その先見の明でミラノ中を熱狂させたDIESEL(ディーゼル)とY/project(ワイ・プロジェクト)の立役者に迫る。
記事にラブコールのひとつやふたつを入れたところで問題はないだろう。水も滴るグレン・マーティンス(Glenn Martens)に関してはなおのこと問題ない。メイクの最中、Zoom通話に登場しながら「今日はハードだ」と言う彼。今日、というよりは前の夜のDIESELのクリスマスパーティーが遅くまで盛り上がったとのことで「二日酔い気味なんだ」と言う。そんな風には見えない。メイク担当者からチークを再度足されている彼は、色味の完璧なライトウォッシュのラフなDIESELデニムジャケットに身を包んでいる。
「今日この後の撮影向けに『顔を作ってもらっている』最中で申し訳ない」と笑わせられた。
が、実際のところマーティンスは、もうこれ以上こなしきれないほどの「顔」を持つ人物であり、それは誰もが頷くところだ。世界的デニムブランドのDIESELと、作りが売りのプロジェクト、Y/projectのクリエイティブディレクターであり、Jean Paul Gaultier Haute Couture(ジャン=ポール・ゴルチエ オートクチュール)とも2度、大々的コラボレーションを手がけている。加えて溢れる魅力とそれを存分に伝える顔立ちに恵まれている。いたずらっぽい笑顔。強く気品のある顎のライン。チクチクとした口ひげが、2週間分くらいの濃さになった顎ひげの方へと続いている感じがまたたまらない。
マーティンスの魅力を例えるなら、ルネサンス絵画に登場する兵士のような感じと言えば良いだろうか。『恋におちたシェイクスピア』に登場するシビアなジョセフ・ファインズ(Joseph Fiennes)のような魅力と言った方が近いだろうか。
いずれにせよ端正な顔立ちはマーティンスの魅力のほんの一部にすぎない。王子のような雰囲気でありながら、時折手振りが激しいなど、変人的一面も見せる。その全てが相まって、ベルギー・ブルージュでの幼少期についての彼の話を聞きながら、思わずグイグイと引き込まれてしまう。当時母親の読んでいたゴシップ誌に「カレン・マルダー(Karen Mulder)がMUGLER(ミュグレー)のドレスを着たフルルック写真が載っていた。スカラベみたいだった」というのが初めていわゆるハイファッションの虜になった瞬間だったという。
さらにチークが足されていく。
デザイナーである彼が華麗に質問に答えながらメイクを受けている。まさにマーティンスの多彩さを象徴するような光景だ。メガブランドのDIESELからコンセプチュアルなY/project、歴史あるJean Paul Gaultier Haute Coutureまで、ありとあらゆる仕事をこなすマーティンスの姿は、何人もの女性と夜な夜なベッドインしながら、その一人一人を眼差しひとつでイチコロにしてしまう色男の姿そのもの。膨大な数のプロジェクトを同時にこなしていながら、その一つ一つを、精緻に、限りない情熱をもって遂行する。2月開催の壮大なるDIESELのランウェイショーは、ミラノでここ何年も見られなかった7,000人規模の動員を実現。若者らの胸を躍らせ、DIESELブランドに歓喜をもたらした。
マーティンスの剃刀の如く鋭い集中力は、DIESELのキャッチフレーズ「For Successful Living」そのものとつながっていると言えるのかもしれない。レンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)による1978年のブランド創立以来、若者をターゲットとするDIESELが掲げ続けてきた言葉だ。資本主義末期の現代社会においては「For Successful Living」というと金銭的な富を指す言葉のように聞こえる。毎月の家賃をきちんと払い、サラダも専門店できちんと買い、そしてもちろんジーンズは良質なディストレス加工のDIESELのものを穿く。そんな経済的成功。しかし2020年10月にDIESELクリエイティブディレクターに就任したマーティンスは、この言葉をより精神的なものとして捉えているようだ。「嘘や偽りのないメンタルで楽しんで生きること。自分自身40歳だけれどまだ若いと思っている。若い感覚でまだ生きている。(「For Successful Living」は)いろいろ冒険してみるという意味の言葉だと自分は思っている」
