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Where the runway meets the street

今回は、ちょっとした思考実験で始めよう。目を閉じて心を無にして、2011年のことを思い出してみてほしい。場所はウィリアムズバーグのロフトパーティー。ポケットの中で鳴るブラックベリー。デニムジャケットの下から覗くのはフランネル。そのままパブスト・ブルーリボンをもう一口。ケイティ・ペリー(Katy Perry)に酔いしれる。

現在、2024年に戻ってきていただこう。目を開けて。今も残っている2011年の面々は? 多くはないだろう。何人かはいる。その中で特にイカした、ブレイズヘアの、独特の魅力を持った男が、一人いるはずだ。

「今でもこれだけのフォロワーや影響力を持ち続けられているのは凄いことだし、なかなかないことだ」と、10年以上にわたって人気を博すスター、A$AP Rocky(エイサップ・ロッキー)は自らについて語った。小欄が最後に取り上げた2015年以来、注目度を上げ続けている、計算高く、メディアに精通し、最近は父親にもなったハーレム育ちのA$AP Rockyが、一定の境界線は保ちつつも語った胸の内を紹介しよう。

13年前の夏、インターネット上でヒットしたA$AP Rockyの初期の曲はパラダイム・シフトを起こした。50 CENT(50 セント)の急成長から10年近くが経過し、ヒップホップの古きホーム、ニューヨークの休眠期を、バービーサイズの肩がトレードマークのニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)が盛り立てていたとは言え、活力はまだ足りなかった。過去の栄光から抜け出し未来へと突き抜けるための何か新しいテイストがニューヨークには必要だった。その新しいテイストをもたらしたのがまさにA$AP Rockyと、彼と共にBLACK SCALE(ブラックスケール)やRick Owens(リック・オウエンス)を身にまとった一味だった。

A$AP Rockyのテイストは新鮮だった。2011年秋にリリースされたファースト・ミックステープ『LIVE.LOVE.A$AP』は、メンフィスやヒューストンを意識したフロー、幽体離脱をしそうなクラウドラップ、アップタウンなスワッグの融合で、ニューヨークのラップ界にアドレナリンを噴射するかのごとき衝撃を与えた。最高峰の地方ラップのコンピレーションに近い形でHOT97に初めて取り上げられたシングル「Peso」はラジオ電波を震撼させた。「Bone Thugs-N-Harmonyのシンコペーション、Pimp Cの甘いしぶき、そして90年代ニューヨーク、JAY-Z(ジェイ・Z)の虚勢。ジョン・カラマニカ(Jon Caramanica)氏が『ニューヨーク・タイムズ』紙に書いた通り、それは「非常に堂々として非常に麻薬的」で、アーティストが独自のルックとサウンドによって完全な表現を成し得た稀有な例だった。

彼ほどのブレイクを果たしたとしても、キャリアが長続きすることは保証されるわけではない。しかしあれから数年、現在35歳、パートナーのリアーナ(Rihanna)との間に2人の子供が生まれても(「親になると人生がガラッと変わる」とはA$AP Rockyの言葉)、Rockyはなおポップ・カルチャーの寵児であり続けている。装いひとつでメディアを賑わせるトップセレブリティの地位を、A$AP Rockyはいかにして確立したのか? デビュー以来、気まぐれと飽和状態しか見せてこなかったエンターテインメイント業界において、どのようにして存在感を放ち続けてきたのか?

その答えの少なくとも一端は、彼が親交を持つ仲間が握っているように思われる。A$AP Rockyと言えば、ラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)とのデュエット、イギリスのカルト的存在ディーン・ブラント(Dean Blunt)との共作、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)とのパーティーソングのほか、FKA ツイッグス(FKA twigs)とは何度となく自動車窃盗をしでかすなど、他のアーティストにはまず見られないほどありとあらゆるところに手を伸ばしている。ニューヨーク・ヒップホップの世界をはるかに超え多くの聴き手を魅了してきたのはまさにそんな彼のカメレオン的七変化、磨き上げられた魅力、多種多様なクリエイティビティだ。テレビ番組『Drink Champs』でN.O.R.E.と軽妙なトークを聞かせたかと思えば、次の瞬間にはパリのファッション・ウィークでミシェル・ラミー(Michèle LAMY)と一緒に華麗に登場して見せる。そんなことのできる逸材がこの地球上に一体何人いるだろうか?

