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Life beyond style

©︎BROWNS

「ヘア、ネイル、メイクは、その日履く靴以上に、とは言わずとも、それと同じ程度には、その人のスタイルの一部を成す」と、イギリスの小売企業Brownsのクリエイティブビューティーエディター・イン・レジデンスへの就任が最近発表されたネリー・エデンは語った。

美容消費者にとっては昔から理解されていた。しかし美容習慣が人間の自己意識に与える効果がファッション界においても認識されるようになったのはごく最近のことだ。先月Brownsと親会社のFarfetchは、コミュニティベースの美容プラットフォームを立ち上げた。2020年12月に新カテゴリーEverything Elseで美容ラインナップの取り扱いを始めたSSENSEも同プラットフォームの一部となっている。製品面でも、ファッション界の美容アピールが目覚ましい。PALACE SKATEBOARDSは今年4月、Calvin Klein CK Oneと美容分野でのコラボレーションを実現。Palm Angelsは昨年秋、スウェーデンのフレグランスブランド19-69とコラボレーション。Supremeは2020年にPat McGrathのリップスティックで美容分野に進出した。ライフスタイルとデザインを扱う雑誌 Kinfolkも、現在ビューティラインを展開している。

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つまり、ストリートウェアのオーディエンスはスニーカーのみならず香水にも興味を持つかも知れない、といった考えが、ストリートブランドや小売企業に広まっているのだ。Nikeやadidas、New Balanceなど、好みのスニーカーの飾られた壁と同じく、AēsopやByredo、Le Laboのボトルが整列するバスルームのカウンターもまた、持ち主の人となりの映し鏡である。

「美容系ブランドとコラボレーションすることで、ストリートウェアブランドは、未開拓の巨大市場に参入することができる」と、Farfetchビューティーコンテンツ責任者のソフィア・パニッシュは言う。「美容系ブランドもストリートウェアブランドと手を組むことで、衣服、靴、アクセサリーなどを高級ブランドで固めるハイプビーストの購買力が享受できる、若い新規顧客が獲得できるという利点に気付くようになった。また、ストリートウェアと美容系ブランドの双方が、よりライフスタイル寄りのブランドへと成長しようとしていることが、互いを接近させている」

ストリートウェアは常に、美的感覚上の選択であると同時にライフスタイルの選択であり続けてきたが、流れが変わっている。ストリートウェアの基本顧客と言えば、スニーカーにこだわる生き方を、肌の保湿にこだわる生き方と相入れないものと捉える男性集団だったが、今ではそうした基本集団以上のオーディエンスを迎え入れる必要が発生してきている。「ストリートウェア」の境界線が曖昧さを極め、我々も数ヶ月に一度は、どこかのストリートウェアレーベルの破綻を伝える記事を書いているような状況だ。今のストリートウェアの定義が何であれ、それが服や靴である必要がなくなっていることは確かだ。

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美容業界でも、色鮮やかなコスメで自らを美しく見せようとするストレート女性だけをターゲットとする時代は終わった、という認識が広まっている。「『美容』部門という呼び方自体、ジェンダー的に偏った言葉だと感じられるため、よりインクルーシブに『セルフケア』と呼んでいる」。と語るのは、SSENSEのマーチャンダイジング、Everything Elseのヴァイスプレジデントであるローリ・レガスピ・ムーア氏。EコマースプラットフォームSSENSEでは、セルフケア部門でDameのバイブレーターやDE LA MERのフェイスクリームなどを扱っている他、KIKO KOSTADINOVのサングラスとNuFaceのスキンケア製品を合わせて提案する記事も掲載している。ストリートウェア、美容のオーディエンスについて彼女は「慣習に挑み、破壊することを楽しんでいる」と述べた。

Off-White™というブランドが、単なるコラボレーションの次元を超えて、ストリートウェアを真に美容領域に踏み入れさせた独自の本格ラインであることに驚く人はいないだろう。ヴァージル・アブローが亡くなる前に構想された新ビューティーラインPAPERWORKは、アブローが生前常に達成してきたこと、即ち、オーディエンスの今にジャストミートするものを届けることを目指している。

