life
Life beyond style

飽和点を知らないビューティー市場はまさにレッドオーシャン。だが、時代の開拓者はブルーオーシャンのありかを知っている。

Hoodie, Cap, Ring, Lipstick HERMÈS

HERMÈS 身体性と物語

HERMÈSが打ち出すマニフェスト「Beauty is a gesture(美しさ、それはしぐさ)」には、外見的な美が内包する計りしれない奥ゆきが存在する。身体性から無限に溢れ出てくる様々な感情すらも包括したもうひとつの美の哲学。ひとときの完成した美にとどまらない、流動する普遍的な美の本質をひとつのオブジェに詰め込んだ。多様な色、多様な質感、そしてピエール・アルディによるユニークなカラーコントラストが楽しい多様なオブジェが、千差万別の物語をつくり出すトリガーとなる。そこにはジェンダーの概念すらない。

LA BOUCHE ROUGE 伝染する赤の習慣

社会的責任を全うすべく、大手化粧品会社から独立して立ち上げたニコラ・ジェルリエ(Nicolas Gerlier)が提唱する「La Bouche Rouge(赤の習慣)」。

——La Bouche Rougeについて、立ち上げた経緯について教えてください。

La Bouche Rougeは、赤い唇という意味があり、「赤い声明」という意味も込めています。ユニセックスで、写真家のスティーブン・マイゼル(Steven Meisel)もこのリップバームを気に入ってくれているんですよ。

化粧品会社に10年ほど勤めていて、自分の会社を立ち上げたいと思いました。僕が今まで学び、経験してきたこととは真逆の発想となるヴィジョンを掲げ、新しいモデルをつくりたかったんです。それは「未来への責任」を担うプロダクトの製造。

コスメ業界の進化を目の当たりにしながらも、プラスチックをリサイクルすることは不可能に近いという確信を持ちました。膨大な量のプラスチックを使っているが、実際に数字として認識できていなかった。2年前に読んだ記事では、世界の水の90%がプラスチックによって汚染されている、と書かれていました。そのうちの83%が、マイクロプラスチックによる汚染。人はこの汚染をたった1世紀で起こしてしまった。世界人口が増加する中、明確な解決策を今考えないと、地球を救う手立てがなくなってしまう。プラスチックは安価で軽く、製造しやすい魔法のような物質ですが、リサイクルが難しい。特にマイクロプラスチックは微粒子のため、破片が宙を飛び、地面や海へ飛散していきます。魚がプラスチック汚染され、その魚を食べる私達。私達は5gのプラスチックを毎週食べている、という研究結果もあります。5gは、クレジットカードくらいの大きさですね。子供達の将来を考えてみてください。

——マイクロプラスチックが人体にどのような影響を与えるのでしょうか?

体内で有害物質を生み、消化できず体内に蓄積されると言われています。これは大きな問題です。そして美容業界のリップスティックに至っては、年間10億個に含まれるプラスチックが廃棄されています。僕の目標は、美の意識改革。美容業界にプラスチックを持ち込まないことです。長い演説だと、人々を納得させるのは難しいから、習慣を変える「欲」を提供してあげることだと考えています。タイムレスでスタイリッシュ、そしてとてもパリらしい製品が習慣を変え、環境に対する意識を変えていけたらと思います。

——マイクロプラスチックを含まないリップを初めて開発したと伺いました。どのような過程で、そこにたどり着いたのでしょうか?

La Bouche Rougeは、機能性、調合、製造、陳列の観点において、グローバルスケールでマイクロプラスチックを使用しない世界初のブランドです。調合に関しては、非常に難しかったです。独自のラボをつくり、独自の研究をすることによって、誤飲しても大丈夫なフォーミュラを開発しました。ただ単にマイクロプラスチックを使用しない、オーガニックな原料を使用するというほど簡単ではないですが、2年の歳月をかけて出来上がったのが「セラム」。食べても大丈夫なだけではなく、色も変幻自在なのは、パウダーを一切使わずにピグメントを調合しているからです。

——化粧品においてマイクロプラスチックを使用する利点は何ですか?

魔法のような原料で、簡単につくることができて、フォーミュラの安定性を高めることができます。シャンプーやファンデーションなど様々なプロダクトに含まれていて、それが水で流れ、自然へと還っていく。リサイクルされないままに。コスメ業界にはこの原料を転換しないといけないという大きな課題があります。イギリスでは、2025年に化粧品に含まれるマイクロプラスチックを禁止する法案が可決されました。

——特に日本での美容市場は大きいです。

だからこそLa Bouche Rougeが大きな変化をもたらすと思っています。それが我々のミッション。これからもっと認知を高められれば、次世代の未来は明るいものになります。日本は世界的に見てもプラスチックを多く使う国の一つ。それを変える初めの一歩が、普段バッグの中に入っているリップスティックになると確信しています。環境問題への決意表明となり、それは「楽しい」ことになります。

——様々な国では、ガラス製や紙製のストローもよく見かけるし、スーパーでも紙袋やエコバッグを推奨しています。まだまだ日本はプラスチック需要が高い印象です。

このブランドの真髄は、新製品の発売ではなく、その製品を通して起こす活動やつながりの部分。化粧品ブランドではなく、未来のために解決すべき課題に対して立ち上がるためのブランドであること。だからリップは、そのマニフェストを打ち出すためのひとつのオブジェクトに過ぎないんです。

基本的に製品をつくるにあたって、マーケティングプランというものが用意されるのですが、このブランドにはなく、その代わりにリサーチプランがあります。それは、環境問題に対する解決策をリサーチするという意味で。パッケージから成分まで真にクリーンであるための確固たる未来のヴィジョンを打ち立てています。それぞれの考え方があって当然なので、否定されることもあります。広告やマーケティングによる製品開発ではなく、環境問題におけるリサーチからみる数字と私自身の本能(責任感)から解決策を生み出しているので、否定的な意見に関してはあまり気に留めていません。

——メイクアップ以外も始める予定はありますか?

