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Where the runway meets the street

ロンドンにあるDOVER STREET MARKET(以下:DSM)のらせん階段を、COMME des GARÇONS(コム・デ・ギャルソン)にも、BALENCIAGA(バレンシアガ)のコートにも、ELENA DAWSON(エレナドーソン)のヴィンテージ品にも目もくれず駆け上がれば、キャロットケーキが有名なカフェに着く。そんな最高の目的地は、DSM内のカフェ「ローズベーカリー」だ。

ローズベーカリーは、2004年に1号店がロンドンのドーバーストリート沿いにオープンして以来、DSMにとって欠かせない存在となった(現在、店舗はピカデリーサーカスの南側にあるヘイマーケットにある)。2000年代中頃以降、東京、ニューヨーク、ロサンゼルスでも展開。それぞれの店舗はオーダーメイドの食べ物からインテリアデザインまで、異なる魅力を持つが、どこもDSMのディレクションを務めるCOMME des GARÇONSのデザイナー・川久保玲のヴィジョンとローズベーカリーの持ち味が落とし込まれている。オーガニック・レストランにとってのバイブルとも言える、オーガニック料理のカリスマ、アリス・ウォーターズ(Alice Waters)の書籍『The Art of Simple Food(アートオブシンプルフード 『美味しい革命』からのノート)』をファッション用にアレンジしたような、メディアやファッション界の人間にとって人気なパワースポットだ。

DSMと提携する前から、ローズベーカリーはファッション界において重要な飲食店になる運命にあった。2002年、ローズ(Rose)と、ジャン=シャルル・カラリーニ(Jean-Charles Carrarini)夫妻によってパリで創設されたローズベーカリーは、イギリスのパン(とイギリスの雰囲気)をパリに持ち込むという明確なコンセプトで始まった。2人はすぐに、ファッションショーのケータリングやシーンランチ(ファッション業界や芸能界などの特定の社交シーンやイベントにおけるランチのこと)の手配、他にもパリの愛好家達にチーズや新鮮な野菜を販売することになった。

2人がロンドンのDSMに進出すると、普通の飲食店とは違うことを証明した。あるブランドは、洋服を買いながらコーヒーを提供するためのカウンターやフードトラックを用意したり、一部の大きなデパートでは、1,000ドルの服に1,000ドルの食事をを提供する高級なレストランを誇っている。しかし、ローズベーカリーとDSMの提携は、同じ志を持つクリエイティブな人々によるファッションと飲食店の融合だ。また、川久保玲の夫は、ローズの兄でもありCOMME des GARÇONSの社長でもあるエイドリアン・ジョフィ(Adrian Joffe)であり、家族経営による事業でもあるのが特徴だ。

飲食業界で義理の両親達と事業を始める前、ローズは画家として修行し、ジャン=シャルルは業界で働く家族のもとで育ち、2人ともファッション界に馴染みはあったものの、飲食における経験は積んでいなかった。2人が出会い、結婚し、家庭を築きながらニットウェアブランド「ROZ JOFFÉ」を立ち上げたが、数年後、ビジネスやライフスタイルが合ってないことに気づき始めた。

「世界中を旅したけど、ファッションショーは好きになれなかった」とジャン=シャルルは話す。「食品店にしか行きませんでした。多分、ファッション界の人からしたら、なぜ? と思われる行動だったかもしれません」

2人はROZ JOFFÉを後にし、ロンドンで食料品店を開業。フランスの菓子店「ポワラーヌ(Poinane)」のサワー種を使ったパンや、高級チーズなど、フランスの高品質な商品をイギリスに輸入した。しかし、単に食品を販売するだけではビジネスモデルとして成り立たないと考え、小さなレストランとテイクアウトを併設することで事業を拡大。これがローズベーカリーの始まりとなった。

「発想を逆転させることにしたんです」とジャン=シャルルは話す。「フランス料理をロンドンに持ち込んでいましたが、パリにイギリス料理を持ちこむことにしました」店内で食事を楽しんだり、新鮮な食材を購入できるという形態は変わらずに。

ジャン=シャルルは、ROZ JOFFÉで築いた人間関係もあり、フランスですぐに居場所を見つけ、その名を広げ始めた。「パリに到着して、私達はファッション関係の友人全員に連絡しました。そのうちの一人が、2017年に閉店してしまったものの、影響力を持つブティック『Colette(コレット)』を運営していたコレット・ルソー(Colette Roussaux)です」

「私達がコレットに電話して、『パリに行く』と言ったら、『いいよ。料理を出してくれる?』と言われました」彼女はパリからベルギーの人気ナイトクラブまで列車を貸し切って、豪華なパーティーを開催し、ケータリングは2人に依頼した。2人は列車自体には乗らなかったが、そこにはパリのファッション界で影響力のある人々が集まっていた。

