ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が、当初思い描いていた目標を達成することはなかった。北アイルランド出身のファッションデザイナーは18歳で渡米し、自らの名が脚光を浴びる未来を夢見ながら、ワシントン・シェイクスピア・シアター・カンパニーで演劇を学んだ。しかし、結局その夢は断念し、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションへ進学。その先の展開は、いまやよく知られている通りだ。

現在41歳となった彼は、ついにハリウッドへ辿り着いた。俳優としてではなく、Dior(ディオール)のクリエイティブ・ディレクターとして。振り返ってみれば、悪くない結末だ。そして「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を3度受賞した彼は、Dior 2027年クルーズ・コレクションで、その内なる映画オタクの一面を存分に解き放った。

ショーノートは通常、ショーの着想源を詩的に綴った、やや気取った雰囲気の資料だが、今回は映画の脚本形式で書かれていた。さらに、アル・パチーノ(Al Pacino)のようなハリウッドの大御所達が最前列に並び、アンダーソンは、随所にハリウッド的なイースターエッグを忍ばせたデザインを披露した。

HIGHSNOBIETYはイベントが始まる前にバックステージへ潜入し、その一部始終を間近で捉えた。

クリスチャン・ディオール(Christian Dior)が、1950年代のアルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)監督のスリラー映画『ステージ・フライト』でマレーネ・ディートリヒ(Marlene Dietrich)のために制作したバー・ジャケットは、新たなアウターウェアとして生まれ変わった。その中には、ほつれた糸が裾から垂れ下がるものもあった。また、ヴェネチアンブラインドの影をプリントしたロング丈のフランネルオーバーコートは、フィルム・ノワールから着想を得たものだという。さらにアメリカ人ポップアーティスト、エド・ルシェ(Ed Ruscha)とのコラボレーションによって制作されたシャツには、「says I, to myself, says I(そう、私は自分にそう言ったんだ)」という刺繍を施したものも登場。これはアイルランドのシットコム『デリー・ガールズ』に登場するコルムおじさんの決まり文句を引用したものだ(厳密にはハリウッド作品ではないにしろ、ケーブルテレビの名作ではある)。

中には未公開映画への言及さえあった。アイルランド人帽子デザイナー、フィリップ・トレーシー(Philip Treacy)は、かつてイザベラ・ブロウ(Isabella Blow)のために制作したフェザーのヘッドピースを再現した。ただし、以前は「BLOW」とつづられていた羽根の文字は、「Dior」や「Star」に置き換えられていた。なお、1992年にAlexander McQueen(アレキサンダー・マックイーン)の卒業コレクションを丸ごと買い付けたことで知られる雑誌編集者、イザベラ・ブロウの生涯を描いた伝記映画『The Queen of Fashion』は、今年後半に公開を控えている。

最近では、ルカ・グァダニーノ(Luca Guadagnino)監督作『チャレンジャーズ』や『クィア』で衣装デザインも手がけたアンダーソン。ヘッドピースは彼がその伝記映画にも関わっていることを匂わせるものなのだろうか? おそらくそういうわけではないだろう。だが少なくとも、参加したい気持ちはありそうだ。

「これは、今年を通して展開していく、大きな構想の一部です。私達が衣装を手がける映画や、コスチューム制作を担当するシリーズ作品にも繋がっていく」と、彼はLAで開催されたショーで『ガーディアン紙』に語った。「ファッションと商業、そして映画の関係性をどのように再構築できるか、その出発点なのです」

つまり、このショーはアンダーソンによるDior映画の第一章なのだ。