は溢れる。だが、その多くは再解釈されないまま通過していく。同じニュース、同じ画像、同じ言葉が繰り返される。その状況を、Études Studioは「騒がしい空虚」と呼んだ。(P.086)情報は増えているのに、文化は読みづらくなっているのだ。

だからこそ、ロゴスが必要になる。

ロゴスとは、答えを与えることではない。
むしろ、読むことをやめない態度だ。

写真を読む。
衣服を読む。
日常を読む。
そして文化を読み直す。

文化とは、翻訳が止まらないことを指す。
そして同時に、読み続けることでもある。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE16+ BOTTEGA VENETA
発売日:2026年4月24日(金)
定価:2,750円(税込)
仕様:B4型

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