俳優・佐藤寛太:好奇心が、命のかたちを象っていく。
俳優・佐藤寛太が見せる “生” の輪郭は、彼の中に芽生え続ける小さな問いと探求の歩みの中で、徐々にかたちを成してきたようだ。映画に惹かれた少年期から、キャンプや登山にのめり込む日々、そしてインドへの一人旅まで——その全ては、彼が本当の自分に出会うための “移動” だった。
自然の中で一人、ひたすらに歩く。その行為は「瞑想に近い」と佐藤は語る。歩みのリズムに呼応して、自分の内と対話が始まり、やがて体と心がひとつになる感覚。「自分が何を欲しているのか」「なぜそう思うのか」。都市の喧騒では聴こえなかった声が、森の奥では輪郭を持って響く。ヒマラヤの山村で見た慎ましくも豊かな暮らし。バックパックひとつで成り立った1カ月の旅。それは、彼に資本主義の濁流から一歩距離を取る感覚を教えた。「持ち過ぎていたのかもしれない」と気づいた佐藤は、今、野菜を育てるための、土づくりに勤しんでいる。
演じることと、生きること。その間にある不安定な地平に立つ。それは受動ではなく、自身の倫理と直感を磨いた結果としての選択だ。心から「好き」と言えるものを知っているからこそ、彼の言葉には根が張っている。そして、その好奇心の根はこれからも、命のかたちを静かに、しかし確かに象っていく。
近年の植物学では、同種の植物間が菌根(マイコリザ)や根分泌物を通じてストレス情報や病気の対策を共有することが明らかになっている。見えない世界においても “根を通じて共有し合う” ことは、植物にとって命を守る行為であると同時に、社会のような構造でもあると捉えられている。佐藤自身もまた、自然と深く繋がりながら何かを受け止める。それはまさに「好奇心の根」を異なる環境に広げ、そこで他者や世界と “ある種の共有” を体験していくプロセスだ。自身の中に/外に問いを落とし込むことで、さらに生の輪郭を明瞭にしていく。

——撮影後の感想を伺えますか? 最近ファッション撮影はしていますか?
5年前くらいにやらせてもらって以来です。映画のプロモーションでいいお洋服を着させてもらうときもあるんですけど、すごく楽しかったです! 下町のようなロケーションも生活感があって、洋服とのバランスが面白かったです。
——普段はどんなファッションが好きですか?
僕は古着を着ることが多くて、新しい物はあまり買わないですね。今はモールスキンのジャケットを狙っています。
——日本の古着は世界的に評価も高くて、すごくマーケットが大きいですよね。
ヨーロッパに行ったときに、「君達めっちゃ服買ってくよな!」と言われたりしました(笑)。
——出身は福岡ですよね? 福岡もわりと古着が多いイメージです。ファッションは小さい頃から好きでしたか?
確かに多いですね。服は好きだったけど、何がかっこいいのかの定義が分かりませんでした。僕は映画から入っていったんですけど、この人が着てる赤いジャケットがかっこいいとか、映画の登場人物のファッションを見て真似るようになったのが20代前半です。10代の頃はシンプルな物をわけも分からず着てました(笑)。
——今は旅や登山をされていますね。アウトドアブランドには興味がありますか?
そうですね。上質な生地のものなどクオリティが高くて、普段使いできるものが多いんで、アウトドア用に買ったものをどうやって日常で使っていくかをずっと工夫しながら楽しんでいます。
——アウトドアアイテムはシティユースでもいけますよね。どういうポイントで選びますか?
撥水力や透湿性の機能を備えてて、登山で本格的に使えるものを選んでます。ゴア製品とかウォータープルーフ系のものは置いてしまっておくとカビが生えたり、撥水力が落ちちゃうので、日常使いしながら、手入れをしていく方法で考えてます。なので季節によっては、ファッション寄りというより、冬の山も登れるようなものを着ることもあります。
——アウトドアに目覚めたのはいつですか?
