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Where the runway meets the street

©︎HUF

5月3日、情報流出のあったロウ判決(1973年にアメリカ合衆国最高裁判所が下した、人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内の法律を違憲かつ無効とする判決)を逆転させる内容の判決草案に抗議する集団が最高裁前に詰めかけた。エリザベス・ウォーレン上院議員も怒りを露わに「中絶が違法とされる時代を生きてきた人間として、昔への後戻りは断じてさせない!」と叫んだ。そのウォーレン上院議員が、熱い集団を前に演説をした際も、その後のCNNのテレビインタビューの場でも着用していたのが、ミドル丈の襟付きジャケットだ。

ジャケット言えば民主党の上院議員らしいビジネスカジュアルの装いだが、目を引いたのはその色だった。鮮やかなピンクは、全米家族計画連盟、そして今般ミシシッピ州で行われた当該裁判の原告でもある中絶クリニック「ピンクハウス」の色であり、ウォーレン上院議員によるこの色の選択には、女性の権利に世間の意識を向かせようとする思いが込められている。

ウォーレン上院議員はこれまでにも女性の権利支援の意味を込め、スカーフ、カーディガン、ブレザーなど、さまざまな形や色のアウターを身に着けてきた。今回のジャケットは、VALENTINO、JACQUEMUS、BALENCIAGA、CHANEL、そしてキム・カーダシアン、セバスチャン・スタン、ジャスティン・ビーバーにも愛された濃いフューシャ色だった。

 

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2022年のグラミー賞授賞式に姿を見せたヘイリー・ビーバーのチークも、夫のジャスティンのホットピンクのビーニー帽とお揃い、かつトレンドのホットピンクであった。

アーティストの渋谷翔も、今回流出した最高裁の判決草案の不吉さを、大胆なピンクで覆われたニューヨークタイムズの見出しをグラデーションで黒へと変化させ、表現した。

 

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2016年にヴェロニク・ハイランドが『The Cut』のエッセイで「ミレニアムピンク」と呼んだ、ベビーピンクのような、ベージュに近い、落ち着いたGlossierのピンク色に、誰もが夢中になっていた頃もつい昨日のように感じられるが、以来、2018年には「Z世代イエロー」が登場し、2021年にはダニエル・リーの「BOTTEGAグリーン」が大旋風を巻き起こした。そして今年パントーン社が予測した流行色はラベンダーのような「バイオレットレッドのアンダートーンを持つブルー」だという「ベリーペリ」であったが、今のところ、圧倒的首位に立っているのは鮮やかなピンクと言えそうだ。

ピンクはポップカルチャーにおいて常に、女性らしさの極みを意味してきた色である。2004年のアメリカの学園コメディ映画『ミーン・ガールズ』には、生徒の一人、カレン・スミスが、転校生のケイディ・ヘロンに「水曜日はピンクを着る日よ」と言うシーンがあり、2001年のアメリカ映画『キューティ・ブロンド』では主人公エル・ウッズが毎日ピンクの服を着ている。アニメにおいても、キュートで女の子らしいキャラクターは決まってピンク色を着ている。K-POPのBLACKPINKはグループ名について「『可愛い色』としてのピンクの否定、つまり『可愛いだけが全てではない』という意味」としている。

カニエ・ウェストのデビューアルバム『The College Dropout』や3rdアルバム『Graduation』の時代にはポップな襟付きのピンクのポロシャツが印象的であったが、当時それは「ゲイ」と見なされ、ラッパーの間で嘲笑の的となっていた。

 

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現在では(リル・ナスX、ティモシー・シャマレなどの登場により)、男性がピンク色を身に着けることが普通のこととして受け入れられるようになっているが、それでもまだピンクは主に女性の色として認識されている。マスマーケティングにおいてもピンクはあらゆる年齢層の女性消費者向けに多用される。衣料品から美容院に至るまで、さまざまなものの女性向け料金が割高である現象も「ピンク税」と呼ばれる。

というように世の中にはピンク色があふれているのだが、2022年の鮮やかなピンク色には、根本的に異なる性質がある。一方では、パンタレギンス姿のカーダシアンの自撮り写真に代表されるように、人の注目を集めようとする自信とおどけの視覚的表出とも言えるが、他方では重大な政治的主張、女性の権利を巡る戦いにおける集団的怒り、団結心の象徴の色でもある。

 

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「色とその意味合いには密接な関連性があり、ある色が非常に目立ってくる場合、そこには明確な因果関係がある」と、パントーンのヴァイスプレジデント、ローリー・プレスマン氏はHighsnobietyに語った。「人気色というものはその時代を表象するものである」

ファッション工科大学心理学准教授のダニエル・ベンケンドルフ氏は「女性の妊娠、出産に関する権利が改めて侵害されるかも知れないという恐れの浮上したタイミングでのホットピンクの再登場はタイムリーだ」と語った。「ホットピンクの時代はまだまだこれからだと予期する」

「ホットピンクは、より強烈、大胆、そして積極的な女性の色として認識されている点において(ミレニアルピンクと)非常に対照的」であるとベンケンドルフ氏。「ミレニアルピンクは両性具有のものとして作り直された控えめで柔らかな印象の、落ち着いていて、気取らない、平等主義的なニュートラルカラーであった。一方ホットピンクは人の注意を引く、人を遊びに誘う力や、重大な内容を伝える力を持った色である」

 

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「心理学的な観点から見ると、ホットピンクには、コロナ禍で丸2年近く自粛生活を余儀なくされた私たちの、活動再開への願望、自由を取り戻した喜び、高揚感、束縛のない自己表現への欲求が表れている。挑発的で、ときには公然たる反抗も辞さないバイタリティの表出である」とプレスマンは加えた。

地質学者らによると、ピンクは世界で最古の顔料でもあるという。第二次世界大戦中のドイツでナチスがゲイの男性を「男らしくない」と辱め、ピンクのバッジをつけさせた、というできごとが起こるまでは、ピンクという色に性別的な意味合いはなく、性別や年齢を問わず世界中で広く着用され、戦争や軍事的意味を持つ赤のバリエーション、男性的なものとして受け入れられていた。ピンクほど、男女双方のジェンダー規範を定義し、示し、固定する力を持ってきた色は、歴史上、他にない。

 

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ピエールパオロ・ピッチョーリによる、最近のVALENTINOのパリ・ファッションショーの、会場、コレクションにおけるホットピンクという色の選択にも、まさにその考えがあった。彼は『Vogue』誌に、この色の選択について「雑念を取り除き、見る人の目をシルエットやディテールに集中させるため」と語っているが、単に色味を絞るのであれば、白やベージュ、グレーなど、もっとニュートラルな色でも良かったはずだ。強調したピンクの色味を使う行為は、既存のジェンダーアイデンティティーに一石を投じる意図的なものであったと言える。

可愛さ、無垢さ、自己主張、虚勢、反骨精神、権限、自信といった意味合いが凝縮されたピンクという色は、純真で柔らかでありながら、ジェンダー規範の策定、再定義、支配を実現する色である。中でも、より厳しく鮮やかなホットピンクは、従来の規範に反抗する叫びであり、主導権を取り戻すための決定的な企ての色である。ロウ判決のその後を巡る2022年、ピンクは、私たちのパワーと熱意に比例して、強く高まっている。世間の怒りが増せば増すほど、ピンクも熱く燃える。