ヒップホップがファッション、音楽、ポップカルチャーのほぼ全てに浸透している今となっては、こうしたことも普通のことのように思えるかもしれない。だがそのきっかけをつくったのは、まさにA$AP Rockyだ。彼がラップ界のファッションキラーとしての地位を確立しつつあった頃、ニューヨークを拠点にファッション界への進出を目指していたヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)、マシュー・M・ウィリアムズ(Matthew M. Williams)、ヘロン・プレストン(Heron Preston)といったデザイナーも彼と同世代だ。そこでRockyも早くから彼らに倣い、多様化を積極的に採用していった。それが今では業界の標準となってきているというわけだ。

ページの都合もあり本記事ではA$AP Rockyの過去10年間におけるコラボレーション(本人曰く「取り組んでいること全てが刺激的。そうでなければやっていない」)の全てを取り上げることはできないが、ほんの一部に触れるとしても、UNDER ARMOUR(アンダーアーマー)とのスニーカー、最先端のフランス人デザイナー、マリーン・セル(Marine Serre)とのカプセルコレクション(一部はスウェーデンでの収監中にデザインされたもの)、VANS(ヴァンズ)のシグネチャーモデル、PacSun(パクサン)のゲスト・アーティスティック・ディレクター就任、Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)とのコラボレーションなどが挙げられる。「業界は常に進化している。変化することで、幅広いアイデアにチャンスが巡ってくる。変わり続ける世界、新しさを受け入れることが大事だと思う」と、多様な分野での活動について語るA$AP Rocky。この2年だけでも、新しいウイスキー・ブランドMercer + Prince(マーサー+プリンス)を立ち上げ、Beats by Dre(ビーツ・エレクトロニクス)のコマーシャルも監督している。そして最近ではPUMA(プーマ)とF1のジョイント・ベンチャーのクリエイティブ・ディレクターにも任命された。ただこれに関しては「とても古めかしい」環境だとその印象を語っており、そこを「軽めに揺るがす」ことを目指しているようだ。

約5年前にリリースされた『TESTING』はA$AP Rockyにとってスタイル的に最も冒険したスタジオ・アルバムだった。しかし批評家からはスタイルと派手さだけで中身がないとの指摘もあり、やや冷ややかな評価となった。2021年の『GQ』のプロフィールの中で、同アルバムへの反応がそのようなもので売り上げも伸び悩んだことについて「落ち込んだ」と語っていたが、2022年はシングルを次々と発表し、ここ最近で最も魅力的な楽曲も発表した。

2022年5月には「DAT$ MAH B!*$H」(略して “D.M.B.”)をリリースした。「DAT$ MAH B!*$H」は、バルバドス出身、世界的ポップ・スターでA$AP Rockyとの間に2児をもうけた母でもあるリアーナへの賛歌だ。サウンド的には、数年前に初めて聴き手を魅了したジャンル融合型への回帰が見られる。プロダクションはスケプタやLAの重鎮シュローモといったスター陣営。「君は僕のソウルメイト、僕の女神」と催眠的に唱える愛の宣言歌だ。A$APRockyとリアーナがニューヨークのアウターボローに住む夫妻に扮したこの曲のミュージック・ビデオも大ヒットした。

Timberland(ティンバーランド)のブーツとソルベカラーの毛皮を身につけ、非常階段でくつろぐ2人。スタッズ付きのマンチェスター・ユナイテッドFCのセットアップを着てリアーナをヘアサロンに迎えに行くA$AP Rocky。近所の子供に買い物を手伝ってもらいながらニットのビキニトップ姿でブロックを闊歩するリアーナ。それは都会の色とりどりの至福の瞬間を集めたモンタージュだ。クライマックスは質素な集合住宅の廊下での結婚式のシーン。目を合わせる2人。微笑んだRockyが覗かせる前歯には「MARRY ME?」(結婚してくれる?)の金色の文字、応じて微笑むリアーナの左の犬歯には宝石をちりばめた「I DO」(するわ)の文字が光っている。

「D.M.B.」に続く「Same Problems?」は、A$AP Rockyの友人でコラボレーターでもあったものの2015年に他界したA$AP Yams(エイサップ・ヤムズ)に捧げる形で2023年1月の「Yams Day」にリリースされた。また7月にはファレルとタイラー・ザ・クリエイターのプロデュースによるパンチの効いた生々しいアンセム「RIOT(Rowdy Pipe’n)」がリリースされた。以上の楽曲は、近々リリース予定の『Don’t Be Dumb』のリード・シングルとなるものと見られる。

まだまだ注目の的であり続けると自ら考えているA$AP Rocky。「自分がまだここにいる間は、刺激を与えられるよう目指す義務があると思う」と、今もまだ自身がトップであることを自認している。

「カルチャーをコントロールしているのは本当に一握りだ。俺が最前線にいると俺が言うんだから、それで正しいんだよ!」

※本記事は2024年3月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE12に掲載された内容です。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE12:NUMBER_I
発売日:2024年3月15日(金)
定価:1,650円(税込)
仕様:A4変型版

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