「私が料理を届けました」と、ジャン=シャルルは思い出すように語る。「名前こそ書かなかったものの、 “We’re coming(僕らの時代が来る)”と箱に残しました。誰も私達が誰なのか、どこにいるのか知りませんでした」この演出は、期待通り上手くいった。「一瞬の出来事だった。これぞ、ファッション界から来た私達の居るべき場所だ」2人は何か新しいことを始めたと言うよりも、本来の居場所を見つけたのだ。

10年経ち、ローズベーカリーはパリに定着し、次々と拡大していった。ジャン=シャルルは接客として店内で働き、ローズはキッチンを担当した。ローズの作る料理は、 “シェフが家で作るような料理” だという。

「ローズはみんなが何を食べたいのかよく分かっている」とジャン=シャルルは言う。「それは料理のジャンルというより、哲学です。食材を調理するためにこの仕事をしているのではありません。食材は食材です」一見、何のひねりもないように聞こえるが、当時のパリでのソースをたっぷり使う料理と比べると、新鮮そのものだった。また、ローズの料理本『HOW TO BOIL AN EGG(卵の茹で方)』は、レシピ集というより、豆腐鍋で卵を茹でる方法や、シンプルなスクランブルエッグなど、ありとあらゆる例を紹介するマニュアル本のようなもので、料理の工程にも明確なこだわりがあることが分かる。

ローズベーカリーでは、しょっぱいも、甘いも味わえる。でも、もしローズベーカリーのこだわりを味わいたければ、野菜の輝きを楽しめるサラダなどを頼んでみるといいだろう(ジャン=シャルルはオムレツも勧めている)。

2004年当時、川久保玲は新しい店舗の白壁の美学に合うシェフを探していた。ジャン=シャルルによると、川久保玲が求めていたのは “シンプルさ” だったという。「でも、シンプルってそんなに簡単じゃない」しかし、ジョフィと川久保は、どうするかはっきりしなくても、2人なら実現出来ると信じていた。2人は大きな企業の傘下でローズベーカリーを展開したことがなく、その形態に適応する必要があったが、自信はあった。「もし川久保玲が望むなら、私はやります」とジャン=シャルルは笑いながら話す。

それからロンドンを皮切りに、DSMが拡大するにつれて、東京、ニューヨーク、ロサンゼルスで実現させた。各店舗にはそれぞれ個性がある。例えば東京・銀座のビル7階に位置するローズベーカリーは、ロサンゼルスの屋外にあるパビリオン(仮設の展示館)とは全く異なる案によって完成されている。食べ物も、場所によって多少違う。

「最初から、ローズベーカリーをクリエティブな場所にしたいと思っていました。これは数年経っても変わりません」とローズは言う。そのためローズは、デザートの作り方を教科書のようにシェフに教えるよりも、良い材料を用意することの方に重きを置いている。ローズとジャン=シャルルは、「私達の考えは、その人のいいところ、得意なところを見つけて、後押しすること。メニューを作っても、中身はそれぞれシェフの個性によって異なります」と言う。

飲食店と小売店の提携は、何も新しいわけではない。メイシーズ(Macy’s:アメリカの百貨店)は1907年にサウスティールーム(South Tea Room)をオープンさせ、今でもウォルナッツルーム(Walnut Room)として営業している。RALPH LAUREN(ラルフ・ローレン)やARMANI(アルマーニ)も、世界中で自社のレストランを運営したり、AIME LEON DORE(エメレオンドレ)のようなブランドもカフェをオープンしている。

DSMとのパートナーシップにより、ローズベーカリーは、世界各地に進出することに成功した。一方でDSMには、飲食店という新たな魅力が生まれた。単に味のいい料理を提供するだけでなく、文化的要素も持ち併せ展開しているという点が、他の企業とローズベーカリーの違いであり、ロールモデルにすべき理由になるだろう。

カラリーニ夫妻とDSMのパートナーシップは、共通のヴィジョンを持ちながらそれぞれの個性を融合させ、 “ショップ内にある飲食店” という価値を引き上げた。その相乗効果が、ローズベーカリーにある、一見普通のキャロットケーキを何か特別なデザートに変える力を秘めているのだ。

※本記事は2024年4月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE12+に掲載された内容です。

【書誌情報】
タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE12+:KENTO YAMAZAKI
発売日:2024年4月15日(月)
定価:1,650円(税込)
仕様:A4変型版
※表紙・裏表紙以外の内容は同様になります。