そんなマーティンスが冒険をしながら「For Successful Living」を体現した結果が、DIESELショーの熱狂である。8時間にわたるショーには、世界的ラジオ放送局「NTS Radio」のDJ陣が参加した。7,000人の観客がどよめき、賞賛した。ショーの後、マーティンスは5日間にわたって『千と千尋の神隠し』や『マルホランド・ドライブ』などの映画を放映した。
あの会場の興奮とカオスを前にしても、マーティンスは緊張を覚えなかったのだろうか? 「無料のアルコールはたくさん用意したけれど、どうせさっぱり盛り上がらないだろうと実は内心思っていた。21歳の頃の自分がランウェイを見にいっても、ジントニックを片手にでは、2時間後には酔いつぶれてまともにショーなど見ないだろうと思ったから。でも実際にはショーをしっかり見にきてもらえた」。行政との調整もそつなくこなした。ミラノ市に掛け合い、バスの深夜運行を取り付け、来場客が安全に帰宅できるよう取り計らった。「常に違うことに挑戦することが若さの秘訣。街に少し刺激を与えてみるのもいいことだ」
マーティンスは人のために生きる男だ。広報担当者によると、DIESELのショー会場でも「全員に話しかけていた」という。7,000枚のチケットのうち1,000枚は、ミラノでファッションを学ぶ学生向けに確保。Y/projectではハリ・ネフ(Hari Nef)、DIESELではチャーリーXCX(Charli XCX)を起用したスタイリストのクリス・ホーラン(Chris Horan)も「マーティンスのメール返信は早い」と言う。最近ではほかに2022年の「ピープルズ・チョイス・アワード」でミュージック・アイコン賞を受賞したシャナイア・トゥエイン(Shania Twain)向けに、ワックスコーティングの赤のカスタムデニムジャンプスーツとジャケットのスタイリングも手がけているホーランはまた「クリエイティブディレクターの中には独特の怖い人もいる。マーティンスは違う」とも言う。
マーティンスは、微細なディテールでも人の行動や身体性を変化させる、という視点に非常にこだわっている。またこれは彼のランウェイにも反映されている。「パリでの外食が少なくなったことはこれまでのクリエイティブ生活の中でもなかなかなかったほどの打撃だった。以前のパリではテラスでの食事が定番だった。テラス席でタバコを吸いながらひたすら道行く人を眺めて過ごす夜が好きだった。今みたいな寒さでは無理だ」とマーティンス。ヒールの高さひとつで履く人の印象が変わるのと同じく、パリのテラス席で時間を過ごす、というちょっとしたことが、創造性にとっては重要なことなのだろう。Church’s(チャーチ)の革靴を履くと背筋が伸びるのに対して、スニーカーの場合には立ち方が変わってくる、ともマーティンスは述べた。「服装次第で人間の自己認識、行動認識が変わる。着るものに先行される形でメンタルが変化、適応する」
Y/projectの斬新なアイテムにも、ストリート的リアル感がある。サイドにざっくりと切り込みの入ったレザーパンツ、エレガントに仕立てられたボイラースーツ、ニューヨークのファッションガールがこぞって履いたmelissa(メリッサ)とのコラボレーションによるキャンディ・カラーのゼリー・シンデレラ・パンプス。「マーティンスの作品の真髄はとても普遍的。難解になりすぎることや概念的になりすぎることがない。謙虚という表現が当てはまる。過度にシリアスでもない」と『Vogue Runway』のファッションライター、ホセ・クリアレス・ウンズエタ(Jose Criales-Uzueta)。SSENSEのデジタルコンテンツ責任者、ステフ・ヨツカ(Steff Yotka)も「特にDIESELではマーティンスが本当に楽しんでいるのが伝わってくる」と頷いた。「彼のだまし絵のテクニックは、今のランウェイではほかに類を見ない。しかもそれをとても良い価格帯で出している」とヨツカ。「ジーンズや生地の加工も良く出来ていて、楽しくて着やすい」
そこがマーティンスの持ち味だ。常に楽しんでデザインができるのも、下支えとなるデザイン頭脳があればこそ。彼の名前が最初に知られるようになったのは2010年代後半だった。当時のファッション界はY2KやInstagramの影響に染まっていた。私が最初に彼と知り合ったのはそんな2018年秋、マーティンスがサイコティックに波打つUGG®︎(アグ)ブーツを発表した直後のことだった。以前の記事でも確か取り上げ、その後やがてリアーナ(Rihanna)も着用することとなった、太ももまである「ジャバ・ザ・ハット」のようなあのシアリングブーツのことだ。それは、マーティンスが自らの頭脳とY2Kやカムバックといった社会的潮流を反映しつつ、時代精神を独自に捻って完成させたものだった。アナコンダのようなシープスキンのブーツ。ルネサンスの芸術家らに着想を得た幻覚的なキャンペーン。アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel)とフランソワ・ブーシェ(François Boucher)の絵画を前景に、ギリシャ神話の神々に扮したモデル達がUGG®︎のブーツを履いて接吻や抱擁を交わす光景は、見事なまでにTwitter(現X)を賑わせた。