パンデミックのときにキャンプを始めました。先輩の青柳さん(劇団EXILEメンバーの青柳翔)とも2人でよく行ってたんですけど、一人で行ったらハマって、そこから一人でちょこちょこ登るようになりました。
——どの辺の山ですか?
めちゃくちゃ回数を登るわけじゃないですけど、例えば去年北海道にロケで1カ月行くとなったら、ロケ地に近い山を調べといて、ちょろっと登るとか。こっちであれば、都内から2~3時間で行けるアクセスのいい南アルプスや八ヶ岳、埼玉との県境にある雲取山とか、あの辺の山はわりと登ってます。
——なぜハマったんでしょう?
以前、登山雑誌で登って写真を撮ってもらって文章を書いたんですが、言語化するのがめちゃめちゃ難しい……。でも、山登りは、すごく生きてるって感じがして。自然の中に一人ポツンといると、すごく生きてる実感が湧くというか。あと、歩くと本当の自分と対話ができて、歩くとどんどん自分のリズムが分かってくるんですよ。長いときは1週間ぐらい山に入るんですけど、そうすると自分の体と心が繋がって、一歩一歩リズムが生まれるんです。瞑想に近いのかもしれない。そういう作業というか、山の素晴らしさを伝えたいというのがあって、文章を書いたり、よく友達や家族を連れてってます。
——1週間とは本格的な登山ですね。
そうですね。あれは2年前のインドの山でした。最近になってその写真と文章をインスタに上げました。
——湧水? 飲んでましたよね?
そうです(笑)。ありがとうございます。
——あれ大丈夫ですか?
大丈夫な水です! 一応。分かんないけど……。
——あれは登山ルートとしてあるところを登るってことですね。
その村の人達が村同士を行き来する生活ルートになってました。基本的に、僕は登山ルートがあるところしか登らないです。
——自然の驚異に触れた体験談はあります?
ありますよ! あれは沖縄の山で、急に天候が変わって、雷の中にいました。新潟の方の山でもあったんですけど、雷は避けようがないというか。山は2000メートルを超えると、雲の中に入ることがあって、そのときはもう避けようがないので、神に祈るというか。そのときは、ちょうど山の折り返し地点に差し迫っていて、どちらが早く麓に下りられるか分かんなかったので、進むことを選んだんですけど、周りでピカピカピカって光ってるのを見るとめっちゃ怖かったですね。どうしようもないんで、「あ、詰むかも」みたいなのはありました。それが楽しいわけじゃないですよ(笑)。僕は歩き続けたんですけど、何が正しい判断だったのか今でも分からないです。
大げさなことじゃなくても、今はオフラインでも働くGPSアプリがあって、それを見ながら歩いてたのに分岐点で迷っちゃって、気づいたら崖の前に自分が立ってたこともありました。ちょっとした違いで、「あ、今気抜いたら、死んじゃうかも」と思うことがあったりもします。
——でも、やっぱりそれが少し快感になってしまう?
自分の命にすごく責任があるって感じがします。山の全てが整備されているわけじゃないので、どんなところでも足を滑らせたり、よろけたら落ちちゃうとか全然あるし、高いところや危ないところを登っているときだけが危険なわけじゃないです。
——クマとか?
クマもそうです。北海道に行ったときはヒグマという灰色の大きいクマの手型というか、爪を研いだ跡みたいなのが木に残ってて。「最悪だ」みたいな(笑)。怖いので途中で出会ったおじさんと大声を出しながら一緒に登りました。あ、インドで高山病もありました。
——なぜインドに行こうと思ったんですか?