メイクアップにおける課題は山積みだから、まずはメイクアップかな。香水やスキンケアはとてもおもしろいですが、本当にメイクアップが大好きなんです。環境問題とメイクアップの関係に終わりはないと思うので、これに集中したいです。

Necklace TIFFANY & CO.

BYREDO 超個性のコレクティブ

ベン・ゴーラムの型破りは続く。これまでの美のあり方に独自の作法で疑問を投げかけ、究極の個のかたちをサポートする。

——ジェシー・カンダ(Jesse Kanda)によるBYREDOのメイクアップローンチを初めて目にした時に、既存の美の基準とはとても「対極的」と感じたのは、私だけではないでしょう。きっと世界がそう感じたはずです。これは果たしてメイクなのかというくらいに。普通と逆の方向を堂々と歩もうと思うことができた理由は?

フレグランスのときと同様に、メイクアップでも自分はアウトサイダーだった。だからこそ違ったやり方ができる、破壊できるチャンスがあった。自分自身メイクを一切せずに生きてきたから、毎日メイクをする人がメイク製品に覚える感情的なものもなかった。だからイサマヤ(・フレンチ)の力を借りて、メイクをする人にとってメイクが持つ意味、メイクで実現できる変化や変身、メイクによる自己表現について理解を深めていった。真剣に目を向けるようになって、美容業界がいかに保守的で旧態依然としているかを感じた。自分なら違ったやり方ができると思った。美というものは究極的には主観。BYREDO MAKEUPではまさにその点を反映したかった。クリエイティブ表現のためのツールボックス、システムをつくることを目指し、そのことを重視した。

ジェシー・カンダというアーティストと仕事ができて、これまでにないようなものの見方を本当の意味で表現することができた。デジタルツールやCGIツールを使って自分達のメイクアップコレクション向けに土台を固めた。見た目についてあれこれ決めつけるようなメイクブランドとは違うものを登場させる、というメッセージを、発売前から明確に発信した。ジェシーは普通のフォトグラファーが撮るキャンペーンイメージではおそらく表現できないくらい完璧に、自分達のメイクアップの持つ意味合い、つまり主観的な美、個々のクリエイティブ表現というものを捉えていた。

——特に美容市場が大きい日本では過半数向けのマーケティングが必須になっています。そのコミュニケーションが社会における美の基準を定めてしまっていましたが、BYREDO MAKEUPはそれを打ち破りました。社会における理想の美は今後どのようになっていくとお考えですか?

今はかつてない変化の時代。家から外出するというような基本的かつ当たり前と思ってきたことさえも不確実性を帯びている。そうした中で世間は、よりクリエイティブな自己表現で現状に挑戦する行為を求めていると思う。自分がどのように受け取られるか、受け入れられるかについて気にすることなく、生きたいように生きたいという気持ちが生まれている。

美に関しても同じで、メイクに対する見方、メイクについての捉え方が変わってきている。男性もメイクをする人が増えているし、カラーパレットも拡大している。サブカルチャーも主流のメディアから認知されるようになってきている。目や唇、頬を彩る濃い青や緑のカラースティックも揃っていて、同じ製品でもいろいろな方法で使われている。

顔しか画面に映らないヴァーチャルミーティングが増えた今、メイクアップはクリエイティブ表現の前線に立つ存在になった。ちょうどかつてファッションが個性の宣言であったのと同じように。だから集合的定義による単一の美という発想の重要性は当然これまでよりも薄れてきている。他人から見た美ではなく、本人にとっての美というものについて考えられるようになってきている。

——この複雑な時代における多様なライフスタイルにおいて、個人、メディア、ブランド、企業とも、伝えることやつくり出すものについての責任が増していると思います。ブランドや個人が果たすべき役割は何だとお考えですか?

最初にフレグランスを発表した時からBYREDOは常に全ての人のためのブランドであることを大事にしてきた。だからフレグランスでもメンズ、レディースのカテゴリーを設けなかった。香りづくりにあたっても記憶や情緒を重視し、フォーカスグループやマーケティング観点でのプロダクトつくりは決してしてこなかった。BYREDOの真髄は、ブランドのコミュニティに深く刺さる最高のプロダクトづくり。そうして出来上がったものを、コミュニティが今度は自分のものにしていってくれる。

インクルーシブであること、多様性を尊重することはマーケティング的にしてきたことではない。BYREDOというブランドはごく自然に最初からそういうスタンスなんだ。自分のつくり出したものが万人に共感してもらえていて嬉しい。BYREDOのプロダクトから刺激を感じる、力付けられる強力なコミュニティができていることはとても光栄だと思っているし、今後もその方向でやっていこうと思っている。

「メイクをどう使うべきか指図をするのではなく、美に対する自分のアイデアを表現したいという気持ちを掻き立てること、表現する力を与える」