マーティンスはDIESELの楽しさに共鳴しながら、それを自分なりに生まれ変わらせている。やはり2000年代初頭の広告は実に良かった。権力階級が世界を失墜させるというエネルギッシュなコメント。DIESELは大学からクラブまであらゆる場所に合い、ヒップにフィットするスキンタイトジーンズと小ぶりのクロップドジャケットで、マーケティング、そして実際の販売に見事に成功した。「ベルギーでDIESELは最高のブランドだった」とマーティンス。1995年、デイヴィッド・ラシャペル(David LaChapelle)撮影の、2人の男性水兵がキスをするDIESELのキャンペーンに目を奪われたという彼は、その後、クリスマスのお小遣いでDIESELの黒いTシャツを買った。「DIESELは初めて意識して買ったブランドだと思う」とマーティンスは言う。「クールさ、成功、ワイルドさにつながるものとして、DIESELの服は必須」だった。その後マーティンスを本格的に虜にしたのは、DIESELのデニムの質の高さだった。14歳の頃、バーでの皿洗いの不法就労で貯めたお金で一着のデニムジーンズを買った。「茶色のコーティングのブルーデニム(のジーンズ)だった。「穿けば穿くほどコーティングが薄れて地の色が出てくるのが楽しみだった」
マーティンス・ブランドのDIESELのデザインは、こうした豪奢なテクニックを随所にちりばめたものとなっている。鎧を模した膝当ての縫い目があるキュイサルデスパンツ、火災現場から救い出されたかの如く、剥がれ、千切れた芸術的なデニム。そんな壮大な発想の原点は、マーティンスの育った、ゴシック様式の大聖堂がそびえ立つ12世紀の歴史的都市、ブルージュにある。彼に城郭の魅力を教え、その爆発的想像力の下地をつくったのは、「歴史マニア」だという父だった。「城、伝説、歴史上の偉人について教え込まれて育った。自分達兄弟に歴史を教えることに関して、本当によくできた父だった。王や王妃、歴史上の出来事について、童話のように語って聞かせてくれた。父のおかげで本当に夢中になった」
マーティンスは若い頃から、王室の人物を想像で描くようになった。「クレオパトラやアーサー王を権力者たらしめたのは、着るもの、メイクアップ、宝石や剣などのアクセサリーだった。だからオリーブの枝の冠をかぶればカエサルにだってなれるんじゃないかと思ったんだ」とマーティンス。確かにカエサルと言えば目に浮かぶのはオリーブの冠姿だ。「馬子にも衣装と言うけれど服装は本当に人格を形づくる。ファッションそのものというよりは普通の洋服という感覚で捉えたファッションが、子供の頃から自分の中でそんな形で大きな存在になっていったように思う」
平日の夜DIESELソーホー店を訪れると、マーティンスの栄華が炸裂していた。ダメージの存分に入ったDIESELのジーンズを腰で穿いた販売員の若者達の着こなしのうまさ。ライトウォッシュのスリムフィットジーンズを試着する大勢のヨーロッパ人。お目当ては皆、デニムだ。店外にはスプリンターが乗りつけ、降り立ったラッパーが一味を引き連れて闊歩する。シュレッド、レイヤード、ペイント、スクラッチ、ピール加工の施されたデニムもあれば、クラシックなウォッシュ加工のベーシックなものもある。「こうした基本とも言うべきアイテムを、マーティンスは良いものに高めていく。頭脳的、芸術的、知的アプローチで、パターンメイキングや素材にこだわっている」と、クリアレス・ウンズエタはマーティンスによるデニムへの考え方について語った。「マーティンスの作るものの根底には謙虚さと民主性がある。近寄りがたさがないところが傑出したところだと思う」
胸もとに入ったDIESELの立体ロゴが目を引くレザージャケットは、私であればベビーミニスカートと合わせて肌見せルックにするところだが、今レジに並んでいる長身のドイツ人の中年男性であれば正統派の着こなしをすることだろう。今やマーティンスのものとなったDIESELは、私のような層からヨーロッパの中年男性、気取ったラッパーまで、誰が着ても生きる。