友人が当時、インドに行ってたんです。アラスカかインドで迷ったんですが、アラスカの飛行機代が40~50万くらいして……。でも、インドは4分の1くらい、「アラスカに行く飛行機代でインドで1カ月過ごせるよ」と言われたのが大きかったかもしれないです。「物価も安いし、日本に住んでたら人生に1回体験できるかできないようなことが、インドに行ったら1日に2、3回起こるよ」。それは行ってみたいなって思って。その友人は写真家の阿部裕介さんと映画監督の岩屋拓郎さんなんですけど、2人ともインドに行って、面白い話をいっぱい聞いてたので自分も体験してみたいと思いました。

——先ほど登山や自然の中に身を置くことがある種瞑想のようで自分と対話できるとのことでしたが、それは自分が何を欲してる、またはなぜ欲してるのでしょうか?
自分が本当にやりたいことって結構分からなくないですか? なんて言うんだろう……僕は18歳で上京してからずっと働いていて、今の交友関係の95%ぐらいが仕事の人達なんですね。たまに地元の友達と会ったりするけど、仕事の人達とプライベートも一緒だから、「自分が自分の声を一番分かんなくなってるかも」と思う瞬間があります。結局自分の出演作品だったり、これからの作品だったり、ずっとそのことを考えてることがあって、何か違う軸が欲しいと思ったのが登山の始まりだと思います。そこ(仕事の関係)から離れてみると「なんであんなことでむかついてたんだろう」とか「あれ、別に気にしなくていいじゃん」とか、フラットに考えられるようになりました。登り始めたときと帰ってきたときで、別に何も状況変わっていないんですけど、自分自身の捉え方が変わってることが多いです。それが定期的に登りに行くことに繋がってるんだと思います。暇だったら登りたいなとずっと思っていて、調子いいときは、月に2、3回登ったりします。
——登山を始めて5年くらいですか。何か気づいた核心的なことはありますか?
登山単体の行為というよりも、インドに行ったのが結構大きかったです。僕の業界だと20代半ばで当たり前にみんな売れてくし、当たり前にみんなちょっといいもの着て、車も持ち始めます。2年前は27歳のときだったんですけど、地元の友達は結婚したり、こっちではお金を稼いでどう暮らすかみたいなライフスタイルの変化がある時期でした。僕もいいキャリア作ってくぞみたいな感じになってたんですけど、よくある話ですけど、インドに行くと大人も子供も、物乞いしていたり、価値観が180度変わりました。「あれ資本至上主義って大丈夫なのかな?」と思って。登山をしたのはヒマラヤ北部で、スタートの標高が3500mぐらいでマックスが5000mのルートでの暮らしは物資が届きづらく小さい村がポツポツとあるだけなんで、誰かが定期的に行ったり、息子や孫がおじいちゃんおばあちゃんのところに帰るときに何かを持って行くとかなんですが、自分達の庭で育てたものをその日の夕食に食べたりしてすごく豊かに暮らしていて。それを見て、自分は持ち過ぎていたのかもしれない。と思いました。インドでの1カ月はバックパックにあるもので結構成り立つんですよ。帰ってきてから経済学などを勉強するようになりました(笑)。仕事も人生の3分の1の時間を使うとのことなんで、どういう風に仕事をしてどういう風に生きていきたいか、そのバランスを、インドに行ってから2年間ずっと考えていて、一度やってみたかった畑での野菜作りに今年から挑戦してます。家庭菜園くらいですが、今は土を作ってます。
インドに旅してたときに、よくヨーロッパから来たバックパッカーの人達と話してたのですが、ヨーロッパは地理的に、日本で例えると大阪と東京くらいの感覚でいろんな国が近いので、お互いの国の情勢に詳しくて、首相が変わるとこういう風に政治が変わっていくよね、とか、今の自分の国の政治にも自分の意見をしっかり持っていることが多くて、驚きました。僕は全然ついていけなくて、日本語だとしてもあまり理解できてないなって。恥ずかしくなって、そこから勉強を始めたのもあります。今は自分の中に、「自分はこうやって生きたい」という指針ができたから、すごく仕事も前向きに受けられるようになりました。やりたいことをやらせてもらって、自由度が高くできているからこそ今はすごく仕事が楽しいです。
——登山に出合うまでに、スランプに陥る時期もありましたか?
