style
CHANEL コメット コレクティヴ:
美は、軌道を描きながら更新される
美とは、触れることのない恒星のように、時代の彼方から私達を照らすものかもしれない。あるいは、日々の視線や手の動きのなかに、静かに息づくものかもしれない。CHANEL(シャネル)という名の宇宙には、伝統と革新、個と集団、静謐と情熱が交錯する軌道がある。その軌道をなぞるように、ヴァレンティナ・リー(Valentina Li)、アミィ・ドラマ(Ammy Drammeh)、セシル・パラヴィナ(Cécile Paravina)の3人の女性は自らの美意識を更新しつづける。コメット コレクティヴという実験場で、彼女達はCHANELの本質と、それぞれの輪郭を見定めていた。

文化的受容:異文化との接続が生む、更新された “私” の美意識
美の基準がグローバルに拡散し、再構築される現代において、「文化的受容」は個々人の美意識をどのように変容させるのか——。その問いに対して、コメット コレクティヴの三者は、それぞれの体験と言葉を通して応答している。
日本での滞在を経て創造の幅を広げたというセシルは、「日本の焼き物、陶器に触れる機会がありました。(中略)その器の釉薬の美しさは、このリクィッド リップのインスピレーションにも繋がりました」と語る。器という伝統工芸に宿る美の概念が、現代のコスメという別領域へと結びつけられていく過程は、文化的受容のダイナミズムを端的に示している。
またアミィは、「日本の色の使い方のとても微細な部分、小さいこだわりがあるところがとてもすごいなと思っています。(中略)違うんだというふうに主張するのではない形でそれが存在している、その微細さみたいなものが本当に美しい」と話し、色彩における暗黙の美、控えめな表現に価値を見出している。これは西洋のヴィジュアル表現とは異なる価値観の発見であり、自己の感性への静かな介入である。
さらにヴァレンティナは、「浜崎あゆみさんのミュージックビデオを見て、メイクアップアーティストになろうと思ったほどに影響を受けています」と語り、大衆文化の力を強調する。J-POPという異文化コンテンツが彼女の進路に決定的な影響を与えたというエピソードは、文化的受容がいかに個人の軌跡と結びつくかを物語っている。

共通して、異文化をただ模倣するのではなく、それを自身の創造と織り交ぜていく姿勢である。それは単なる文化翻訳ではなく、「私」自身の更新でもある。文化的受容を通じて自己の感性や表現が再構築されていくプロセスこそが、彼女達の「今の美」をかたちづくっている。
三人が共通して語っていたのは、“文化的受容の中で自分自身が書き換えられていく” 感覚。新しい文化に出合うことで、自らの表現が変化し、従来の価値観が揺さぶられていく。その揺らぎの中にこそ、美のアップデートが生まれている。これは、「ただ真似をするわけじゃなくて、自分の表現の中に、受け入れたものが溶け込んでいくプロセス」という言葉にも象徴される。

伝統と革新:CHANELのレガシーを軸に、いまを問う創造
CHANELの名を冠する以上、そこには避けられない重みがある。それは創始者ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)が築いた「伝統」と、現代を生きるクリエイターとして求められる「革新」の間に生まれる緊張でもある。
セシルは、「ガブリエル・シャネルの言葉で言えば、彼女は “私は、来たるべきものの側にいたい。” という言い方をしています。(中略)彼女の “今” が何かを問うていくと、可能性は本当に広く、“モダン” とは何かを考えさせられる」と語る。“伝統” とは固定されたスタイルではなく、問いの連続である。その視座から、彼女達は常に「今とは何か」を模索し続けている。
一方、アーカイブという「過去」への接続も重要な創造の源泉だ。ヴァレンティナは「CHANELのDNAというものを崩さない形でできるかがとても大事。時にはパトリモニーのようなところに行って、CHANELのアーカイブを見たりもします」と語る。革新は過去から切り離されたものではなく、むしろ深く接続されている。
アミィは「私達は色を作るだけではなくて、同時にそのイノベーションを運んでいく役割でもあると思っていて、(中略)そのストーリーをどう運んでいくのか」と述べ、表層的な “新しさ” ではなく、歴史の文脈を帯びた “革新” の必要性を語る。

彼女達の実践は、“伝統を守る” ことではなく、“伝統に寄り添いながら解釈を更新する” という行為に他ならない。CHANELの文脈に即して、自らの時代を問う彼女達の姿勢が、ブランドの核心を支えている。
この「伝統と革新」の往復運動の中で彼女達が大切にしているのは、「探ってみる」「考えていく」という姿勢だ。彼女達は一様に、「私達は “これが正解” とは言わない」という立場をとる。問い続けること、揺れ動きながら歩みを止めないことが、CHANELの精神をいまに引き継ぐ鍵となっている。
CHANELが積み重ねてきた文化的資産は、個人の創造性を制限するどころか、むしろその輪郭を与え、創造のためのエンジンとなっている。「CHANELのなかで創るという制限があるからこそ、もっともクリエイティブになれる」と語るように、この制約は新たな可能性を引き出す契機となっている。それはまるで、型を厳しく守ることで逆に自由を得ていく、日本の伝統芸能や職人技の感覚にも通じる。
たとえば、アイコニックなツイードやカメリア、コメットモチーフを扱うとき、彼女達は既存の象徴を単に刷新するのではなく、コードの文脈を読み込み、繊細にずらしながら新たなニュアンスを立ち上げていく。伝統を脱構築するのではなく、深く理解し、そこに微細な振動を与える。自由とは、CHANELという重力を引き受けた先に現れる軌道のようなものだ。


創造のプロセス:対話と異質性から生まれる “新しい美”
美は孤独な天才によって創造されるものではない。とりわけCHANELのコメット コレクティヴのような創造的集団では、異なる視点の衝突と交錯こそが新しい美を生み出す土壌となる。
「当然ですが、私達はそれぞれ個性は違いますし、個人でも輝いていくことはとても大事。特にその中で技術をお互い持っていて、強みとなる技術が違います」。セシルは、多様な視点とスキルの交錯がチームを活性化させていることを語る。
この「異質性の肯定」は、「お互いに常に問いを投げかけ合っていて、非常にポジティブな形でコラボレーションが進んでいる」とアミィが語るように、問い合い、ズレを尊重する姿勢が、単なる分業ではない「共創」を可能にし、他者との関係が自身の創造を拡張することを示す。
彼女達の言葉に共通するのは、「対話すること」「探ってみること」「否定しないこと」の大切さである。結論を急ぐのではなく、共に揺らぎながら探究する。そのプロセスこそが、唯一無二のCHANELの表現を形づくっている。

CHANELというブランドの “揺るぎなさ” ではなく、“揺らぎ続ける強さ” がそこにある。文化の多様性を受け入れ、伝統と革新を往復し、創造という行為に身を委ねる。そこに一貫してあるのは、「CHANELらしくあれ」というより、「CHANELであり続けるために変わり続けよ」という姿勢だ。
性別や年齢に縛られないメイクアップの提案にも通じている。女性のためのメイク、という前提を疑い、「誰もが美を語り、更新できる」ためのツールとしてCHANELのメイクは存在している。だからこそ、CHANELはやはりCHANELたりえる。唯一無二であり続ける理由は、完成された美を語らない勇気にある。そしてそこに、美の未来がある。
コメット コレクティヴが手がけた製品は下記。
COLOURMATCH




BRIGHTENING




LES BEIGES




※すべて税込価格です
※限定品はなくなり次第販売を終了しています
- Photography: CHANEL
- Words: Yuki Uenaka