マーティンスの手腕を知るファッションファンも胸を高鳴らせている。ロンドンで国際マーケティング修士課程に在籍する22歳のアンジェリーナ・ピエトラフェサ(Angelina Pietrafesa)は、マーティンスがY/projectにいた頃からの長年のファンだ。Y/projectのカットアウトの入ったデニムロングスカート姿でくるくると回る姿や、太陽が降り注ぐバルコニーでDIESELの絞り染めのスリップがついたエレクトリックブルーのモヘアドレスをまとってポーズを取っているInstagram投稿などが彼女から私に届いた。「マーティンスのDIESEL移籍までは、DIESELのことを特に意識したことはなかった。Y2K系のデニムブランドくらいの認識だった」とピエトラフェサ。「マーティンス就任以降、Y/projectの革新的デザインがDIESELのベーシックアイテムに入っていき、DIESELブランドがより今らしくなり、完全復活を遂げた」
マーティンスはどのインタビューでも、Y/projectは「構造」が光るブランドだと述べている。一方DIESELは素材が売りだ。しかしY/projectとDIESELとの間ではエネルギーが相互的に作用することが非常に多いという。UGG®︎やデニムといったそれ自体に特異性があるわけではないものを見事なまでに堂々と昇華させるのがマーティンスの持ち味であり、非常にワイルドな構築の仕方をしながら、地に足の着いた着地点を見いだす。そうした制作プロセスの全容を余すところなく見せるべく、マーティンスは、次回のDIESELのショーを完全公開する予定だ。洋服の制作風景も『ビッグ・ブラザー』のような覗き見スタイルで撮影される予定だ。「服自体が見えるかどうかはどうでもいい。それより、ショーとかラグジュアリーブランドの舞台裏を見てもらう。だって、なかなか見られないでしょう?」とマーティンス。映像は会場に設置された巨大スクリーンに投影されるほか、Zoomでも配信される予定で、マーティンス率いるDIESEL一同は、世界中から見つめられながら、逆に視聴者の反応をリアルタイムでキャッチすることもできるようになる見込みだ。インクルージョンを大事にした取り組みとも言える。チームは観客を、観客はショーを、互いに観察し合うことができる。「例えば中国から会場の映像を観てくれている人の様子だって、会場の背景動画に流れる」とマーティンス。「結構なカメラの数になるし、反応も凄いだろうな」
マーティンスは実に魅力的に観衆を自分の世界に引き込み、ムード、バイブス、そして最終的にはライフスタイルを提供していく。重い話題にもセクシーなメッセージを込める。前回のDIESELのショーではイタリアでのHIV感染率上昇を受け、コンドームを配布したという。「楽しさ、クールさ、セクシーさを発信するブランドとして、責任をもってコンドームを話題に取り上げた」ということだ。またDIESELで売れ残った在庫品を別ブランドへ提供し、受け取った別ブランド側で新しいものに作り替えるという「DIESEL❤VES(ディーゼルラブス)」についても説明をしてくれた。競合のLee(リー)と行った最も最近のコラボレーションは、売上を全額国連難民支援機関に寄付するというものだった。「ただ単にオーガニックコットンを買ってくださいと言うだけの押し付けでは通らない。全員が少しずつ考え方を変えていく努力をしなければ地球は燃え尽きる」とマーティンス。ありがたいことにデザイン自体もいい。ライトウォッシュとダークウォッシュの生地を縫い合わせて作られたジーンズはかなりタイトに出来ていて、縫い目を剥がすようにしないと穿けない。それからフレアの入り方も素敵だ。マーティンスは、地球に良いから買うべきだという言い方をする代わりに、プロダクトそのものから良さがにじみ出すようなもの作りをしている。
1,000にも上る物事を同時進行できる秘訣を尋ねると「タバコでやっている感じだね、正直。あとは少しの運動」とのことだった。
さらにチークが足されていく。
マーティンスのクローズアップ撮影の時間が来たようだ。
※本記事は2024年10月に発売したHIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE13++ に掲載された内容です。 ※インタビューは2024年4月にHIGHSNOBIETY に公開されたものです。
【書誌情報】 タイトル:HIGHSNOBIETY JAPAN ISSUE13++:HOSHI 発売日:2024年10月15日(火) 定価:1,650円(税込) 仕様:A4変型
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