はい。なんて言うんだろうな。僕の中でこれという柱みたいな倫理感が定まってなかったというか。何が正しいのかというか、僕はこういう仕事をしたいとか、かっこいいと思う役者像はあるけど、自分自身に足場がない感じで。僕の理想と現実にすごくギャップがあって、ずっともがいてる感じがありました。今は来た仕事が今の自分にチャンスを与えてくれてるというか、今の自分にご縁があって、バイブスが合っているから、僕のところに巡ってきたのかなと思えるようになり、素直に感謝できるようになった気がします。


——その中でも、映画『正欲』は面白かったです。
ありがとうございます。あれは自分のキャリアとしても、人生の経験としても大きかったです。
——この作品は何か分岐点というか、いいタイミングになったのでしょうか?
元々朝井さんの原作小説は読んでたんですけど、この本は朝井さんの作家10周年の集大成で書いた作品とおっしゃっていて、原作は、朝井さんの倫理感をまとめて壁に投げつけたみたいな強い作品なんです。この作品はすごく熱がこもっていて人間を感じるなと思っていたら、映画化するとのことで、オーディションの話をいただきました。岸監督は社会的なテーマの作品を撮られている方で、岸さんのつくる現場は、今まで感じたことがないくらいスタッフと役者が、それぞれが自分の役割に徹していて、無駄話とか一切なかったんです。でも、ピリッと張り詰めているわけでもなくて、みんながテキパキ静かに仕事をしている。そのバランスがすごくて、こういう仕事を人生で重ねていきたいと思うきっかけになった作品です。
——あの映画で面白いと感じた部分は、フェチは社会的に毛嫌いされたり、違和感として見なされる。そもそも違和感になっていることが自分的には違和感だったんです。というのは以前「タブーこそカルチャーである」というエロティックアートの企画をつくったことがあります。緊縛師のHajime Kinokoさんとゲイ雑誌『薔薇族』を作っていた伊藤文學さんにインタビューしたんです。伊藤さんはストレートなんですが、1970年代にゲイの居場所を作っていたんです。緊縛もフェミニズム的な文脈では冷やかな目で見られることもあります。ひとつ間違えれば犯罪にもなりうる境界線間際で、彼らは合法的にフェチを肯定していた。伊藤さんの言葉で印象的だったのは、「持って生まれたもんだから」。こちらとしても、文化という文脈で肯定をしたかった。
そうですね。僕も水に性的感情を持つ人についてめっちゃ考えました。直接誰かを傷つける可能性は低いので犯罪にはならないけど、誰しもと簡単には、共有はできないじゃないですか。
——それを共有したくないかもしれないけど、それを自分の中で否定してもいけないと思うんです。
僕、劇中で「あってはならない感情なんて、この世にはないから」と言うんです。それこそ犯罪に至ってしまうフェチのことを、いろんな角度で考えたけど、ジャッジされるのは常に大多数の中でしかないというか。犯罪に至るという行為を肯定することはできませんが。
——マジョリティの視点で全部ジャッジされるということですか?