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ラグジュアリーブランドは昔から自然とビューティーラインを立ち上げてきた。1000ドルのハンドバッグは買えないが、30ドルのリップスティックは買えるという消費者もいる。ビューティーラインはより幅広い層にアプローチする手段として立ち上げられてきた。しかし生産に関してはライセンス契約による外部委託に頼るケースが多く、アパレルラインとは戦略が全く別物になっている(Yves Saint Laurentは、エディ・スリマンによって、よりミニマルなSAINT LAURENTへと名称が変更されたが、ロレアルの所有下のYSL Beautéは名称もロゴも以前のままである)。一方、Off-White™のPAPERWORKは、親会社New Guards Groupの新設美容部門で自社生産を行う体制を取っている。最初に発表された4種類の香水に関しては、内2種類をジェローム・エピネットが手掛けたことがアピールされている。エピネットは、過去にアブローとのコラボレーションを実現したByredoの香水も数多く手掛けている調香師だ。

こうした中身の伴った連続性、そしてエピネットのような信頼の厚い人材とのつながりが、美容とストリートウェアの双方に精通した消費者を惹きつける鍵となる。一見、ジェンダー的にも美的感覚的にも正反対に見える美容とストリートウェアだが、どちらもフォーラムやソーシャルメディアで情報や助言を交わす参加型コミュニティに強く根ざしている。「どちらのオーディエンスもとても目が肥えていて、よく研究している」とレガスピ・ムーアは言う。「人気スニーカーの発売に関心のある層は中古市場にも詳しく、今後レアものになるアイテムを熟知している。美容関係に関心の高い層も、製品の効果や革新性に精通している」

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BrownsとFarfetchは、そうしたエンゲージメントの一部を自社プラットフォーム上で再現しようとしている。Farfetchは、ニコ・ヒラガなどのインフルエンサーやセレブリティを起用しての個別美容レコメンデーションを発信し、消費者がチュートリアルやレビューを投稿することのできるオンサイトフォーラムも提供している。

「美容は、個人主義や自己表現という基本理念と同時に、コミュニティにも深く根ざしている。もはや個人が雑誌を見ながら単独で美容消費をする時代ではない」とパニッシュ。「今の消費者はレビュー共有、掲示板でのチャット、チュートリアル投稿など、ウェブやソーシャルメディア上での美容仲間との交流を楽しんでいる」。

FARFETCH

とはいえ、美容、ストリートウェアの領域にはまだ排他的な慣習が残っている。ストリートウェアはストレートの男性が支配し、同性愛嫌悪が蔓延するファッション業界の一部門だ。また美容業界にも、絶えず変化する達成不可能な理想を通して白人至上主義を支持する役割があり続けている。

「ストリートウェア業界は女性客、美容業界も男性客を歓迎するようになってきてはいるが、まだまだ道のりは長い」とパニッシュは加えた。「美容ブランドの中にはキャンペーン画像に女性しか起用しないブランドや、わざわざ男性専用のシリーズを作っている(どの製品もすべての人の使えるものであるにも関わらず)ブランドがまだある。ストリートウェアブランドの中にも、小さいサイズの在庫確保や女性ファンへの対応をしていないところがまだある」

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美は昔から、ごく個人的な行為でありながら社会規範と密接に結びついている、という奇妙な二律背反的なものであり続けてきた。抑圧的でありながら、回復をもたらしもする。そして、現在進行中のパンデミックにより、美容はセルフケアに必要なものとして捉えられるようにもなった。Brownsの購買ディレクター、イダ・ピーターソンは、「以前から少しずつ揃えてきたフレグランスやキャンドル、ウェルネス用品の売上は長く好調だ」と語る。「パンデミックを受け、社員の美容ルーティーンも強化された。顧客からも同じ声を聞いている」。

巣ごもり生活から解放されても、コロナ禍で培われた習慣がすぐに変わることはないと考えられる。小売業者やブランドもそれに応じた対応をすることだろう。「来年の今頃、すべての主要高級ブランドが何らかの美容サービスを提供するようになっていても不思議ではない。美というものを、単なる軽薄な楽しみではなく、本物の自己表現することだと真剣に捉えてこそ、オーディエンスを獲得することができる」