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DIORに選ばれし、ジョナサン・アンダーソン
ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)がDIOR(ディオール)のメンズラインを率いることが決まった時、そのあまりにあっさりとした発表からは、DIORが彼をどれほど必要としていたのかは伝わってこなかったかもしれない。それでも、これが現実だ。ジョナサン・アンダーソンは、DIOR メンズのアーティスティック・ディレクターに就任したのだ。
アンダーソンのDIOR就任のニュースは、長らく業界内でささやかれてきた噂を裏付けるもので、驚きというよりも「やはりそうきたか」と納得させられるものだった。どうやら、ファッション界に “フェイクニュース” は存在しないようだ。
(とは言え、SNSで流れてくる見出しを全て信じるのは控えてほしい)
ラグジュアリー業界の大手LVMHも、そんな状況を理解していたのだろう。アンダーソンのDIOR起用は、プレスリリースや公式声明、華やかな雑誌の表紙といったお決まりの手段で正式に発表されることはなかった。
代わりに、アンダーソンの名前は投資家向けの電話会議で、ほとんど注釈のようにさらりと登場した。LVMHのCEO、ベルナール・アルノー(Bernaud Arnault)が、投資家の不安を和らげるためにさりげなく口にしたかのようだった。
投資家が不安になるのも無理はない。LVMHの株価は、アメリカのドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領による一方的な貿易戦争が、ただでさえ不安定だった世界経済をさらに混乱させる以前から、すでに下落傾向にあった。
加えて、景気後退への懸念や、“安売り” ラグジュアリー商品を宣伝する中国の工場とされる動画が拡散される中、ラグジュアリー市場全体の財務状況は一層不安定さを増している。
LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)に次ぐ、LVMHの最上位ブランドのひとつがDIORだ。LOUIS VUITTONと同様に、DIORの業績はLVMH全体の状況を示す重要な指標となっている。だからこそ、経営陣は最も安定した手腕を持つ人物がこの重要なメゾンを率いることを何よりも重視している。
要するに、DIORにはアンダーソンが必要だ。実のところ、アンダーソンよりもDIORの方が彼を必要としている。
アンダーソンは、ファッション界で自分の好きなポジションを選べるほどの存在だ。LOEWE(ロエベ)での大成功がその証であり、もしひとつのブランドだけを手がけることに満足するなら、自身の名を冠したブランドに戻ることも十分可能だ。
@loewe Jonathan Anderson chooses his ultimate favourite #LOEWE moment at the book signing event of CRAFTED WORLD – Jonathan Anderson's LOEWE, which explores the past ten years of the House under Jonathan's creative direction. #JonathanAnderson ♬ original sound – LOEWE
それどころかアンダーソンには、自らがふさわしいと感じるブランドのポジションが空くのを悠々と待てるだけの影響力がある。
一方でDIORは、かつてメンズウェアを率いたキム・ジョーンズ(Kim Jones)やアンダーソンのようなリーダーシップを渇望している。少なくとも、商業的な成功を確実にするためには必要なのだ。
ジョーンズはこの分野で頭ひとつ抜けていた。ショーン・ステューシー(Shawn Stussy)やトラヴィス・スコット(Travis Scott)といった著名アーティストとの大型コラボレーションを通じてDIORに新たなニッチを切り拓き、さらにSTONE ISLAND(ストーンアイランド)、JORDAN BRAND(ジョーダンブランド)、KAWS(カウズ)とのコラボで若年層のストリートウェア支持も獲得した。ジョーンズはまた、DIORのフットウェアを主力アイテムのひとつに位置づけ、そのスニーカーはジャンルを超えた成功を収めている。
しかし、ジョーンズのDIOR メンズにおいて、レディ・トゥ・ウェアは主な見どころではなかった。彼がつくるDIORはスマートなテーラリングを体現しており、そのスタイルの力強さは、彼の最近のラストコレクションに最もよく表れている。ただ、彼のコラボレーションが幅広い支持を集める一方で、パジャマのようなブレザーやゆったりとしたスラックスは、より限られたニッチ層向けのスタイルだった。
一方、アンダーソンは何でもこなせる万能型だ。LOEWEでの在任期間中、ヒットバッグやスニーカーを次々と生み出し、レディ・トゥ・ウェアは、たとえ最も奇抜なデザインでも、純粋に欲しくなる魅力を放っていた。彼は世界観の構築に長けており、ビジネスの二面性を巧みに行き来する。ある者はそれを「商業的かつ批評的」と呼び、また別の者は「ビジネスと芸術」と称する。
言い方はどうあれ、アンダーソンはトップセレブの期待に応えつつ、ファッション業界には確かな独創性で挑む、稀有なファッションのスペシャリストだ。まさに今のDIORにふさわしい存在である。