はい、そしてその判断や定義は時代によって変わります。だから結局目の前の人に対してどれだけ自分が心を開いて、その人と対話できるかというか、それでしかないのかもしれない。生まれ持ったことはどんなものであっても否定できない。でも、その理論でサイコキラーはOKと言われるとそれも違う。それは誰かの自由を奪うもので、犯罪にならない範囲の中で両者の同意があればいいと思うけど、時間が経つとそれが覆ることもあります。こうして結構いろんなパターンを考えたんですけど、本当に定義できないから、これっていうものをパッケージとして出せない。当事者同士でしかないから僕達は謙虚になるしかないんです。そのことに対して一つ一つバリエーションがあるので。なので、自分が知らないことに対して、想像力を働かせることを一生していかなきゃ駄目で、それが人を理解することだし、優しさになるのかなと思ってます。

——その延長で私が佐藤さんに問いたいのは、今SNSなどでものすごくオープンな世界になっていますよね。例えばLGBTQやフェミニズム、マイノリティの人達が社会に認められるような風潮になってきたのは、マジョリティに対してオープンになってきたからだと思います。それはオープンであるべきなのか、それともクローズドの方が良かったんでしょうか? 個人的な感想で言うと、クローズドであった方が、例えばそこで生まれる文化みたいなものは結構醸成されると思います。オープンになることでマジョリティに食われて、非常にフラットになっている部分もあると思います。
面白い。クローズドだとそこでの言語はもっと深くて、新しいものがどんどん生まれていって、もっと深く理解し合えるんだと思います。マジョリティにその扉を開いた途端にカテゴライズされる気がします。でも、どっちがコミュニティにとっていいのか? あぁ難しい!
——佐藤さんは一般の方よりも声は大きい方だと思います。メディアもそうなんですが、声の大きい人達がどういう風に伝えるか、関わるかというのはすごく難しいです。
難しいですよね。正直ありきたりだと思うんですけど、バランスだと思います。全部をもちろん共有する必要はなくて、SNSで自分自身が表に立つ必要もないです。ただ、ダイバーシティとか多様性という言葉が空っぽのまま上滑りして、勝手にカテゴライズして分かった気になるよりは、少しずつでもクローズドの中からちょっと漏れ出た声が大衆の思想に影響していくほうがいいと思います。それはクローズドの中の人達も含めてですけど、その隣のカテゴリーの人達やそのほかの人達に対して、思慮を巡らせるようになったらいいなと思います。なんで、僕は本当にバランスだと思います。外に出ることに重きを置き過ぎて自分自身が削られる必要もないです。
——完全にクローズドになる必要もない?
ないのかなと思います。完全にクローズドというのが個人という単位であれば、息苦しさはあると思うので。人に何か大きな隠し事をしてて、どうしても分かり合えない溝がある、言葉を尽くしても分かり合えない溝がここにある、というものを持ったまま人と付き合うってもの凄いしんどいことだなって、『正欲』の役をしていて思いました。
——ご自身の人生の中でそういう経験はありましたか?
あります。言えないことは誰にでもあると思っています。劇中で役を演じるときに、僕が誰にも言いたくない、言えないことと重ねていました。そして、撮影が進むにつれて、人に言えないことが、性的指向の場合、そのときに感じる他者との溝は、とても大きいと感じました。例えば人と仲良くなるときに、そこって共有される部分でもあるじゃないですか。その人のパーソナルへの許可が出たというか、自分の一部だからこそ、人とその話ができないという心苦しさを抱えることって、最初から関係性の構築を諦めることなのかなと思ってたんですよ。だから、あの作品の経験で思うのはそのバランス。自分が本当に好きなものだったり、自己表現をここまでしても笑ってくれるというか、それを理解してくれる人がいるクローズドの場所があれば、多少大きい潮流の中にそれを少しでも発しながら、生きていけるんじゃないかなと思いました。
——劇中での佐藤さんの役柄は完全に外部を突き放した感じでしたね。文化祭を仕切っている人達は結構多様性を連呼していて。
あのときは、撮影のひと月ほど前から親しい人達にはあまり会わず、ダンス練習や日々の生活を送っていて、思考が醸成、過度に偏っていたので、特にあのキャンパスでの文化祭の役割を決めるシーンでは、全然お前らなんか浅瀬でパチャパチャやってるだけで、何も考えずに生きてきたやつらめ。みたいに思ってました。その後に、東野絢香さん演じる、八重子って女子生徒と大学の講堂で最後話し合うシーンがあったと思うんですが、彼女は僕の役が、水に性的感情を持つ人とは知らずとも、何か抱えてることを理解しようとする。ただ僕が抱えてるものと彼女が抱えてるものの大きさは並べて定規で測れるものじゃないじゃないですか。彼女はそれでもその僕と繋がろうとしてくれたのに、僕は彼女を断絶することを選び続ける。
——凄いひどい人に見えました(笑)。あんなに一生懸命話してくれたのに。
シーンの最中で、ずーっと突き放し続けていたんですけど、終盤で「あれ、僕これでいいんだっけ?」って思い始めたんです。彼女がこんなに心の柔らかい部分を差し出しているのに、僕はただ拒絶してるだけでいいのか? って。彼女が目の前で服を脱いで怖いものはないよと手を広げてくれてることに対して、僕も裸になりたくなったような気がしました。絢香ちゃんのお芝居が素晴らしくて、自分の知らない感情まで連れていってもらいました。
——最終的に水に性的感情を持つ方と出会いますよね。あのときはどういう感じでした?
共有できる楽しさってこういう感じだったな、みたいな。結局(楽しいは)些細なことなのかもと思いました。好きなものを好きって言えることって。最初から自分の秘部を晒してるからこそ、ほかのことを全くお互い共有してなくても、この人達に心を開けてる状況が単純に居心地が良くて楽しいと自分で認められてる、自分がここにいることに違和感を感じない……っていう感じだった気がします。
——心の底から分かち合える人に会えて楽しいというよりは、結構不気味なシーンに見えちゃいました。そこには共有できた喜びではなく、それぞれが水に向いている、結局共有するという外側ではなく、自分の内側に心が向いているというか。
そういう見方もありますよね。笑顔の捉え方によって解釈変わりますよね。絵的には確かに結構印象的ですよね。すごく観てくれてますね!
——今年のハイスノは「LOVE」をテーマにしています。効率化の波が押し寄せていて、より想像力や好奇心が必要になってくると考えたからです。だから心から湧き出る好きを話す上で『正欲』を通して面白い議論ができると思いました。アウトドアやソロキャンプ、旅もそうですが、その前の好きはどうでした?
20代前半のときはずっと仕事ばかりしてました。仕事で成果を上げたくて。承認欲求みたいなのは今より強かった気もします。歳をとるごとに自分のことが分かるようになってきたというか、新たに軸を見つけられたことで、今楽しいです。
——それで家庭菜園も始めたと。
そうですね。人生においてやりたいことがちょっとずつ見えてきてるというか。
——それは旅の中でインスピレーションをもらってる感じですね。
そうですね。いろんな勉強をする中で、稼いだら駄目なんだって思ったときもあって、考えが偏ってしまって、バランス取れなくなりました。でも新しいことに挑戦してみるとまたその先のことが見えてきて、それこそこの仕事をしていると、声が大きいので、「自分が学んだいいバイブスをどうやって届けてくのがいいのかな」とかを考えたりして。そのためにもっと売れて、もっと広く、正しくと言うと変かもしれないけど、正しく発言したいとか、仕事の力を借りながらやっていけたらなと思ってます。そうするとバランスが取れるような気がしてます。
——20代でこの境地だったら問題ないと思います。
そうですか(笑)? 大丈夫ですか?
——全然いいですよ。こんなに喋る人だとは思いませんでした。『正欲』の達観した嫌なやつが頭に残ってて(笑)。
(笑)。全然人の話聞かないみたいな(笑)。
——今日はありがとうございます。
ありがとうございます!

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE15+ : JAY PARK
発売日:2025年9月16日(火)
定価:1,650円(税込)
仕様:A4変型
※『HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE15+』は、表紙・裏表紙以外の内容は同様になります。
◼︎取り扱い書店
全国書店、ネット書店、電子書店
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【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE15+ : TASUKU EMOTO
発売日:2025年9月16日(火)
定価:1,650円(税込)
仕様:A4変型
※『HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE15+』は、表紙・裏表紙以外の内容は同様になります。
◼︎取り扱い書店
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- Photography: Kanta Sato
- Interview: Yuki Uenaka